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第二章 魔術師団

 王都は、私の知るどの景色とも違っていた。

 白い石畳がまぶしく続き、塔と城壁が空へ伸びている。人の声、車輪の響き、香辛料の匂い――それらは新しい生活の合図のようで、胸の奥をざわつかせた。


 王宮の大広間で私は任命の言葉を受け、王国魔術師の一員となった。背後で叔父夫婦の息がわずかに弾む。歓喜というより獲物を得た時の吐息に近い。私はそれを聞かなかったことにした。ここから何かが変わると、信じたかった。


 詰所の塔に案内されると、そこは石と木で組まれた質素な建物だった。私はまず仲間と顔を合わせた。

 カルナは赤い髪を束ね、嘲るように言った。

「新入りね。貴族の娘は、きっと杖の持ち方も優雅なんでしょう」

 ディルクは眼鏡の奥で光をにごらせた。

「戦場は家柄を待たない。足を引っ張るな」

 言い返す言葉はなかった。喉の奥が固くなる。

 そこへ銀の鎧の若い騎士が割って入る。

「初日から突き放すことはないだろ」

 彼はレオンと名乗り、手を差し出した。私はおそるおそる握り返す。手は温かかった。


 部屋に通された。扉を閉め、寝台に腰を下ろした瞬間、体がふわりと沈んだ。羽毛の布団は柔らかく、手を押すと静かに戻る。石のような薄布で眠ってきた背中が、初めて休ませてもらえた気がした。

 窓を開けると風が入る。遠くの灯が小さく瞬き、街の生活の音がかすかに届く。私は布団に頬を押し当て、知らない香りを吸い込んだ。胸が熱くなった。


 食堂では夕食が配られた。焼きたてのパンは指先に湯気を残し、スープは口に含むと舌にやさしく広がる。塩がほどよく、煮た肉と根菜が柔らかい。皿の端に置かれたハーブの香りが鼻に抜け、体の芯がほどけていく。

 私はパンを千切りながら、思い出していた。叔父夫婦のテーブルの端で食べた冷えた残り物。固くて喉に引っかかるパン。薄い味のスープ。

 涙が一滴だけ落ちた。慌てて袖で拭く。誰にも気づかれたくない。これは贅沢に感動しているのではない。普通の温かさが、私には長いあいだ与えられなかったという事実が、今さら突きつけられただけだ。

 スプーンを置く。手のひらが震えていた。私はずっと虐げられていたのだと、布団の柔らかさとスープの温度がはっきり教えた。


 翌朝から訓練が始まった。

 炎を一定距離へ打ち込み、風を刃に変え、雷で石柱を砕く。魔術師は十人前後で小隊を組み、兵士と合わせて陣形を学ぶ。足並みが乱れれば罵声が飛ぶ。

 団長グラウスは一歩も引かない声で言う。

「ためらうな。一瞬の遅れが死を連れてくる」

 杖を握る手に力を込める。命じられれば炎は出る。風は切れる。だが胸の奥では、固いものがずっと動かなかった。私は人を傷つけたくない。訓練の間ずっと、その思いが背中に貼り付いた。


 休憩の時、レオンが水を差し出した。

「手が冷たいな」

「すこしだけ」

「初めはみんなそうだ。怖さが消える日なんて来ない。慣れるのは、仲間を守る理由の方だ」

 彼はそれ以上言わなかった。水は冷たく、喉をまっすぐ落ちていった。


 数週間後、任務が下った。

 北の村で盗賊が出ている。住民が脅され、家が荒らされている。討伐に向かえ。

 馬車の中、私は手を膝の上で握り続けた。レオンが隣で笑う。

「大丈夫だ。怖いなら、怖いままでいい」

「……足が少し震えています」

「足は震えても、踏み出せる。そういうものだ」


 村に着くと、煙が上がっていた。壊れた扉、散らばる穀袋、遠くで子どもの泣き声。

 盗賊の一団が刃を振るい、兵士と衝突している。

「魔術師、前へ!」

 グラウスの声。私は足を動かし、杖を構えた。視界の中央に、泥にまみれた男の顔が入った。やせた頬、血走った目。怪物ではない。ただの人。

 指が鈍る。

「撃て!」

 命令と同時に背後から影が跳ねた。振り返る間もなく、私は杖を振っていた。

 火球が生まれ、男の胸に当たる。

 炎の音。肉の焼ける匂い。倒れる音。

 私は杖を落とした。息ができない。自分の手が自分の体ではないように冷たくなった。


 戦いはすぐ終わった。

 盗賊は散り、村人は助かった。

 けれど私の中では、何も終わっていなかった。焼けた声が耳の奥でくり返され、匂いが喉に残った。

 馬車へ戻ると、レオンが外套を肩にかけてくれた。

 彼は何も言わなかった。それが救いだった。言葉のない温度は、言葉よりまっすぐ届く。


 その夜、詰所に戻って寝台に身を沈める。羽毛の反発が背中を受け止める。柔らかさは体を休ませるのに、胸はますます痛んだ。温かいスープも、香ばしいパンも、今日は味を持っていなかった。

 天井の木目を数える。手のひらを見つめる。

 人を殺した手。

 同じ手で、魔術を好きだと思っていた。

 その両方がここにある。

 窓の外で夜風が鳴る。

「逃げたい」

 声は小さく、布団に吸い込まれた。


 翌日から、訓練はさらに厳しくなった。私の判断が遅かったとカルナに責められ、ディルクには「迷いは無駄だ」と切り捨てられた。

 私はうなずくだけだった。

 昼、食堂でスープをすする。温度は正しいはずなのに、舌は味を拾わない。パンの香りも届かない。昨日までの温かさは、私の罪悪感の前で薄れていた。

 レオンが向かいに座る。

「食べないと、明日倒れる」

「分かってます」

 私はパンをもう一口ちぎった。口の中が乾く。水を飲む。喉を落ちる冷たさだけが確かだった。


 ある夜、巡回から戻る途中でレオンに呼び止められた。

「星を見に行かないか」

 城壁の上に出ると、風が肌を撫でた。王都の灯が足もとに広がる。空には星がいくつか浮かんでいた。

「村の火より、こっちの火を多く思い出した方がいい。人は、自分を焼く火を長く見ていると、何も感じなくなる」

 私はうなずいた。星は遠く、光は小さい。けれど、その小ささは残る。

「ありがとう」

 そう言う声が自分でも驚くほど小さかった。


 盗賊討伐の報告が終わった日、グラウスは私を呼び、短く言った。

「遅れはあったが、次はないと思え」

 私は頭を下げた。彼の言葉は正しい。次が来る。私が望むかどうかに関わらず、次は来る。


 そして本当に、次はすぐ来た。

 国境で敵国の動きが早くなっているという。小競り合いは増え、斥候は疲れ果てて戻ってくる。

 詰所の空気が変わった。靴音が硬くなり、剣帯の金具がよく鳴る。

 私は寝台に横たわり、布団の柔らかさを両腕で抱いた。

 この柔らかさを覚えておきたいと思った。温かいスープの匂いも、窓から入る風の温度も、覚えておきたい。

 戦いの中で忘れたくないものは、こういう普通の手触りだ。

 明日がもっと深い場所へ私を引いていっても、戻る場所を頭のどこかに残しておきたい。


 目を閉じる。暗闇の底で、ほんのかすかな光が揺れた気がした。

 それが何なのか、まだ分からない。

 けれど、なくしてはいけないものだということだけは分かった。


 外で号令が鳴った。私は布団から身を起こす。足は震えていたが、立てた。扉を開ける。

 廊下の灯が、私の影を長く伸ばした。


 そして私は歩いた。震えが消えることはなかったが、足は前へ出た。

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