第一章 鎖の中で
風が冷たかった。墓地に立ち並ぶ石の間を、黄ばんだ草が揺れていた。
そのひとつに、まだ新しい土が盛られた墓がある。そこには「父」と「母」の名が並んで刻まれていた。
私は石の前にしゃがみ、両手で土を撫でていた。涙はもう枯れて、声も出なかった。ただ喉が焼けるように痛い。
「――エリシア」
背後から名を呼ぶ声がした。振り返れば、黒い外套を羽織った男と、その隣に華やかな羽飾りをつけた女が立っていた。叔父ディラードと叔母マリーナだった。
「もう一人ではないのだ。私たちがいる」
ディラードは低い声でそう言い、私の肩に手を置いた。
「安心していいのよ、これからは私たちが守ってあげる」
マリーナの声は柔らかかった。けれどその瞳の奥には、どこか冷たい光が潜んでいるように感じた。
私は小さくうなずいた。行くあてはなかったし、逆らう言葉も持っていなかった。二人の背に従うようにして、墓を後にした。
叔父夫婦の屋敷は、石造りの重苦しい建物だった。門をくぐると、広い庭に枯れ木が並んでいた。
与えられた部屋は小さく、窓は狭く、薄暗い。布団は古びて湿っぽかった。
けれど叔母は笑顔で「特別に用意したのよ」と言った。その笑みの奥に、本心はなかった。
最初の日の夜、私の前に出された夕食は冷めたパンと薄いスープだった。叔父と叔母の食卓には肉や果物が並んでいたが、私の皿は質素で、彼らはそれを当然のように振る舞った。
「食べられるだけありがたいと思いなさい」
マリーナがそう言って、涼しい顔で葡萄を口に運んだ。
その言葉に返す声はなかった。ただ俯いてパンをかじった。固く、喉を通るたびに痛みを覚えた。
翌朝、まだ日も昇らぬうちに扉が叩かれた。
ディラードが立っていた。杖を一本持っていて、それを私に差し出す。
「持て。今からお前の訓練を始める」
眠い目をこすりながら外へ出ると、屋敷の裏庭には石畳の広場があった。
ディラードは無言で私の手に杖を握らせ、低く命じた。
「魔力を感じろ。手のひらから流れを逃すな」
どうすればいいのかわからなかった。戸惑って立ち尽くすと、杖の先が肩を打った。
痛みが走り、思わず声を漏らす。
「声を上げるな。集中しろ」
恐怖に駆られ、必死に意識を指先に集める。すると胸の奥で熱がざわめき、小さな火が杖の先に灯った。
ディラードの目が鋭く光った。
「……やはり才があるな。だが遅い。戦場では命取りだ」
戦場。
その言葉が胸に刺さり、私は震えた。
まだ子どもで、戦争の意味など知らなかったのに。
訓練は毎日続いた。
火を灯し、風を操り、石を砕く。失敗すれば杖で叩かれ、成功しても褒められることはなかった。
昼の食卓では、相変わらず冷えた残り物を押し付けられた。
夜は叔母の冷笑が壁越しに聞こえた。
「役に立たなければ、捨てるしかないわね」
その声に胸がすくみ、布団を握りしめて震えた。
それでも、魔術そのものだけは私を裏切らなかった。
火を灯すとき、風を操るとき、ほんの一瞬だけ自分が自由になれた気がした。
叔父の怒声も叔母の視線も遠ざかり、胸の奥に熱と光が宿る。
だからこそ、私は訓練をやめられなかった。
痛みに耐えてでも杖を握り続けた。
――まだ知らなかった。
その魔術がやがて私を血と炎の地獄へ導くことを。




