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誰かの為のエスペランサ  作者: ヒラのりんご飴
プロローグ 孤児院編
9/35

目覚めと決意

フィルの意識がゆっくりと深い闇から浮かび上がる。まるで誰かに少しずつ引き上げられていくような感覚。瞼の裏に柔らかな光が差し込んでくるのを感じた。


(ここ…は…?)


重たい瞼を開けると、そこは幻想的な森だった。まるで時が止まったかのような静けさの中、巨大な樹木が天空へと伸び、その枝葉は翡翠色の天蓋となって広がっている。


古の時代から変わることなく佇んでいるような、荘厳さと神秘性を湛えた空間。


「あぁ…俺は負けて…みんなは…」


思い出されるは敗北の記憶。脳裏に刻まれた一方的な蹂躙。


今、フィルの胸にあるのは何も出来ずに敗北した無力感、レイラ達を失ったという事実による喪失感だけだった。


「ライは無事なのか?俺は…」


未だ現実を受け止めきれない。受け止められるわけがない。


家を燃やされ、レイラ達の安否は分からず…ライがどうなったかも分からない…


心が折れそうだ………、でも…


それでも…受け止めきれなくとも…心が挫けそうでも…


あいつはレイラ達を殺したなんて言ってない。ならまだ生きてる可能性があるんじゃないか?


もしそうなら…


立ち止まってる暇なんかない。


ここで折れるのは…諦めるのは簡単だ。


でも…そうしたら俺は本当に負ける。あいつにじゃない、自分に負ける。


立ち上がろうとして手をつくと、そこには柔らかな苔が敷き詰められていた。周囲を見回すと、薄紫や淡いピンク、深い青など、見たことのない花々が静かに咲いている。


頭上では、枝から垂れ下がった蔦が風に揺れ、その先端から露が滴り落ちては、キラキラと光の粒となって消えていく。


まるで魔法の粉が舞っているかのよう。足元の草は翠玉のように輝き、一歩歩くごとに光の波紋が広がっていった。


(こんな森があったのか…不思議な感じだ。それに…なんか力が湧いてくる、そんな気がする)


ふと服を捲り蹴られた腹を確認する。確認出来たのは無傷の腹…


(あんな蹴りを打ち込まれたのに…もう治ってる?)


今の光景の様に信じられないことを目の当たりにしたフィル。まるで夢のような世界の中、突然フィルの目の前に一匹の黒猫が現れた。


漆黒の毛並みは絹のように艶やかで、その姿は森の神秘的な雰囲気にも負けていない。琥珀色の瞳は深い叡智を宿しているかのように、じっとフィルを見つめていた。


「こんなところに猫が……いや…この猫何処かで…」


不思議に思いながら手を伸ばすと、黒猫は優雅な仕草でさっと身をかわし、数歩先で立ち止まった。そしてまたフィルの方を振り返る。


「待ってくれ…どこに行くんだ」


フィルは思わず黒猫の後を追いかけていた。猫は時折立ち止まってはフィルを待ち、また軽やかに進んでいく。


苔むした巨木の間を縫うように進み、光の差し込む小道を通り、時には青く光る小川の上の倒木を渡りながら。


道中、フィルの周りでは小さな光の粒が舞い、まるで導いているかのように誘われる。


歩を進めるごとに、この森が持つ神秘的な魔力めいたものを、フィルは強く感じていった。


(なんなんだここは…神秘的って言うか…精霊なのか?)


精霊、それはこの世界で最初に生まれた生命体、普段は精霊神が作った森に住み暮らしていて、一部の精霊達は多種族への使い魔になったり、人間と同じように溶け込んで暮らすものもいると言う。


やがて、巨木の作る自然のアーチをくぐると周囲の木々が作る円形の空間に、一軒の家が佇んでいた。


それは、まるで童話から抜け出してきたような可愛らしい家。クリーム色の壁に深い赤の屋根、丸い窓の周りには手作りと思しき木の装飾が施され、窓辺には見たことのない色とりどりの花が咲き誇っている。


玄関先には小さな庭があり、石畳の小道の両脇には色とりどりの花が咲き、蝶が舞い、小鳥がさえずっている。


手入れの行き届いた花壇には、青や紫、赤や黄色の花が咲き乱れ、その色彩の鮮やかさは目を見張るものがあった。


黒猫は玄関前の石畳で優雅に腰を下ろし、またフィルの方を見上げた。


「この家は…一体」


何処か…懐かしさを感じたのは気のせいではないだろう。


フィルが呟いた時、どこからともなく優しい風が吹き、花々の香りが漂ってきた。風に乗って、かすかに聞こえる鈴の音。まるでこの家そのものが、フィルを歓迎しているかのように。


黒猫はゆっくりと尾を揺らし、扉に向かって歩き始めた。フィルは不思議な魅力に引き寄せられるように、一歩、また一歩と、その扉に近づいていった…。


「開けていいのか?」


首を縦に振る黒猫、それを見てドアノブに手を掛ける。


フィルがドアを開こうとした瞬間、視界が歪み始める。幻想的な森の光景が波紋のように揺らぎ、意識が遠のいていく。


「あ…」


黒猫の姿が霧のように消えていくのを最後に、フィルの意識は再び闇に沈んでいった…。


そして—



ーー。


ーーーー。


ーーーーーーーー。


「ん…」


重たい瞼が開かれる。目の前に広がるのは、見慣れない天井。古びた木材が組み上げられ、所々にヒビが入っている。かすかに薪の香りと、煮込み料理の温かな匂いが漂ってきた。


「目が覚めたか、フィル」


耳に飛び込んできたのは、低く落ち着いた老人の声。フィルはゆっくりと体を起こし、声の方を向いた。


そこには椅子に腰かけた一人の老人の姿があった。


「ダグ爺…ここは」


「俺の小屋だ。倒れていたお前達を保護した」


「お前達ってことは…」


「あぁ、ライは無事だ、ライはな」


(ライ…無事なのか…良かった、本当に、よかった)


ダグラスゆっくりと立ち上がると暖炉の上で温められていた鍋から、木製のボウルにスープを注いだ。


「まずはこれを飲め。腹が減ってるだろう」


差し出されたスープから立ち上る湯気に、フィルは改めて自分の体の状態を確認する。確かに痛みは残っているものの、あの時の致命的な怪我が嘘のように和らいでいた。


(さっきの森は夢だったのか…?でも、あまりにも鮮明で…)


黒猫の導きで辿り着いた不思議な家のことを思い出す。あの懐かしさは一体…。


「どうした?スープが冷めるぞ」


「あ、すみません…」


フィルは考えを振り払うように首を振り、差し出されたスープを受け取った。温かな液体が喉を通る度に、体の芯から力が戻っていくのを感じる。


窓の外では、夕暮れの森が静かに佇んでいた。


(夕方…俺はどれだけ寝てたんだ…ライは…ライはどこだろう)


ベッドから出て立ち上がり頭の中を整理してると、突然ドアが勢いよく開かれる。


「フィル兄起きたのか!」


聞き慣れた声聞こえた。声の方を見ると…






「ラ…イ…」






気付いたらライに向かって走り出していた。ライの無事を確認出来たかだろうか、込み上げてくるものを我慢してライに抱きつく。


「ごめんっ...!」


震える声が漏れた。


「ごめんっ!何も守れなかっった!俺が弱かったからっ…何も出来ないで」


うまく声が出せない、伝えてたいことがいっぱいあるのに…視界も朧げで……


「生きていてくれてっありがとう…無事でよかっったっ…」


「なんでフィル兄が謝ってんだよ!あいつが悪いだろ!?」


違うんだ…違うんだよライ、ただライが無事なことが嬉しいだけなんだ。


視界が歪むほど、瞳に熱いものが溜まっていく。


今はただ、目の前にライがいる。生きている。それだけで…無事で良かった。





▲▽▲▽▲▽▲






あの後、ひとしきり泣いて落ち着いた俺は情報交換のため話し合うことに。そして各々が起きた状況を話し話し終えた所でライが切り出した。


「ダグ爺…王石ロードストーンってのはなんなんだ?なんであいつはそれを欲しがってるんだ?」


そこが一番重要だ。もし王石ロードストーンとレイラ達が交換って話なら今すぐにでも取りに行かなくちゃいけない。


王石ロードストーンと言うのは各国が保有する秘宝であり、持つだけで魔力量が跳ね上がり使える属性も増える秘石だ。この国、アスター王国には3つある」


「秘石…?聞いたこともないけど…」


聞いたこともないけどやばいのは分かる。カリストロのお婆さんが言っていたことが本当なら魔力量を上げる手段はない、そして属性も同く増えることはない。


それなのに持つだけで増やせるなんて…


「秘匿されている訳ではないから知っている者は多くいる。そして王石ロードストーンを手に入れる方法は二つ」


二つか…ラウスが言うには俺が取れる可能性が最低でも一つはあるはず、一体どんな方法だ?


「一つ目はノジオン学園のトップになる。二つ目は“双翼騎士団”でトップの魔導士になることだ」


「うーんイマイチわかんねぇな…双翼騎士団は知ってるぜ?この国が誇る最強の騎士団だ」


双翼騎士団…騎士と魔導士、合わせて双翼。そんな魔導士のトップを取るなんて今から何十年掛かるかわからない。じゃあやっぱり…


「でもノジオン学園のトップってなんだよ?テストで一位でも取ればいいのか?」


そうだよな…と言うかただの学生がトップになるからって国の秘宝を貰える訳ない…よな?


「違うな、正確に言えばノジオン学園には半年に一回だけ、王石ロードストーン保有者、即ちロードと戦う機会が設けられる。そこで勝つことが出来れば手に入れる」


「じゃあ今すぐにでも入学しましょう」


「だな」


思わず口から出た言葉だった。だって今レイラ達がどんな目に合ってるのか分からないのに足踏みしてる暇なんてない。


方法がわかったんだから今すぐにでも行かなくちゃならない。だけどダグ爺は首を横に振る。


「そんな簡単に行けるわけ無かろう。それに入学は15歳からだ、今のフィルが12歳だろう?どれだけ頑張ろうと3年は掛かる。そして無理矢理行ってもロードに手も足も出せずに負けるだろう」


「でも、行きますよ…」


3年…無理だ。絶対に待つなんて出来ない。レイラ達がその間に何をされるか…


(ダグ爺に隠してでも行こう)


そう心の中に決めた瞬間、ダグ爺が口を開いた。


「死ぬぞ」


「へ?」


「賊如きに負けたお前じゃ挑んでも死ぬと言った」


「なんだよダグ爺…だから諦めろってか?」


ダグラスの胸ぐらをライが掴む。ダグラスはそんなことを気にもせず話を続けた。


「強くなるしかない、ロードに勝てるレベルまでな」


「何年かかると思ってんだよ」


「じゃあレイラ達は死ぬな、そして挑んだお前達もだ」


ただ淡々と正論をぶつけられる。


「理解しろ、今お前達に残されているのは強くなることだけだ。だけなんだ」


ライの手が緩まる、当たりどころが見当たらない怒り…顔を顰めた。


(強くなればいいのか?強くなれば救えるのか?みんなを?)


強くなれなかった俺がまたやった所で意味はないかも知れない。それでも…


「お願いです、俺を強くして下さい。ロードに勝てるレベルまで強くしてください」


頭を下げた、ライの顔は見えないけど困惑してるようだ。


「なれるのか?きつい修行に耐えれるか?」


「耐えます、なんでもやります。だからお願いします」


「ま、待てよフィル兄。頼むよダグ爺、俺も頼む。見てるだけなんて無理だ」


ライも頭を下げた。


無理難題なんだろう。一般的に不可能と言われる事柄なのだろう。それでも…やるしかない…強くなるしかない。


ダグラスは一息ついたあとこう言った。


「修行をつけてやる、4年…4年でお前らを鍛え上げる。ロードと戦え合えるスタートラインに立たせる」


4年…決して短い年月ではない…でも、やるしかない。今のままじゃ勝てないのは分かりきってる、ならやってやる。


ごめん。レイラ、レトス、ルーチェ…待っててくれ。必ず…必ず助けるから。


ふと、横を見るとライも覚悟が決まったようだ。


「「やってやる」」


絶対に強くなる。





▲▽▲▽▲▽▲





深夜…


「フィルもライも寝たか…」


訓練は明日から、フィルには反対されたが…怪我をしている関係上一日の休息は大事だろう。それに明日からはずっと訓練の日々だ、多少多く休んでも問題はない。


(だが…ロードレベルに鍛え上げなくてはならないとは…荊の道だ)


王石ロードストーンを保有すると言うことは国の最高戦力と認められると同義、そんな者達に“たった四年”で追いつくには並大抵の努力では無理だ。気概、才能に努力、センスに指導者も…全ての条件を揃えて漸く最低限だな。


フィルにライも才能はある。フィルには固有魔法の万能性と無属性魔法の強化魔法、ライには家系魔法の召喚獣にフィルを超える運動神経がある…二人共気概は十分、気概があれば努力出来る。なら後は…


(指導者…か、俺では不十分だな)


フィルと俺の体格は全く違う、それは剣にも反映される。中級までは良かったが…上級からは癖が出る、なるべく似た様な体躯で癖がない指導者がいる。


それにライもだ、ライにアスター流は向いていない、あの運動神経と魔法を使うなら…体術だろうな。


(呼ぶしかない…あいつらに合った指導者を二人)


レイラ達を助けたいのは俺も同じ…出来ることは全部やる。使える物は全部使う…


(ラウス…調べてみるか…)

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