51話 精霊召喚
シェアト様と別れてから少し、教室の席に座る。少し前にはいつもクラスの皆に囲まれているトニカがいた、先の話のせいでいつもより目に入るのは気のせいじゃないだろう。
(トニカの周りにはいつも友達がいるな)
トニカが一人の時はほぼない、それぐらい彼女はクラスで一番の人気者で愛されている。最初レイバンが俺にトニカを好きになのかと疑っていて、何を言っているのかと思ったが……確かに自分の好きな人の周りにこれぐらい大勢の男がいるなら気が気じゃないだろう。
「あ、フィルおはよう!今日の授業楽しみだね」
視線に気づいたのか、眩しい笑顔でこちらに微笑んでくる。
「確かに今日はちょっとワクワクというかドキドキするよな」
トニカの言う通り今日は特別な授業がある。
そうそれは……精霊召喚だ。
「強い精霊を呼べたらいいなぁ」
「強い精霊がいいの?トニカはあんまりそうゆーのに興味持ってないかと思ってた」
「最近レイバンくんがすっごく訓練してて、多分フィルに追いつくためだと思うんだけど……私も足引っ張らないようにしなきゃって」
(シェアト様もトニカもレイバンも、各々が他者に依存することなく自分で高めていくという意識がある。俺が入る前から学年最強のチームと言われてたのはこれが理由なんだろう)
『いいチームに入れた』
今俺は改めてそう思った。
教室のざわめきが次第に熱を帯びていく。
いつもより早めにみんなが席につき、机の上にはそれぞれの魔法陣が書かれた写し紙が並んでいた。精霊召喚は、この2年生の目玉授業。成功率は途轍もなく低いが、うまく行けば“伴侶精霊”を得られる一大イベント。
周りを見渡せばいつもとナニカが違う。ずっとぼそぼそ唱えてる奴、紙の上に年季の入ったぬいぐるみを乗せてる奴、もう何か分からない態勢で祈ってる奴。
「うぅ……なんか出ちゃいそう」
普段笑顔のホープもこれだ、緊張と寝不足で見てられない顔になっている。
「フィルは緊張しないの?」
「あぁ、あんまり呼べても変わらないだろうからな」
ホープからしたら強くなろうとしてる俺が変にいつも通りだから不思議なんだろう、でも考えればわかるはずだ。
たいていの場合、精霊と契約するには魔力が必要になる。稀に魔力以外の何かでもいいらしいけど……大体は魔力を求める。そして俺はこの学園にいる人達に比べるとかなり魔力量が少ない、これは俺の明確な弱点でカバーする術はほとんどなし。
精霊と契約すると常に魔力を消費する、俺にそんな魔力の余裕はない。
(契約するメリットより絶対デメリットのが多いだろうし、俺の魔力が多けりゃなぁ~)
そんなわけで期待はせずただ席で先生を待つ、少しすると扉が開きオンドルフ先生が現れる。無精髭を指で撫でながら、紙を一枚掲げてそう言った。
「……全員いるな!では始めようか、みんな大好き精霊召喚の授業を!」
先生の声とともにクラスが過去一番の賑わいを見せる。
「上位精霊召喚したらぁ!」「今日の為に精霊様に貢物してきたからね、勝利しか見えない」「俺と書いて精霊と読むんだよ、知らないの?」
(……盛り上がりすぎてる気もする)
「よしよし、その呼び出してやるという心意気が大事だ、というわけで早速召喚を始めてもらいたいんだが、ざっとおさらいをしてからにしよう」
そもそも精霊とは何か、先生はそこから話し始めた。
「精霊とはこの世界で最初に生まれた生命体とされていて、普段は精霊神が作った森に住み暮らしている。そして一部の精霊達は使い魔になったり、一定の土地に住み着いたり、基本的に私達に恩恵を与えてくれる存在だからかどの国でも精霊は神聖視され召喚出来た人間を位の高い者として扱う場所もある」
「そう聞いちゃうと契約だなんて畏れ多く感じちゃうよね」
ホープが横からそう囁く、きっとほかのみんなもそう思ってるだろう。
「そしてそんな精霊には3つの階級がある」
意思疎通ができない下位精霊
多少意思疎通は出来るが喋ることの出来ない中位精霊
言語を交わし意思疎通が可能な上位精霊
「このうちのどれか契約できる、大体は契約すら出来ないが、精霊に認められれば一気に私より強くなることも夢でなはない。だが契約にも対価がいる、呼び出せても肝心の契約内容が酷ければ諦めざるを得ないだろう」
「上位と契約できた人なんてここ数十年出てきてないらしいよ、もし契約したら一躍時の人だね」
「ファスカ様でも呼び出せなかったんだ、俺なんかが呼び出せるとは思わないけど…」
「精霊がいれば戦闘の幅が格段に広がる、相手の位置を確認してもらったり、魔力波で囮になってくれたりな。そして精霊はそばにいると私達の心を落ち着かせてくれる。だからこそ真剣に挑むこと、焦って魔力を込めすぎないようにな」
では始め、その一言と同時に全員が紙に手を向け魔力を込める。俺も続けて手をかざす、そのまま約5分以上魔力を送り続けると紙が突然燃え尽きた。
「これは……失敗か?」
周りに目を向ければまだまだ皆念じてる最中、どうやら俺が一番初めに終わってしまったらしい。
(やっぱ魔力量少ないからか?だとしてもなんかもっとこうあってくれよ……期待してないとは言ったけど……言ったけども!)
自分が思っていたより気分が落ち込む、運とはいえこうもあっさり強くなれるチャンスを取りこぼしてしまう自分は本当についていないと心底わからされる。周囲はまだ静かに魔力を注ぎ続けていた。張りつめた空気の中、誰もが机の上の紙を睨むように見つめている。
すると、前の方で小さく悲鳴が上がる。
「あっ――!」
一人の男子生徒の紙が、ぼっと音を立てて燃えた。
「うそだろ!? いけると思ったのに!」
半ば立ち上がりかけたそいつを、先生が手で制する。
「失敗だ。騒ぐな、まだ続いている者がいる」
教室に落胆のざわめきが広がる。だがそれもすぐに飲み込まれ、再びみんな意識を召喚へ戻していった。
その直後、今度は斜め前の席で紙が灰になる。
「くっそぉぉ……! 昨日あんなに祈ったのに!」
一人、また一人と脱落していく。紙が燃えるたびに肩を落とす者、机に突っ伏す者。逆に「まだ半分以上残ってる! つまり俺は選ばれし者!」と根拠のない自信を叫ぶ者。教室全体が、祈りと焦りと諦めを少しずつ混ぜたような空気になっていた。
そんな中で、不意に視界の端でクリームの髪が揺れた、トニカだ。
彼女はまっすぐに紙へ手をかざしたまま、じっと魔力を送り続けていた。さっきまで俺に笑いかけていた時の明るさはなく、今は真剣そのものの横顔をしている。
(……トニカも本気だな)
強い精霊が欲しいと言っていた、きっとそれは自分が前に出たいからじゃない。レイバンやシェアト様の足を引っ張りたくない、そのために少しでも力が欲しい、そう言っていた顔を思い出す。
トニカの周りにいたクラスメイトたちも、いつの間にか彼女を見守るように黙っていた。人気者だからというだけじゃない、たぶんみんな知っている。トニカが明るく笑顔で、時に軽薄なようにも見えるかもしれない態度の裏でちゃんと人一倍努力する子だってことを。
一分、あるいは、もっと長かったかもしれない。
そして――
ふっ、と。
トニカの召喚紙の端が赤く染まり、そのまま一気に火が走った。
「……あ」
トニカの口から、か細い声がこぼれる。次の瞬間には紙は燃え尽き、ひらひらと灰になって机へ落ちた。
失敗。
その事実が教室に伝わると、あちこちから惜しむ声が漏れた。
「トニカでも駄目なのかよ……」「いや、あともう少しだったろ」「惜しかったんじゃない?」
本人はしばらく燃え跡を見つめていたが、やがて苦笑して肩をすくめた。
「だめだったかぁ……」
その笑顔は、いつもの彼女にしては少しだけ力がなかった。俺は思わず声をかけた。
「トニカ」
彼女がこちらを見る。悔しいはずなのに、トニカはすぐにいつもの柔らかい顔を作った。
「えへへ、失敗しちゃった」
「俺もだよ」
「じゃあ一緒だね」
そう言って笑うトニカに、俺は少しだけ救われた。だが、教室全体の空気はますます重くなっていった。
有望そうだったやつらが次々に失敗し、残っている人数はもう数人。最初はあれだけ騒いでいた連中も、今は固唾をのんで見守るばかりだ。
「ま、まだだ……まだ俺がいる……!」
最後まで妙な自信を捨てなかった男子の紙が、直後に派手に燃え上がる。
「終わったぁぁぁ!」
「静かに!!」
先生の怒鳴り声が飛ぶが、それすら教室の緊張を完全には解けなかった。
俺はなんとなく隣を見る。
ホープはまだ続けていた。
両手を机の横でぎゅっと握りしめ、片手だけを召喚紙へ向けている。顔色はあまり良くない。緊張と寝不足で、今にも倒れそうな青白さだ。けれど、その目は……
「頑張れ」
声をかけると、ホープは視線を動かさないまま答えた。
「うん、まだいける気がする」
「力むなよ」
「う、うん……でも、なんか……変なんだ」
「変?」
「紙の向こうで、誰かが見てる気がする」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
冗談を言っている顔じゃない。ホープは本気で、何かを感じている。
教室のあちこちで最後の紙が燃え尽きていく中、それでもホープの召喚紙だけは残っていた。いや、残っているだけじゃない。描かれた魔法陣の線が、ほんのわずかに明るい。
「……先生」
俺が思わず呟いたのと、オンドルフ先生が気づいたのはほぼ同時だった。
「全員、静かにしろ」
低い声が教室を貫く。
その一言で、まだ失敗を嘆いていた連中まで一斉に口を閉じた。視線が集まる先で、ホープの紙が静かに光を増していく。
最初は錯覚みたいな淡い光だった、だがそれは次第にはっきりと輪郭を帯び、魔法陣の線一本一本が青白く浮かび上がっていく。
「え……」
トニカが息を呑む。
「もしかするの、これ」
クラスの誰かが震える声で呟いた。
ホープ自身が一番信じられないという顔をしていた。けれど手は止めない、むしろ何かに導かれるように、一定の魔力を流し続けている。
ぴしっ、と。
紙の真上、何もない空間にひびのような光が走った。
教室の空気が変わり、オンドルフ先生の目が見開かれる。
「……呼応だ」
誰かがごくりと唾を飲み込む音がした。
光のひびはゆっくり広がり、召喚紙の上に薄い膜のような門を形作っていく。そこから、風が吹いた。
森の匂いがした、湿った土、若葉、朝露。どこにもないはずの景色が、教室へ流れ込みホープの前髪を揺らす。
「あの……これはどうしたら」
「動くな、魔力を切らすな、そのまま維持しろ。いいか、今君は精霊に見られている」
そして次の瞬間。
召喚陣の上に生まれた光の裂け目の向こうから、何かの影が覗いた。
教室中が息を止める。
俺は無意識に、机の端を強く握っていた。
失敗した悔しさも、諦めも、その瞬間だけは吹き飛んでいた。
隣で、ホープが本当に奇跡を掴みかけている。
光はさらに強くなっていく。
そして――
召喚の門が、完全に開いた。
目を覆いたくなるほどの光、やがて陣の中央に小さな影が現れる。
「クルル」
それは水色の翼を持つの燕形の精霊だった。淡い空色の羽毛は綿みたいにふわふわで、胸元だけが白い。つぶらな瞳は黒曜石みたいにつやつやしていて、短い尾羽がぴこぴこと小刻みに揺れている。
しん、と教室が静まり返る。
誰もがぽかんとその小鳥を見つめていたが、最初に口を開いたのは前列の女子だった。
「……え、なんか可愛くない?」
「わかる」「精霊ってもっとこう……厳かな感じじゃないのか?」 「可愛いが歩いてる」「歩いてはねぇよ」
小鳥の精霊は注目を浴びているのが分かったのか、「ぴるっ」と小さく鳴いて胸を張った。その仕草がまた妙に愛らしくて、教室のあちこちから笑いが漏れる。
当の召喚者であるホープだけが、まだ信じられないものを見る顔で固まっていた。
「僕が精霊を……召喚できたの?」
小鳥の精霊はくるりとホープの方を向き、こくん、と小さく頷いた。
「……え?」
全員が目を丸くする。
「もしかして、僕の言ってること分かるの?」
すると小鳥はまたすぐに頷き、今度は「ぴ!」と得意そうに鳴いた。
(意思疎通ができてる、間違いない、中位精霊以上の存在だ)
「えっと……じゃあ、君の名前は?」
上位精霊なら、言葉を返すかもしれない。
けれど小鳥の精霊は、リオの顔をじっと見上げたあと、胸を張って「ぴぃ」と鳴いただけだった。もう一度、少し区切るように「ぴる、ぴぃ」と鳴く。
意味があるようには見える、けれど、人の言葉ではない。
「中位精霊だな」
その一言で、生徒たちの視線が一斉にオンドルフ先生に集まる。
「意思疎通はできている。呼びかけに対して反応し、言葉の意味も理解している。だが、人語による会話はできない――中位精霊の典型だ」
ホープは肩に止まった小さな精霊を見つめそっと呟く。
「……ほんとに、僕が召喚したんだ」
すると小鳥の精霊は、そんな彼の頬をくちばしでちょん、とつついた。
まるで「そうだよ」とでも言うみたいに。
その仕草に、教室は再び和んだ空気に包まれた。
さっきの空気との緩急に俺は苦笑しながら、ホープの快挙を心から祝福した。
因みにレイバンもシェアト様も呼び出せなかったらしい。




