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48話 ネーテル大聖堂

 ネーテル大聖堂、王都の中心部から少し離れた場所にあるその建物は、遠くからでもその荘厳な姿が見えた。


「でかいな…」


 そう思わず呟いてしまうほど大きい、単純なサイズもそうだが建物全体が纏ってる空気もだ。白い石造りの大聖堂は天高くそびえ立ち、観光客らしき人々が何人も出入りしている。


「王都で最も古い建物の一つらしいよ。建てられたのは1000年以上前だって」


 ホープが説明しながら、三人はネーテル大聖堂の入り口へと近づいた。


「フィルはネーベ教は知ってるでしょ?」


「あぁ、信徒じゃないけどな」


 女神ネーベ 愛情・思いやり・癒やし・家庭の調和を司る女神、そんな女神を主神とするネーベ教は国教であり、王国一の信者数を誇っている。


(レトスがいたドクトリン家は確かネーベ教関連の家だったよな)


 門には何人かの警備兵が立っていたが、門自体は開いておりそのまま通り中に入る。重厚な扉をくぐると、まず目に入ったのは壁一面に飾られた絵画だった。


「いつ見てもここはすごいなぁ」


 ホープが感嘆の声を上げる、初めて見る俺もこの景色だけで来た甲斐があったと感じていた。


 歴史を描いた絵画、聖人たちの肖像画、そして――


「これ、龍との戦いか?」


 特段大きな絵画には、形があやふやな巨大な龍と、それに立ち向かう騎士たちの姿が描かれていた。


「1000年前の大厄災の時の絵だね、色んな国の英雄が王国に集まったんだ」


「魔神や武神、龍と戦い生き残った英雄達はいずれも神の称号を得たが…どれだけ強いんだろうな」


「分からないけど、化け物なのは違いないだろうなぁ」


「ずっと見てたいけど早くいかなきゃ」


 ホープに促されて、少し早足でさらに奥へと進んだ。すると、聖堂の中央に巨大な像が見えてきた。


「おぉ、女神ネーベの像か」


 白い大理石で作られた女神ネーベの像は、優しく微笑みながら両手を広げ、その高さは優に20メートルはあるだろうか。


「ネーベ様…いつ見ても神秘的としか言えないな」


「すごいなぁ…ん?これは」


 像の台座に目を向けると、文字が刻まれていた。


「『愛する者を想い、隣人に優しくあれ。真の愛は心身を強くし、優しさは世界を照らす』これは…」


「ネーベ教の教えだよ。人を愛すること、そして他者に優しくすることを大切にするんだ。ほんとはもっと長いんだけどね」


 ホープが小声で説明してくれた。


「純愛と優しさ…か」


 あたりを見回せば、祈りを捧げる人々の姿があった。若いカップル、子供を連れた家族、年老いた夫婦。それぞれが真剣な表情で祈っている。きっとこの像は多くの人に愛されているんだろう。


(…なんだかな)


 そして――


「綺麗だ…」


 聖堂の最奥、正面の壁一面を覆う巨大なステンドグラス。夕日の光を受けて、赤、青、緑、黄色…様々な色が幻想的に輝いていた。


「美しいな、これほどとは」


 レイバンの発言に頷くことしかできない、美的センスなんてもの俺にはないが、それでも感じるこの形容しがたい美しさ。


「これは見れてよかったな」


「間違いないね、二人と見れたってことも相まって感動倍増だよ」


「「それは良かった」」


 ホープの笑顔を横に俺は改めてステンドグラスを注視した。


 よく見てみればステンドグラスには様々な場面が描かれている。中央には光を纏った女神ネーベの加護を受けし国王、その周りには剣を持つ騎士たち、人々を守る聖者。そして上部には、女神ネーベが天から優しく見守る姿。下部には、互いに手を取り合う人々、困っている者を助ける人々、愛し合う恋人たちの姿が描かれている。


「こうゆうのにも全部意味があるんだろうが、俺には分からないな」


「僕も宗教分野はあんまり得意じゃないからなぁ、解説とかはできないや。レイバンはどう?」


「お前たちより出来るとは思うが…」


(レイバンも難しいか、俺にもう少し教養があればもっと楽しめたのかな~)


「聞かせてもらいましたよ」


 ふと何の気配もしなかった後ろから声が聞こえる。


「この時間帯にここに来るとは、お若いのに中々通ですねぇ。わたくしでよければ解説しますよ」


(誰だ!?気配が全くしなかったぞ)


 振り向くと、そこには白髭を蓄え、にこやかに微笑む老人が立っていた。服装は荘厳な刺繍が施された白と金の法衣――司教のような服だ。


(なんだ、ここの司教様か)


「「な!?」」


 両隣のホープとレイバンが驚いた声を上げた、二人とも司教様を見ただけなのに明らかに動揺している。


「二人共どうしたんだよ」


「…フィル、お前は知らないんだろうが、このお方はジルコット・エクレシア様。この国の教皇様だ」


 はえ?


 思わず二度見、言われてみればそんな空気というか、只者ではない感がある…気がする…


「分かりますよ、こんなチャーミングな笑顔を見せてるおじいさんがと思っているのでしょう?わたくしも教皇のイメージ的にはもっと厳格そうな感じを出したほうがいいとは分かってはいるんですが…親しみやすさも大事だと思いませんか」


「あ、あの、申し訳ございません!僕たちのような者に声をかけていただいて...」


 ホープが慌てて頭を下げる、レイバンも続いて深々と礼をした。俺も慌てて頭を下げたが、ジルコット教皇は穏やかに笑った。


「堅苦しくしなくて構いませんよ、子供に距離を置かれるのは悲しいですから」


 その言葉遣いは丁寧でありながら親しみやすい、そのせいか気が緩みついつい失礼な態度をとってしまいそうになる。


「それで、このステンドグラスについて興味がおありのようで」


「はい、とても綺麗で...でも、描かれている意味がよく分からなくて」


 ホープが正直に答えると、ジルコット教皇は嬉しそうに目を細めた。


「ほほう、ここは教皇として少しばかりお話しましょうか」


 ジルコット教皇はステンドグラスの方を向き、指を指した。


「このステンドグラスは1000年前、大厄災の後に作られたものです。中央に描かれているのは最初の王アルヴィス一世。女神ネーベ様の加護を受け、龍を倒した後、この国を建国した方ですな」


「龍を倒した…さっき見た絵画のか」


「そうです。あの時代、世界は龍によって滅亡の危機に瀕していました。しかし、女神ネーベ様の導きにより、各国から英雄たちが集まり、龍を滅することに成功したのです」


 教皇の指がステンドグラスの上部を指す。


「ここに描かれているのが女神ネーベ様。愛と優しさを司る女神であり、同時に『愛する者を守る力』を与える女神でもあります」


「愛する者を守る力...」


 思わず呟いてしまった、レイラたちを助けるための力が今の俺に備わっているのだろうか。過去の英雄達のように誰かを守れるほど俺は強くなれたのだろうか…


「ネーベ様の教えは、ただ優しくあれというだけではありません。『愛する者のために強くあれ』『力ある者は弱き者を守れ』これもまた、ネーベ様の教えなのです。そして下部に描かれているのは、人々が互いに手を取り合い、助け合う姿。これは『隣人への優しさ』を表しています。愛する者だけでなく、困っている全ての人に手を差し伸べる...それがネーベ様の望みです」


「なるほど...」


 弱きものを守れ…


(大事な時に誰も俺たちを守ってくれなかったのに、神様なんているとは思えないな)


 こんな風に考えてしまう俺だからネーベ様も救ってくれないのかも知れないが。


「教皇様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


 思い切って尋ねた。


「なんでしょう?」


「俺にはどうしても守りたい人がいて、そのために強くなりたいと思っています。それはネーベ様の教えに適っているのでしょうか」


 その時、教皇様に俺の瞳をのぞき込まれた気がした。


「もちろんです。むしろ、それこそがネーベ様の教えの核心ですよ。愛する者のために強くあろうとする心、それは最も尊いものです」


「…ありがとうございます」


「ただし強さだけを求めてはいけません。強さとは、優しさと共にあってこそ意味を持つのです。力だけの者は、やがて道を誤る。それを忘れないでくださいね」


「はい、肝に銘じます」


「ふむ、良い返事です。あなたたちのような若者がいるのなら、この国もまだまだ安泰ですね」


 そう言って、教皇様は俺たち三人の頭を優しく撫でた。


「さて、わたくしはそろそろ失礼します。若者たちの邪魔をするのも良くありませんからな」


「いえ、とても勉強になりました!ありがとうございました!」


 俺たちが深々と頭を下げると、教皇様は満足そうに笑った。


「また、いつでもここにきなさい、次は恋バナでもしてみたいですね~」


 そう言い残して、教皇様はゆっくりと歩いていった。その背中には、長年の信仰に裏打ちされた威厳と、同時に深い慈愛が感じられた。


「恋バナ…か、それはそうと貴重な体験だったな」


「うんうん...まさか教皇様に直接お話を聞けるなんて」


「今年の運を使い切ったかもしれん」


「「間違いない」」


 そんなこと言ってる間に夕日が沈み始め、聖堂の中が徐々に暗くなっていく。灯りがつけ始めた頃、俺たちは聖堂を後にすることにした。


 出口に向かう途中、もう一度女神ネーベの像を見上げた。


(…神様なんて信じてないけど、もし本当にいるなら)


「どうかレイラ達を幸せにしてください」


 小さく呟いて、軽く頭を下げた。


「さて、今度こそ帰るか」


 俺たちは並んで、学園への道を歩き始める。大通りは夕暮れの光に包まれ、行き交う人々もまばらになっていた。


「なぁ、ホープ」


「どうかした?フィル」


「今日は本当にありがとな。誘ってくれて」


 人生で初めての同年代の友人との遊び、ただ外に行くだけでいつもと変わらない…そう思っていたのに。


(楽しかった、今後何があっても忘れないと断言出来る。そのぐらい楽しかったんだ)


 そんな俺の言葉に、ホープは嬉しそうに笑った。


「どういたしまして!また三人で来ようね」


「ああ、次は俺が場所を決めよう」


「楽しみにしてるよ」


 学園の門が見えてきた頃には、空はすっかり藍色に染まっていた。最初の星が瞬き始めている。


「じゃあ俺は先にホープと寮に戻るよ。また明日」


「また明日ね、レイバン」


「ああ、また明日だ」


 レイバンはシェアト様の元へ。俺とホープは並んで寮へと向かった。


「今日は本当に楽しかったね」


「ああ、ホープのおかげだ」


「えへへ、喜んでもらえて良かった」


 部屋に戻ると、買ったばかりの服をクローゼットに掛けた。黒いシャツ、白いシャツ、そして何着かの新しい服。制服と部屋着しかなかったクローゼットが、少しだけ賑やかになった。


「これからは休日も、たまには遊びに行くか」


 呟くと、ホープが笑った。


「うん!また三人で行こうね」


 師匠の言う通りだった。遊ぶことも、確かに大切なこと。


 そして、教皇様から聞いた言葉――『愛する者のために強くあれ』『強さとは、優しさと共にあってこそ意味を持つ』。


(優しさ、か...)


 俺に優しさなんてものがあるのかは分からない。でも、少なくとも守りたい人のために強くなりたいという気持ちは本物だ。


 俺はそう信じたかった。

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