47話 私服がないよ
決闘から数日、僕の日常は平穏を取り戻した。シドルー先輩は決闘でプライドも尊厳も色々砕かれ休学中、今後何かあればうちに相談とファスカ様にも言ってもらえた。なにより僕にはフィルがいてくれてる、ここ数日間は警戒して常に一緒だ。
だからこそ前は気づかなかったことに気づいた。
(フィルって私服ないのかな)
基本学園では制服だけど、休日はみんな王都に出て私服でお買い物をしたりするものだ、でもこの部屋のクローゼットには僕の私服しかない。というかフィルが学園の外から出たとこを見たことがない。休日は剣を振ってるし平日も剣を…
あれ?ずっと振ってるな?
というかフィルが遊んでる姿を見ない、空き時間は魔導書や教科書を読んでるし…フィルは普段楽しいのかな。
(ほんとはもっといろんなことしたいけど我慢してるだけなんじゃないのか、僕は気にしてないけど身分の差とかも気にしてるのかも、なら友達として僕ができることは…)
ホープ、長考。
「フィル!王都に遊びに行こうよ!」
「なんでそうなった?」
▲▽▲▽▲▽▲
「ってことなんだ」
「あーホープなりに色々考えてくれたのはわかるんだけど、俺はいいかな」
教科書片手にフィルはそう言う、強がってるとかではなく本心から言ってるみたいだった。
「前にも言ったけど俺は強くならなくちゃいけないし、服は制服と部屋着だけあればいい。なにより俺はお金がない」
「お、お金なら僕が出すよ!今まで使ってなくて結構貯まってるんだ」
「いやいいよ申し訳ないし、ホープも欲しいものがでた時用に貯めとくべきだよ」
フィルの意思は思ったより堅く、これ以上言っても平行線になるのは目に見えていた。
(一緒に買い物行きたかったんだけどな…)
その時、部屋のドアポストに何かが入れられた。手に取ると少し厚みのある手紙だった。
「手紙…またフィル宛てだよ」
「またか、ファスカ様じゃないよな?ん~え!?」
フィルが驚きからか目を見開く。
「そんなに驚いて…誰からの手紙?」「うーん、俺の剣の師匠かな」
「フィルの師匠かぁ、もうすっごく強いんだろうね」「それはもうハチャメチャに」
話を聞けばその人は騎士団に所属してるらしく、こんなに早く連絡が来るとは思ってなかったらしい。
「なんか手紙にしては異様に分厚いし、嫌な予感がするな。まぁ開けるしかないけど」
封を開けると、便箋に几帳面な文字で綴られた手紙が出てきた。フィルは黙って目を通していく。
『フィルへ
学園生活には慣れましたか?友人はできましたか?あなたならば大丈夫だという気持ちと心配する気持ち、二つの気持ちがあります。あなたは王になる為に少し強くなることに固執してしまうことがある、強くなることは確かに大切ですが、人はどれだけ強くなっても一人では生きていけない。
時には剣を置いて、友と語らい、笑い、共に過ごす時間は必要です。それもまた、あなたを強くする糧となる。遊ぶのも仕事です、渡し忘れた餞別金をここに同封しておきますので使ってください』
手紙の最後まで読んだフィルが封筒の中を覗き込むと、そこには見慣れない紙幣がぎっしりと詰まっていた。一枚、二枚…数えてみると、1万ダリス紙幣が30枚。合計30万ダリス。
「さ、30万!?」「え!?え!?」
学生の身に余る大金、これほどの大金があれば三日三晩豪遊することだって可能だ。
「す、すごい金額…!フィルのお師匠さん、太っ腹だね!」
「あ、あぁ…」
「ねぇやっぱり遊びに行こうよ、いいでしよ?」
これは僕の我儘だ、ただフィルと遊びに行きたかっただけ。
フィルは少し考えたそぶりを見せた後、ふっと小さく笑った。
「…レイバンにも連絡しなきゃな」
「うん!」
喜ぶホープを横にフィルは苦笑しながら、手紙を丁寧に畳んで机の引き出しにしまった。師匠には後で礼状を書かないと、と心に決めた。
▲▽▲▽▲▽▲
次の日。
学園の正門前に、制服姿の三人が集まっていた。休日だというのに制服を着ているのは、俺が私服を持っていないからだ。
「おはよう、ホープ、フィル」
レイバンが爽やかに手を振る。
「おはよう、レイバン!今日は急だったのにありがとうね」「悪いな、付き合ってもらって」
「気にするな。俺もこうゆうのは初めてでな、かなり楽しみだ。それで今日はフィルの服を買いに行くでいいんだな?」
「そうそう!それだけじゃなくて王都を散策しようと思ってるけど、まずはフィルの服を選ぼう!」
ホープが意気揚々と歩き出す。正直なぜこんなにホープが笑顔なのか分からないが…
(笑えてるならまぁいいいか、学園の外に出るのは久しぶりだし、ホープに倣って俺も楽しむか)
王都の中心街は休日ということもあって多くの人で賑わっていた。俺達は人混みをかき分けながら、大通りに面した大きな服屋へと向かった。
「ここなら色々揃ってるはずだよ」
ホープが先頭に立って店内に入る。店内は広々としていて、壁一面に様々なデザインの服が並んでいた。
「うわぁ…こんなに種類があるのか」
「服は好みで決めるのがいい、フィルはどんな服が好きなんだ?」
レイバンに尋ねられるが返答に困る、今まで服というものに執着したことはなく大体レイラが買ってきてくれてた。
「好きって言われてもな、動きやすければなんでもいいかな」「動きやすさ!それ大事だよね」
ホープが頷きながら、黒を基調としたシンプルなシャツを手に取った。
「これとか似合いそう!フィルの銀髪に黒が映えると思うんだ。あ、でもこっちの紺色も…」
次々と服を選び始めるホープを見て、苦笑せざるを得ない。
「ホープ、時間はあるんだしゆっくりいこう」「えー、じゃあレイバンも手伝ってよ」
「そうだな、フィル、これなんかどうだ?」
レイバンが手に取ったのは、少し襟元が開いた白いシャツだった。
「お前は銀髪だから、明るい色も暗い色も両方映えると思うぞ」「そ、そうか?」
結局、二人が楽しそうに選んだ服を何着か試着することになった。
試着室から出てきたフィルを見て、ホープとレイバンは顔を見合わせた。
(これは…似合っているのか?どことなく感じる着られている感!分からないけど、大人に憧れてる子供が背伸びして着そうな服だよこれ!分かんないけど!)
意を決して試着室から出る、ホープとレイバンは合わせたかのように一言。
「…似合ってる」「似合ってるな」
黒いシャツに濃紺のズボンを履いたフィルは、普段の制服姿とはまた違った雰囲気を醸し出していた。銀髪が黒い服に映えている。
「そ、そうか?結構信じられないけどな」
「じゃあこれと、さっきの白いシャツと…あと何着か買おうよ!」「お、おう…」
「というか今日はいくら持ってきたんだフィルは」「30万ダリス」
「何でもできる額だな」「何でもはできないと思うよ?」
合計5万ダリスの会計を済ませて店を出る、片手一杯の紙袋を持つ姿はもう完全に休日を楽しむ学生そのものだった。
「次はどこへ行く?」
レイバンが尋ねると、ホープは目を輝かせた。
「あ、書店に行こうよ!」「本か、いいんじゃないか」
「何買うか迷うけどな」
「魔導書は高いからな、英雄譚でも買うか」
「滅茶苦茶方向性変わるじゃん」
だが英雄譚は良い案だ。孤児院にあった本もほとんどが童話や英雄譚だった、穴が開くほど読んだものだってあるくらいだ。昔から読んでいたから好みも傾き、英雄譚ならふと目を通してしまうぐらいには好きだ。
「レイバンも英雄譚好きなんだ、少し以外かも」
「俺は幼い頃からシェアト様に仕えるために育てられたからな、娯楽という娯楽に触れる機会がなかった。だがそんな時、家にあった絵本の『正義の王子と濁龍』を読んでな、随分とハマったものだ」
「あー俺もそれ好きだよ、かっこいいよなぁあれ」
「えっ、二人ともその本知ってるの!?僕読んだことないんだけど…」
「じゃあ書店で探すか、ホープも読んだほうがいい」「そうだな、あれは一度は読むべきだ」
三人ははそんな会話をしながら、王都で一番大きな書店へと向かった。
「うわぁ、すごい…」
店内に入ると、天井まで届く本棚がずらりと並んでいた、ホープがつい感嘆の声を漏らす。
「よし、じゃあそれぞれ好きな本を見て持ち合おう、30分後にあそこの談話スペースで集合だ」
レイバンの提案で、三人は別々の棚へと散っていった。
(本当にいろんな本があるな、お!これは…)
『王の在り方』
(王についての本か…なになに)
王とは世界最強の10人を指す、王は常に王の石を身につけなければならず、常に狙われる危険性に晒されるが王を狙う愚者などそういない。王に対抗し得るのは魔剣の保有者や神の称号を持つものぐらいだろう。
(魔剣ねぇ、俺も魔剣あればな)
魔剣。1000年前に現れた龍、そのレベルは驚異の8。
突如出現したそれが振りまいた瘴気に当てられた数多の武器、そのほとんどが腐り崩れたが、数万本の内たった十数本だけ生き残った武器があった。その武器にはそれぞれ固有魔法が宿り、持つものに奇跡を与えた。
そんな奇跡の神器の総称が魔剣。
(魔剣があれば、ファスカ様へ勝てる可能性がぐーんと上がるのに。まぁないものねだりだけど)
王の石のように得られるチャンスがあるわけじゃない、事実王国でも魔剣の使い手はランザス団長だけだ。
(魔剣の本とかあったら見たいな)
こんな調子で30分、興味がある本を手に取ればペラペラめくり目を通す。気に入ったものは手の中に、三冊程度重なったぐらいで約束の場所に集まった。
「ホープは中々に分厚いの持ってきたな、レイバンのそれは異国の本か?」
「ちょっと面白そうなの集めたらついつい分厚くなっちゃって」
「俺はこの国から出たことがないからな、興味があった。そうお前も戦闘関連ばかりじゃないか」
「「「……」」」
三者三様、自分の気になったものだけを集めた結果がこれ。好きなものだけにしたらこうなることは予測出来たが、非日常特有の浮遊感が三人を馬鹿にした。
「取りあえず全員持ってきた本を紹介するか、まずは俺な」
机の上に本を並べる、俺が用意した本は3つ。
「『魔剣の歴史』『世界の武具100』『スクーロ流剣術指南書』改めてみると見事に戦闘しかないな、これはひどい」
「別にいいんじゃないか、趣味趣向は人それぞれだ」
「でもやっぱりフィルって戦いが好きなんだね、好きこそ物の上手なれって言葉が義国にはあるけど、フィルにぴったりだ」
「そんな人を戦闘狂みたいに…まぁ昔はそんなだったけど、剣を振ってるうちにこうなっちゃったな」
「そうか、じゃあ次は俺が行こう」
そう言ってレイバンは並べた本は3つ、右から『義国の歩き方』『未来国の歩き方』『帝国の歩き方』
「全部歩き方じゃん!!!」
(よく言ったホープ、お前が言わなきゃ俺が言ってた。というか中々にひどいな)
自分の持ってきた物になんの疑問も抱いていないのか、ホープの突っ込みを無視してレイバンは話し続けた。
「俺は中々異国に行く機会がないからな、いつか心許せる者達と共に行ってみたい」
「そっか、シェアト様に仕えてるから勝手に出れないんだ。でも三国祭で義国と帝国はいけるんじゃない?去年は義国に行ったんでしょ?」
「あぁ、だが街中の行動は自由ではなかった、それに心休めるものでもない」
ふたりの会話に聞いたことのない単語があった、三国祭?
「三国祭ってなんだ?」
「そっか、フィルは知らないよね。三国祭って言うのは王国、義国、帝国の三カ国主催のお祭りのことだよ」
ホープが言うには三国祭は毎年行われ、その国一番の教育機関を選び様々な分野で戦い合うらしい。中でも盛り上がるのが各学年で行われる団体戦。そしてレイバンは去年一年生の部で出場したらしい。
「なるほどなぁ、面白そうだ」
「うん、今年は王国開催だから絶対見ることになると思う。というかフィルも出ることになるよ」
「ん?なんで?」
「お前はシェアト様の班員なのを忘れてないか?毎年その学年一番の班が選ばれるんだぞ、2年は俺たちだろう」
レイバンは何言ってるんだという顔で俺を見つめる。
「え?ほかに強いとことかいないの?」
「うーん、シェアト様の班ってそれはもう強かったんだよね、そこに今年からフィルが加入したでしょ?だから…順当にいけばフィルも出ることになると思うよ」
「えーそうなのか、まだ全然学園のこと知らなかったからもっと二年にも強い人がいるのかと思ってたよ」
(ファスカ様が学園の頂点なのは分かってた、ただファスカ様より下だからって他の人が弱いってなるわけじゃない。このノジオン学園は王国最高峰なのだからもっと強い人がバンバンいるって認識だったんだけど違ったか)
少し残念、そう思っていたらホープがとある名を挙げた。
「2年で言うならティファレトって子は強いよ」
「どのぐらいだ?シェアト様レベル?」
「シェアト様の強さがいまいち分からないから言えないけど、ティファレトはフィル以外で唯一レベル4を倒してるんだよ」
(レベル4を!それはすごいな、会うのが楽しみだ)
そうしてついに最後、ホープの番が来た。
「僕の本はこの3つ!『魔法定理の応用』『魔法の波』『解毒・解呪の基礎』」
ホープが持ってきた分厚い三冊、見た瞬間レイバンと俺はきっと同じ気持ちになった。
「「分厚っっ!!」」「え?」
「ホープ…これ、全部専門書じゃないか?」
レイバンが呆れたように言うと、フィルも頷いた。
「というか『魔法の波』って、こんな高度なものよく読もうとするな」
「え、そうなの?でも面白そうだったから…」
ホープが少し恥ずかしそうに言うと、俺たちは顔を見合わせた。
「待て待て、俺たちのことをどうこう言えないだろホープ」
「そうだな。俺は戦闘関連、レイバンは旅行ガイド、ホープは専門書…」
「完全に趣味が偏ってるね、僕たち」
「まぁいいじゃないか。好きなもの選んだんだし」
「そうだな。それに互いの興味がわかって面白かった」
「うん!じゃあこれ買って次行こう」
俺達はそれぞれの本を持ってレジへと向かった。会計を済ませると、本の入った袋がさらに増えた。
「結構買ったな…」「でも楽しかったね」
ホープが笑うと、レイバンが窓の外を見た。
「おい、もう結構遅い時間じゃないか?」
外を見ると、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
「本当だ…もう夕方なんだ」「今日は色々回ったからな。そろそろ学園に戻るか?」
レイバンの提案に、ホープが少し考えるような仕草をした。
「うーん、でもあと一箇所だけ…行ってみたいところがあるんだけど」
「どこだ?」
「王都の大聖堂だよ、そこにはすごく大きくて綺麗なステンドグラスがあるんだ。そこに夕日が当たるとそれはもう絶景らしいよ」
「ステンドグラス…か」
(孤児院にもステンドグラスはあったけど小さかったからなぁ、見たみたいな)
「よし行くか」「いいんじゃないか、俺も見てみたい」
レイバンも賛成すると、ホープの顔がぱっと明るくなった。とても分かりやすい。
「やった!じゃあ急ごう、夕日が沈む前に」
三人は書店を出て、大聖堂へと向かった。




