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46話 ただの決闘ではない

 決闘の噂は瞬く間に学園中に広がった。


「何やってんだよフィル兄は!」


「え?あのレベル4討伐したって先輩転入生ってライのお兄ちゃんなの!」


「兄弟揃って決闘とは随分血気盛んなことだ」


「「お前が言うな!!」」


 弟分は大騒ぎ、決闘場に走る。


「シェアト様!聞きましたか!?」


「あぁ、急に理由なく無茶をする様な者ではない、何かしらの事情があったと予想出来るな」


「そ、それでどうするんですか?」


「仲間が何かに巻き込まれてるのかもしれないのだ、行くぞ」


 シェアトとトニカは大急ぎで決闘場に向かった。


 先日のライとアーサーの決闘の比ではない人数が決闘場に集まり、話題の二人について話している。


 これほどの人数が集まったのは食堂による誘いもあったが、何より噂だけが一人歩きして未だ強さが未知数の転入生と三年でもその実力が認められているシドルーの戦いだからだろう。


 ライとアーサーの戦いは一方的な蹂躙になると予想されていたが今回は分からない、観戦する者達は皆心を踊らせながら待っていた。


 いや、心を躍らせない…なんなら今にも爆発しそうな者が一人いた。


「あばば…あばばば、なんでこんなことにぃ」


「いやぁ、無茶するよね」


 ホープである、フィルがこんなことまでするとは知らず、昼ご飯にレイバンやシェアト達と一緒に楽しくご飯を食べて授業を受けていたら突然決闘だなんて話を聞いた。


 流石に意味が分からずしばらく固まっていたがそんなことをしてる間にもう放課後、自分が火種の様なものなのでせめてフィルを鼓舞しようと、出場者の通り道に来たらファスカとギルフォードがいたので一緒に待機してるという所だった。


「かなり無茶な作戦なのは間違い無いけど、この決闘に勝ちさせすれば彼は色んなものを得られる。会長や教師陣が見てることで今後の牽制、学園内でホープ君達に何かしようなら逆恨みと言われて非難されるだろうし生徒会からも手が出しやすくなる。強さを示せればシドルーみたいな輩にも絡まれなくなる上に銃も取り返せるしね」


「でももし負けちゃったら…」


 ホープが溢した不安にファスカもギルフォードも反応を返さなかった。それが逆にホープの心を掻き回した。そんなホープを見て、ファスカは肩を叩いた。


「いつまでそんな顔をしているの?」「え?」


「そろそろフィルが来る、貴方はその不安を前面に出した顔のまま迎えるつもり?」


 頬を叩かれたかの様な感覚だった。


「大体の事情は聞いたわ、だから貴方が責任を感じるのも分かる、不安を今表に出していても構わない。でもフィルの背中を押す時だけは不器用でもいいから笑顔でいなさい、それが今一番フィルにとって必要な物よ」


 目が覚めた


(そうだ…僕が不安になってどうする、信じるんだ、友達を信じるんだ)


 本当に情け無いけど、信じると決めたのだから、会長の言う通り笑顔で送り出すべきだ。


「はい、ありがとうございます、ファスカ様!」


「切り替えが早い子は好きよ、それで貴方はシドルーについて知ってる?」


「えっと、王国の盾って言われるパラディーン家に生まれた実力者ってことぐらいでしょうか」


「大体合ってるよ、三年の中でも中の上…甘めに見れば上の下はあるかな?」


「シドルーは傲慢だけど決して慢心していたわけじゃないわ、しっかり鍛錬を積んで優秀な家系魔法を磨いてきた」


(会長達でもこんなに言うなんて…やっぱり強敵だ、三年生でもシドルー先輩は有名だったし…あぁ、だめだめ、暗い考えはダメだ)


 ホープは自分の頬を両手で引っ張った。痛みで少しだけ現実感が戻ってくる。


「ホープ君、顔が変だよ」


「うぅ…でも、こうでもしないと不安で」


 そう言いながらさらに頬を伸ばしていると、規則正しい足音が聞こえてきた。


 三人が同時に音の方を向く。


「ホープ、ファスカ様にギル先輩まで来てくれたんですね」


 木剣を軽々と回しながら、フィルが歩いてきた。その表情には迷いがない。昨日までの悩んでいた顔は微塵もなく、ただ真っ直ぐに前を見据えている。


 フィルはホープの前で立ち止まり、木剣を肩に担いだ。


「見ててくれ」


 たった一言。でもその言葉には、全ての覚悟が込められていた。


 ホープは頬を伸ばしていた手を離した。そして、精一杯の笑顔を作った。不器用でぎこちないかもしれない。でも、今できる最高の笑顔。


「フィル、ぶっ飛ばしてきて!」


 勢いよく拳を突き出し空を打った、その拳は小さく震えていたけれど、力強さを感じさせた。


「フィル、行ってきなさい」「君ならいけるよ」


「ありがとうございます、じゃあ行ってきます!」


 フィルは三人に一礼すると、決闘場のゲートへと向かった。


 木剣握り締め、一歩一歩を踏みしめる。既にシドルーが着いているのか出口の向こうの観客席からは歓声が止まない。


(ぶっ飛ばして来て…か…)


 ざわめきが大きくなる。ただ前を見て、ゲートを潜った。


「来たぞ、あいつだ!」「よく来た!偉いぞ!」「フィル兄!何やってんだ!!」


 決闘場は見渡す限りかなりの人数が埋まっている、野次の中で聞き馴染みのある声も耳に届くが今は気にならない。


「来たか、いや…来てしまったか」


「来てほしくなかったと?」


 シドルーの持つ装備は木剣と木盾、前情報通りである。その立ち姿は騎士団で見た騎士達と同種、つまりしっかりと鍛錬して来た者にしか出せない雰囲気ということだ。


(そんな人と何故こんな形で戦わなくてならないのか…残念でしょうがない)


「どっちでも構わん、ただ逃げた方がファスカ様も失望すると思ってな」


「俺に色々して来たのはファスカ様関連ですか?」


「言わなくてもいいだろう、それより早く始めないか、皆も待ち望んでる」


 そういってシドルーは審判を呼び定位置についた。


「今回審判をするシャンラだ。両者、準備はいいか?」


 審判の声が決闘場に響く。フィルとシドルーは互いに頷いた。



「ではこれより、フィルとシドルー・パラディーンの決闘を開始する!」


 審判の手が下ろされた瞬間、シドルーが魔法を唱える。


 家系魔法 「王の盾」


 青く光り輝き、幾何学模様が刻まれる丸盾が二つ、シドルーの周囲に現れる。


 その光景に眉をしかめたのは観客席にいたシェアトとレイバン。


「シェアト様、あの家系魔法って強いんでしょうか?」


 トニカは自分の主へ質問を投げかける、シェアトは少し間を開け口を開いた。


「王国の盾として数多の騎士を輩出してきた、かのパラディーン家の「王の盾」。自らの意思で自由に動かせる鋼鉄以上の硬度を持つ盾だ、弱いはずがない」


「フィル…お前なら勝てる」


 シェアトたちが不安を胸に抱えながら決闘を見下ろし始めてから二十秒が経過した。


「う、動いてないけどさ、ライのお兄ちゃん大丈夫なの?」


 少し離れた位置に座るのは一年生組、唯一女子であるサンドラは動かない戦況に疑問を感じていた。


「ふん、そもそも貴様の兄はどれほどの実力なのだ、レベル4討伐の噂なら聴いたが、あのシドルーというやつもそこそこできるぞ」


「そこそこってか、滅茶強でしょ!あのパラディーン家だよ!?」


 戦況が動かないこといいことにうるさくする二人、普段ならそこに混ざるライは沈黙を貫く。


「ライ、黙っているが…どうした、そんなに不安か…??」


 アーサーには珍しく心配そうにライの顔を覗き込んだ、だが予想と違いライはの顔には微塵も不安なんてなかった。


「まさか、フィル兄が負けるわけないだろ」


 あまりにも当然の常識であるかのように、ライは言った。


「だよね、ライのお兄ちゃんが弱いわけないよね」


「おん、俺なんかよりは全然つえぇよ、ただまぁ」


 ライは腕を組んだまま、少しだけ表情を曇らせた。


「…面倒ごとに巻き込まれたのか気になっただけだよ」「面倒ごと?」


「フィル兄の性格的にあんな奴にわざわざ自分から決闘なんか申し込むわけないんだよ。でも聞いたところ今回は自分から申し込んだ…ってことは、何か理由があるってことだろ」


 ライの目が鋭くなる。


「誰かがフィル兄を…いや、フィル兄のダチとかを傷つけたんじゃないかってな」



 決闘場では、まだ両者が動き出していない。観客の一部がガヤガヤし始めた。


「おい、まだ始まらないのか?」「何やってんだ?」「ふっ、もうすでに戦いは始まって…」


 そんな声が聞こえ始めた、その時だった。


 フィルが動いた。


 木剣を掲げ、大きく振りかぶる。シドルーが身構えた瞬間、フィルは木剣を思い切り後方へ投げた。



「「「は?」」」



 観客席から一斉に声が上がった。何が起きたのか理解できない。木剣がゆっくりと回転しながら空中を飛んでいき、その先には、ホープがいた。


「何してるんだよフィル!剣がなきゃ戦えないよ!」


 ホープの必死な叫びが決闘場に響く。でもフィルは何も答えない。ただ真っ直ぐに前を、シドルーを見据えている。


「気でも狂ったか?それとも降参のつもりか?」


 シドルーが嘲笑を浮かべた。武器を手放すなど、正気の沙汰ではない。


「いや、狂ってなんかいない」


 フィルの声が低く響いた。


「ただ…」


 フィルの目が鋭く光る。その瞬間、周囲の空気が変わった。ピリピリとした、まるで雷が落ちる直前のような緊張感。観客席のざわめきが止まる。


「ぶっ飛ばしてって頼まれたからね」


 中級 無属性 「無衣セル・ギアス


 魔法とともにフィルの身体から、淡く神々しい光が溢れ始める。そして…


「はぁぁ…」


 闘気を全開、魔法と闘気。二つの相反する力は混ざり合い、風を吹き起こす。


「ど…どうやって、平民如きがどうやってそんな領域に行った!!」


 シドルーの顔から余裕が消えた。目の前に立つフィルは、さっきまでとは明らかに違う。まるで別人のような、圧倒的な存在感、その闘気は観客席まで届く。


「おい…あれ、マジか」


 観客席のどこかから、震える声が漏れた。フィルが一歩踏み出す。ただそれだけで、シドルーの背筋に冷たいものが走った。


(ふざけるな…待て、冷静になれ。魔法はわかる、無属性とはいえ中級、練度が高いのも頷ける。だがなんだその闘気は!!」


 魔法は才能の面があまりにも大きい、魔力量に属性数、固有魔法に家系魔法の有無。どれだけ初級魔法を極めても才ある者が出したばかりの中級に劣る。


 それに比べ闘気は、ごく一部の例外を除けばみな基礎量は大して変わらず、時間をかければ平等に鍛えられる。だからこそ闘気を見ればその者の歩んできた努力がわかる。


 シドルーの手が、小さく震えた。


 シドルーは鍛錬を怠らない、生まれ持った才に環境に怠けることなく幼いころから己を磨き上げてきた。そんなシドルーだからこそ分かる、分かってしまう。目の前の自分より年下の少年がどれ程の域に行っているかを感じ取れてしまう…


 シドルーが動揺してる間にフィルは拳を引き構えた。


「じゃあ、行きますね」


 白い闘気が弾けた。


 山勘か、それとも生存本能か。


 シドルーは咄嗟に二枚の盾を自分の前に展開した。なぜそうしたのか自分でも分からない。ただ、本能が叫んでいた。前に出すしかない、と。青く輝く盾が防壁を作る。パラディーン家が誇る、鋼鉄以上の硬度を持つ盾。これで防げるはずだ、防げなければならない。


 その瞬間だった。


 バリィィィン!!


 乾いた破砕音が決闘場に響き渡った。


「なっ…!」


 二枚の盾が砕け散る。青い光の破片が宙に舞った。


(嘘だろ…!?)


 理解が追いつかない。あの盾が、一撃で。


 そして次の瞬間、シドルーの鳩尾に激痛が走った。


「っっかはっ…!」


 殴られた。今、殴られたのだと、遅れて理解した。肺から空気が一気に押し出され視界が歪み、意識が遠のきそうになる。


(だめだ…意識を…!こんな奴に負けて!!)


 必死に踏みとどまろうとするシドルーの目に、フィルの姿が映った。


 既に次の拳が、迫っていた。


「ホープがされたものはこんなもんじゃないぞ」


 顔面に正拳がめり込む、ひるんで体が硬直する隙ををフィルは見逃さない。金的、鳩尾、顔面を狙った急所三連撃、鋭い蹴りがシドルーを襲う。


「ぉぐ…な、舐めるなぁ!!」


 激痛と共に吹き飛びながら、シドルーの手が胸元に伸びた。


(まだだ…まだ終わらない!)


 貴族の、パラディーン家の意地が、痛みを閉じて無理矢理シドルーを動かした。胸から取り出したのは、ホープから奪った魔銃ティア。


「これで…!」


 魔銃の威力はその使い手の魔力に依存する。そしてシドルーの魔力は、ホープのそれをはるかに上回る。同じ銃でも、威力は比較にならない、それを近距離で撃つ。


(魔法と違い詠唱もいらない、この距離ならばたたではすまん…!)


 この場での反撃の選択としては最高の手だった。


 シドルーの指が引き金にかかる。


「死ね!」


 魔銃で撃つ、シドルーがとっさに導き出した最適で合理的な選択だった。だが…


「なに、使おうとしてんだよ」


 最も選んではいけない選択でもあった。


 フィルは既に切れていた、この数年間で一二を争うレベルで激怒していた。自分の大切な人達を傷つけるというフィルにとって一番の地雷をシドルーは、踏みに踏みまくっていた。


 手加減など頭から消えていた、銃を撃たれるより先にシドルーの腕を左手で握りしめていた。くしゃりと、瞬きの間に腕を骨ごと握りつぶし、右手で拳を作る。


「ひっ…や、やめ…」


 あのシドルーから情けない声が漏れた、だがフィルは止まらない。


「これはお前なんかが使っていいもんじゃないんだよ!!」


 右拳が、シドルーの顔面を打ち抜いた。



「ぶっとべ!!!」


 凄まじい衝撃音とともに、シドルーの身体が吹き飛んだ。決闘場の境界線を越え、そのまま観客席の壁に激突する。


 ドガァァァン!


 吹き飛んだシドルーは見事に壁にめり込み、白目を剥いて、完全に意識を失っていた。


「はぁ…はぁ…」


 決闘場が静まり返った。


 誰も声を出せない。誰も動けない。


 ただ、呆然と立ち尽くすフィルの姿を見つめていた。


 数秒の静寂。



「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」



 観客席が爆発した。


「勝った!」「すげぇ!」「あのシドルーを瞬殺!」「フィル!フィル!フィル!」


 歓声が決闘場を揺らす。


「シドルー・パラディーン場外により…勝者、フィル!」


 さらに歓声が大きくなる。そしてフィルは、それを背中で聞きながら真っ直ぐにゲートへと向かった。観客席の方は見ず、歓声には応えない。


 ただ一人の、友達の元へ。



 ▲▽▲▽▲▽▲



「フィル…」


(すごい戦いだった…僕なんかじゃ目で追えないぐらい高次元だった…)


 心配してたのがばからしくなるレベルでフィルとシドルー先輩には差があったんだと感じた、そんな戦いの余韻に浸っているとフィルがこちらに向かって歩いてくる


 ホープの前に立つと、フィルはゆっくりとティアを差し出した。


「ほら、返すよ、ホープ」


「フィル…あの、あり…」


「見てくれてたか?」


「え?」


 そして、フィルは笑顔を浮かべた。いつもの、あの優しい笑顔で。


「お前の友達はお前が思ってるよりずっと強いだろ?」


 そっか、フィルは見せたかったのか…自分の強さを…友達の強さを信じれない僕に見せてくれたのか。これからの僕が友達を信じて自分を犠牲にしないように…フィルは戦ってくれたのか…


 あぁ…なんだろうな、なんだかもう我慢できないなぁ


 すごくこみあげてくる、涙も感謝も今までの全部が肯定されてるみたいで


「…ありがとう」


 違うだろ僕、今は泣くなくとこじゃとこじゃないんだ。早く伝えないと…


「フィルと友達なれてよかった」


 涙は止まらないけどきみに言いたい


「僕の友達は…世界一強いよ!」


 何度でも言いたい、これからの人生、今日という日を忘れることはない。君への感謝も勇姿も絶対に…



 ▲▽▲▽▲▽▲



 ファスカは静かに微笑み、ギルフォードは満足そうに頷いた。


「ねぇ、ギルフォード」「はい、会長」


「私のほうが強いわよね」


「さすがにそれは空気読めないどころの騒ぎじゃないですよ会長、黙っときましょう」


「なによ、冗談に決まってるでしょ?」


「会長の場合分かりにくすぎですね」


 この会話がかわいい後輩たちの友情に水を差さないかだけが心配なギルフォード、これ以上ファスカが何か言う前に去りたいのが本音だった。


「まぁシドルー程度に苦戦するわけないのはわかってたからつまらない戦いになると思っていたけど、まさか剣を捨てるなんてね」


「すごい闘気でしたね、僕より上ですよ」


「闘気が強いからってあなたが負けると思わないけど、ノジオン学園でフィルに近距離戦で勝てるのはあなたと私ぐらいかもね」


 とはいえファスカの読みでは魔法ありでも、フィルに勝てるのは自分を除きギルフォードとノーザンぐらいしかいないと思っているが。


「最高ね、フィル、あなたと戦うのが楽しみでしょうがないわ」


 フィルとは戦う運命、出会った時から決められていた。もうその日は近いのかもしれないとファスカは予感した。

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