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35話 早起きは三文の徳

 翌朝、フィルは早起きしてランニングに出かけた。どうも体は運動を求めているらしく、学園内を見回るついでに走ろうと思い立ったのだ。


 朝日が差し込む石造りの廊下を軽やかに駆け抜けながら、フィルは改めて学園の壮大さに驚いていた。


「ここでこれから過ごすのか」


 中庭に出ると、手入れの行き届いた芝生と色とりどりの花壇が広がっていた。芝生の上を走りながら、フィルは清々しい気分になっていくのを感じる。


 訓練場の前を通り過ぎ、図書館の周りを一周して、今度は学園の裏手にある小さな森の方へ向かった。木々の間を縫うように走っていると、前方から軽やかな足音が聞こえてきた。


「あれ?誰か他にも走ってるのかな」


 カーブの向こうから現れたのは、美しい灰色の髪を揺らしたシェアト様だった。彼女は軽快なペースで走っており、フィルとすれ違いざまに気づいて足を止めた。


「フィルか、朝から精が出るな」


「シェアト様!おはようございます。まさかこんなところで出会うとは」


 二人は並んで歩きながら息を整えた。


「シェアト様はいつも走って?」


「稀にだな、今日は貴公に会えると思い走っていた」


 また未来を見ているかの様な発言、フィルは決して失礼のない様に聞くことにした。


「昨日から気になっていましたが、シェアト様は未来が見えるんですか?」


 目を丸くしたシェアト様は少し考えた素振りを見せ、そして笑った。


「ははは、そうか、そう感じたか。生憎王族の様に未来を見るなどという大層な魔法はない。ただ固有魔法で直感がいいだけだ」


「直感ですか?」


 直感とは、論理的に考える前に「なんとなく感じる」こと。頭で分析する前に、心や体が「これだ!」「なんか違う」「危険だ」と瞬間的に判断すること。


 経験や知識が無意識のうちに働いて、理由は説明できないけれど「そう感じる」という感覚がシェアトは他よりはるかに優れているらしい。


「すごい魔法ですね、羨ましいです」


「あぁ重宝している、だがこの魔法は秘密にしてくれ」


「何故です?」


「あくまで直感は私の感覚でな、魔法かどうか怪しいからと家から言わないように言われてる。だからレイバンやトニカも知らない」


「じゃあ何故俺に…」


「言っておいた方がいいと思った…ではダメか?まぁそれはいい、学園はどうだ?気に入ったか」


「はい、まだ全部見きれてませんが、夢の様な環境です」


「それは良かった」


 シェアト様は穏やかに微笑んで、再び走り始めた。フィルも隣について行く。


「ところで、昨日の夜はレイバンがフィルのところを訪れたらしいな」


「え?どうして知って…」


「レイバンならそうする。不器用だが優しく真面目な男だ、必ず謝りに行く」


 シェアト様は苦笑いを浮かべていたが柔らかい空気を感じた。


「レイバンのこと最初はよくわかんなかったんですけど。いい奴だってことはよく分かりました」


「そう言ってもらえると助かる、不器用ながら従者として頑張ってるんだ。応援してやってほしい」


「レイバンとシェアト様は主従関係なんですか?」


「そうだ、トニカとレイバンの家系は代々シュヴァリア家に従えている。だから生まれてきた頃から一緒だった」


「幼馴染ってことですか」「そうだな、数少ない心を許せる者だ」


 何処か懐かしい記憶を思い出たか、少し寂しげな表情を見せた。


「フィルよ、何故私が誘ったのか分かっているか?」


「いや、全然分かんないです、レベル4を倒せる実力があるからですか?」


「無論それもある、レベル4を倒すという快挙はそれだけで誘うのに十分な理由になるだろう」


(シェアト様はこう言ってるけど…この人もレベル4倒せる力がある気するんだよな。どうなんだろう)


「それに貴公は剣士だ、私達のチームはトニカが遠、レイバンが遠・中、私が中・近距離を担当していたからな。あともう一人近距離で戦える優秀な剣士が欲しかった」


 剣士がいれば中距離が安定し、それは全体の安定感に繋がる。四人組の理想的な陣形だ。


「だが一番の理由はランザス殿に言われたからだな」


「ランザス団長にですか?」


「そうだ、困ったら誘え〜見込みがあるからと言っていた」


(相変わらず雑だなあの人)


「気になった、現騎士団長が見込みあると言った男はどんなものかと。だからだ」


(そういう理由だったのか、ランザス様…)


 多分ランザス様は俺に助け船を出してくれていたのだろう、もし俺がチームに恵まれない時の保険として言っておいてくれたに違いない。


「まぁ他にも理由はある、例えば四代貴族に物怖じしない所だな」


「具体的には?」


 シェアト様は指を立て言った。


「まず私達のチームの弱点は私に意見する者がいないことだ、二人共従者という立場のせいで私に強く言うことがない。だから貴公には違うと思ったら言ってもらいたい」


 普通従者がいて、天に恵まれた才能があれば慢心の一つや二つあってもしょうがないと思うが、この人に限っては一切ないらしい。四代貴族は傑物ばかりだ。


「分かりました、ちゃんと言います」「それでいい」


 この後二人はしばらく並んで走り続けた。森の中の小道を抜けて学園の敷地を一周すると、すっかり日も高くなっていた。


 二人は軽くストレッチをしながら息を整えた。


「いい運動になったな」「はい」


 汗を拭いながら、シェアト様は時計を確認した。


「そろそろ朝食の時間だな。フィル、今日の授業が終わり次第、空き教室に集合してくれ」


「空き教室ですか?」


「あぁ、魔法などのすり合わせをする。チームとして連携するには、お互いの能力を把握しておく必要があるからな」


 シェアト様は真剣な表情で続けた。


「トニカとレイバンにも伝えておく、では朝食を取って、今日一日頑張ろう」


 シェアト様は軽やかに手を振ると、学園の中へと向かっていった。


 フィルも彼女の後を追うように玄関へ向かいながら、これから始まる本格的なチーム活動に胸を躍らせていた。

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