16話 風矢
寒空の下、俺は剣の修行を終えて魔法の修行に勤しんでいた。寒気は相変わらずだが、修行の熱で体は温まっていた。
「成る程、風矢を習得する為の訓練ですか」
「あ、師匠分かるんですか?」
師匠は今日帰ってきた。約一週間の帰省だったけど、移動時間を考慮すれば家族と会えたのは三日間程度だろう。
なんだか申し訳なかったが、師匠本人が気にしなくていいと言ってくれたのだから自分が言えることは何もない。
そんなわけで今日から午前に剣、午後は魔法というサイクルになる。そして師匠に魔法を見てもらってたのだが…
「言ってませんでしたか?私は風属性ですよ」
「え?そうなんですか?じゃあコツ知ってますか?」
師匠が風属性だったなんて、というかそもそも魔法を使えることすら知らなかった。まぁ師匠なら使えるか
「コツ…そうですね」
少し考えた素振りを見せて師匠は言った。
「フィルはまだ風弾を圧縮する段階ですが…何やら押し潰すしてる様に見えます。一箇所だけに力を込めては霧散してしまう、満遍なく包み込みながら圧縮するんですよ」
「成る程…」
師匠の言葉を受けて、一つ思いついたことがある。今まで風弾を圧縮させるのに片手でやっていたけど…もう一つの手で包む様にすれば…もう一度魔力を集中させた。一点に押し込めようとするのではなく、全体を包み込むようにイメージ。
「そう、その調子です」
師匠の声が聞こえる。確かに、今までとは違う感覚だった。風の魔力が、より自然に手の中で渦を巻いている。
「ダグラス様から聞いていましたが…フィル、やはり君はセンスがある」
その時だった。俺の手の中の風弾が小さくなった。萎んだのかと思ったが反発する力が段違いだ。これは…
「できました!」
思わず声を上げると、師匠は微笑んだ。
「とりあえず第一段階は完了ですね。あとはそれを鋭くすれば風矢になります」
師匠は片手を上げ、一瞬で風弾を作り出した。それは私のものより遥かに小さく、凝縮されている。
「見ていてください」
言うや否や、師匠は風弾を放った。樹木の間を縫うように飛んでいった風弾は、遠くの岩に命中。小さな爆発を起こし、岩の表面を削り取った。
「圧縮すればするほど、威力は増します。まぁその分制御も難しくなりますが」
俺は自分の不出来な風弾と《エアド》師匠の風矢を見比べた。確かに形にはなったが、まだまだ粗い。師匠のような精密な制御には程遠い。
「焦らなくていいですよ、基礎からしっかり詰めればあなたなら直ぐに習得できるでしょう」
「はい!もう一度やってみます」
夕暮れの空の下、俺は何度も風矢の練習を繰り返した。形が崩れ霧散し消えることが殆どだったが徐々にコツをつかんでいった。
師匠は黙って見守っていたが、時折アドバイスをくれる。風を感じる瞬間、魔力の流れ方、手の位置...細かな指摘の一つ一つが、確実に上達への道標となっていた。
「今日はここまでにしましょうか」
気がつけばもう日が沈む時間。体の疲れを感じつつも、確かな手応えがあった。風矢自体は修得出来なかったけど…明日はもっと上手くできるはずだ。
「ありがとうございました、師匠」
「いえいえ。夜ご飯は今日、私が作りましょう」
「それは嬉しいですね」
ご飯は基本的に当番制だ、料理の腕で言ったら師匠>ダグ爺>>ライ>俺ぐらいだろう。トットさんは…料理というか肉を焼いて出すだけだから正直分からない。本当はめちゃくちゃ上手いのかもしれないし、んーそれはないか。
翌朝、いつもの時間に目が覚めた。昨日の訓練の疲れは残っているものの、風矢への手応えを感じていた俺は、早く練習を始めたい気持ちを抑えながら朝の準備を整えた。
午前中は剣の訓練。昨日の魔法の訓練の影響か、腕の…体の動きが若干鈍い。それでも基本に忠実に、一つ一つの動作を丁寧にこなしていった。
「フィル、昨日の魔法の影響が出てますね」
やっぱりバレるか…
「ごめんなさいぃ…」
「いや、むしろ良かったです、正常なのが分かりました」
「え?どうゆうことですか?」
「知らないと思いますが…普通魔力量を限界まで酷使したりすれば体に異常を来しますし、長時間魔法を使った後に闘気を使えば拒絶反応を起こします。むしろ何故今まで影響が出なかったのか不思議でした」
そうだったのか、ダグ爺が言うには俺の体は魔法との親和性が異様に高いらしくそのおかげで今まで魔法と闘気を両方高めていけたけど、流石にスパンが短かったのかな。
まぁでもこの程度の震えなら問題はない、そう思って剣を振り続けた。
それから違和感を引きずりながらも午前を終え、午後の魔法訓練が始まった。
「では昨日と同じ様に頑張りましょう」
師匠の言葉に頷き、早速風の魔力を集中させる。昨日掴んだ感覚を思い出しながら、両手で風を包み込むようにして圧縮していく。
「うっ」
最初の数回は失敗も失敗。昨日よりも小さく圧縮しようとして力み過ぎ、手の中で霧散してしまう。
「昨日の感覚を思い出してください、焦りすぎですよ」
師匠の声に、深く息を吐く。そうだ、全体を均等に。一点に押し付けるんじゃない…。そう意識してもまた霧散する…
「ふむ」
手の中で渦を巻く風が、徐々に小さくなっていく。昨日より確実に小さい。でも、まだ安定していない。
「ここからが難しいところです。小さくしながら、形を尖らせていくんです」
「尖らせる…ですか?」
「ええ。風矢は名前の通り、矢のように細く鋭利である必要があります」
まじですか…今でもかなり大変なのに、というか球体を尖らせるってどうやってやるんだ…?
とりあえずチャレンジの精神で霧散しない様に気をつけながら、圧縮した風弾の形を少しずつ変えていく。前に伸ばそうとした瞬間、またも霧散。
「むむ…」
これはもう集中してないとかの次元じゃないのかも知れない…慣れっていうか、数をこなすしかないのかも知れない…
「慌てずに。一気に変えようとせず、少しずつです」
師匠がなんか言っている、慌ててはないんですよ師匠…!
少しの絶望を感じながら何度も何度も試す。太陽が大分傾いてきた頃、ようやくコツを掴んだ。
「今度こそ…!」
圧縮した風弾を、極めて緩やかに前方へ伸ばしていく。今までより遥かにゆっくりと撫でる様に調整する。手の中の風が、まるで生き物のように形を変えていく。
そして
「出来ました!」
俺の手の中で、小さな矢のような形の風が安定している。昨日までの風弾と比べると遥かに洗練された形だ。
「良いですね。では、放ってみましょう」
師匠が指さした先には、昨日と同じように岩が置かれている。
深く息を吸い、意識を集中させる。そして、狙いを定めて…弾く
瞬間、風矢は爆発した。
「…は?」
なんでだ…?なんで…
「ダメですよフィル、最後の最後に油断しては」
「もぉぉぉぉぉ!やっと成功したと思ったのに!もう一回、もう一回ですよ師匠!」
「…あと少しだけですよ」
残り僅かな時間、成功しようと奮闘したが…一度途切れた集中が戻ることはなく、その日は成功出来なかった。
明日こそ…明日こそは!




