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14話 躍進

 師匠に出会って三ヶ月が経過した。あれから毎日師匠に言われた通りに修行をしている、姿勢を確かめ剣を振り、修正してはまた振る。


 一通り終わったら師匠と模擬戦をして何もできずに負ける…そしてまた最初から繰り返し…俺は本当に強くなってるのかな…


 ラウスを倒すって決めたのに、全然成長できてない。


 こんなんで本当にレイラ達を…


「どうしたんですかフィル、少し落ち込んでいる様ですが。最低限休むのも修行のうちですよ」


 剣を握りしめて遠くを見つめていたフィルの肩に、優しく手が置かれた。


「師匠…」


 フィルは剣を下ろし、ため息まじりに口を開く。


「俺って本当に強くなっているのでしょうか。師匠には相変わらず一撃も与えられてませんし…正直不安なんです」


 師匠は目を丸くして、何かを察したと思えば突然頭を下げた。


「すいませんフィル、あなたに絶対必要なことをやらせていませんでした。私のミスです、完全に失念していました」


「必要な…こと?」


「成功体験を積ませることです。この三ヶ月間であなたは間違いなく強くなりました」


「そうなんですか?」


「はい。でもそれはあくまで私が感じていただけでフィル自身は実感できていなかった」


「師匠…じゃあ俺はちゃんと強くなってるんですか?」


「断言できます。あなたは三ヶ月前より遥かに強くなった」


 師匠の声には確かな自信が滲んでいた。フィルは黙って空を見上げる。


(そうなのか、俺ちゃんと強くなってるんだ。師匠が嘘をつかない人なのはこの三ヶ月で分かった。なら俺はきっと本当に強くなったんだろう…)


「今日は予定を変更して山の奥へと向かいましょう」


「なんでですか?」


「魔物討伐です。フィルがこの三ヶ月でどれだけ強くなったか…確認してもらおうと思いましてね」師匠は道場の方へ歩き始める。


「おぉ、確かにめちゃくちゃ久し振りですけど、怪我とかしたりして修行できなくなったり」


「…まぁその時はその時です」


「え?」


「早くいきましょう」


 呆気に取られたフィルを置いてラロは山の奥地へと向かった。


「ちょっと!待って下さいよ師匠!」


 フィルは慌てて師匠の後を追った。もう後ろ姿に迷いはない。




 ▲▽▲▽▲▽▲




 フィルと師匠のラロは山の上へと向かっていった。普段の修行場所から30分ほど山を登り、木々が生い茂る深い森の中へと足を踏み入れる。この山は山の主の棲家である頂上に近づけば近づくほど危険な魔物が生息している。つまり…


「師匠…ここは…」


「はい、この辺りから危険地帯と呼ばれる場所ですね」


 ラロは悠然と歩を進めながらも周囲を警戒し始めた。フィルも剣に手を添えながら慎重に歩を進める。


「師匠、この辺りに出てくる魔物は…」


「シーッ」


 ラロはフィルの手を掴み引き寄せ木に隠れる。


「フィル、見て下さい」


「…あれは」


「グルルル…」


 木から覗いた視線の先には漆黒の毛並みを持つ狼型の魔物。人の背丈ほどもある体格で、鋭い牙と爪を持ち、血のように赤い眼で獲物を探っている。


「血狼ですね」


(血狼か…危険度は2、確かに強い魔物だし警戒は必要だけど、全力で戦えば別に四ヶ月前にも勝てた相手だ。怪我しない様に安全に立ち回るか)


「フィル、私は後ろで見ていますよ。あなたの実力を確かめる良い機会です」


「はい、分かりました」


 フィルは剣を構え木から身を出す。血狼も同時に身構えた。血狼は獲物を見つけ、鋭い牙を剥き出しにする。


「グオォォン!」


 血狼は地を蹴り、一直線にフィルへと襲いかかった。自分より遥かに大きな魔物が襲ってきてもフィルの表情は穏やかだった。


(あれ…こんなに遅かったか?)


 フィルは僅かに体を傾け、血狼の突進をかわす。身を翻しながら技を放つ。


紫閃しせん


 血狼の横腹を通り過ぎる一閃。フィルの剣は月光のように輝きながら、血狼の体を深く切り裂いた。


「グガァッ!」


 血狼は悲鳴を上げながらも態勢を立て直し、今度は大きな鉤爪でフィルを切り裂こうとする。しかし…


垂香すいか


 血狼の動きを読み切ったかのように、フィルの剣が下から弧を描いて斬り上がる。血狼の胸を捉えた一撃は、血狼の体を宙へと吹き飛ばした。


(捉えた!)


豊扇華ほうせんか!」


 宙に浮いた血狼に向かって、フィルは踏み込んだ。八連の斬撃が空気を切り裂く。その一撃一撃が無駄なく繋がり、まるで一つの花の様に…


「ギャァァァ…」


 血狼は地面に倒れ、そのまま息絶えた。血狼との戦いは一分と続かなかった。


(あれ…?全然余裕だったな。もっと苦戦するかと思ってたのに)


「見事です。フィル」


 木陰から現れた師匠は、満足げな表情を浮かべていた。


「何か不思議なことでも?」


「いや、もっと苦戦すると思ってました。でも別にそれだけです、あんまり強くなった実感は…」


「フィル、前戦った時あなたはどんな戦法で挑みましたか?」


「えーと…危険だから裏をとって、前もって魔法を…あ!」


(そうだ、俺って前まで魔法を使って戦ってた!でもそれに気づかないで戦えたってことは…)


「フィル、あなたは四ヶ月前までは魔法で身体強化しながら戦っていたと聞いています。つまり魔法を使わなければ相手に勝てなかった、なのに今回は魔法を使わずに圧勝。分かりましたかフィル、あなたはこの四ヶ月で前とは比べるまでもないほどに強くなった」


 フィルは気づいていなかった。自分が四ヶ月で遥かに強くなっていたことに、技は鋭く闘気の練度は上がった。


 魔法も使えばこの山の主ですら倒せるだろう。そんな事実に気付けなかったのはひとえにラロが悪いのだが…


(…大丈夫だ。師匠の言う通り俺は強くなってる、不安になる必要なんてない)


「自信は持てましたか?」


 師匠は静かな笑みを浮かべながら、俺の顔を見つめる。


「はい!」


 フィルの声には確かな手応えが込められていた。今朝曇っていた瞳が、今は力強い光を宿している。


「ならよかった。ではもう少し狩りましょうか」


「狙いは?」


(正直今この山にいる魔物には負ける気がしないけど…油断はよくないか)


「危険度2以上の魔物ですかね、変異種と会えたらそれそれでいい実戦になりますしね」


「じゃあ早く行きましょう師匠!」


 フィルは子供のような無邪気な笑顔を見せながら、両目を輝かせる。さっきとは打って変わって次なる挑戦への期待に胸を躍らせているようだった。


「...元気ですね」


 ラロは苦笑いを浮かべながらも、その目には確かな誇りの色が宿っていた。厳しい修行に耐え、着実に成長を遂げた弟子を見つめる師匠の眼差しには、深い愛情が込められている。小さく首を振りながら、フィルの後を追うラロの表情には、これから始まる新たな試練への期待が垣間見えた。





 森に差し込む朝日が、木々の間から漏れ落ちる。まだ空気が冷たい山奥で、ライは倒木に腰を下ろしていた。


「はぁ…はぁ…くそ…まだまだ全然ダメだ…」


『なんだよその言い方!この三ヶ月でオレ様めちゃくちゃ強くなったぞ!』


 青白い光を放ちながら現れたからザックは、以前より一回り大きくなっていた。魔力の波動も、より濃密になっている。


 それもそのはず、この三ヶ月でライは出せる時間はずっとザックを出し続けながら修行していた。


 おかげで闘気の練度もザックとのコンビネーションも格段に上のレベルへと至った。


 そして強くなったことをライは自覚していた。それでも納得していないのは…


「強くはなった。でもまだまだ足りねぇ」


『そうかぁ?今じゃトットの動きだって割と読めるし、オレ様の牙なら当たりそうなとこまで…』


「でもまだ一発も当てられてねぇじゃねぇか!」


 ライの怒鳴り声に、ザックは耳を倒した。


『お、おいおい…そんな言い方しなくても…』


「あのバカトットも相変わらず踊るみてぇにひらひらしてるだけで…」


『まぁ確かにな』


「確かに俺達は強くなった。でも、俺たちはまだまだなんだよ。トットのやつ、本気で戦ったことなんて一度もねぇ」


『それは…そうかもしれねぇけどよぉ〜そんなの分かりきってたろ?』


「分かってるけどよ…このままじゃダメなんだ。もっと…もっと強くならなきゃ」


 握りしめた拳から力が漏れる。


『ライ…』


 ザックは相棒の横に座り、尻尾でライの背中を軽く叩いた。


『まぁ、言いたいことは分かる。けど、オレ様たちの連携は確実に良くなってるぜ?最初なんて、オレ様の尻尾踏んでばっかだったじゃねぇか』


「あぁ?それはお前が勝手に突っ込んでくるからだろうが」


『なっ!?そうゆうとこだぞそうゆうとこ!他責は良くないぞ!」


 いつもの口喧嘩が始まりそうになった時、木々の向こうからトットの声が響いた。


「おーい!そろそろ始めるぜー!」


「…行くかぁ」


『ああ、今度こそあいつの鼻を折ってやろうぜ!』


「鼻だけじゃダメだな…全身バキバキにしてやらぁ」


 ライは立ち上がりトットの元へ走る。今日こそはと息巻いて。

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