13話 修行初日
昼食を終え、片付けを済ませた一行。トットとライは山の別の場所へと向かい、フィルとラロは先程の場所に戻った。
「では、フィル君…」
「あの、一ついいですか?」
「なんでしょう?」
「俺のことはフィルでいいです、俺はラロさんのこと師匠って言うので」
呼び方がずっと気になっていた。なんかフィルくんとラロさんってお互いすごい他人行儀だし、これから毎日一緒に生活するんだから親しい呼び方の方がいいよね。それに師匠呼びってかっこいいし!
「…師匠ですか?」
「師匠だめですか?かっこよくないですか?」
「…まぁあなたの好きに呼んでください、話を続けますよ」
「はい!」
ラロは子供の笑顔に弱かった。
「ではまず本格的な指導の前に、アスター流剣術の技が段階ごとに別れているのは知っていますね?」
ラロは腰の剣に手を添えながら、穏やかな口調で語り始めた。
「基礎 紫閃しせん」
「初級 垂香すいか」
「中級 豊扇花ほうせんか
「上級 紫突しとつ」
「皆伝 烈紫殲閃れっしめっせん」
「奥義 陽下紫婉ようかしてん」
「神技 天輪紫煌閃てんりんしこうせん」
「以上の七つがそれぞれの段階の代表技ですね」
「俺が使えるのは中級までですね」
「それはダグラス様から聞きました、ちなみに十二歳で中級はかなり凄いですよ」
それぞれの技には平均取得年齢がある。中級は14歳が平均である。
「まぁかなりやってましたから、師匠はどのくらいまで使えるんですか?」
「私は奥義までです」
「神技は流石の師匠でも無理なんですか?」
「まぁ今のアスター王国で神技を使えるのは一人しかいません。その一人が現騎士団長です」
騎士団長か、でも待て。なら奥義まで使える師匠ってめちゃくちゃすごい人なんじゃないか?
「じゃあ師匠もすごいんですね!」
「あまり期待はしないで欲しいですね。それではそろそろ修行を始めていきます、まずは私が中級までの技を放つのでしっかり見ていてください」
師匠の姿勢が一瞬で変わったことに気づいた。先ほどまでの穏やかな表情は消え、鋭い眼差しに変わっていた。
「では、始めます」
その言葉と共に、ラロは抜刀した。
最初の技、紫閃しせん。
フィルは自分も使える技のはずなのに、目を疑った。鞘に収める動作で斬ったと分かるレベルの速さに。
続いて垂香すいか。
気づいた時には既に切り上げの動作は終わっており、ただ切り下ろしの一撃だけが見えた。まるで空から剣が降ってきたかのような錯覚さえ覚える。
そして豊扇華ほうせんか。
これも自分が使える技のはずだった。しかし、師匠の豊扇華は全く違うものだった。剣筋に沿って紫色の花々が咲き乱れたと見えるほど…フィルの豊扇華とは、まるで別物のような美しさだった。
「これが中級までの技です」
ラロは静かに剣を収めた。その動作にさえ無駄がない。
「す、すごすぎます...!」
フィルは声を震わせた。自分が使える技のはずなのに、まるで別次元の技に見えた。
「何が違うかは分かりましたか?」」
「はい、まず紫閃しせんは、師匠の方が動きがとてもコンパクトです。俺は大きく構えてから放つんですが、師匠は最小限の動きで放っていて、その分の隙もなくスピードが段違いでした」
フィルは自分の動きを思い返しながら、説明を続けた。
「垂香すいかは師匠の場合、切り上げの動作がほとんど見えないんです。きっと相手からすれば困惑するでしょう」
「よく見ていますね」
「豊扇華は...」
フィルは少し言葉を選びながら続けた。
「一番の違いは、流れるような美しさです。俺の場合は八段階の斬撃を組み合わせているって感じなんですが、師匠の場合は八つの動きが完全に一つになっていて、完全に別の技でした.」
「ほう」
「つまり俺は形だけを真似ていたってことですね。本質的な部分が全然違う」
喋り終えたフィルを満足した眼差しでラロは見つめた。
「よく分かっているようで、その通りです。技の型を覚えるのは始まりに過ぎません。これからはその先を目指していきましょう」
「はい、師匠!」
「ええ、と言うよりやはりこれをして正解でした」
「というと?」
「看取り稽古は優れた観察眼がないと修行として成り立ちません。自分との違いや反省点を見つけられないからです。その分フィルはちゃんと理解出来ているので正解だったと言いました」
ラロは指導という経験が初めて、手当たり次第でやっていくしかないと思っていたが、予想よりも目の前の少年が優秀だった。
「では違いがわかったなら基本に立ち返りましょう。まずは素振りから」
フィルは言われた通りに素振りを始めた。一振り、また一振り。慣れ親しんだ動作のはずなのに、先ほどの師匠の技を見た後では、自分の動きが何もかも違って見えてくる。
(ただの足の踏み込みでも無駄に見えてくるな…)
腕の振りが大きすぎる。足の運びにも迷いがある。これまで気にも留めていなかった自分の癖が、今では痛々しいほど目につく。
(ダグ爺って結構大雑把だったんだなぁ)
若干の失礼を挟みつつ剣を振る。
「フィル、肩に力が入りすぎています」
ラロの静かな指摘が入る。確かにその通りだった。必死になるあまり、全身に余計な力が入っていた。
(集中…集中…)
「深呼吸をしてください。剣は体の一部。力まずとも、意識すれば自然と動くはずです」
その言葉に従って深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。少しずつ、体の余計な力が抜けていくのを感じた。
(足踏みしてる暇はない、レイラ達を守るためにも…)
しかし、すぐに別の課題が見えてきた。力を抜きすぎると今度は剣筋が定まらない。その度にラロは的確な助言を投げかける。
「剣先をもう少し意識してください」
「軸がぶれています」
「呼吸と動きを合わせましょう」
一つ一つの指摘は今までダグ爺からもされてきたものだったが、一つに意識を求めるとまた別の綻びが出る。
(俺、本当に何も分かってなかったんだな...)
自己嫌悪と劣等感が押し寄せそうになる。でも、それは違うと気づく。
これは後退ではない。真の基礎を学ぶための、大切な一歩なのだ。
「はい、そこまでです」
気がつけば日が傾きはじめていた。フィルの額には汗が滴り、腕は心地よい疲労感に包まれていた。
「今日の成果はどうでしたか?」
「はい!たくさんの発見がありました。でも...まだまだですね」
「謙虚なのはいいことです。また明日からは技の構えもやっていくので」
「はい、師匠!」
フィルは力強く頷いた。今日は一つの剣技も振るっていない。それでも、確かな手応えを感じていた。これが本物の修行の始まりなのだと。
「さて、そろそろ戻りましょう。」
「はい!」
小屋への帰り道。
「師匠の剣ってすごい無駄を省いた剣って感じですけど、なんでそのスタイルなんですか?」
ただ少し気になった、ダグ爺やリオルの街にいた冒険者さんにもアスター流を使う人はいた。
それでもあれだけ無駄を削ぎ落とした技は初めてだったから好奇心で聞いてみたのだが…
師匠は少し考えた素振りを見せたあと口を開いた。
「…少し自分語りになりますけど大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですよ」
「私の家であるシャルマン家は騎士の家系です。だから五歳の頃から師をつけられ剣を学びました、当時の私は別に何も思ってなかったと思います、そうゆう家に生まれたのだから当然と…剣も嫌いではなかったです。めんどくさくはありましたが」
師匠でもめんどくさいって思うんだ…まぁ五歳なら当然か。
「そんなことを思っていたのがバレたのでしょう、当時の師が言ったのです。「ラロ様、最低限守りたいものはありますか?」と」
「最低限…ですか?」
「そうです。師曰く、「お父様やお母様、仲のいいご友人でも…大切な人を守ることを意識すれば自然と訓練も身に入りますよ」とね。」
「格言ですね…俺も確かに訓練できついと思ったら大切な人の顔を思い出して頑張ります」
今の自分がいるのも、今を支えてくれいるのも孤児院のみんなだ。
「普通はそうなんでしょうが…当時友人と呼べるものはいませんでしたし、父や母は自分より遥かに強かったので守るイメージと言うのが湧かなかったのです。だからまぁ私はこの言葉の本質を理解していませんでした」
肩を落としラロは瞼を閉じた。
「特になんの目標もなく剣を振って二年、七歳の頃に転機がありました。弟と妹が出来たのです」
「おぉ、可愛かったですよね?」
「当然です、七歳下の弟達は可愛くてしょうがなかったですね。そして私は剣をサボって弟達に構うようになりました」
「え!さぼったんですか!?」
「サボりました、そしてそれに危機感を持った父が私に言ったんです。「お前はあの子達を守るために剣を振りなさい」とね」
「それでどうしたんですか?」
「ハッとしましたね、そう、兄として弟達は自分が守らなければならないんだと自覚しました。それに目覚めてからは今まで漠然と剣を振っていたのがしっかりとした目標をもって振るようになり、剣もどんどん上達しました。師が言った意味も理解しました」
「それで今の剣に?」
「いや…それから守りたい者を守れるようになりたいと思い、それができる修行を求め頑張りました。妹や弟に構う時間が少なくなっても訓練の時間を増やしていきました」
ラロは少し言葉を区切った。
「使用人達とも仲良くなり、友人も出来始めて…守りたい人が増えていきました。でも、全員を守れるほどの力はなかなかつきません。その頃は毎日朝から晩まで剣の稽古をしていました。めんどくさがりの私にしては頑張ってましたね」
「それは大変でしたね…」
ラロは道端の石を軽く蹴りながら続けた。
「ある時、友人と狩りに出かけたんです。その時はまだ余裕があると、今思えば慢心…自分の力を過信していました」
「突然現れた危険度3クラスの魔物に襲われ、私は友人を庇って大怪我を負いました。友人は無事でしたが…私はそのまま意識を失い、三日間生死の境を彷徨ったそうです」
フィルも思わず足を止める。
「目が覚めた時、妹が泣きながら私の部屋に来たんです。私のベッドに飛び込んできて、服を掴んで『お兄様が死んじゃうかと思った…でも最近はずっと剣の稽古で、一緒に遊ぶ時間もなかった…私、後悔しかなかった』と…」
「その時やっと師の言葉を理解しました。全員を守るなんて自分には出来ないと、最低限守りたい者を守ると」
「それで…」
「はい、最低限、本当に大切な人だけは必ず守れる力を。無理な欲張りはせず、その代わりその力だけは確実に手に入れよう。今度は大切な人との時間も得るために無駄を省いた訓練を…」
風が二人の間を通り抜けていく。
「最低限です、守りたい人を守るための最低限度の強さ…それが私の剣です」
小屋が見えてきた。ラロは振り返り、フィルの目をまっすぐ見つめた。
「フィルは間違いなく私よりも強くなれる素質があります、是非私を反面教師にして頑張って下さい」
「…はい、頑張ります」
フィルは力強く頷いた。夕陽が二人の影を長く伸ばしている。自分の中の漠然とした目標が、少しずつ形になっていくのを感じていた。同時に、師匠の言葉の重みも深く胸に刻まれていった。
▲▽▲▽▲▽▲
昼食後、トットとライは山の奥深くへと向かった。
「よし、ここら辺でいいか」
「修行っても何すんだ?なんでもやるぜ?」
「焦んなって…俺ちゃんはのびのびやってく方針なのよ。まぁ今月の目標は俺に一撃入れることかな、そのぐらいは頼むぜ?」
「今月?今日の間違いだろ」
「ばかばかぁ〜無理に決まってるだろぉ?舐めすぎだぜ」
「どっちがだよ!」
トットの言葉に食って掛かったその瞬間、ライは踏み込んだ。地を蹴る音も立てず、雷光を纏った拳を振り上げる。
「…っち」
しかし、トットの首を狙った一撃は空を切っていた。
『マジかよ!?』
「まぁまぁ…」
背後から声が聞こえ、ライは咄嗟に振り向く。そこにはにやけ面のトットが立っていた。
「今のは中々良かったぜ?でも不意打ちなら死角から当てねぇと」
「…ぜってぇ今日中にぶち込んでやるよ」
『待てライ!落ち着け!』
ザックの制止も聞かず、ライは続けざまに攻撃を放つ。拳、蹴り、肘打ち。しかしトットは、まるで風に吹かれる葉のように、全ての攻撃をゆらゆらとかわしていく。
「やる気はいいんだけどなぁ」
トットは軽口を叩きながら、片手で次々とライの攻撃を弾いていく。その余裕な態度が、ライの焦りを更に煽る。
「うっせぇ!」
『このやろう!舐めやがって!俺も出るぞ、ライ!』
ライの怒りの叫びと共に、彼の体から青白い光が放たれる。
その光は徐々に形を成していき、やがて子虎の姿となった。
「よっしゃ!ようやく初陣だ!いくぜライ!』
ザックは黄光を纏った体で地面に降り立つと、トットに向かって牙を剥いた。
「おっと!使い魔じゃねぇな!?家系魔法かぁ?
トットは相変わらずの軽い口調で言うが、その目は真剣そのもの。
『ライ!俺さまに合わせろ!」
「お前が合わせろ!!」
『左から行くぞ!』
ザックが咆哮と共に飛び掛かる。しかし、トットが軽く身を翻すと同時に、ライの蹴りがザックの尻尾を払ってしまった。
『いてぇ!なんで蹴るんだよ!』
「お前が邪魔したんだろ!」
「おいおい大丈夫かぁ?」
トットの声に、二人は態勢を立て直す。今度はライが前に出て、ザックが後ろから回り込む。
『いくぜ!』「くらえ!」
「あまちゃんだなぁ」
ライの蹴りを受け止めたトットは、その勢いを利用して背後から走ってきた、ザックの上を軽やかに飛び越えた。
「うわっ!」『ぐえ!』
勢い余ってぶつかるライとザック。
「息が合わねぇなぁ…お前ら」
「うっせぇ!今度こそ…!」
『ライ!いい加減おれ様に合わせろって!』
しかし、既にライは突進していた。ザックは仕方なく後を追う。夕暮れまでの数時間、二人の不器用な連携は続いた。
たまに吹く春風も、二人の焦りを冷ますことはできない。
「はぁ…はぁ…」
『ずがれだぁ〜」
滝のような汗を零すライと、荒い息遣いのザック。その前で、トットはまるで踊るように立ち回っている。
「今日はここまでにするか?」
夕陽が森を朱に染め始めていた。トットの言葉に、二人は地面に崩れ落ちた。
「くそ…くそ…!一発も…当てられなかった…」
ライが力なく倒れている横ザックの体はだんだん透明になっていた。
『うぅ…魔力切れか…明日リベンジしてやる…』
そのまま光の粒子としてザックはライの中に戻り眠りについた。
(ザックが消えたってことは俺の魔力切れか…どうりで体がめちゃくちゃダルいわけだ)
「チッ…」
ライは再び地面を叩く。その様子を見ていたトットは…
「おいおい、そんな悔しがんなよ。お前らなりに頑張ったろ?まぁ息は全然合ってなかったけどな」
「余計なお世話だよ…明日こそぶち抜いてやる」
トットは肩をすくめると、空を見上げた。
「さーて、帰るとしますか…」
(分かってたよ…わけわかんねぇぐらい強いってことはよ…)
ライは黙ったまま立ち上がった。その瞳には決意が満ちている。
「やってやらぁ」
「その意気だぞぉ〜」
帰り道、トットはちらりとライの横顔を見た。少年の表情には疲労の色が濃く出ているものの、その目は依然として闘志を失っていなはいなかった。




