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12話 二人の指導者

 馬車が山道を揺れながら進んでいく。車輪が砂利を踏む音と、時折聞こえる馬のいななきが静かな空気を破る。


 窓から差し込む陽光が、ラベンダーブラウンの髪をした男の整った顔立ちを照らしていた。彼は真っ直ぐな姿勢で座り、丁寧に仕立てられた服が彼の律儀な性格を物語っている。


 対照的に、向かいの席では派手な色使いのはっぴを着た黒髪の黒人男性が、くつろいだ様子で座っていた。彼のはっぴは揺れる度に鮮やかに光を反射し、その明るい性格さながらの存在感を放っている。


「それにしても指導ねぇ、実はけっこう得意なんだよおれちゃん。おしえるのさ」


 男が自信に満ちた声で言うと、体を前に乗り出し、手振りを交えながら話し始めた。


「それは凄いですね、私は結構不安ですよ。そう言った経験がないもので」


 対するもう一人はは少し緊張した面持ちで返事をする。彼の手は膝の上で静かに組まれたまま。


 二人が向かうはフィル達がいる山、今日は遂にきた例の日である。




 ▲▽▲▽▲▽▲




 闘気の訓練を始めて一カ月が経った。


 修行内容は変わらずにただただやりまくる。成果はあまり実感できないが、まぁ色んな人達が何年も掛けてやってるんだ。


 一カ月程度で分かるわけないか…実戦でもやれば違うのかな?


 そんなことを考えていても順調も順調とのこと、ダグ爺曰く俺はともかくライは予想以上の速度で成長してるらしい。


 自分のことの様に誇らしいが、俺も負けるわけにはいかない。そんなことを思いながら修行しているとふと後ろから気配を感じ、振り向くと知らない男が立っていた。


(だれ?ダグ爺が呼んだ指導者さんか?)


 男は頭を下げ、フィルの目を見る。


「どうもこんにちは、君がフィルくんでいいですよね?ダグラス様に呼ばれて来ました。ラロ・シャルマンと申します。今日からあなたに剣を教えるということで…よろしくお願いします」


「あ、こちらこそ宜しくお願いします」


 やっぱりこの人か、見たところ凄く強そうには見えないけど、それはラウスもそうだった。どのぐらい強いんだろうな…


「ダグラス様がお昼ご飯までもう少し時間があるということなので先に顔合わせをと、修行は午後からでお願いします」


「は、はい」


「それにしても…見たところ闘気の修行ですか?かなりの練度ですね」


「え?そうですか?」


 正直実感はない、今の自分がどのくらいのレベルにいるのか。興味がないわけではないけど、同年代は別に関係ない。


 目標の王ロードに勝てるか、勝てないかが一番大事だし。


「えぇ、少し見てましたが中々…歳は十二と聞いていますが…」


「はい、十二です」


「成る程…ではフィルくん。私に向かって紫閃を打って下さい」


「え…いいんですか?」


「はい、技量を確かめるならこれが一番楽です。もし怪我の心配をしてるなら安心して下さい、防ぐので」


 まぁ防ぐくらいならきっと余裕なんだろうな


「分かりました、行きますよ」


 アスター流 「紫閃」


 フィルは放った。ラロの首を目掛けて、手加減など一切なく、胸を借りるつもりで本気で切り掛かった。この一カ月で鍛えた闘気を纏い全力で。


 対するラロは飛んできた鋭い一撃を見てゆっくりと腰の剣に手をかけた。そのまま流れるような抜刀には無駄なんてものは一切なく、抜いた剣はフィルの紫閃を弾く。


 フィルとラロの間に澄んだ金属音が響き渡った。


「くっ…」


(今まで散々練習してきた紫閃がこんなに軽く弾かれるなんて、やっぱりレベルが違う)


 確かにまだまだ未熟だとは分かっていた。だが、こんなにも綺麗に、それも剣一振りで弾かれるとは。


 この現実…普通ならば打ちひしがれる筈が、弾かれたフィル自身は不思議と晴れた顔を見せていた。


(今の一切無駄がない動きに弾く技術、良かった。まだまだ強くなれる…この人の元ならもっと強くなれる)


 ラロはそんなフィルを気にした様子もなく、辺りを一瞥した。


「何となくレベルが分かりました。そろそろ小屋に戻りましょう」


「はい」


「それにしても君は凄いですね」


「すごい…ですか?」


「えぇ、騎士団本部の近くに学園があるんですが、そこにいる同じ十二歳の子供と比べるとフィル君は随分レベルが高い」


「そうなんですか?」


「えぇ、少なくとも私が知っている中では3番目ぐらいですね」


「3番目…ってどうなんです?」


「当時の私よりは強いですよ、君はね。一番強かった子は君の一つ上の代の子ですね」


「一つ上ですか?」


「そうですね、あれは何というか…常識の外にいる様な強さでした」


 フィルは驚きを隠せなかった。騎士団の中でも上澄みと言われるラロが信じれない強さと言い切るレベルの人が一つ上にいると言うことに。


(もしかしたら、学園に入ったら会う可能性もあるのかな)


 そんな未来を考えながらラロとフィルは小屋に向かった。





 ▲▽▲▽▲▽▲





 ライside―――


「はぁっ!」


 山に響き渡る声。ライは右手のグローブから放たれる雷光を纏いながら、木の的を打ち砕いていた。


「よしっ…これぐらいな余裕だな」


『調子乗んなよ〜こんな木なんかいくら壊しても意味ないぜ〜』


 頭の中で響くザックの声に反論しようとした時、ザックが叫んだ。


『おい!後ろに誰かいるぞ!』


 瞬間慌てて振り返る。




 が、誰もいなかった。


「なんだよ…誰も」


「おいおい〜上やぞ〜ガキんちょ、上上」


「あ?」


 ライが上を見上げると、そこには派手な色使いのはっぴを着た男が、まるでブランコに乗るかのように木の枝に逆さまにぶら下がっていた。


「ようよう!お前がライだろ?オレはトット・キッス。今日からお前をビシバシ指導してやっからよろしく頼むぜ?」


 男は陽気な声を上げながら、軽やかな動作で枝から飛び降りた。


「まさかあんたが例の指導者か…?」


 予想外の出現に多少は戸惑いながらも、ライは相手の目を見て答えた。


「指導者って呼び方はかてぇな…やっぱ先生呼びで頼むぜ」


『おいおいライ、こいつ変だけど強いぜ?』


(分かってるよ!ダグ爺が呼んだ武道家なんだからそりゃ強いだろ…変だけど)


「先生ね…まぁよろしく頼むよ。トット先生」


「おうおう、それでいいぜ」


 トットは大きく白い歯を見せて笑いながら、親しげにライの肩を叩いた。その仕草には威圧感は全くなく、むしろ純粋な親しみが感じられた。


「じゃあ今から試しに実力見たいからよ、少しだけ戦おうぜ?」


「は?今からって...」


 戸惑いの声を上げた瞬間、トットの姿が消えた。


「おっそーい!」


 背後から声が聞こえる。振り返る間もなく、ライは咄嗟に左腕を上げて防御態勢を取った。


 防御態勢をとったライ目掛けて飛んできたのは蹴り。


 蹴りが腕に当たった衝撃で、ライの体が数メートル後ろに滑っていく。


「痛っ!」


『おいおいライ!こいつやべぇぞ!?』


 転びそうになりながらもなんとか体勢を立て直す。腕に残る衝撃が、トットの蹴りの威力を物語っていた。


「おぉおぉ、中々いい反応だなぁ、あとは避けて反撃までいけたら満点あげちゃうぜ」


(余裕そうにしやがって…)


 自分と違いトットは両手を後頭部に組みながらまるで散歩でもしているかのようにゆっくりと近づいてくる。


「さっきは不意を突かれたけどよぉ…この距離なら」


 ライは地面を蹴り、雷光を纏った右手を大きく振りかぶる。グローブから放たれる黄色い閃光が、周囲の空気を震わせていく。


 渾身の一撃と共に、稲妻のような光条が放たれる。


 そんな一撃を見たトットは動きを止めた。


『おいおい!面食らって動けてないぜ!』


(当たる!)


 拳がトットに当たる直前だった。


「おっとぉっと〜」


 トットは片足を軸に、まるで風のように体を反らす。胸を大きく反らせた姿勢は、まるでブリッジのよう。ライの拳は、トットの数センチ上を通り過ぎていく。


『「な!?」』


(低い!)


 当たると思った攻撃がすかり前にバランスを崩すライ。


「流石に当たんないぜ?」


 トットは蹴り、バランスを崩したライの腹を軸足じゃない方の足で蹴り上げ吹き飛ばした。


 さっきと違い今回は防御していなかったライは遥か後方へと。


『やばいぜライ!あいつマジでやばいぞ!』


(…化け物かよ!あの体勢からなんて蹴り打ちやがる…)


 ライが驚いたのはその姿勢、片足でブリッジと言う姿勢から自分を吹き飛ばす蹴りを放ったトットに驚嘆した。


「おぉいおぉい、まだやる気満々って顔してんなぁ」


 トットは、地面から起き上がろうとするライを見て声を上げた。


「当たり前だろ!まだ全然…」


「ん〜悪いけど、もう時間だよ〜。昼飯昼飯」


 トットは腹を指しながらにやりと笑った。


「はぁあ?まだまだこっからだろ!」


 ライは勢いよく立ち上がり、再び構えをとろうとするが…


「いやいや、空腹じゃ修行にならねぇって。それにさぁ...」


 トットの手が肩に置かれる。


「お前の実力は大体分かったし。午後からが本番だぜ?今のは軽い実力テストみてぇなもんだからさ」


「でも…」


「あ〜!それと!」


(うるせぇ…)


「修行は空腹じゃダメなんだよ。お腹空いてると集中力も下がるし、ケガのリスクも上がんだぜ?」


 ライは渋々といった表情を見せながら、構えを解いた。


「分かったよ…」


「よしよし!じゃあ戻ろうぜ〜」


 軽やかなステップを踏みながら、小屋の方へ歩き出す。


「おい!待てよ!」



 二人の姿が小屋へと消えていく。山の木々が、静かに風に揺れていた。







 小屋の中、質素な木製のテーブルを囲んで4人が腰を下ろしていた。窓から差し込む昼下がりの柔らかな日差しが、食卓を優しく照らしている。


「あれ?ダグ爺は?」


(確かにどこへ行ったんだろう?この料理を作ったのはダグ爺なのに)


「ダグラス様は少し横になるそうなので先に戴きましょう」


「いただく前に自己紹介しようぜ?俺はトットさんだ、よろしくな?フィルく〜ん」


(トットさんか…筋肉凄いし、これが武道家…かっこいいなぁ)


「トットさんですね、ライをお願いします」


「おうおう任せな、めちゃくちゃ強くしてやるよ」


「お願いします」


「では私も自己紹介しましょう、ラロ・シャルマンと申します。ライ君も何かあれば私を頼ってもらって構いません」


「おう、フィル兄はめちゃくちゃしっかりしてるから心配はいらないな」


「そうですね、そんな気がします」


「じゃあ自己紹介も終わったし食べるか!」





「いただきまーす!」


 トットが派手な声を上げると、他の3人も静かに「いただきます」と続いた。今日の昼食はダグが用意した山菜の天ぷらと味噌汁。


「うまっ!これ超うまいな!」


『オレ様も食べたいぜ…』


 ライは目を輝かせながら天ぷらを頬張った。


 フィルは黙々と箸を進めながら、時折ライとトットのやり取りに目を向けている。


「それにしても、午前中の実力テストは中々でしたね」


 ラロが静かな口調で話を切り出す。


「あぁそっちもか?こいつ中々できるぜ、流石オレちゃんのライだ」


「今日初対面な?」


 トットは豪快に笑いながら、ライの肩を叩いた。


「フィルくんも、かなりの才能の持ち主ですよ。将来が楽しみです」


(あんな余裕で弾いてたのに…結構照れるな…)


 ラロの言葉にフィルは少し照れた様子で箸を止めた。


「へぇ!フィルも中々やるのか!いいねぇ、色々楽しみだ」


(中々に豪快な人だなぁ、案外ライは見たことないタイプの人かも)


 静かな山の中で、4人の会話と笑い声が昼下がりの空気に溶けていった。

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