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87/88

87 それぞれの戦い

本日4話目。

1話目がまだの方は84話からお読みください。

 水柱は、海中から出現した何かが島に上陸するのに飛び上がったために出来たものだった。

 ヌォルはこの世界に召喚された瞬間から、神の権能を使って自らの眷属たる生物を生み出していた。それが一斉に島に上陸したのだ。


「なんだありゃぁ……」


 海から飛び上がってきた異形を見たジガンが、思わず呻き声を上げた。


 ヌォルが「生み出した」と言っても、もとになるのは海中に生息する生物。だが上陸してきたそれは、この辺りの海の生き物とは似ても似つかないものだった。

 二足歩行で身長はバルドスより少し高いくらいか。脚は短く、両腕は地面に着くほど長い。その先端に指はなく、イカの触腕に似ている。体全体が半透明で、時折色が変わって見える。人間の頭部に当たる部分はオウムガイのような殻が前頭部から後頭部を覆い、側面には白く感情の窺えない巨大な眼球、口に当たる部分は無数の細い足が蠢いている。


 端的に言って気持ち悪い見た目だ。ヌォルの趣味だろうか?


 イカモドキは島の全周に上陸し、その数は百や二百では済まない。その見た目と相反する速度でプルクラたちに迫ってきた。


「雑魚はこっちで引き受ける! 親玉の方は頼んだぞ!」

『手に負えなくなる前に教えて!』

「おうよ!」


 ジガンとアウリが左へ、バルドスとクリルが右へ向かって走り始めた。迎え撃つと言うより、こちらから出向いて数を削るつもりのようだ。ルカインはどちらに付いていくか一瞬悩み、アウリの後を追って行った。


 左右で激しい戦闘音が響く。「竜の聲」で一掃した方が早いのだが、イカモドキの出現と同時にヌォルが攻撃を仕掛けてきていた。それはプルクラたちではなく、ジガンたちを狙った魔法攻撃。ヌォルの額が発光し、そこから幾条にも分かれた光弾が放物線を描いて放たれる。プルクラたちはそれを「オービチェ(障壁)」で防いだり、「レツ・サチェンダム(爆ぜろ)」をぶつけて相殺したりで忙しい。何せ一度に百発前後の光弾が放たれるのだ。一発でも逃せば仲間たちの命に関わる。


「まったく、鬱陶しいのう!」


 光弾が間断なく放たれるため、プルクラたちは防戦一方。なかなか攻勢に出られない。痺れを切らしたニーグラムがプルクラに指示を出す。


「プルクラ」

『ん?』

「仲間を下がらせて一か所に集めろ」

『わかった!』





*****





 プルクラたちから見て左手、島の西側に向かったジガンとアウリは、身体強化十倍を発動してさらに二手に分かれた。ジガンが北へ、アウリが南へ向かう。

 “至竜石”を取り込んだ彼らは素の能力が以前の十倍程度に達している。つまり、以前ならプルクラが血飛沫をまき散らしながら発動していた「百倍」相当の力を発揮できるようになっていた。


 元々魔力量が乏しかったジガンだが、今は常人を遥かに上回る魔力量となっている。魔術の素養のない彼は、その溢れんばかりの魔力を己の長剣に流し込む。


「おりゃあ!!」


 相手の攻撃を待つ、などと悠長なことは言っていられない。何せ海側から次々とイカモドキが現れ、列を成してこちらに向かっているのだ。鎧袖一触、すれ違いざまに次々と斬り捨てていく。

 魔力を流した剣の切れ味はジガン自身驚きを隠せない。自分の体の軽さたるや、笑いが出てくるほどだ。クレイリア王国第二騎士団で副団長をはっていた当時よりも体が動く。目にも止まらぬ速さでイカモドキの首を刎ね、瞬きの間に骸が積み上がっていく。それなのに疲れを全く感じない。


(あいつはこんな気分だったんだろうか)


 今では更に高みへと至ったプルクラのことが頭を過る。初めて彼女が身体強化百倍を見せたのは、確か……オーデンセンから王都へ行く道中、鋼棘蠍が出現した時だ。その人間離れした速さと強さはまるで夢でも見ているかのようだった。

 あれから何度か見る機会があったが、プルクラは文字通り自分の身を削りながら力を発揮していた。


 彼女は自分の力を誇示して他者を見下すようなことは一切なかった。これだけの力を持ちながら、あいつは純粋で真っ直ぐなままなんだな……。俺なら間違いなく天狗になるところなのに。


(まったく、親子ほど歳が離れてるって言うのに、良く出来た子だよなぁ!)


 口端を吊り上げながら剣を薙ぐと、イカモドキの首がまとめて斬り飛ばされる。


「ジガン様、気持ち悪いです」

「はっ!?」

「ニヤニヤしていらっしゃいますよ」


 南へ向かった筈のアウリが、いつの間にかすぐ近くに来ていた。チラッと後ろを見るとジガンの倍ほどイカモドキが倒れているのが見える。


「せっかくいい気分だったのによぉ!」


 滅茶苦茶強くなったようで気分が高揚していたジガンだが、アウリの方は淡々と自分の仕事を終わらせていた……アウリも娘くらいの歳なのに。


「頑張ってください、ジガンドルト様」

「ジガンドルトって呼ぶんじゃねぇ!」


 クスッと微笑みを浮かべたアウリは、ジガンを追い越して先に向かう。その肩にはルカインが必死の形相で貼り付いている。

 元々アウリは速度を重視した鍛え方をしていた。緩急を付けた身体強化の発動で、相手の視界から消えて見えるような足運びを多用していたのである。そんな彼女が強化されれば、四十歳を過ぎたジガンより身のこなしが軽いのは自明の理。


「……若いって凄いね」


 アウリの背中を達観したような目で見送る間も、剣を振る手は休めない。アウリと合わせれば三~四百は倒したと思うが、まだ半分も減っていない状況に「うへぇ」と嫌そうな声を出すジガンである。


 そんな時。


『みんな、いったん集まって!』


 プルクラの声が聞こえた。





*****





 プルクラたちから見て右手、島の東側に向かったクリルとバルドス。二人は二手に分かれず、お互いの背を預けるようにして敵を屠っていた。


 クリルは重量級の(じょう)、バルドスは大剣と二人ともパワータイプ。その戦いぶりは豪快そのものである。

 彼らはあまりその場を動かず、自分の目の前にいる敵を怒涛の勢いで磨り潰していく。杖は言うに及ばず、大剣も「斬る」と言うより「叩き斬る」武器だ。

 イカモドキたちはまるで闇夜で光に集まる虫のように二人に吸い寄せられ、近付けば無残にも肉片に変わっていく。ヌォルが生み出した異形は恐怖という感情が欠落しているのだろうか? ただただ、愚直に二人を狙って突き動かされているように見える。


「バルドスさん、疲れてませんか?」

「まだまだ! このくらいの相手なら日が暮れるまで倒せる!」

「黒竜の森の方がしんどかったですよね、っと!」

「ああ! 手応えがない、なっ!」


 クリルとバルドスには会話する余裕さえあった。一か所に留まって倒し続けていると、死骸が溜まって動き難くなる。視界も限られるし、何より生臭さに辟易する。そうなってくると少し移動して、また周辺の敵を削っていく。


 クリルは、初めてプルクラたちに会った時のことを思い出していた。ランレイド王国レーガインの街、そこの神殿の前でプルクラとアウリを見かけたのだ。そしてクリルの方から声を掛けた。

 “虚偽看破”の御力が通用しなかったプルクラたち。人の嘘に疲れていたクリルは、素の自分のままでいたいという願望を叶えるため、プルクラたちと行動を共にすることを選んだのである。


 それが、“至竜石”を取り込んで常人ならざる力を手に入れることになるとは夢にも思っていなかった。良い意味で予想と期待を裏切られた。


 あの時声を掛けていなければ、今ここに立っていることはなかった。黒竜や白竜、ヌォルのことを知らず、まだ巡礼神官を続けていたかもしれない。

 ほんの少しのきっかけで、人生とはかくも変わるものなのだ。誰と共に居るかを決めたのはクリル自身。そのことに一片の後悔もない。例えここで命を散らすことになっても。


「鎧蟻の討伐がここで生きるとは!」

「まったくだ!」


 これを予測していたわけではないだろうが、鎧蟻戦を経験したことで多勢を相手にする戦い方は心得ている。

 がむしゃらに全力を出すのではなく、長丁場を見据えて効率的に。適度に力を抜くことも重要なのだ。どれくらいの力で敵を一撃で屠れるか、それを見極めれば必要以上に疲れることもない。


 仲間内で一番年嵩のバルドスは、騎士団長時代からそれを熟知している。彼は全体の戦況を見ることにも長けていた。だから、自分たちへ放たれた光弾をプルクラたちが防ぎ、そのせいで攻勢に出られないことにも気付いていた。


(俺たちがバラけていては良くない)


 しかし、全方位から来るイカモドキを放置するわけにもいかない。どうするべきか考えている所にプルクラの声が聞こえた。


『みんな、いったん集まって!』





*****





 プルクラの声に、四人はすぐさま反応した。プルクラたちの後方に残してきたレンダルを囲むよう、瞬時に移動する。


「結界を張るぞ!」


 仲間が密集したのを確認し、レンダルが四人を覆うようにして多重結界を張った。


カルロ・レイ(熱線)

カルロ・レイ(熱線)


 その直後、プルクラが東側、ニーグラムが西側を薙ぐように「カルロ・レイ」を放った。全方位から押し寄せるイカモドキの群れが、胴体の真ん中辺りで両断されてその場に頽れていく。射線上に仲間がいる所は避け、代わりに「ソルビテアム(切り裂け)」を遠隔で広範囲に放った。

 「カルロ・レイ」はヌォルにも当たるが、濃い紫の鱗が少々焦げる程度。大きなダメージを与えるには至らない。


「くっそ忙しいのじゃが!?」


 その間、ヌォル本体の攻撃を防ぐのはアルブムの役目である。後方の仲間たち、そしてプルクラ・ニーグラム・アルブムに向かって間断なく発射される光弾を、アルブムは忙しく前後左右に動き「竜の聲」でその全てを相殺していた。


インフェルノ(業火)! お父さん!」


 見える範囲にイカモドキの姿がなくなると、プルクラはヌォルに「インフェルノ」を放った。超高温の白焔は普通の生物なら耐えられるような代物ではない。ヌォルにも多少のダメージが入ったのか、光弾の放出が止まった。

 プルクラに声を掛けられたニーグラムは、アルブムに合図を送る。黒竜と白竜が同時に最大の攻撃を放つ合図だった。


スピリトゥス(竜の)ドラコニス(息吹)

ドラッヘンアーテム(竜の息吹)


 二人が「竜の聲」を紡ぎ終える直前に、プルクラは「インフェルノ」を解除した。

 業火の壁が消えたそこには、ヌォルが平然と佇んでいた。細められた金色の目はプルクラに向けられている。

 それが見えたのは一瞬のこと。ニーグラムとアルブムが同時に放った「竜の息吹」は、光の奔流となってヌォルに向かった。ヌォルの姿は、まるで小さな太陽が落ちてきたかのような眩い光でかき消される。


 見えなくなる寸前、竜の顔でヌォルがにちゃっとした笑みを見せたような気がした。


アダナークラシィ(反射)!》


 光の向こうで声がした。

 それとほぼ同時に、プルクラは横から何かに突き飛ばされて吹っ飛んだ。

 

 大きく飛ばされたプルクラは、自分を突き飛ばした父を見た。

 次の瞬間、光の奔流が直前までプルクラが居た場所を襲う。

 父が、光に呑まれる。

 黒竜と白竜が放った渾身の攻撃。

 ヌォルによって「反射」されたそれが一切減衰することなく父に直撃した。


 眩く白い光の中で、父の体が金色の粒子になって溶けていく。

 父の目は飛んでいくプルクラを捉えて離れない。

 その目は、どこまでも優しかった。

 やがて父の体は全て金色の粒子となり、空気中に溶けて消える。


(お父さん)


 一瞬前までそこにいた父の姿を思い浮かべ、プルクラは溢れそうになる涙をぎりぎりで堪えた。

 悲しみの代わりに、ヌォルへの怒りが沸点を超える。

 身体強化二百倍を無意識に発動。

 飛んでいたプルクラの足が地面に着いた瞬間、彼女の姿が消えた。

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