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84 黒竜の森(中層~鎧蟻)

予定より大幅に遅れてしまい申し訳ございません。

本日、完結まで5話を一気に投稿します。

1話目です。

 森の小屋から一刻(二時間)かけて東へ進んだところでいつもの記念碑のような転移ポイントを作り、プルクラたちは転移でファルサ村に戻った。プルクラと、ずっとプルクラの肩に乗っているだけだったルカインは元気だが、他の四人はぐったりである。


「ジガンのお家、お風呂ある?」

「いや、ねぇな」

「じゃ、うちのに入ればいい」


 王都の屋敷なら使用人が風呂の用意や夕食の準備など全てやってくれる。だからそちらに転移しても良かったのだが、仲間は皆ファルサ村がいいと言う。これまで使用人がいる生活などしたことがなかったので、疲れている時くらい気を遣いたくない、と。


 使用人に身の回りの世話をしてもらって余計に疲れるのでは本末転倒である。そのうち慣れるだろうけれど、もう少し仲間と使用人の距離を考えた方が良いかもしれないな、とプルクラは思った。


「プルクラ様、先にお風呂へ入りましょう」

「ん。みんなちょっと待ってて」


 プルクラたちが借りてから家の裏に作った風呂は、四方を土壁で囲み、屋根代わりに木の板を置いた簡易な作りである。浴槽はプルクラとアウリの二人がゆったり浸かれるくらいの広さで洗い場も同じくらいの広さ、脱衣所は壁で区切って隣接している。

 大人の男性が三人一緒に入るのはさすがに狭いかもしれない。頭をわしゃわしゃ洗いながらプルクラはそんなことを考えた。ちなみに同時進行でアウリが背中を洗ってくれている。


 頭を洗い終えたプルクラは泡もそのままに体の前の方を洗っていく。全部泡だらけにして、最後に頭からお湯を被るのが好きなのだ。

 全身泡塗れになったプルクラはアウリの背中を洗う。最初のうちは畏れ多いと抵抗されたのだが、今は何も言わずとも成すがままである。

 ルカインも、もこもこに泡立てた桶に浸かって目を瞑っている。妖精なので汚れないのだが、同じ石鹸で洗うと良い香りがするので偶にプルクラによって風呂に連行される。ルカインも無駄な抵抗はしない。


 二人と一匹が全身洗われて泡塗れになったところで、豪快に頭からお湯を被った。何度かそれを繰り返して浴槽に浸かる。ルカインは桶にお湯をいれてそこに浸かり、桶は浴槽に浮かべられている。


「「ふぃ~」」

「にゃぁ~」


 お湯に浸かっておっさんのような声が出るのはプルクラの癖だが、アウリとルカインにもいつの間にかうつってしまったようだ。


「プルクラ様?」

「ん?」

「私は……私たちは、強くなったでしょうか?」

「それは間違いない」


 プルクラと肩を並べ、前を向いたまま問うアウリにプルクラは間髪を入れず断言した。


「黒竜の森は浅層の魔獣でも甘くない。それを難なく倒した。みんな強くなってる」

「……ほとんどジガン様が倒しましたけど」

「あれはジガンがやりたがったから。アウリひとりでも問題なかった」

「そう、でしょうか」

「ん、間違いない」


 ほぅ、とアウリが息を吐く。肩に入っていた力もそれとともに抜けたようだ。


「少しはお役に立てそうです」

「少しじゃない。アウリがいないととっても困る」

「本当ですか?」

「ん。本当の本当」


 私なんかただちょっと強いだけだし、とプルクラが続ける。


「アウリがいないなんて……想像しただけで震える」

「フフフ。私は絶対にいなくなりませんよ?」

「でも、いつかアウリも結婚して、子供ができて……」

「それでも一緒にいます! いえ、いさせてください!」


 プルクラはアウリの方に体を向けて、ひしっと抱き着いた。


「ありがと、アウリ。これからもお願い」

「はい!」

「ウチもずっと一緒にいるにゃ!」

「ん。ルカインも一緒」

「にゃ!」


 二人と一匹が絆を再確認したところで風呂から上がる。入れ替わりで男性陣が風呂に向かった。三人で入るつもりだろうか? あの三人がギュウギュウ詰めで浴槽に浸かっているところを想像して思わず吹き出しそうになる。


「プルクラ様、どうしました?」

「んーん、何でもない。夕食の準備しよ」

「はい!」


 料理はアウリにお任せだがプルクラだって手伝いくらい出来る。“至竜石”を取り込んでから、何度か食材を通り越してまな板までぶった切ったが、慣れた今ならちゃんと力加減も出来るのだ。

 自慢することではないけれど。


 ふたりで夕食の準備をしていると男性陣も風呂から上がってきた。借家の居間に座ってもらい、拡張袋から酒とツマミを出しておく。


「ご飯はもうちょっと待ってて」

「おー、ありがとな」


 プルクラの手から酒とツマミを嬉しそうに受け取ったジガンがそう答えた。お互いに遠慮のない距離感はまるで親子のようだ、とクリルとバルドスは羨ましく思った。

 ジガンにプルクラへの敬意はない。だから辛辣なことも言うし、ツッコミを入れたり小馬鹿にしたりもする。それはプルクラも同様なのでお互い様である。

 ジガンはプルクラへの敬意の代わりに保護者としての親愛の情を抱いていて、それがお互いの信頼に繋がっている。クリルとバルドスはプルクラに敬意や憧れを抱いているため、いまいち踏み込めない関係になっているのだ。


 しかし、そういった問題は時間が解決するであろう。


「出来たー」


 ジガンたちが一杯目を飲み終える前に、プルクラとアウリによって食事が配膳された。サラダ、鶏肉と根菜のシチュー、赤角牛のミニステーキ、そしてパンである。


「「「「「「いただきます」」」」」にゃ!」


 アウリの料理が美味しいことは全員の共通認識だ。


「やっぱりアウリの料理は美味しい」

「にゃ、にゃ、にゃ」


 今日はたくさん動いたので余計に美味しく感じる。黒竜の森で戦ってみてどうだったか、話し合いながら和気藹々と食事を終えた。





 翌朝。軽く朝食を食べた一行は、昨日作った転移ポイントに移動した。その辺りは中層でもまだまだ浅い場所である。仲間たちが“至竜石”を取り込んでおよそ一週間。そろそろパワーアップが実感できる頃だ。


「うおぅ!?」


 転移した目の前に大角猪がいた。向こうも突然出現したプルクラたちに驚き、固まっているように見える。しかしジガンの上げた声に反応して突進してきた。

 その名の通り、一本の角を持つ巨大な猪である。全長四メトル、体高も二メトルを超えており、体重は成人男性二十人分ほど。それが矢のような速さで迫る。


「こんのぉ!」


 ジガンは一本角を槍に見立て、立てた長剣を添えて上方に突進を逸らした。瞬間的に大角猪の喉が露になったところへ、すかさずバルドスが大剣を叩き込む。

 頭を斬り落とすまではいかなかったが、喉を大きく切り裂かれた猪は暫く進んで足をもつれさせ、ズザーっと横滑りして動かなくなった。


「……思ったより軽かったな」

「うむ。もっと押し込まれるかと思ったが」


 二人ともあっさりと倒せてしまったことに少し驚いているようだ。プルクラとその肩に乗るルカインはうんうんと訳知り顔で頷いている。


「至竜石の効果が出始めてるにゃ!」

「身体強化も限界まで使ってみた方がいい」

「なるほど」

「かしこまりました、プルクラ様」


 大角猪を拡張袋に収納し、更に東へと進む。岩大熊はその固い外皮をクリルの拳で粉砕し、アウリが急所を突き刺して止めを刺した。恐ろしく素早い剣牙虎はそれを上回る素早さでアウリが四肢を斬り付け、バルドスが首を刎ねた。岩大熊より固い鉄蜥蜴は、ジガンが剣に魔力を流して斬り付けるとあっさり倒せた。


 アウリ、ジガン、クリル、バルドスの四人は、誰が言うともなく見事な連携を見せている。各々が自分と他の三人の攻撃スタイルを熟知しており、長所を活かし苦手を補い合っていた。バルドスは仲間になってからまだ短い期間しか経っていないが、長年の経験によって四人の司令塔の役割を担っていた。彼の加入がこの四人の連携を数段深めたと言える。


「俺たち、強くね?」

「ん。すごく強くなってる」


 ジガンが調子に乗っているが、プルクラから見ても彼らの動きは見事だと思えた。


 転移ポイントを作ってから一度ファルサ村に戻り皆で昼食を摂る。


「鎧蟻を倒しに行こう。今のみんなならたぶんそんなに苦労しない。もちろん私も手伝う」


 父ニーグラムから「少し減らしてくれ」と頼まれた鎧蟻。仲間に「群れ」との戦いを経験してもらう心算である。


「プルクラが四日かけて一万匹倒したって奴か」

「ん。お父さんは全部倒せって言わなかったから、適当に減らせばいい」

「適当ねぇ……」


 ジガンが苦い顔をする。強さという面では強化されたことを自覚しているが、如何せんスタミナが不足している。長丁場になったら嫌だな、と思っているのだ。四日も戦い続けるなど願い下げである。


「ジガンは疲れたら休んでいい」

「ほんとか!?」

「ん。でも疲れない戦い方も考えて欲しい」

「ぐぬぅ」


 娘くらいの歳の女の子からド正論をぶつけられたジガンは口ごもるしかない。


「私が先に行って場所を確かめてくる。みんな、少し待ってて?」


 アウリが何か言いかけて口を開くが、グッと言葉を呑み込んだ。


「だいじょぶ。森は慣れてるし、危ない時はすぐ逃げる」

「……はい。プルクラ様、お気を付けて」


 最後の転移ポイントへ移動したプルクラは、すぐに樹上へ登ってそこから大きく空に向かって跳躍した。

 魔力視を使い鎧蟻が繁殖していそうな場所に当りを付ける。空中で森を見渡せば、少し北東に進んだ場所に魔力がうじゃうじゃと固まっているのが見えた。


 木の上に危なげなく着地したプルクラは地上へと降り、さっきの方角へと走り始める。身体強化は二倍(以前なら四十倍)程度。あまり身体強化を上げると森の木々をへし折りながら進むことになってしまうのだ。

 目的地にはすぐに到着した。木々の隙間から、蟻塚というには大き過ぎる小山のような地面の盛り上がりが見える。その周囲には鈍色の鎧蟻がかなりの数蠢いていた。少し引き返して転移ポイントを作り、ファルサ村に戻る。


「プルクラ様、おかえりなさい!」

「ただいま。いっぱいいた」

「……いっぱいってどれくらいだ?」

「見えたのは二~三百。だけどその十倍くらいはいるはず」


 巣の中にどれくらい潜んでいるか分からない。鎧蟻は地下に巣を作り、その出入口が蟻塚のように盛り上がる。プルクラが二年以上前に対峙した一万匹の群れの時よりは小さい蟻塚だが、それでも半分近い大きさだった。


「二~三千ってことか」

「もしかしたらもっと多いかも。ただ全部倒す必要はない」

「それもそうだな」


 昼食を摂り少し休んだことで午前中の疲れは残っていないだろう。念のため仲間たちの体調を確認し、ジガンが「お腹痛い」と仮病を使ったのを無視しつつ、全員で転移ポイントへ移動した。


「百メトルくらい先にいる」


 プルクラが小声で伝える。五人で出来るだけ多くの鎧蟻を倒すのが目的なので、縦の隊列ではなく蟻塚を半円状に囲んで一気に五人で攻めることに決めている。真ん中がプルクラ、その左右にアウリとクリル、両端がジガンとバルドスだ。最初にプルクラが蟻塚の出入口と思しき穴の前に陣取った。鎧蟻はすぐにプルクラを敵認定して襲い掛かってくる。一匹一匹がプルクラより少し大きな蟻は黒鉄色の外殻を備え、動きも素早い。武器は前肢先端の鋭い鉤爪と強靭な顎。単体だとそれほど脅威ではないが、必ず群れているのが厄介な魔獣である。


 プルクラは鞘から黒刀を抜き放ち、鞘は拡張袋に収めた。構えは取らず、切っ先をだらりと地面に向けたまま。三匹同時に襲い掛かった鎧蟻には恐らくそう見えていただろう。鉤爪や顎がプルクラに届かんとした時、空中に青白い閃光が奔って鎧蟻が細切れになった。


「「「「おぉ……」」」」


 それを見ながら仲間たちが自分たちに割り当てられたポジションに着く。プルクラの剣筋は仲間たちでギリギリ見えるくらい。それも黒刀に魔力を流して光っているから辛うじて目で追える速さだ。その剣閃に感嘆する四人の声が漏れる。


 プルクラの攻撃を皮切りに、鎧蟻が攻勢に出る。プルクラは肩幅より少し広めに足を広げ、やや半身の構え。小柄なプルクラではリーチが足らず、受け持ち範囲の殲滅が出来ないように思えるが、黒刀の攻撃と「ソルビテアム(切り裂け)」を併用することで刀の届かない鎧蟻は「竜の聲」で両断している。


 二年前ならいざ知らず、「スピリトゥス(竜の)ドラコニス(息吹)」まで使える今のプルクラならば鎧蟻の群れをひとりで殲滅することも容易である。しかし大規模な「竜の聲」の行使は自分や仲間たちの訓練にならない。だからチマチマと鎧蟻を削っている。


 武器の相性が良くないアウリが一番苦戦している。短刀のリーチはプルクラのそれよりも短い。だからその分鎧蟻に接近しなければならないし、横方向の移動も増える。

 それでも彼女は一心不乱に鎧蟻を倒し続けている。身体強化を瞬間的に発動するという彼女独自の技術でリーチ不足を補っていた。攻撃力は十分のようで、外殻の隙間を狙い一撃必殺で死骸の山を築いている。


 クリルの戦い方は豪快だ。帝都戦の前に作成した聖銀入りの(じょう)を巧みに扱い、鎧蟻を薙ぎ払っていた。彼は手足も武器として使える。手甲は拳を覆い、脚甲は爪先と踵を覆っている。杖で打ち払って流れた体をそのまま回転させて蹴りを、裏拳を放つ。固い外殻もお構いなしで砕き、衝撃が内部まで浸透する。

 素材も目的とした討伐には向かなそうだ。何せぐちゃぐちゃのバラバラである。クリルの周囲には鎧蟻だった残骸が積み上がっている。


 バルドスは愛用の大剣を器用に使い、効率よく鎧蟻を倒している。彼はプルクラの仲間になる前から、剣に魔力を流せていた。魔力を流した大剣は鋭さを増し強靭になる。“至竜石”を取り込んだ現在は身体強化を十全に発揮し、重さを感じさせない剣捌きを見せる。プルクラの身の丈ほどもある大剣が、まるで小枝の如く縦横無尽に閃く。

 その動きには無駄がない。ロデイア流を極めているだけはある。本来相手の攻撃を受け流して攻撃するのがロデイア流の真骨頂だが、当然自ら先に攻撃する技も数多くある。


 ジガンはバルドスよりも更に無駄のない動きを心掛けているようだ。「疲れない戦い方も考えて」とプルクラに言われ、それを実行していた。一閃一殺。一撃で確実に鎧蟻の首を刎ねている。それは言うほど簡単なことではないはずだ。集中力を高め、最も効率的な順を瞬時に判断し、着実に首を刎ねる。彼はそれを淡々と熟している。

 スタミナの少なさは経験と技で補う。それがジガンの出した答えだった。以前より魔力量が増え、筋力も増大しているが、考え無しにそれを使えば体が付いて行かない。それは森の浅層で身に染みた。適度に力を抜き、最適な瞬間に力を振るう。


 四半刻(三十分)も経たないうちに、死骸の山が邪魔になってきた。鎧蟻の数が多いのと、殲滅速度が恐ろしく速いのだ。


「みんな、一旦下がって!」


 プルクラの呼び掛けに応じ、仲間たちが大きく後ろに下がる。


業火(インフェルノ)!」


 威力を弱めた白炎の壁が立ち上がる。事前の打ち合わせで、ある程度鎧蟻の死骸が溜まったら「竜の聲」で焼き尽くすことに決めていたのである。威力を弱めたのは周囲への被害を抑えるためだ。


 「業火」をくぐり抜けて来る鎧蟻はいない。しばらく維持し、もうそろそろ良いかなと思って解除した。


「あ」


 死骸は跡形も無く焼き尽くされていた。死骸だけでなく、周辺に蠢いていた鎧蟻が一匹も見当たらない。それどころか小山のような蟻塚さえ焼失し、ただただ焼け焦げた地面が広がっていた。


「……威力抑えるって言ってなかったか?」

「…………」


 ジガンの言葉に、プルクラはサッと目を逸らすのだった。

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