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76 領都メスティフ

 間近でファーヴニルの咆哮を浴びたプルクラは、一瞬体が固まった。竜の咆哮は膨大な魔力を帯びており、それが自身の魔力と反発したためだ。


 そこへ尾の一撃が襲い掛かる。この世界でも最上位に入る強度の鱗、そして膨大な質量、それが目にも止まらぬ速さで横から飛んできた。尾というよりも壁だ。プルクラは受け止めるのを諦め、直撃の瞬間に足の裏を当てて自ら後方に跳んだ。


 尾撃の威力は凄まじく、プルクラは百メトルほど一直線に飛ばされる。数えきれないほどの木々をへし折ってからようやく止まった。

 その瞬間、プルクラは地を蹴って前に飛び出す。身体強化五十倍、以前なら「一千倍」に相当する。


 地を這うように奔るプルクラの前には空気の膜が生まれ、後方には衝撃波で深い溝が作られ、森の木々が嵐にあった小枝のように吹き飛ぶ。

 一瞬にしてファーヴニルの居場所に戻ったプルクラは、その勢いのまま横腹に跳び蹴りを放った。


 普通の生物ならそのまま爆散しただろう。幸か不幸か、頑強な鱗に守られた体は小さな点の衝撃をそのまま受け止め、巨体がくの字に折れ曲がる。浮き上がったファーヴニルの巨体は数十メトル飛ばされた。


「グェェエエエエエッ!?」


 竜にあるまじき声を上げ、痛みにのたうち回るファーヴニル。その隙を黙って見過ごすプルクラではない。鞘から抜いた黒刀に魔力を思い切り流し込めば、目が眩むような青白い光を放ち、ブーンと低い唸りが響く。暴れる尾の付け根に刀を突き立て、そのまま首の方まで切り裂いた。


「ギィヤァァアアアアア!」


 今度こそ、痛みに悲鳴を上げるファーヴニル。黒刀の刀身では巨体を一刀両断とはいかない。赤紫の血を撒き散らし、ますます暴れるファーヴニルを見ていると、プルクラは少し可哀想になってきた。ひと思いに楽にしてやりたい。


 憤怒の形相で睨むファーヴニル、その眼球だけでプルクラの背丈くらいある。ふと口の周りに魔力が集まっているのを感じた。本能でそこから飛び退く。


 次の瞬間、プルクラの居た場所に青い炎が降り注いだ。


スピリトゥス(竜の)ドラコニス(息吹)!?)


 プルクラを追うようにファーヴニルの顔が動くと、それにつれて青い炎も移動する。しかしその動きは遅く、その間にプルクラはファーヴニルの背後に回り込んだ。


カルロ(ねっせ)――』


 プルクラがファーヴニルの首を「カルロ・レイ(熱線)」で落とそうとした時、掲げた右手首を掴まれた。


『っ!? お父さん!』

「すまぬ、プルクラ。少し待ってくれ」


 さすがお父さん、手首を掴まれるまで気配に気付かなかった!

 妙な所で父への尊敬度が増すプルクラだが、ニーグラムはファーヴニルの後頭部を見つめている。


「やはりな」


 そう言うや否や父の姿が消える。プルクラの目でも微かに影のような動きを捉えられただけだった。そのニーグラムはファーヴニルの頭の上に出現し、そこに付着していた何かを無理やり剥いだ。


「ギュィィイイイイッ!?」


 またファーヴニルが痛みによる悲鳴を上げ、その時にはもう父はプルクラの隣に戻っていた。その右手には、黒いクラゲのような生物――無数に生えた長い触手が蠢いている生物を握っていた。触手には赤紫色の液体、恐らくファーヴニルの血が付いている。


「プルクラ、もういいぞ」


 父が右手に握っている気味の悪い生物を凝視していたプルクラは、彼の声で我に返った。


『ん。カルロ・レイ(熱線)


 ファーヴニルの首の根元を目掛け、青白い熱線が迸った。以前よりも太く、直径二セメルほどになったそれが鱗に当たると、一瞬弾くような抵抗を見せるが、すぐに鱗を貫いて内部に至った。

 プルクラが指先を下から上に向けると、それに伴い熱線も下から上へ動く。ひと呼吸(四秒)もかからず、両断された首が落ちた。


 切断面は高温により焼灼されている。首と、離れた胴体はしばらくビクビクと動いていたが、やがて静かになった。

 最初に斬り裂いた尾の付け根から首の下までの傷は塞がりかけていた。再生か治癒の能力を持っていたようだ。


 自分は普通の人間の一千倍という力と「竜の聲」、黒刀と黒鎧があったから危なげなく勝てたけれど、ルカの前のご主人はどうやってこいつを封印したんだろう? きっとそのご主人は死力を尽くして戦ったんだろうな。凄いな。


 ブレント王子を安心させるため、ファーヴニルの死骸は持ち帰ることにした。こういう時、レンダルの作った規格外の拡張袋は役に立つ。


 死骸を収納してから、プルクラは黒鎧を脱ぎながら父の手でまだピチピチ動いているクラゲモドキに目を遣った。鎧も収納し終えて尋ねる。


「……お父さん、それ何?」

「これはな、思念の中継器だ」

「シネンノチューケーキ?」


 父が時折よく分からないことを言うのは今に始まった話ではない。


「ここを見てみろ」


 そう言って、ニーグラムはクラゲの頭? 部分をプルクラに向けた。何かが赤く発光している。よく見ると魔法陣のようだ。


「魔法陣?」

「そうだ。しかも、これはヌォルの魔法陣だ」


 ニーグラムは「この言語の、この部分は“竜の聲”と共通していて――」と解説を始めたが、魔法陣に興味のないプルクラにはさっぱりだった。


「――だから、これをレンダルに見せれば研究が捗るかもしれん」

「なるほど、転送魔導具!」

「うむ」

「ところで、それが付いてたってことは、ファーヴニルはヌォルに操られてたの?」


 プルクラがそう尋ねると、ニーグラムは触手の一本を徐に自分の首に刺した。


「お父さんっ!?」


 驚きで大きな声を出すと、父は触手をブチっと首から抜く。


「完全な支配ではないようだ。恐らく封印から出るよう思考を誘導したのだろう」


 全く表情を変えずに父が解説する。その間に首の傷は跡形もなく消えていた。どうやら「思念の中継器」がどこまでファーヴニルに作用していたのか、自分の体で確かめたらしい。

 ファーヴニルはヌォルに操られていたわけではないようだが、いずれにせよ倒す必要があっただろう。


「お父さん、体はだいじょぶ?」

「問題ない。お前の方こそどうだ? 俺でも見えないくらい速く動いていたが」

「ん。前みたいに体は痛くない。怪我もしてない」

「そうか、良かった。随分と強くなったな」

「ん!」


 クラゲを持ってない方の手で、ニーグラムは娘の頭を優しく撫でた。プルクラの顔がにへらっと緩む。


「もう用は済んだな。帰るか」

「……お父さん。私、ファシオたちに会いに行っていい?」

「いいぞ。連れて行くか?」

「んーん、ひとりでだいじょぶ」

「そうか。では俺はレンダルの所へ行ってから森に戻るとしよう」

「ん。お父さん、一緒に来てくれてありがと」

「ああ。またな」


 ニーグラムは右手にクラゲを掴んだまま飛び立ち、すぐに見えなくなった。


「さてと……来る時に見えた街に転移できるかな?」


 火翼竜の背に乗って上空から見えた街はかなり大きかった。ファシオたちが居るとしたらそこだろう。もし居なかったらそのまま王都に転移すればいい。腕輪に魔力を流し、街の姿を強く思い描く。真っ白な光に包まれ、次の瞬間には防壁のすぐ傍に立っていた。


「うおっ!? お嬢ちゃん、どっから湧いた!?」


 数メトルしか離れていない場所に討採者風の男性が二人いた。驚いた相手に声を掛けられたが、プルクラの方もびっくりした。人見知りが発動し、反射的に身体強化十倍を発動してその場を離れる。地面が大きく爆ぜ、二人の男性が土埃を浴びた。


「うおっ!? 今度は消えたぞ!?」

「魔獣……いや、妖精かっ!?」


 男性たちから遠く離れた場所で、プルクラはひとり反省する。やはり明確な目印なしで転移するのは良くない。

 太陽の位置と街がある方向から考えて、どうやら街の東側に転移したようだ。少し歩くと街道があったので街から離れる方向にしばらく向かい、転移ポイントを作るのに適した場所を探す。帝都行きで慣れているのですぐに見つかった。街道から北へ少し入った所に立木が十数本並んでいたので、その中に入って石碑のような目印を作る。拡張袋からメモ帳を出し、目印の特徴と場所を書き記した。


 満足したプルクラは、改めて街道を街の方へ向かう。街へ入る人の列に並んだ時、急激に緊張してきた。


(ひとりで知らない街に入るの、初めて……)


 今から王都に転移してアウリを連れて来ようか? そんな逡巡をしている間にプルクラの順番が回ってきた。ついさっき、ファーヴニルを倒したとは思えない小心さである。


「次の者!」

「ひゃい!」


 鎧姿の男性から声を掛けられ、思わず変な声が出る。慌てて拡張袋から銅色の討採者証を取り出し、門兵に提示した。ドキドキして手が震えそうだ。


「メスティフへ来た目的は?」


 メスティフ? ああ、それが街の名前か。


「と、友達に会いに」

「その者の名は?」

「えと、ファシオとオルガとダルガ、です」


 三人の名を口にすると、門兵がギロリとプルクラを睨んだ気がした。ひぃ、とプルクラは心の中で叫ぶ。


「ファシオさんたちの知り合いなのか! そうかそうか。あの人たち、白金級なのに安い依頼を嫌な顔ひとつせず熟してて、凄くいい人たちだよな! メスティフの救世主って呼ばれてるぞ?」

「へ、へぇ……」

「ああ、引き止めて済まない。討採組合はこの道を真っ直ぐ行った左手にあるから」

「あ、ありがと、ございます」

「ああいう人たち目指して頑張れよ!」

「あ、はい」


 門兵は笑顔でプルクラを通した。怖い人かと思ったがそうではなかったようだ。門を抜けてから、プルクラはホッと息をついた。

 ファシオたちがこの街に着いてまだそれほど経っていない筈だが、もう既に有名人らしい。それもかなり好印象の。友達のことを良く言われて、プルクラも嬉しくなってくる。さっきまでの緊張が嘘のように、軽い足取りで討採組合に向かった。


 とは言え、いざ討採組合の建物に到着するとまた緊張してくる。意を決して扉を開き、一瞬のうちに受付の位置を確認した後、ひたすら汚れた床板に視線を固定して受付に向かった。組合内にいた討採者からいくつか好奇の視線を向けられたが、俯いているプルクラはそれに気付かない。


 扉から受付までの距離は、王都からビアレスタ山までよりも遠い気がした。


「討採組合メスティフ支部へようこそ! ご用件を伺います」


 アウリと同じ歳くらいに見える受付の女性が元気よく迎えてくれた。プルクラはもじもじしながら自分の討採者証を受付に置く。受付の女性はその討採者証を穴が開くほど見つめていた。


「あ、あの……ファシ――」

「プ、プルクラ様っ!? しょ、少々お待ちを!!」


 ファシオたちに会いたいんですが、と言い掛けたところ、女性の慌てたような声に遮られた。彼女はプルクラをそのままにして階段を駆け上っていく。プルクラはその後ろ姿をポカンと見ていた。

 お待ちを、と言われた以上その場を離れるわけにもいかず、天板の木目を見つめていると、「お待たせしました!」と先程の女性から声を掛けられる。声の方に顔を上げると、女性の隣にはいかつい壮年の男性が立っていた。強者の雰囲気がする。相手が強者だと、プルクラの人見知りは引っ込む。


「お前……いや、貴殿がプルクラか」

「ん。誰?」

「申し遅れた。討採組合メスティフ支部長のラドリス・イーグランドだ」


 ラドリス支部長はそう言って握手を求めてきたので、その手を握る。


「すまんが、ちょっと上まで来てくれ」

「何の話?」

「討採組合の王都支部から通達があってな。プルクラという討採者が来る可能性があると。詳しい話は二階の応接室で頼む」

「分かった」


 敵意はなさそうなので、素直に支部長の後をついて二階の応接室に入った。手で示されたソファに腰を下ろすと、先程の受付の女性がお茶を淹れてくれた。


「ありがと」

「どういたしまして。私は失礼します」


 女性が応接室から出て行き、向かいに座ったラドリス支部長が話を切り出す。


「ブレント・リーデンシア殿下からのお達しで、プルクラという名の討採者が“竜”の討伐に訪れるかもしれない、と連絡があったんだ」

「な、なるほど」


 どうやらブレント王子はプルクラの行動を予測して根回しをしていたようだ。余計な軋轢が生じて国が危険に晒されないようにという考えからである。彼もジガンと同様の苦労性であった。


「それで、“竜”の討伐に来たのか?」

「えーと、まずあれは“竜”じゃない。ファーヴニルっていう奴。それと、もう倒した」

「…………何だって?」

「あれは“竜”じゃなくてファーヴニル」

「いやその後。“倒した”って聞こえた気がしたが」

「ん、倒した。いちお、死骸もってきた。見る?」

「……ああ。見せてもらえるか?」

「ん。広い場所ある?」


 ラドリス支部長が「付いて来い」と言うので、プルクラは組合の裏手まで付いて行った。そこは広場になっていて、倉庫のような建物に囲まれていた。


「素材の解体や保管をしている建物だ」

「なるほど」

「ここに出してもらえるか?」

「…………」

「どうした? 倒したっていうのは嘘か?」

「んー、この広さで足りるかなーと思っただけ。出す」

「え? ちょ、ちょっと――」


 拡張袋の口を地面に向け「ファーヴニルの死骸」と念じる。すると、広場にみっちりと詰まるほどの巨体が突如出現した。あまりに大きいので、近くにいるプルクラやラドリスには全貌が全く分からない。周囲に建つ倉庫が巨体に押され、ミシミシと不穏な音を立てていた。


「ちょ、おま――」

「ふぅ。ギリギリだった」


 次の瞬間、何棟かの倉庫から「メキッ、バキッ」と音がする。ギリギリアウトだったらしい。


『おい、一体何だこりゃ!?』

『ちょっと、倉庫から出れねぇぞ!』

『真っ暗だー! あと何か生臭ぇー!』


 倉庫の方から色んな声が聞こえた。ラドリスの顔色は真っ青になっている。


「これが、ファシオたちがビアレスタ山で見た奴。“竜”って思われてるけど違う。だけど鱗とかは“竜”に近いと思う」

「あ……あの、すまないが、もう一度収納してもらうことは出来るでしょうか?」


 支部長が急に丁寧な言葉遣いになったので、プルクラは彼を二度見した。


「出来る」


 拡張袋の口をファーヴニルに近付けて再度収納する。死骸は跡形も無く消え、広場に面した部分が壊れかけた倉庫群から次々と人が出てきた。


「ここでは素材の買い取りも出来ないので、王都に持ち帰っていただいても?」

「ん、わかった」


 この後もう一度応接室に招かれ、支部長から丁重に謝罪された。王都支部から通達があったのは事実だが、まさかプルクラのような華奢な少女が“竜”を討伐するとは夢にも思っていなかったらしい。実害はないし不愉快でもなかったので、プルクラは謝罪を受け入れた。後から出された紅茶は最初より数段良い香りがした。


 結局ファシオたちは離れた場所で依頼を熟しているらしく、会うことは出来なかった。最初に対応してくれた受付の女性に言付けを頼み、プルクラは王都へ戻ることにした。

ファーヴニルが弱いんじゃない。プルクラが強過ぎるんだ……。


いつもお読み下さる読者様、本当にありがとうございます!

次の更新は木曜日の予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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