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74 兄の家族

 屋敷に住み始めて四日目。八の鐘(午後四時)より少し前に、プルクラは“黒金の匙亭”の前まで来ていた。兄アルトレイの家令ダレンと約束したからである。

 新しい屋敷に迎えに来てもらえたら良かったのだが、兄と連絡を取る方法が分からない。だから約束通りにここまでやって来たのだ。


 この三日間で屋敷の方はだいぶ落ち着いた。アウリが中心となって、クリルとバルドスが積極的に動いてくれて、食器や調理器具、リネン類を買い揃えて生活に支障はなくなった。国から派遣予定の使用人たちの身上書も届き、だれを面接するか選定中だ。

 地竜も無事やって来て、プルクラが「チー助」と名付けた。チー助はプルクラに大変懐き、ルカインとも仲良くなっている。ジガンは地竜車を曳かせるのに馴致が必要だと言ってチー助を構い倒しているが、チー助はやや嫌がっているように見える。

 今日はチー助の相手をジガンに任せ、ルカインもアウリに預けてプルクラひとりでここに来ている。バルドスは離れた場所から彼女を見守っているが、迎えが来たら屋敷に戻る予定だ。


 やがて通りの向こうから小さめの地竜車が近付いてきた。“黒金の匙亭”の前で止まり、客車から緑髪のダレンが降りてプルクラを見る。彼は一瞬目を瞠り、すぐに顔を取り繕った。


「プルクラ様、ご機嫌麗しゅう。素敵なお召し物、大変お似合いでございます」


 ダレンは右手を胸に、左手を腰の後ろに回して上体を折る。貴族の礼である。

 男爵である兄の家に招かれたので、今日のプルクラはいつもの討採者スタイルではなく、控え目なドレスを着ていた。濃紺で肌の露出が控え目なタイプだが、ドレープを多用した上質な布で拵えている。


 同じ色の肘まである手袋をした手を、エスコートするダレンの手に添えて地竜車に乗る。貴族街へ続く門を抜け、しばらく進むと一軒の屋敷の前で地竜車が止まった。

 プルクラが国から譲渡されたのと比べて遥かに控え目な屋敷だ。兄とその家族が住むその場所を見て、彼女は少し居心地の悪さを覚えた。


 門を抜けると、開け放たれた玄関の前にアルトレイの姿があった。傍らに、柔らかい雰囲気をした美しい女性と、五~六歳の男の子、それより小さな女の子がいる。


「プルクラ! よく来てくれたね」

「アルに――アルトレイお兄様。本日はお招きいただきありがとう存じます」


 アルトレイは、プルクラがマリーネールだと分かってからも彼女を“プルクラ”と呼ぶ。彼女が敬愛する父が付けた名を尊重しているのだ。


「プルクラ、妻のメイリスだ。こっちが息子のルース、そして娘のリリス」

「プルクラさん、はじめまして。メイリスと申します」

「ルース・クレイリア、です」

「……りりしゅ、でしゅ」


 初めて会う兄の奥さんはとても優しそうな人だ。甥っ子は少し恥ずかしそうに、姪っ子は舌足らずながら一生懸命に挨拶してくれた。プルクラの顔が自然と綻ぶ。


「プルクラ、普段通りの喋り方で問題ないよ」

「ん、助かる。プルクラ、といいます」


 挨拶を済ませると応接室に案内された。屋敷の中は美術品などないものの、要所に生花が飾られている。落ち着いた温かい雰囲気を感じた。応接室のソファに腰を落ち着けるとメイドが紅茶を淹れてくれる。


「えと、おばしゃまなの?」


 アルトレイやプルクラと同じ蜂蜜色の髪と、明るい茶色の瞳をしたリリスがこてんと首を傾げながら尋ねる。


「プルクラさんのお歳で“叔母様”はそぐわないわね。リリス、“お姉様”とお呼びしましょうか」

「おねしゃま?」

「ん、嬉しい」

「おねしゃま!」


 リリスは三歳になったばかりらしい。躊躇いがちにプルクラの隣に座り、腰に抱き着いてきた。

 何この生き物。可愛い。

 プルクラは顔がニヤけるのを抑えられない。片手で優しくリリスの頭を撫でると、サラサラした髪の毛の感触が心地良くて、尚更ニヤけてしまう。


「お、お姉さまは王都に住んでるのですか?」


 そう尋ねるルースは六歳で、母メイリス譲りの金髪とアルトレイ譲りの明るい緑色をした瞳の少年。利発そうだが、今は恥ずかしそうにしている。


「この前、国からお屋敷をもらったの。南街区の北側、分かるかな?」

「行ったことないけど、分かります!」


 ルースは頬を上気させながら答える。プルクラがリリスの反対側をポンポンと叩くと、ルースは遠慮がちにプルクラの隣に座った。


「プルクラ、国から屋敷を与えられたのかい?」

「ん。元々迎賓館だったって」

「あそこかぁ。随分大きな屋敷をもらったね」


 アルトレイは苦笑しながら言う。高位貴族でも持て余すような屋敷ではないだろうか? リーデンシア王国は余程黒竜の機嫌を取りたいらしい。


「大き過ぎて迷子になる」

「ウフフ! それだけ国がプルクラさんを重要だと思っている証拠ですよ」

「そう? 最初、嫌がらせかと思った」


 プルクラの答えに、アルトレイとメイリスが声を揃えて笑う。

 それから、兄の求めに応じて黒竜の森のことを話したり、仲間のことを話したりしていると夕食の時間になる。


「おねしゃま、つよいのですか?」


 夕食の席で、これまで倒したいくつかの魔獣について話していると、リリスがそんな風に尋ねた。


「んー、普通よりちょっとかな?」


 この場にアウリやジガンが居たら大いに反論しただろう。


「リリス、プルクラはこの国で一番強いんだよ」

「えー!?」

「お父さま、騎士団長よりもですか!?」

「そうだぞ。ルースはバルドスを憶えてるかい?」

「なんとなく」

「プルクラはバルドスよりずっと強いんだ」

「ふぇー!」

「そんなことない。バルドスは強いし、ジガンも強い」


 プルクラはバルドスとジガンがいかに凄いかを語る。ロデイア流の神髄、敵の攻撃を受け流す難しさと、二人がどれだけ鮮やかにそれを熟すか。熱く語り過ぎて兄とメイリスは若干引いている。

 プルクラは謙遜しているわけではなく、本心から二人は強いと思っている。アウリやクリルだってそう。本気で戦えばプルクラが勝つだろうが、勝ち負けだけが強さではない。自分が持っていない技、そこに至るまでに積み重ねた努力を彼女は「強さ」だと考えているのだ。


「わ、わたしもお姉さまに教わったら強くなれますか?」

「んー、私よりジガンかバルドスに教えてもらう方がいいと思う。私もジガンに剣を教わってるの」


 十倍以上の身体強化を駆使して戦うのは常人向きではない。ルースに教えたくないのではなく、教えられないのだ。プルクラはそれを噛み砕いて説明したのだが、ルースの目がどんどん輝きを増している。何故だ。


「すごい! ふつうの人にはできないことを、お姉さまはできるのですね!」

「ぁぅ」


 尊敬の眼差しを向けられて困るプルクラを、アルトレイとメイリスが微笑ましく眺める。こんな風に、夕食の時間も非情に和やかな雰囲気で過ぎていった。

 帰る頃には、リリスとルースはプルクラにすっかり懐き、帰らないでと駄々を捏ねる。


「また遊びに来る。二人も、今度はお父様とお母様と一緒に私の屋敷に来て?」


 甥っ子と姪っ子は、父母に懇願の眼差しを向けた。


「そうだね。プルクラの住まいも見たいし、今度遊びに行かせてもらおう」

「うん!」

「はい!」


 プルクラの方から兄に連絡を取りたい時は、直接家に来ても良いし、貴族街の門番に書状を渡しても良いと教えてもらった。直接来る場合に備えて、クレイリア家の紋章が刻まれたメダルを渡される。これがあれば門で足止めされずに済むらしい。


「じゃ、またね。ばいばい」


 帰りはプルクラの屋敷まで地竜車で送ってもらった。次行く時は、ルースとリリスにたくさんお土産を買って行こう、プルクラは心にそう決めたのだった。





*****





 王都シャーライネンでプルクラたちと別れてから十日。ファシオ、ダルガ、オルガの三人は、王国西端に位置するケットネス領の領都メスティフを訪れていた。ここから更に西へ行けば、三人が生まれたクレスコ村がある。その西には広大な森林が広がっており、ビアレスタ山脈へと続く。


「この街も久しぶりねぇ」

「そうだね。な、何年ぶりだろ」

「……七年、いや八年」


 三人はメスティフの討採者組合にやって来た。十三年前、ダルガが年齢を偽って討採者登録した場所である。

 ファシオたちは初心に帰ってやり直すのにこの街を選んだ。王国の辺境と言われるこの周辺は、西の森をはじめいくつか強力な魔獣の生息する場所があるからだ。

 討採者の等級に並々ならぬ執着を抱いていたファシオだったが、プルクラたちと行動を共にしてそれに大して意味がないことを思い知った。これからは白金級として、難しい依頼を地道に熟して自分たちを鍛えるつもりだ。


 組合の扉を開いて中に入る。ファシオたちに視線を向ける者は特に居ない。


「変わってないわねぇ……ま、当たり前か」


 ファシオとオルガは六歳から十一歳までここで活動していた。ダルガは九歳から十四歳までだ。年少の二人が正式に登録できる十二歳になる直前、ここより東にあるレシアン領に移動したのだった。比較的大きな街であるベッサムの討採者組合にて、本名できちんと登録したのが今となっては懐かしい。

 余談だが、レシアン領から更に東に行けばラガースタ領に入り、その領都がオーデンセン。プルクラが初めて訪れた大きな街である。


 入口から見て左手にある掲示板に、三人は歩み寄った。時刻は昼前なので割りの良い依頼は残っていないが、ファシオたちが探すのはそういった依頼ではない。むしろ難易度と報酬が釣り合わずに敬遠されている依頼だ。


『赤大毒蛙の異常繁殖。原因調査と殲滅。場所:ベンズール沼』

『ビート草の採取』

『聖銀石の採掘』

『長爪熊十匹前後の群れ討伐。場所:ファーウエスト森林』

『尾黒狼三十匹前後の群れ討伐。場所:ファーウエスト森林』

『鉄蜥蜴討伐。場所:ビアレスタ山』


「ベンズール沼ってどこだっけぇ?」

「ここから、み、南に地竜車で半日くらい、だよ」

「さっすがオルガ。よく憶えてるねぇ」


 赤大毒蛙はその名の通り毒を持つ体長二メトルの魔獣だ。遠距離攻撃でなければ危険な相手なので、ファシオたちとは相性が悪い。


「ファーウエスト森林、か」


 ダルガが呟く。それは彼ら三人の故郷、クレスコ村の西に広がる森林地帯である。


「ファーウエスト森林って、地竜車でどれくらい?」

「ふ、二日くらい」


 幼いファシオたちが、徒歩でひと月以上かけて移動した距離だ。

 尾黒狼は単体ではそれほど強くない魔獣だが、群れの規模によって危険度が跳ね上がる。長爪熊は単体でもかなり危険な魔獣。十匹もいれば金級以上の討採者でなければ自殺行為である。


「そこから西に行けばビアレスタ山よねぇ?」

「う、うん」


 鉄蜥蜴は鉄鉱石を主食とし、鱗が魔力を帯びた金属質に変化している魔獣だ。鉄鉱石の鉱床がある場所からあまり移動しない習性がある。この討伐は素材として鱗が欲しい誰かが依頼したのだろう。ビアレスタ山までは遠いし、ファーウエスト森林を通るためかなり危険である。


「ついでだから、この三つを受けようかしらぁ」


 オルガとダルガは賛成も反対もしない。ファシオの行く所が自分たちの行く所だから、彼女が決めたならそれで良い。

 ファシオは三枚の依頼書を掲示板から剥ぎ取り、入口から右手にある受付に提出した。


「この依頼を受けるわぁ」

「受託の手続きをします……は、白金級!? あの、ほ、報酬が少な目ですけど?」

「別に構わないわよぉ。お金には困ってないしぃ」

「ありがとうございます、助かります!」


 受付嬢がペコペコ頭を下げるので、ファシオは苦笑する。白金級ともなれば、高額な指名依頼や割の良い依頼を組合が直接斡旋することが多く、売れ残りの依頼など見向きもしないのが普通なのだ。そんな依頼を熟さなくても十分稼げるのだから。


 自分たちも、これまではそうしてきた。白金級を目指したのも正にそれが目的だった。しかしプルクラたちの行動を見て考えが変化した。力のある者は、そうでない者が出来ないことを時にはやるべきなのだ、と。


「あ、そうそう。シャーライネン支部に言付けをお願いできるかしらぁ?」


 プルクラたちに、自分たちが今どこに居るか知らせるのが目的だ。定期的に安否を知らせると約束させられたのである。支部間には「赤茶鴉」を使った連絡網が敷かれている。それなりに費用はかかるが、プルクラを怒らせたくはない。

 ちなみに「対紙」の魔導具を使って瞬時に連絡を送ることも可能だが、これは討採組合が認めた緊急事態、国にとっての危機的状況の時にしか使われないものだ。


 言付けと依頼受託の手続きを済ませて受付を離れる。受付嬢は最後まで感謝の言葉を述べていた。依頼を受けて清々しい気持ちになるのは、もしかしたら初めてかもしれない。ファシオは組合を出てそう思ったのだった。





 二日後。地竜車を借りたファシオたちは故郷であるクレスコ村を訪れた。地竜と客車を預けてファーウエスト森林に向かうためだ。

 村人は誰もファシオたちを憶えていないように見えた。この村を飛び出したのは十三年前。当時を知る者も少なくないと思うが、大人になった三人を見てすぐにファシオたちと分からないのも当然だろう。


 故郷を見ても特に感慨はなく、三人はすぐに西の森へと向かった。


 野営を挟んで三日目、尾黒狼の群れを発見し討伐。その数、三十三匹。

 更に森を西へ進んだ四日目、長爪熊と遭遇。オルガが「雷玉」を駆使して難なく殲滅した。その数、十四匹。

 そのままビアレスタ山を目指して森の奥へと向かった。


「なんかさぁ、魔獣多くなぁい?」

「う、うん。でもここに来るのは、ず、随分久しぶりだし」

「……長居は危険かもしれない」


 森の比較的浅い場所だと言うのに魔獣との遭遇率が高い。今のところ特に苦労するような相手は居ないが、連戦になるとオルガの魔力が心配だ。

 雑魚魔獣は可能な限り無視しつつビアレスタ山に向かう。鉄蜥蜴は麓近くで見られたらしく、可能ならその近くにある筈の鉱床も見付けて欲しいと組合からはお願いされた。通常、鉄蜥蜴は山の中腹に生息しているのだ。


「鉱床探しはせずに討伐だけでいいよねぇ」


 鉄鉱石の鉱床が麓に見付かれば、この領を治めるケットネス伯爵は喜ぶだろうし、組合も恩を売れる。だがそれはファシオたちの知ったことではない。


 森へ入って七日目。ようやくビアレスタ山の麓で鉄蜥蜴の痕跡を発見した。ダルガがそれを慎重に追い、やがて遠くに鉄蜥蜴の姿を目視する。


(やっと見つけたわねぇ)

(……ゆっくり近づくぞ)


 ファシオとダルガが囁き声でやり取りし、オルガも二人に向かって頷いた。「雷玉」の攻撃範囲まで近付き、雷撃で動きを止めて一気に仕留めるつもりだ。

 半刻ほどかけて慎重に近付き、あと少しで範囲に入るという時に異変が起きた。巨大な何かが空から突然現れ、鉤爪の付いた足で鉄蜥蜴を掴んで飛び去ったのだ。


 その間、三人は声を出さないよう必死に堪えた。それは三人が初めて見る魔獣。濃い紫色の鱗に、赤黒い皹のような線が走った巨大な“竜”だった。



だいぶ前にチョロッと出てきた、ファシオたちの生まれ故郷。

特にイベントは起きませんでした(笑)


いつも読んで下さる読者様に心から感謝いたします!

次の更新は金曜日の予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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