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73 プルクラ、お屋敷を手に入れる

「ほぇ~……」


 王城勤めの文官でブレント王子の側近、リガルド・ウォーレスと、ほかに二人の文官に案内されて南街区のとある屋敷前まで案内されたプルクラは、門からかなり遠くにある建物を見て呆けた声を出した。


 南街区の北側は、貴族街の防壁に近いほど高級住宅地となるらしい。案内された屋敷は北の端にあり、その向こうには広い街路を挟んで防壁しかない。壁は北にあるため日当たりを遮らず、降り注ぐ日光が屋敷の白さを際立たせていた。


「……おい、あれ噴水か?」

「……今は水が出ていませんが、あの形は噴水でしょうね」


 門と屋敷の間に円いプールのようなものがあり、中央に優美な形状の円柱が立っている。もしかしなくても噴水だろう。

 芝生は綺麗に整えられ、庭のあちこちで色とりどりの花が咲き誇っている。ルカイン希望の「花壇」どころではない。これは庭園である。

 建物は三階建て……三階建て? 三階も必要だろうか……。玄関のある中央部分と左右に翼棟がある作りで、壁は白、屋根が濃い青に塗られている。数えるのも面倒なくらいある窓の枠は濃い茶色だ。


 二回訪れた貴族街にあるリープランド伯爵邸より広大な敷地に、屋敷自体も大きい。こういう邸宅は使用人や庭師などが必要だろうし、維持するだけで相当なお金が必要だろう。何よりもこの屋敷自体、腰が抜けそうになるくらいの金額に違いない。


 プルクラはアウリの服の裾を引っ張り、小声で囁く。


「……お高いんでしょ?」


 アウリはプルクラに向き直って自信満々に頷くと、リガルドに向かって告げた。


「とても素晴らしいお屋敷ですが、私たちには少々お高いのではないでしょうか?」


 顎の下で両手を組み、瞳をうるうるさせてリガルドを見上げるアウリ。プルクラが偶に使う手である。


「うっ……こほん! こちらのお屋敷ですが、ブレント殿下が報奨として受け取っていただけないかご提案されています。お受けいただける場合、使用人、料理人、庭師などを国の負担で永続的に派遣する用意がございます」


 リガルドはアウリのうるうる攻撃に一瞬怯んだようだった。


「それはとっても素敵なお話ですね! プルクラ様、いかがでしょうか?」

「えっと、このお屋敷を貰えるってこと?」


 プルクラの反応が上々であるとみて、アウリはリガルドに追加で質問する。


「リガルド様、土地・建物の名義はプルクラ様になるのでしょうか? その場合、それらに関わる税金はどうなりますか? あと、派遣いただく人材に関しては、私たちも選定に関わることが出来るでしょうか?」


 屋敷の維持管理に関わる人材を国から派遣するとなると、国がプルクラたちを監視していると受け取ることも出来る。

 プルクラやニーグラムの機嫌を損ねたくない国としては“監視”などという気はないだろうが、定期的な報告くらいは受ける筈だ。今のところ探られて痛い腹はないものの、出来れば害意のない人間を選びたいと考えるアウリである。


 不動産の名義や税金については、それをどうするかで国がプルクラのことをどれくらい重要視しているかの物差しになる。まだうるうるした瞳をリガルドに向けているアウリだが、彼女は抜け目ない女性なのだ。プルクラへの愛が暴走気味なのを除けば。


 リガルドは手元の資料を捲りながらアウリの質問に答える。


「……土地・建物の名義はプルクラ様となり、税はプルクラ様一代に限り免除となります。派遣する人材に関しては身上書をご覧いただき、面接をお願い出来ればと考えております」


 ふむふむ。条件としては破格と言って良いだろう。アウリは満足げに頷いた。プルクラの敬称も“様”になっており、アウリは気分が良かった。

 プルクラはアウリとリガルドのやり取りに付いていけず、オロオロとふたりを交互に見ている。


 ジガンとクリル、バルドスの三人は色んな角度から屋敷を眺め、ああでもない、こうでもないと何やら楽しげに話していた。私もあっちに行きたい、と思うプルクラである。


 そのあと文官たちによって屋敷の中、および庭園を案内された。驚いたのは、新築と思しき竜舎と地竜車を置くための倉庫が屋敷の裏手に建っていたことだ。アウリが希望リストを使者に託してから三日しか経っていないのに、どんな突貫工事を行ったのだろうか。


 一通り見終わってからリガルドがおずおずとプルクラに尋ねる。


「いかがでしょう、プルクラ様……?」

「こんなに立派なお屋敷を貰えるなんて…………何か裏がある?」

「め、滅相もございません! 我が国としましては、この王都にプルクラ様がお住まいになることに大変意義があるのです」


 娘であるプルクラの屋敷があれば、黒竜が王都を攻撃する可能性は皆無に近い。現状において、それはリーデンシア王国にとって最大の安心材料である。プルクラとその仲間たちにとって良過ぎる条件に見えるが、これで王都の安全が買えると思えば安いもの、とブレント王子は国王や兄たちを納得させたのだ。


 つまり、屋敷の譲渡を断るとブレント王子の胃痛が取り返しのつかないものになる。それが分かっているから、リガルドは祈るような気持ちでプルクラを見つめた。お願いだから、この屋敷を貰ってください。


「アウリ、ほんとにいいのかな?」


 プルクラが背を向けたので、リガルドは実際に両手を合わせて懇願の視線をアウリに向けた。出来る男のイメージが、飼い主に置いていかれた子犬の姿に置き換わる。アウリは吹き出しそうになるのを堪えながら、真剣な顔を作ってプルクラに答えた。


「せっかくですから、ご厚意に甘えましょう」


 リガルドがガッツポーズで天を仰いだ。少し涙も零れている。


「ん、アウリが言うならそうする。リガルドさん、このお屋敷、ありがたく使わせていただきます」


 プルクラが振り向いたので、リガルドは慌ててキリッとした顔を作った。


「お気に召して何よりでございます。ブレント殿下もお喜びになるでしょう」


 お屋敷を貰うのは私なのに、なんで王子が喜ぶんだろう? プルクラは小首を傾げつつ、リガルドが差し出した鍵束を受け取った。





 屋敷には、今すぐでも住めるように家具類まで備わっていたが、そうは言っても細々とした物が必要だ。まずは屋敷内を見て回り、必要な物をリストアップしなければならない。

 アウリ、ジガン、クリルが手分けしてその作業に当たっている間、プルクラはルカインとバルドスを伴って改めて屋敷内を探索する。


「ルカ、花壇じゃないけどだいじょぶ?」

「むしろ最高にゃ!」


 ルカインは屋敷よりも庭園が気に入ったようである。リガルドが教えてくれたところによると、この屋敷は以前王都で最大級の商会を営んでいた会頭が建てたものらしい。代替わりして借金が膨らみ、返済の一部としてこの屋敷を手放した時に国が買い上げたそうだ。以来、迎賓館として利用していたのだが、王城の近くに新たな迎賓館を作ったため、近年は管理だけして使用していなかったという話だった。


 迎賓館の名残で、調度品は一流のものがそのままになっている。たださすがに美術品は新たな迎賓館の方へ移したらしく、絵画や彫刻といったものは残っていない。

 プルクラは美術品などに慣れ親しんでいないので、何も掛かっていない壁やがらんとしたホールにも特に違和感を抱かない。


「もし、クレイリア王家所蔵の美術品が残されていれば、ここに飾るのも良いでしょうなぁ」


 バルドスはそんな風に言うが、プルクラは今のままで十分素敵だと思った。


「プルクラ様、リストが出来ましたので、そろそろ地竜車を見に行きませんか?」

「ん。いい加減行かないとジガンが拗ねそう」


 バルドスがジガンとクリルを呼びに行ってくれて、全員揃って西街区にある店に向かった。そこは巨大な倉庫のようになっていて、何台もの地竜車を見比べることが出来るようになっていた。


「おお! これだよ、これ!」


 ジガンが一台の地竜車に駆け寄り、その周りをぐるぐる回ったり、下を覗き込んだりしている。それは艶のある黒に塗装された地竜車で、色以外は他の地竜車との違いがプルクラやアウリには分からなかった。


「……他のとどう違うの?」

「よくぞ聞いてくれた! まずは足回りだ。これを見てくれ」


 ジガンが得意満面な顔で地竜車の下を手で示す。プルクラは仕方なく屈んで下を覗き込んだ。


「車軸が車から離れてるだろ? これはな、浮遊の魔導具で車体が浮いてるんだ。普通は上位貴族や王族が使う最上級の地竜車にしか使われないんだぜ? 乗り心地がめちゃくちゃ良くて疲れないし、地竜の負担もかなり軽減されるんだ!」


 ほうほう。良さそうなことは分かった。


「次は中を見てくれ! なんと冷暖房の魔導具が組み込まれてる! これで真夏でも真冬でも快適だ。まぁ馭者台以外だけどな! オプションで馭者台にも冷暖房を付けられるんだ」


 ふむふむ。贅沢な装備だ。不快よりも快適な方が良いだろう。


「席数は十二だが、数を減らして席を広く出来る。座面と背面は皮製で、中に綿を詰めれば座り心地がぐんと良くなるぞ?」


 お尻が痛くならないの、大事。


「極め付きはこの色! この深いツヤを出す為に六回重ね塗りしてんだよ! お前の鎧に似てると思わねぇか!?」


 確かに、吸い込まれそうな黒はかっこいいと思う。


「これがオプション別で金貨五枚! オプションは金貨一枚と大銀貨五枚だ! 今だけの特別価格!」

「買った!!」

「プルクラ様!?」


 気が付けばプルクラが籠絡されており、アウリが驚きの声を上げる。

 ジガンとプルクラはがっちりと握手していた。壁際にいる店員さんも苦笑いだ。


「プルクラさん、純粋ですからねぇ……」

「いや確かに、この地竜車は買い得だとは思うが、即決して問題ないのだろうか……」


 クリルとバルドスが少し離れた場所で呟いた。ジガンの売り文句には熱意がこもっており、けっして嘘はついていないものの、そういうのに慣れていないプルクラは半ば勢いで押し切られたのではないかと心配している。


「アウリ、いい?」

「……」

「みんなでゆったり旅するにはいい買い物だと思うの。だめ?」

「だ、駄目ではありません、むしろいいと思います!」


 プルクラがこてん、と首を傾げてアウリを見上げると、アウリは即座に買い物を肯定した。抜け目のないアウリだが、プルクラには甘々である。


 プルクラとしては、師匠であるジガンがこれだけ気に入っているのだから悪い物ではないだろうと思ったし、この地竜車にみんなで乗って旅をする光景が頭に浮かんだのだ。ジガンの熱意に押し切られたわけではない、たぶん。


「ありがと、アウリ!」

「とんでもございません! 店員さん、お会計を!!」


 壁際に控えていた店員さんが素早くアウリのもとに歩み寄った。ジガンの熱弁をしっかり聞いていたらしく、オプションまで含めた内訳と合計金額を提示してきた。


「店員さん、馭者台の上に屋根を付けられますか?」


 プルクラが遠慮がちに尋ねると、小太りの店員さんは満面の笑みで答えた。


「もちろん付けられますよ! 車体色と同色に塗装して、取り付けまで入れて……即金でお支払いただけるなら、お値引きさせていただいて……これでいかがでしょう?」


 店員さんがアウリに総額を提示する。


「プルクラ様。総額で金貨六枚、大銀貨六枚です。よろしいでしょうか?」

「ん。アウリにお任せする」


 アウリが腰に着けた拡張袋からお金を入れた革袋を取り出して店員に支払った。店員の笑顔がより深まるが、すぐ傍で見ていたジガンがそれ以上の笑顔を見せた。


「プルクラ! お前、ほんっとうにいい奴だな!」

「ん」


 再び二人はがっしりと握手した。

 地竜車は依頼したオプションを組み込むのに一週間かかるとのことで、引き渡しは八日後となった。店員に地竜を買える場所を教えてもらい、店を出る。

 地竜などの輓獣(ばんじゅう)やその他の使役獣を扱う店は北街区の北門近くに集中しているらしい。そちらに向かう途中、店に寄って昼食を摂った。


 教えられた場所に行くと、背の高い鉄の柵で囲まれた広い敷地だった。門にいる案内人に聞くと、四つの商店共同の展示場になっているとのこと。早速中に入り、地竜が固まっている場所に行ってみる。敷地の内部には人の腰くらいの高さの柵があり、円周状の通路になっていた。


 半ば覚悟していたような獣臭、糞尿の臭いなどは微かにしか感じない。清潔に管理されているようだ。地竜は一番奥の方に五匹いた。


「プルクラ様、どの地竜が良さそうですか?」


 プルクラは低い柵に乗って身を乗り出し、キラキラした瞳で地竜たちを見る。肩に乗っているルカインも地竜の方に首を伸ばした。

 五匹の地竜たちはゆっくりとプルクラに近付いて来る。手を伸ばすと、そのうちの一匹が匂いを嗅いでから鼻先を擦り付けた。プルクラが鼻先を撫でると、もっと撫でてと言わんばかりに擦り付けてくる。


「はわわぁ~。この子、すごく人懐っこい」


 本音を言えば五匹全部買ってしまいたいプルクラだが、生憎と屋敷の竜舎は一匹しか入らない。ブレント王子やリガルドも、まさかプルクラが地竜を五匹も飼いたがるとは思っていなかっただろう。


「その子はプルクラ様が好きみたいですね」

「こいつはプルクラと相性がいいにゃ!」

「ん。みんな可愛いけど、この子にする」


 クリルとバルドスは、地竜を撫でくり回しているプルクラを微笑ましく見つめていた。ジガンだけは、五匹全部買うと言い出さなくてホッとしていた。さすがは師匠、プルクラの本音をお見通しである。


 地竜は持ち主を登録したあと指定の場所まで運んでくれるそうなので、代金(金貨二枚)を支払って必要な手続きをした。明日、屋敷に運ぶようお願いする。


 “黒金の匙亭”を引き払い、新しい屋敷に移るのに最低限必要な物品を買わなければならない。


「プルクラ、行くぞ?」

「ん、もうちょっと」


 プルクラが帰ろうとすると、地竜が服の袖を噛んで引き留めるのだ。置いて行かれると思うのだろうか。プルクラはなかなかその場を離れられない。


「みんな先に行って?」

「そういうわけにも参りません。バルドス様、プルクラ様をお願いしてもよろしいですか?」

「命に代えてもお守りする」


 そんな事態は起こらないだろうが、それくらいの覚悟を持つバルドスならプルクラを任せても安心だ。少々暑苦しいのは否めないが。


「プルクラ様。私たちは屋敷に移る準備をして参ります。プルクラ様は、バルドス様とお屋敷の方にいらしてください」

「ごめんね、アウリ。これ」


 プルクラは屋敷の鍵束をアウリに渡した。


「プルクラさん、また後で」

「プルクラ。あんまり粘って店に迷惑かけるんじゃねぇぞ?」

「ん。みんな後で」


 その後プルクラは、店が閉店する九の鐘(午後六時)まで地竜と戯れたのだった。バルドスは終始ニコニコしてプルクラを見守り、ルカインはとっくに飽きて空いた場所で寝ていた。


欲しいものが無いプルクラと、何かあげないと色々まずいリーデンシア王国との落としどころが元迎賓館のお屋敷です。お値段はだいたい黒竜の鱗二十枚分くらい。

竜舎と倉庫を新築したのは、迎賓館の客の地竜車などは騎士団が預かるため元々なかったからです。


いつもお読み下さる読者様に心から感謝いたします。

更新する度、リアクションを楽しみにしています。

次の更新は火曜日の予定です。

引き続きよろしくお願いいたします!

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