72 はしゃぐジガン
自分の好きなこと、興味関心のあることに関して異常に行動が早い人がいる。今回はジガンがそれに当てはまったようだ。
自分たちで地竜車を所有するという考えがジガンにとっては物凄く魅力的に思えたらしく、彼は積極的に動き始めた。
「プルクラ。お前、地竜好きだよな?」
「ん? 地竜っていうか、人の為に一生懸命な生き物はみんな好き」
夜が明けきる前に戻ってきたプルクラは今、アウリやルカインと共に“黒金の匙亭”の食堂にいる。朝食を食べようとしていたらジガンもやって来て、急に地竜のことを尋ねられた。
「つまり、地竜も好きってことだよな?」
「んー、うん」
「自分たち用の地竜車があったらいいと思わない?」
「え……走った方が早いし、転移もあるけど」
チッチッチ、と舌を鳴らし、プルクラの目の前で立てた人差し指を振るジガン。ウザい、とプルクラは思った。
「どうしても急ぎの時はそれでいいが、ゆったり旅をするのに走って行くとか無粋じゃねぇか」
「そう?」
「ああ。それに、ずっと同じ地竜が客車を曳いてくれるんだ。好きなだけ構えるし、もっと仲良くなれるぞ?」
「ほんと!? それは魅力的」
プルクラが乗り気になると、すかさずテーブルにカタログを広げるジガン。
「これなんかかっこいいと思うんだよなぁ」
「……他のと何が違うの?」
「これはな――」
ジガンがお勧めの地竜車について熱く語るが、プルクラの耳を素通りしていく。それよりもお腹が空いたから朝食を食べたい。
「な? これだけの機能が付いてて金貨五枚はお買い得だと思うんだ」
「……えっと、ご飯食べていい?」
「ジガン様。食事の後でも良いのではないですか?」
「ジガン、必死過ぎて笑えるにゃ」
「……そうだな。飯食ってから話すか」
ようやくジガンも自分の椅子に腰を落ち着けた。また後で聞かなきゃいけないのか……プルクラは遠い目をしながらスープを口にする。
「ね、アウリ。ジガンは地竜車欲しいの?」
「えー、昨日プルクラ様がお出掛けの間に色々ありまして――」
アウリが王城から三人の文官が訪ねてきたことから、色んな場所にみんなで旅をしたいという話になったことを簡潔に説明した。
「色んな場所に、みんなで……」
「どうでしょうか、プルクラ様……?」
これまでいくつかの街や国に行ったが、それは「旅」というより「移動」だったと思う。
「私には本で得た知識しかない。普通の人より圧倒的に経験が足りないと思う。みんなで色んな場所に行けば、経験も積める?」
「もちろんです! 様々なものに触れれば好きなものが見つかったり、楽しいと思えることが増えたりすると思います!」
「それはとってもいい……なるほど、だからジガンは地竜車が欲しいんだ」
「……あれはジガン様の趣味かもしれません。昨夜、男性陣はどんな地竜車が良いかで盛り上がっていらっしゃったようです」
「へぇ~。男の人は地竜車にこだわりがあるの?」
「そういう方もいらっしゃる、ということでしょう」
自分も黒鎧は最高にかっこいいと思っているが、他の人たちはそう思わないらしい。それと似たようなこだわりがジガンたちにもあるのかもしれない、とプルクラは納得した。
「地竜車買ったら、置き場所がいる」
「そうなのです。地竜の竜舎も必要ですし。だから、どこかに家を買っても良いかもしれませんね」
「家……みんなで住むの?」
「みなさんが良ければ、ですが。それに家があればニーグラム様やレンダル様、アルトレイ様とそのご家族だって遊びにいらっしゃるかもしれません」
「おぉ……それはいいかもしんない」
家と言われれば、プルクラが想像するのはレンダルの家である。森の小屋は“小屋”と呼ぶのがしっくりくる。
自分の家……。みんなで住む家……。
「……家っていくらくらい?」
「申し訳ございません。私も相場には詳しくなくて」
「気にしないで。……アル兄に聞けば知ってるかも」
「いっそブレント殿下に信頼できる不動産屋をご紹介いただいた方が良いかもしれません」
「たしかに」
プルクラが「家が欲しい」などと言えば、ブレント王子なら嬉々として屋敷を与えそうである。リーデンシア王国の王都に居を構えてくれれば敵対することはないだろうし、プルクラを大事にしているという面目も立つ。
アウリとしては、家を買うのは思い付きであるし、旅をすれば気に入った土地が見つかるかもしれないから、王国から家を貰えるなら貰えば良いと考えている。もちろんプルクラの資産を考えれば購入に支障はないが、ずっと住むか分からない家に大金を投じるのは得策と思えないのだ。
だから、アウリはこう続けた。
「王城からの使者に伝言を頼みましょうか。家を買うかもしれない、と」
「ん。どんな家がいいか、みんなの意見を聞こう」
「ウチは花壇が欲しいにゃ」
「花壇?」
「お花が近くにあると落ち着くにゃ」
「おぉ。妖精っぽい」
ルカインの希望は慎ましいものであった。
「私は大きなお風呂が欲しいです。あと使いやすい広めのキッチンと、ダイニングとリビング、応接室も必要ですよね。それと私の部屋は絶対にプルクラ様の隣がいいです。ジガン様とクリル様、バルドス様のお部屋に、仲間が増えた時も考えて客室はたくさんあった方が良いですね!」
「…………お屋敷かな?」
みんなで住むなら、アウリが言う通り結構な部屋数が必要だ。竜舎と地竜車の置き場だって必要だから、かなり広い庭も要るだろう。
朝食を終え、皆で宿の談話室に移る。ジガンが早速地竜車を売り込んできたが、その前に地竜車を置ける家が必要だろうと言ってそれぞれの希望を聞いてみた。
「え、俺も一緒に住むの?」
「わ、私も住んでいいのですか?」
「私は護衛ですから、当然住みます」
ジガンとクリルは戸惑い、バルドスは一緒に住むと断言した。
「ジガンはししょーなんだから一緒に住むべき。クリルは神官だからもしものために一緒に住んで欲しい。バルドスは……好きにしてもらっていい」
クリルは「もしも(お化け)対策員」らしい。ジガンは師匠って弟子の家に住むんだっけ? と首を傾げる。バルドスは好きにしていいと言われてご機嫌だ。
「……一緒に住むの、いや?」
「別に嫌ってわけじゃねぇよ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「光栄の極みです」
バルドスに限っては、王女殿下と同じ家に住めるなんて、という気持ちが見え隠れしている。けっして気持ち悪い人というわけではない。
ということで、プルクラたち五人が快適に住むことが出来て、尚且つ竜舎や地竜車置き場を設けられる庭があり、ついでに花壇のある家を探そう、と話が決まった。
*****
「ブレント殿下!」
口髭を蓄え、髪を後ろへ撫でつけた文官が王城の廊下を歩くブレント・リーデンシア第三王子を呼び止めた。
今は会議室から自分の執務室へ移動しているところである。プルクラが黒竜の娘と判明してから何度も会議を行っているが、彼女に与える報奨について未だ良い案が出ない。国王と第一・第二王子はこの頭の痛い問題をブレント王子に丸投げしていた。混乱しているツベンデル帝国への対策もあるし、プルクラとは既に何度も顔を合わせているので仕方のないところではあるが、ひとつ間違えればこのリーデンシア王国も灰燼と化す可能性がある重大な案件だ。国王か、せめて第一王子が主導すべきではないかと思う。
「リガルドか。どうした?」
「プルクラ殿の件でございます。先程使者から報告があり、この王都で家を購入しようと考えているため、信頼できる不動産業者を紹介して欲しいとのことです」
リガルドと呼ばれた文官の言葉に、ブレント王子は思わず立ち止まった。
「……どのような家を探しているのか、詳しく聞いたのか?」
「はい。かなり詳細に」
「よし……よしよしよし! 至急文官に通達せよ。国有および王家所有となっている王都内の不動産と、現在売りに出されている不動産の情報を集めるのだ」
「既に指示を出しております」
「大変結構。情報が集まり次第、プルクラ殿の希望に沿う物件を見繕え」
「御意のままに」
一昨日からずっと胃が痛かったブレント王子だが、ようやく希望の光が見えてきた。彼女の希望を完璧に叶えれば、この国は安泰と言っても過言ではない。二日ぶりに軽くなった足取りで、彼は執務室に向かうのだった。
*****
「なぁ、地竜車見に行こうぜ?」
「…………」
「ジガン様、気が早いです」
「オーダーメイドって時間がかかるんだぞ?」
「オーダーメイドする気ですかっ!?」
アウリが「不動産屋を紹介して欲しい」と言いながら、やたら詳細な家に関する希望リストをブレント王子の使者に託してから三日経った。
昨日までの二日間は、宿に居ても暇なので、プルクラはアウリやルカインと一緒に王都を散策した。
“黒金の匙亭”がある西街区は富裕層向けの店舗が多い区域である。ジガンの剣を買ったディベルトの店がある北街区とは随分と雰囲気が異なる。一日目は服屋、靴屋、宝飾品店などを巡り、二日目は家具屋、金物店、食器店などを見て回った。
バルドスも付いてきたがったが、下着や服を買うからと言って断った次第である。彼はジガンやクリルを連れ出し、防壁の外まで行って鍛錬していたようだ。ジガンとクリルはげっそりしていた。
三日目の朝、焦れたジガンが朝食の席でプルクラに直球を投げたのが今である。プルクラが答える前にアウリがジガンを諫めたところだ。
「ジガン、落ち着いて。置き場所が決まらないと、地竜車の大きさも決められない」
「まぁそうだけどよぉ……」
「拗ねても可愛くないにゃ」
口を尖らせたジガンにルカインが突っ込む。
「……そこまで言うなら見に行こ?」
「いいのか!?」
「……ジガン様、もう何度か見に行っていらっしゃるでしょう?」
「え? いや、別に、そんなことは」
ジガンの様子がまるでおもちゃを欲しがる幼い男の子のようで、プルクラは何だか可笑しくなってきた。
「アウリ。せっかくだからみんなで見に行こ?」
「……プルクラ様がそうおっしゃるなら」
「よし! クリルと団長に声掛けてくる!」
ジガンがウキウキと二人の席へ戻って行った。
彼がこれほど夢中になるなら、何か面白いことがあるのかもしれない。それに、家が決まったらどのみち見に行くのだ。それなら今日でも構わないだろう。
そんな風に考えていると、プルクラの席へ宿の従業員が近付いてきた。
「お食事中失礼いたします。プルクラ様にお客様がお見えでございます」
「お客さん?」
「クレイリア男爵家と王城からでございます」
「分かりました。すぐ行きます」
客が来たというのが聞こえたのか、ジガンがあからさまにシュンとなった。
既に朝食を食べ終えていたプルクラは、アウリやルカインと共に応接室へ向かう。そこには口髭を蓄えて髪を後ろへ撫で付けた男性と、緑色の髪をした優しそうな男性が待っていた。
「ブレント殿下の側近を務めている、リガルド・ウォーレスと申します」
口髭の男性がプルクラに向かって丁寧に頭を下げた。続いて緑髪の男性が口を開く。
「クレイリア男爵家の家令、ダレン・ビスタと申します」
ダレンと名乗った男性も頭を下げる。
「プルクラ、です」
「アウリと申します」
四人は向い合せに座り、プルクラはルカインを膝の上に乗せた。
「では私の方から先に失礼いたします。アルトレイ様より、三日後の夕食にご招待したい旨、お伝えに参りました」
プルクラは一度アウリと相談し、問題ないことを確認して返答する。
「謹んでご招待に、与ります」
「それでは八の鐘(午後四時)にこちらまでお迎えに上がります。ご訪問は何名でいらっしゃいますでしょうか?」
「私ひとり、です」
「かしこまりました。それでは三日後、よろしくお願いいたします」
ダレンが再び丁寧に礼をして応接室を去る。
「それでは私の方から」
続いてリガルドと名乗ったブレント王子の側近が口を開いた。心なしかダレンと比べて緊張しているように見える。
「先日アウリ殿からお預かりしたご希望に沿う屋敷がございまして」
「屋敷」
家、と言った筈だが、いつの間にか“屋敷”になっている……。いや、王城に勤めるような人は、家のことを屋敷と呼ぶのかもしれない。
「ぜひそちらをご紹介させていただけないかと」
不動産屋さんを紹介してもらうつもりが、いつの間にか屋敷を紹介されることになっている……。いや、リガルドさんは副業で不動産屋さんもしているのかもしれない。
プルクラは、これで大丈夫なのかアウリの横顔に視線を向けた。アウリはリガルドを真っ直ぐ見据えているが、口端が少し上がっているように見える。
「ちなみに、そのお屋敷はどこにあるのでしょう?」
「南街区の北側でございます」
貴族街ではないことにホッとするプルクラ。実は、王都の南街区は富裕な平民が居を構えている区域で、特にその北側、つまり貴族街に近い場所は高級住宅街となっているのだ。プルクラはまだそのことを知らない。
「なるほど、良い場所ですね。あとは物件そのものですか」
「自信を持ってお勧めできる屋敷でございます」
リガルドの言葉遣いは、先日会った時よりかなり丁寧になっている。アウリはとっくに気付いているが、それをこの場で指摘するのは控えた。
「内覧は可能ですか?」
「もちろんです。今からでもご案内できます」
「…………」
アウリとリガルドの間で話がどんどん進んでいくので、プルクラはオロオロした。
「プルクラ様、今からお屋敷を見に行ってもよろしいですか?」
「え? ……私は大丈夫だけど」
「ではジガン様たちに聞いて参ります。少しお待ちくださいね」
そう言ってアウリはスタスタと応接室から出て行った。
「…………」
「…………」
残されたプルクラとリガルドは、黙って紅茶に口を付ける。プルクラは人見知りだから初見の人とうまく話せないし、リガルドはプルクラを怒らせたら命がないと思っているので下手なことを言えない。ルカインは我関せずと膝の上で丸くなっている。
アウリが戻るまで、地獄のような気まずい空気が応接室を満たしたのだった。
いつもお待たせして申し訳ありません!
そして、いつも読んで下さる読者様、本当にありがとうございます。
次回の更新は土曜日の予定です。
引き続きよろしくお願いいたします。




