71 プルクラは無欲?
プルクラが出掛けた後、“黒金の匙亭”に王城から三名の文官がやって来た。一人はブレント・リーデンシア王子の側近である。彼らは、国に対して何か要望がないかをプルクラから聞き取るために派遣されたのだった。
宿の使用人から客の訪問を聞かされたアウリはプルクラの不在を告げたが、文官たちはそれならば、とアウリたちの話を聞きたいと言い出したので、急遽宿の応接室を借りて会談に臨むことになった。
文官たちは、ブレント王子から「命が惜しければくれぐれも丁重に接するように」と釘を刺されていたため、プルクラのことをどんな化け物かと恐れていた。彼らにとって本人の不在は寧ろ歓迎だったのである。
三人の文官が並んだソファのテーブルを挟んで向かい側に、アウリとジガン。その両隣に置いた椅子にクリルとバルドス。そしてアウリの膝に座ったルカイン。プルクラを除いたメンバー全員で文官たちを迎え撃った。
「それで、お話というのは?」
アウリが真っ先に口火を切る。
「国からプルクラ殿に報奨を与えようとしているのはご存知かと思う。そこで、彼女が何を望んでいるか、側近のあなた方にお聞きしたいのだ」
口髭を蓄え、黒い髪をぴっちりと後ろに撫で付けた三十代の男が答えた。
プルクラはアウリたちを家族に近い仲間と考えていて、決して“側近”とは思っていない。プルクラは自分のことを身分の高い人間だとは全く考えていないからだ。
「側近」と呼ばれ、アウリはちょっと自尊心を擽られた。彼女はプルクラの“従者”を自認しているからである。側近の方が何だかかっこいいと思った。
バルドスは側近じゃなくて護衛だ、と軽く憤った。ジガンは側近扱いされたら困るなぁと思い、クリルは自分たちを側近と呼んだらプルクラさんは怒るんじゃ? と心配した。
なおルカインは興味がないようでアウリの膝で居眠りしている。ルカインの姿は文官たちには見えないようだった。
四人がニマニマしたり眉を顰めたりすることには触れず、文官は話を進める。
「プルクラ殿に一番近いあなた方なら、彼女が欲しいものが何か、また何を望まないのかを良く知っているのではないだろうか?」
四人が顔を見合わせる。プルクラが欲しいものと言われても特に思い浮かばない。世間一般の十五歳の女性が欲しがるもの――宝石や貴金属、ドレスや靴、または素敵な男性との出会いなどをプルクラに当てはめてみる。
服や装飾品は似合うだろうが、それよりもきっと何か美味しいものの方が喜びそうだ。さらに、素敵な男性との出会いより倒し甲斐のある魔獣とかの方が喜びそうである。
「欲しいもの……」
困ったようなアウリの呟きにジガンが反応する。
「あいつ、物欲なさそうだよなぁ」
「そうなんですよねぇ」
「武器や防具は好きそうですが、プルクラさんは最高の物を持ってますもんね」
クリルも意見を述べた。
黒鎧の見た目については賛否両論(“賛”は今のところ持ち主と贈り主のみ)だが、性能は世界に二つとない逸品であるし、黒刀もそうだ。それ以上の武具が存在したとして、それをリーデンシア王国が下賜すると言っても、プルクラは使わないだろうし喜ばないだろう。
バルドスはプルクラとの付き合いが短いのでだんまりである。
「お金も有り余るほど持ってますし」
「そうなの?」
「そうですよ? プルクラ様がその気になればお城が建ちます」
「「「「「「お城」」」」」」
アウリがぶっちゃけたプルクラの懐事情に、ジガンたちだけでなく文官三人も揃って声を出した。文官たちはバツの悪そうな顔をして俯く。
「たぶんなのですが……プルクラ様は森から出てまだあまり時間が経っていないじゃないですか」
「そうだな」
「何か欲しいものが出来るほど、色んなものをまだ見ていらっしゃらないと思うんです」
「……なるほど。世間を知らないってのは確かだな」
「だから、将来的には宝石が好きになるかもしれないし、貴族になりたいと思うかもしれません」
現段階では、綺麗な色の石ころとか、生え変わって抜けた鹿の角とか、いい感じの棒切れとかが好きそうである。
「……想像できねぇけど。可能性はあるってことか」
「そうです。だから今は、無理に何かを押し付けずに、色んな場所に行って色んな経験を積んだ方が良い気がします」
「……アウリ、すげぇいいこと言うな」
「私もアウリさんの意見は素晴らしいと思います」
「うむ。プルクラ様は元々それを望んでいらっしゃるしな」
バルドスも寂しくなったのか、最後に意見を付け加えた。
仲間たちの意見に、三人の文官が一様に困った顔をする。
「……結局、欲しいものは無い、ということだろうか?」
「ご本人に自覚はないと思いますが、欲しいものが“分からない”或いは“決められない”というのが正しいかもしれません」
「なる、ほど?」
「ただ、少なくとも今の時点で“爵位”は最も要らないものかと。プルクラ様は、自由気ままで身軽な身分をお望みだと思います」
アウリの言葉に、ジガン、クリル、バルドスがこくこくと頷く。同時に文官たちは頭を抱えた。
お金も要らない、貴金属・宝石・服飾品も不要、爵位など以ての外となれば、実質王国がプルクラに与えられるものなど存在しないのではないか。
「プルクラは別に報奨なんて欲しがってないと思いますよ? あまり難しく考えず、これからも仲良くしましょうね、くらいでいいんじゃないですかね?」
ジガンの言葉に、アウリ、クリル、バルドスが再び頷いた。文官たちの眉間の皺が一段と深くなる。
「…………あなた方のご意見は承った。貴重なお話に感謝する。我々としては持ち帰って上に判断していただく他ないが、可能な限りプルクラ殿の意に沿う形で纏めよう」
口髭の文官がそう言い、残り二人と共に応接室から去っていった。アウリたちも立ち上がって彼らを見送る。膝からソファに置かれたルカインが一瞬目を覚まし、大きな口を開けて欠伸をした。
「終わったにゃ?」
「そうですね……何だか疲れましたけど」
アウリが再び座り、ルカインを膝の上に戻した。他の三人も、首や肩を回したり腕を上げて背筋を伸ばしたりしている。クリル三十歳、ジガン四十一歳、バルドス五十二歳。クリルはともかく、上の二人は畏まるとすぐにあちこちが凝るお年頃なのだ。思い思いに体を動かした三人が座り直した。
「改めて考えると、プルクラってほんと欲がねぇよな、食欲以外」
「望めば王子との婚姻すら認められそうですけどね」
「こ、婚姻などまだ早かろうっ!」
クリルの「婚姻」という言葉に、バルドスが過剰反応を示す。
「プルクラは強いから、つい何でも出来て何でも知ってる気がするが……もっと俺たちが色んなものを見せてやらねぇとだなぁ」
大人である男性陣三人は互いに頷き合った。アウリだってまだ十七歳。大人がしっかりしなきゃいけない年齢である。
「プルクラ様に色んなことを体験していただきたいですね。戦うこと以外で」
それから宿の食堂で豪華な昼食を四人と一匹で食べた。その後は宿の談話室に移り、皆で旅の目的地について意見交換した。プルクラも行きたいと言っていた海。稀少な宝石を産出する王国東部。クリルの出身地に近い大陸北部の雪山。王国北東部に国境を接する、魔術の研究が盛んなキュドリオ自治区など。
「なあ、旅するのに自前の地竜車があれば便利だよな?」
「おお! ジガン様、偶に良いことおっしゃいますよね」
プルクラは地竜が好きだし、自分たち専用の地竜車があれば長閑な旅が出来そうな予感がする。プルクラが物凄い速さで突っ走り、その後転移するという移動手段は緊急時以外に使いたくない。プルクラばかりに負担をかけているようで居た堪れないのだ。火翼竜の背に乗るのも願い下げである。
「地竜車があるなら、竜舎も必要じゃないですか?」
「確かに。だったら、王都の端っこに家の一軒でも貰っちまえばいいんじゃねぇか?」
「全部、プルクラ様のお金で買えますけどね」
「そっか。別に王国に借りを作ることもねぇか」
「鍛錬する場所も欲しいな!」
プルクラそっちのけで盛り上がる四人。最後のバルドスの意見は完全に彼の願望だ。しかし、こんな風に話し合うのがアウリにとっても存外楽しかった。
王都のどこかに竜舎付きの家を買って皆で住む。プルクラ様は地竜を凄く可愛がるだろうな。地竜車で海や山、森や湖に出掛ける。貴金属や宝石の産地、織物が名産の土地へ行ってお気に入りの品を見付ける。ドワーフが多く住む国へ武具を見に行くのもいい。
戦いなど無しで、のんびりと旅をするのはとても魅力的に思えた。これは是非プルクラ様にお勧めしよう。アウリは心に決めた。
一度解散し夕食時にまた集まると、ジガンがどこから手に入れてきたのか地竜車のカタログを手にしていた。精密な絵で外装・内装が描かれており、乗り心地に直結する車軸周りの設計図まで記載されている。もうジガンは地竜車を買う気満々のようだ。男性陣はカタログを見てああでもない、こうでもないとはしゃいでいる。
和やかに夕食を終えて部屋に戻ると、アウリは急に寂しさを感じた。二人部屋は、ひとりだとやけに広く感じる。アウリは自覚していないが、ずっとルカインを抱っこしていた。ルカインも嫌がることなくされるがままになっている。
プルクラが“至竜石”を取り込んだことで、ルカインは彼女との繋がりがより強くなったのを感じていた。だから彼女が傍に居ない寂しさも一入なのだ。アウリが寂しく感じるのは言わずもがな。アウリとルカインはその寂しさを埋めるため、お互い無意識に引っ付いているのである。
その夜、アウリはルカインを胸に抱いたまま眠りに就いたのだった。
*****
父とひとつ屋根の下で熟睡したプルクラは、父にしばしの別れを告げてから“黒金の匙亭”に転移した。
「…………まだ早過ぎた?」
まだ陽が昇ったばかりだ。アウリとプルクラの二人部屋はしんと静まり返り、人が動く気配がしない。リビング部分にはルカインの姿もなかった。寝室に繋がるドアをそっと開くと、すぅすぅと寝息が聞こえる。寝台でアウリがこちら向きで眠っており、上掛けからルカインの耳が飛び出していた。上掛けをそっと捲ると、アウリの腕がしっかりとルカインをホールドしている。仲睦まじい様子に笑みが浮かんだ。
アウリとルカインを起こさないよう、上掛けをそっと戻し、寝室を出て音を立てないようドアを閉める。プルクラはなるべく静かに紅茶を淹れてソファに座り、森の小屋から持ってきた本を開いた。
『おんなゆうしゃ、わるいりゅうをたおす』
プルクラが四、五歳の頃に読んだ、挿絵が多い子供向けの本だ。“至竜石”を取り込んだ女性の勇者が、使命を忘れて欲求のままに暴れる竜を倒すという話だった筈。
先日、ルカインから前の主のことを教えてもらった時、何故か初めて聞く気がしなかった。ちょっと不思議な気分だったのだが、昨日森の小屋に帰った時、暇潰しの本を何冊か持って帰ろうと本棚を物色した際、この本の背表紙を見て思い出した。幼い子供向けの本だったため、近年読み返すことがなかったからうろ覚えだったのだ。
この本の内容はルカインから聞いた話にそっくりだった気がする。この主人公はルカインの前の主ではないだろうか?
主人公は髪の長い女性で、歳の離れた妹がいる。子ウサギの姿をした妖精と出会い、その後偶然見つけた“至竜石”を取り込んだ。
(そう言えば、私が“至竜石”のことを初めて知ったのも、この本だった)
主人公の女性と妖精は魔獣の被害に遭った村や町を助け、やがて国からも助けを求められる。魔獣が強くなるにつれて女性と妖精が傷を負うことが多くなるが、それでも魔獣を倒していく。
そして遂に“悪い竜”が西方の山岳地帯に現れて、主人公がたったひとりでその討伐に向かう。
「プルクラ様! お戻りだったのですね!」
「おかえりにゃ!」
プルクラは本を閉じて寝室の方を向いた。
「アウリ、ルカ。ただいま。それとおはよー」
「おはようございます!」
「おはようにゃ!」
ルカインが駆け寄ってプルクラの膝に飛び乗る。アウリはまだ夜着のままでプルクラの隣に座った。
「朝食はお済みですか?」
「んーん、まだ」
「では食べに行きましょう。すぐ支度して参ります」
「ん」
プルクラは拡張袋に本を収納した。
物語の結末は憶えている。確か女性勇者が命と引き換えに悪い竜を地中深くへ封印するのだ。残された妖精と妹は悲しみに暮れるが、妹が寿命で亡くなるまで妖精はその傍に居たという話だった。
プルクラは膝の上に乗ったルカインの背を労わるように優しく撫でる。
「にゃ?」
「……アウリと仲良しになった?」
「にゃっ!? べ、べ、別に仲良しじゃないにゃ!」
「フフフ。仲良しの方が嬉しいけど」
「そうにゃ?」
「ん」
「……善処するにゃ」
自分に愛情を向けてくれるのは嬉しいけれど、ルカには他にも好きな人を増やして欲しい。その方がきっと楽しいし、充実するから。
そんな風に想いながら、プルクラはビロードのような手触りの毛並みを堪能するのだった。
あと二~三話、まったりした話が続きます。
いつもお読み下さる読者様、本当にありがとうございます!
次の更新は水曜日の予定です。
引き続きよろしくお願いいたします。




