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69 隠し事が出来ないプルクラ

お待たせいたしました。69話です。

 案内されたリープランド伯爵邸には、ブレント・リーデンシア第三王子とアルトレイ・クレイリアが揃っていた。挨拶を済ませた後、プルクラの後ろに控えていたバルドスがアルトレイの前に跪く。


「アルトレイ様! これまでの私の言動、何卒ご寛恕願います!!」


 そう言ってバルドスは床に額が付くほど頭を下げた。

 ちなみに、プルクラがアルトレイの妹であることは内緒にして欲しいと頼んである。


「バルドス……無事に帰って来てくれて、本当によかった」


 跪いたバルドスを立たせたアルトレイは、明るい緑色の瞳を潤ませながら彼の大きな体を抱きしめた。バルドスも戸惑いながらアルトレイの背に腕を回す。


「こちらのプルクラ様が……私を救って下さったのです」


 バルドスからゆっくりと離れたアルトレイが、優しい目をプルクラに向けた。


「プルクラさん。ありがとう」

「ん。私の力じゃない」


 兄の憂慮を払うために道を示したが、最終的に決断したのはバルドス自身だ。しかも死にそうな怪我まで負わせてしまい、自分はそれを癒すことも出来なかった。

 これが終わったらお父さんの所に行かなきゃ。助けてくれたお礼と、“至竜石”のことを言わなきゃいけない。


「それでも、ありがとう」

「ん、お礼は受け取った」

「アルトレイ様。今後私は、プルクラ様の護衛としてお仕えいたします」

「「え」」


 プルクラとアルトレイが、バルドスの宣言に揃って呆けた声を出した。この二人以外の全員が、さすが兄妹だなと感心する。

 プルクラは思った。護衛も、仕えて欲しいとも言った覚えはない。バルドスの立ち位置とか言動とかが護衛っぽいなぁとは思っていたけれど。

 アルトレイの上げた声は、復讐に囚われていたバルドスが新たな生き方を見付けた驚きによるものだった。思い込みの激しい彼のことだから、プルクラさんに迷惑を掛けなければ良いけれど。


「挨拶はそれくらいにして、皆座ったらどうかな?」


 ブレント王子が苦笑いしながら言葉を発する。


 今回プルクラたちは八人と一匹という大人数で押し掛けているが、さすが伯爵家の応接室と言うべきか、全員が座ってもまだ余るくらいのソファや椅子があり、部屋も広々としている。侍女が四人がかりでお茶の用意を調えてくれ、それぞれ席に着いた。プルクラはブレント王子とアルトレイの前に置かれた四人掛けのソファにちんまりと座った。右隣がアウリ、左隣がジガンと鉄壁の布陣である。膝にはルカインが大人しく座っている。

 ジガンの隣にはクリル。バルドスは護衛らしくプルクラの後ろに立っている。落ち着かないのでどこかに座って欲しいと思うプルクラである。ファシオたちはすぐ近くの四人掛けソファに陣取った。


「バルドス・ロデイア殿を無事連れ帰ってくれたことと、帝都消滅について感謝する」


 ブレント王子は、王国の間諜から逐一報告を受けていたことを先に説明した。その上でプルクラたちの口からも事の成り行きについて聞きたがったので、ジガンとアウリ、時々プルクラが話す。


「ところで、謎の男と老齢の男性がいたそうなのだが」


 ジガンとアウリがプルクラを見る。勝手に話して良いか分からないからだ。


「ん、それは私のお父さんと、旧クレイリア王国の筆頭魔術師、レンダル・グリーガン、です」

「レンダル・グリーガン……かつて大魔導と呼ばれた方か。もう一人はプルクラ殿の父君であったのか」

「ん、はい」

「その父君が帝都を消滅させたように見えたと報告を受けたのだが」

「…………私は見ていない、です」


 現場の状況から間違いなく父の仕業である。プルクラの目が盛大に泳いだ。見ていないと言ったが、肯定以外の何物でもない。

 別に、父が“黒竜”であることをどうしても隠さなければならないわけではないのだが。言えば色々と説明が必要であろうし、驚きや戸惑いくらいなら良い方で、怖がられたり嫌悪されたりする可能性がある。だから必要以上に打ち明けていないだけだ。


 プルクラは決断した。言い繕うのが面倒臭くなったとも言う。


「お父さん……育ての父は、黒竜ニーグラム・ドラコニス、です」


 目の前のブレント王子とアルトレイがぽかんとした顔になる。ファシオたちが座っている辺りからは、息を吞む音が聞こえた。

 ファシオたちも、ニーグラムがプルクラとジガン、バルドスを癒したことは知っており、彼がプルクラの父ということは聞いた。只者ではないと思っていたが、家庭の事情について突っ込んで聞くのは控えていたのである。

 ついでにルカインも膝の上で目を見開き驚愕している。あれ、ルカに言ってなかったっけ? そう言えばはっきりとは言ってなかったような……。


「黒竜……様とは、“黒竜の森”の黒竜様のことで間違いないか?」

「ん、はい」

「その黒竜様が育ての親……もしや、プルクラ殿の“名付け”をしたのも?」

「はい、父が付けてくれました」

「なるほど……それであの強さ、なのか」


 ブレント王子がひとり納得したような呟きに、プルクラは小首を傾げる。


「それにゃ!!」


 突然ルカインが叫んだので、ファシオとダルガ、壁際に控えている侍女以外の全員がビクッとした。


「ブレント殿下とアルトレイ様もこいつが見えているのですか?」

「ああ、随分可愛らしい子猫を連れて来たなぁと思っていたけど」

「猫が喋った、だと……? もしやその猫殿は妖精なのか?」


 王子とアルトレイもルカインの声に驚いたのでジガンが確認すると、二人ともルカインを認識しているようだった。


「ルカ、どうしたの?」


 王子の「妖精なのか?」という問いには答えず、プルクラがルカインに尋ねる。


「“名付けの作用”にゃ!」

「名付けの作用?」

「“格”が遥かに上位のものが下位のものに名を付けると、その能力の一部を下位者が使えるようになると言われている」


 ブレント王子が説明を代わってくれた。


「プルクラには、黒竜様から魔力がドバドバ流れ込んでるのにゃ!」

「ドバドバ……」

「それが、主従契約してるウチにも流れてるにゃ! だからたった一晩で至竜石が出来たのにゃ!」


 ルカインが何故かドヤ顔で言い切った。


「至竜石……プルクラ殿は至竜石を取り込んでいるのか?」

「ええ、まぁ」

「なるほど。其方の強さの理由が分かった」


 ブレント王子は勘違いをしている。プルクラが“至竜石”を取り込んだのは今朝のことだが、彼は随分前に取り込み、それで騎士や前騎士団長を倒す程の強さを得たのだろうと考えたのだ。

 面倒なのでプルクラは訂正を控えた。


「それが真実なら……いや真実であろうが、我が国としてプルクラ殿をどう遇するか、根本的に見直さねばならん」


 世界の頂点にして守護者たる黒竜を父に持つ娘。本人も規格外の強さを誇っている。そんな彼女をリーデンシア王国はどう扱えば良いのか……ブレント王子は頭を抱えたくなった。


「プルクラさん。不躾ですが……自分の本当の名をご存知ですか?」


 ずっと何かを考え込んでいたアルトレイが口を開く。プルクラの目が再び泳いだ。

 基本的にプルクラは、軽い冗談を除いて、人を騙したり嘘をついたりすることが出来ない。隠し事など大の苦手である。十五歳になるまで普通の人間と交わる機会が非常に限定的だったため、人の悪意や虚言に晒されることがなかったからだ。


 プルクラは決断した。隠しておくのが面倒臭くなったとも言う。


「……マリーネール・クレイリア。アル(にい)の妹」

「やっぱり……」


 アルトレイも気付いてはいたのだ。蜂蜜色の髪、新芽のように鮮やかな瞳。あまりにも自分に似通っている。クレイリア王家で偶に発現する能力――“魔力視”で見る魔力の色も、その量は別としてとても似通っていた。もちろん、彼の知っているプルクラは生後間もない赤子だったから成長した姿は単なる想像に過ぎないが、きっとプルクラのような少女になっただろうと思っていたのである。

 プルクラが生まれた時十歳だった彼は、自分の下に初めて出来た妹という存在が可愛くて仕方なかった。上に二人の兄、二人の姉がいて、王位継承権第五位だった彼は王城で比較的自由に過ごすことが出来ていた。だから時間があるとしょっちゅう妹の顔を見に行っていたのだ。


「アルトレイ様、発言をお許しください。プルクラ様は、ご自分の出自を明かせばアルトレイ様に辛い過去を思い出させるかもしれないと危惧しておられたのです。先日お会いした際に、家庭を築きお子様にも恵まれたと聞き、ご自分がアルトレイ様の妹であることは明かさないとお決めになったのです」


 それまで黙っていたアウリが、堰を切ったように発した。それはプルクラを責めないで欲しいという彼女の思いの表れである。

 しかし、そんなアウリの心配は杞憂であった。


「……もう一回、呼んでくれるかい?」

「?」

「さっき私のことを――」

「アル兄?」


 アルトレイはその言葉を噛み締めるように目を瞑る。やがて開いた目は少し潤んでいた。


「……たった一人の妹を責めたりするものか。君が生きていてくれて、こうして会えたことが何よりも嬉しいよ」

「私もアル兄が生きていてくれて嬉しい」

「抱きしめてもいいかい?」

「ん」


 アルトレイは遠慮がちに、少しぎこちなくプルクラを抱きしめる。プルクラが兄の背に腕を回すと、アルトレイの腕にも少し力がこもった。


 プルクラの心配も杞憂だったのだろう。確かにアルトレイは十歳という、自我も記憶もしっかりしている年齢で家族と祖国を失った。しかし、この十五年でその悲しみと喪失感に折り合いをつけたのだった。

 いくら嘆いたところで自分の人生は続く。曲がりなりにも王族として教育を受けた彼は早期にそのことに気付き、悲しみは心の奥に蓋をして隠し、どう生きるかを模索した。今でも悲しみは古傷のように時折鈍い痛みを感じさせるが、妻や子供たち、そしてやりがいのある仕事のお陰で自分は幸せだと言えるまでになったのである。


 世話になったバルドスが生きて帰って来た。それだけでも安堵と喜びに胸が満たされるのに、彼を連れ帰って来てくれたのは実の妹だった。

 もう二度と会うことはないと思っていた血の繋がった家族。その中で、赤子故最も生きている可能性が低いと考えていたマリーネールが生きていた。それは喜びなどという簡単な言葉では言い表せない、まるで夢を見ているような気持ちだ。


 腕の中の温もりが、これが夢ではないと言っている。妹は確かに生きている。アルトレイの両目から涙が溢れ出し、プルクラの肩を濡らす。プルクラは、彼が泣き止むまでその背中を優しく撫でるのだった。





「みっともない所を見せてしまい、申し訳ありません」

「いや気にすることはない。……プルクラ殿はしばらく王都に滞在されるのか?」


 気恥ずかしそうに謝罪するアルトレイに、ブレント王子が気遣いの言葉を掛けた。彼の問いにプルクラは少し考える。父やレンダルの所へは行きたいが、それは転移の腕輪を使えば一瞬で移動出来る。今後どうするかまだ決めていないので、それは皆で相談すべきだろう。


「……王都にいた方がいい? ですか?」

「ふむ。やはり我が国としては黒竜様のご息女を蔑ろには出来ない。かと言ってプルクラ殿の意に沿わぬこともしたくない……今後どうしたいか、何か希望があれば聞かせて欲しい」


 これは以前にも言われたことだが、爵位を与えるなどの話だろう。

 貴族になればリーデンシア王国と王家に尽くす義務が生じる。この国にそれ程思い入れもないプルクラとしては、義務など願い下げである。ただ、ブレント王子の言いたいことも分かる。帝都を事もなげに更地に出来る父親の反感を買うわけにはいかないだろう。


「……今はまだ決められない、です」

「であろうな。我々も協議が必要であるし、しばらく王都に滞在してくれれば助かるのだが」

「プルクラ。私の家族にも会ってくれないかい?」


 最後の言葉はアルトレイだ。それはプルクラも願っていたことだった。


「いいの?」

「もちろん。妻と子供たちに是非会って欲しい」

「ん、分かった」


 ブレント王子としてはプルクラがフラフラとどこかへ行ってしまうのは望ましくなかったので、アルトレイの誘いは非常に好都合であった。


「それでは前と同じ宿を手配しよう。問題ないかな?」

「いいの、ですか?」

「もちろんだ。今や其方たちは私よりも重要人物なのだから」

「あ、あの!!」


 ブレント王子が聞き捨てならない言葉を発したが、ファシオの声で聞き流された。


「私たち三人の宿は不要です。直ぐに王都を発つつもりですから」

「そうなの、ファシオ?」


 プルクラは身を捩ってファシオたちを見る。そんな話は聞いていなかったからだ。


「姐御、黙っててごめんねぇ。三人で決めたの。このまま姉御たちと一緒に居るより、また三人でやり直したいなぁって」

「そう……寂しくなる」

「そんなこと言わないでぇ? また会いに来るわよぉ」


 オルガとダルガも、こくこくと首を縦に振る。

 ファシオたちは、帝都での戦いでプルクラたちが自分たちとは違う次元にいることを思い知った。あれほど激しい戦いはそうそうないだろうが、今の自分たちでは単なる足手纏いであろう。一緒に居るなら、せめて自分の身を自分で守れるくらいにならなければ。三人で話し合い、もっと強くなろうと決めたのだった。





 騎士団の地竜車で、また“黒金の匙亭”まで送ってもらったプルクラたち。建物の前で、プルクラとファシオが固く抱き合った。


「何かあったら連絡して。すぐ助けに行く」


 討採組合に言付ければ、組合を通して連絡することは可能だ。


「そんなに危ないことはしないわよぅ。姉御じゃないんだからぁ」

「むっ」


 別れを湿っぽくしたくないファシオが軽口を叩く。


「プ、プルクラちゃん。また会いましょうね!」

「ん。オルガ、またね」

「……世話になった」

「ダルガ。ばいばい」


 ジガン、アウリ、クリルもそれぞれ別れを告げ、バルドスも短い付き合いながら三人と別れを惜しむ。姿を認識出来るようになったオルガは、最後とばかりにルカインを抱きしめて撫でくり回した。


「じゃ、またねぇ!」


 ファシオたち三人は王都の北門目指して歩き出した。空はもう茜色になっている。彼らは北門の近くで宿をとり、明日の朝、王国西部へ向けて出発するのだ。

 王国からの報酬についてファシオたちは固辞したが、プルクラが「人数割りにする」と言って聞かず、結局後日討採組合にあるファシオたちの口座に振り込むことになっている。


「行っちゃった……」


 姿が見えなくなるまで見送っていたプルクラが小さな声で呟いた。


「プルクラ様、また会えますよ」

「大人数も意外と悪くなかったよなぁ」

「良い人たちでしたね」

「彼らが抜けた分、私がプルクラ様をお守りします」


 元々守られてはいなかったのだが、バルドスはプルクラの“騎士”を自認しているので仕方ないだろう。

 寂しいが、ひとりぼっちではない。バルドスという頼りになる仲間も増えたし、アルトレイの家族に会う約束もしている。


「さ、プルクラ様。宿で休みましょう」

「ん」


 最後にもう一度ファシオたちが去った方を眺め、プルクラは宿に入るのだった。

いつもお読み下さりありがとうございます!

次のお話は木曜日に更新する予定です。

今後ともよろしくお願いいたします!

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