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68 至竜石

 副都ダグルスを発った翌朝。転移ポイントの一つで野営して迎えた朝の一幕である。


「とりあえず、お前らちゃんと服着ろっ!」


 ジガンが顔を背けながらプルクラとアウリに怒鳴った。ファシオたちも何事かと集まって来る。バルドスは天幕の外で歩哨のように立ち、クリルがファシオに「大丈夫ですよ」と取り成している。


 ジガンに言われて自分たちの格好に気付き、慌てて身支度するプルクラとアウリ。その間も、ルカインがずっと“至竜石”をてしてしてしと叩いている。


「ルカ、それほんとに至竜石なの?」

「そうにゃ!」

「でも、出来るまで凄く時間が掛かるって」

「そうにゃ。だからびっくりして叫んだのにゃ」


 時間短縮の為に自分の身を犠牲にして、プルクラの “至竜石”を生み出そうと決心した昨夜。その目論見は当のプルクラによって止められ、ルカインはプルクラと共にいることを選んだ。

 数十年掛かるとしても、少しでも早くプルクラに“至竜石”を取り込んで欲しい。だからルカインは、昨夜プルクラの胸に抱かれながら、自分の願いを魔力に込めて結晶化する作業を始めたのだった。


 それが、今朝起きたらもう“至竜石”が生まれていたのである。どう考えてもおかしい。他の妖精が作った“至竜石”がどこかから紛れ込んだと言われた方がしっくりくるが、その石から感じる魔力は紛れもなくルカインのものだった。


 もちろんこれには理由がある。


 「名付け」によってプルクラと黒竜の間には魔力的なパスが生じており、常に黒竜からプルクラへと膨大な魔力が流れていることは先述の通り。

 そして、プルクラとルカインの間にも、「主従契約」によって魔力的なパスが出来ている。ルカインがプルクラの気配に敏感だったり、重傷を負ったことが分かったりするのはこれが原因である。

 もうお分かりだろう。ルカインにも、プルクラを通じて黒竜の魔力が流れ込んでいるのである。


 “至竜石”とは魔力が結晶化した物質だ。材料となる魔力が多ければ多い程、結晶化にかかる時間は少ない。普通、短くても十年以上かかる結晶化だが、馬鹿げた量の魔力が流れ込んで来るため、僅か一晩で結晶化に至ったのであった。


 しかしルカインもプルクラもそのことを知らないので、朝から天幕の中で頭を抱えている。ルカインは自分の身を犠牲にして“至竜石”を作り出そうとした。プルクラと永遠に別れ、永遠に一つになろうとしたのだ。それをプルクラ本人に止められて、色んな想いが溢れてみっともなく泣いた。つい数刻前の出来事である。

 あの決意はなんだったんだ、とルカインはやるせない気持ちだし、プルクラは昨夜のルカインの様子を思い出して居た堪れない気分であった。


「もう着替えたか?」

「ん」


 きちんと確認してから天幕の中を見るジガンは意外と紳士なのである。


「ジガン、これ至竜石だって」

「…………は?」


 プルクラは寝床の傍に無造作に落ちているキラキラしい石を指差した。


「至竜石って……プルクラが探したいって言ってたヤツ?」

「ん。そう」

「へぇ……見つかって、良かった、な?」


 見つかる可能性は極めて低いって言ってなかったか? もし見つかるにしても、もっと何年もかけて各地を探し回り、大冒険の末に見つかるもんなんじゃ? それが、何で天幕の寝床の横に落ちてんの?


 理解が追い付かず、眉間に深い皺を寄せるジガンを見かねてプルクラがひと言放った。


「ルカが生んでくれた」

「生んでくれた……? え、至竜石ってそういう感じ?」

「ん」


 “至竜石”は妖精が生むのかー、なるほどー。と、あながち間違ってもいないプルクラの説明に考えることを放棄したジガンが目をぱちぱちと瞬いた。そして“至竜石”の傍にしゃがみ、徐に手を伸ばすと――。


 パシッ、とルカインから手を叩かれた。


「何すんだよ!?」

「触っちゃダメにゃ!」

「え、そうなの?」

「プルクラ以外触ったらダメにゃ! 万が一適合してたら、触れただけで取り込んでしまうにゃ!」

「そ、そうか。そりゃあすまん」


 ジガンは天幕から外へ出て、ルカインが“至竜石”を生んだらしいと皆に伝えた。それを聞いた全員がポカンと口を開ける。そういう顔になるよな、とジガンは思った。


 一方天幕の中。


 プルクラ以外“至竜石”に触れてはいけないとルカインに言われて、プルクラは地面に胡坐をかき腕組みをした。

 自分しか触れないのに、触ったら取り込んじゃうんでしょ? ということは、お父さんに持って行くことは出来ないのか……。


「プルクラ様。至竜石が突然現れたのは不思議ですが、駄ね――ルカインはプルクラ様のことを思ってそれを作ったのだと思います」


 アウリの言葉に、ルカインが首をブンブンと縦に振る。アウリの言う通り、これはルカインの願いそのものだ。無碍に扱うことは出来ない。


「ルカ、取り込んだら人間じゃなくなったりしないよね……?」

「種族まで変わるようにゃことはにゃいにゃ!」

「力のコントロールが出来ないとかは?」

「あくまで上限値が上がるんにゃ。もしコントロールできにゃいにゃら相当にゃぶきっちょにゃ」

「ぶきっちょ……」


 プルクラは助けを求める目をアウリに向けた。


「大丈夫です! プルクラ様は器用なほうですよ!」

「アウリ、ありがと。魔力量は……今さらか。そう言えばルカが込めてくれた“願い”って何?」

「プルクラが怪我しにゃいように、って願ったにゃ。どんにゃ風に効果が出るかは分からにゃいにゃ」

「そっか……うん、分かった。ルカ、ありがとうね」

「にゃ!」


 プルクラは愛情を込めてルカインを撫でた。ルカインは嬉しそうに目を細め、尻尾をプルプルと震わせた。

 アウリと目を合わせ、ひとつ頷いてから“至竜石”に指を伸ばす。内側から七色の光を放つ不思議で小さな結晶……ルカインの願いが詰まった石。


 指が触れると音も無く“至竜石”が細かな光の粒子となり、それがプルクラに降り注いで肌に吸い込まれていった。


「取り込んだ、のかな?」

「にゃ! 取り込んだにゃ!」

「プルクラ様……? いかがですか? 何か変わりましたか?」


 プルクラは目を閉じて体内の魔力を確かめた後、拳をぐーぱーしてみる。


「んー……力はよく分かんない。魔力は……増えた気がしないでもない」

「至竜石が馴染むまで少し時間がかかるにゃ」

「「なるほど」」


 いきなり超パワーが炸裂するようなことがなさそうで、プルクラは安心して、アウリはちょっと残念そうに納得した。

 プルクラがルカインを抱いて天幕から出ると仲間たちが勢揃いしていた。何か期待に満ちた目を向けられている。プルクラが困り顔をアウリに向けると、彼女が颯爽と前に出て高らかに宣言した。


「みなさん! プルクラ様が遂に! 新たなる高みへと登られました!」

「「「「「「おお!!」」」」」」


 いや、“高みに登った”って死んじゃったみたいじゃないかな……。プルクラは困り顔のまま小首を傾げた。腕の中のルカインも同じ方向に首を傾げている。


「プルクラ、やったな! もう俺が教えることはねぇな!」

「いや、ジガンはまた強くなったでしょ? ししょーにはもっと色々教えてもらわないと困る」


 ちっ、とジガンはプルクラに聞こえないように小さく舌打ちした。もう師匠と呼ばれないで済むと思ったのに……。自分よりも遥かに強いプルクラから「ししょー」と呼ばれる度に心が擦り減っていくような気がしているジガンである。


 今のところ“至竜石”を取り込んで強くなった実感はない、と皆に説明した。それでも、プルクラの夢が叶ったことを皆が祝福してくれた。ジガンだけはしょっぱい顔で。


 バタバタと朝食を済ませ、野営の片付けをしてから王都シャーライネンに向かって転移を始めた。





*****





 キースラン・レイランドは近衛騎士団の制服で王都の北門に立っていた。プルクラに絡んで遠くへ吹っ飛ばされた人である。


(まったく、何で俺が……)


 彼はブレント・リーデンシア第三王子の命でここに待機している。目的はプルクラたちの出迎えである。

 ブレント王子は、ツベンデル帝国に潜ませていた間諜から「帝都消滅」の報を受けていた。高価な“対紙”の魔導具による連絡だ。間諜にはプルクラたちにバルドスの居場所を知らせたあとリーデンシア王国に帰投するよう命じていたが、特に優秀な数人の間諜が副都ダグルスに残っていた。彼らはプルクラたちに気付かれないよう帝都の傍まで痕を()け、一部始終を目撃していた。そしてそれをブレント王子に報告したのだった。


 俄かには信じ難い報告内容だったが、とにかく帝都が消えてなくなったのは事実のようであった。霊系とは異なる未知の生物が出現したことやプルクラが瀕死の重傷を負ったらしいこと、謎の男が彼女を癒したらしいことも把握している。果てはその謎の男が帝都を青い炎で消滅させたことも。


 そして彼らがダグルスを発ったと連絡があり、転移で戻って来るなら今日だろうと当たりを付け、近衛騎士団の団長に昇格したキースランに出迎えを命じたのであった。

 ちなみに前団長のメディオ・ガッツフォルトは貴族を偏重し過ぎる言動とプルクラに手も足も出ず負けたことから副団長に降格させられた。前団長が部下になったキースランはやりにくくてしょうがない。


 キースラン自身もプルクラにやり込められた過去があり、彼女のことを苦手と言うか、恐ろしいと思っている。可能な限り関わり合いになりたくないのだが、王子の勅命を断ることは出来なかった。


 こうして彼は、三人だけ近衛騎士団から部下を連れて北門で待機しているのだ。プルクラたちが帰って来たらブレント王子の所へ案内するために。


「団長! 彼らではありませんか?」


 部下の一人が声を上げた。まだ団長と呼ばれるのに慣れていないキースランは一瞬反応が遅れ、部下が示す方へ目を向ける。確かに見覚えのある、と言うか忘れたくても忘れられない蜂蜜色の髪がこちらに近付いて来る。大剣を背にしたやたら大柄な男がこっちを睨んでいる気がするが、きっと気のせいだろう。


 近衛騎士団長といえば聞こえは良いが、下からは突き上げられ、上からは無理難題を押し付けられ、挙句全ての責任を負わなければならないという立場である。

 プルクラたちの姿を見ながら、田舎に帰って討採者になろうかな、とキースランは遠い目をした。


 入都の列に並ぼうとした一行に、キースランは嫌々ながら、それはもう仕方なく歩み寄る。キースランに気付いたプルクラがはくはくと口を開け閉めし、何か言いたそうにしている。


「キ、キ、キー……?」

「キースラン・レイランド様ですよ、プルクラ様」

「そう、キースラン。今言おうと思った」


 こいつ、俺の名前すら憶えていない……。こっちはお前の悪夢まで見るっていうのに。キースランが苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「…………プルクラ殿。ブレント殿下がお待ちです。どうぞこちらへ」


 一般の門ではなく、貴族専用の門を示し、そちらへ誘導した。部下の一人には走竜に騎乗して王子のもとへ走らせる。貴族門が開かれ、大柄な男が周囲を警戒しながら真っ先に門を潜った。


「うむ。プルクラ様、問題ありません」

「ありがと、バルドス」


 バルドス……? どこかで聞いた気がする名前だ。そのバルドスという男の後に、灰色髪の男、青髪の女、プルクラ、銀髪の男。そして桃色髪の女、魔術師ローブの女、大柄な若い男と続いた。全員が通ったあとに貴族門が閉まる。


 キースランは二人の部下と共にプルクラたちを二台の地竜車まで案内した。地竜を構いに行こうとするプルクラを灰色髪の男が押し留め、一行を二台に分散して乗車させる。キースランたちはそれぞれ走竜に騎乗して地竜車の前方に二騎、後方に一騎で共に移動した。


 念の為の護衛という体である。近衛騎士百名と前団長をあっさりと倒すような奴に護衛が必要かは大いに疑問だ。むしろこっちを奴らから守って欲しいと思う。


「団長、顔。もう少し取り繕った方がいいですよ」


 並走する部下から苦言を呈され、自分が物凄く不機嫌な顔になっていたことに気付くキースラン。こんな顔を王子の側近にでも見られたら団長から降ろされるかもしれない。いやその前にプルクラからぶっ飛ばされる可能性もある。


 プルクラは自分や仲間に危害を加えない限り、そんなことはしないのだが。キースランはプルクラの「フールメン(雷霆)」で抗う術もなくグレイシア山麓まで一瞬で飛ばされたことがトラウマになっているのだった。彼の中でプルクラは何をするか分からない爆弾娘なのである。


 王都北門から続く大通りを比較的ゆっくり過ぎ、貴族街へ続く門に到着した。事前に彼らが通行することは申請済みなので止められることなく門を通過する。

 貴族街の中では王城から比較的近いリープランド伯爵邸の門前で一行は停止する。ブレント王子付きの近衛騎士ミスティア・リープランドの生家である。


 伯爵家の下男が門を開き、執事と侍女が玄関まで出迎えに来てくれた。


「プルクラ殿ご一行をお連れした」

「かしこまりました」


 地竜車から降りるプルクラが視界の端に入り、キースランは可能な限りそちらを見ないよう努めた。危険な魔獣でも、無暗に近寄らなければ怪我をすることはないのである。

 そう思い、走竜に騎乗したまま邸宅の屋根を見つめていたキースランだが、魔獣の方から近付いてきた。


「ありがと、キ、キー、キース……」

「キースラン様ですよ、プルクラ様」

「ん。キースラン、ありがと」


 そう言うと、魔獣はスタスタと玄関の方へ歩いて行った。

 ……あいつ、絶対わざと憶えてないフリしてるだろ。


 文句が出そうになるのをグッと堪えたキースランは、伯爵家に入るプルクラたちを見送ると、肩の荷を下ろしたような清々しい顔をして騎士団庁舎へ帰って行くのだった。

久しぶりにキースランさん登場。後に重要な役割を担ったりは全くありませんので、忘れて大丈夫です(笑)

しばらくゆっくりとした展開が続きます。


評価、ブックマーク、いいね、リアクションをして下さった読者様、本当にありがとうございます!

大変励みになっております。

次の更新は月曜日の予定です。

引き続きよろしくお願いいたします

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