表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/88

67 妖精の願い

 ルカイン・ナーバンクライドは夢を見ていた。


 夢の中で、ルカインは子ウサギの姿をしている。目の前には、四百年前に別れた懐かしい人。最愛の妹を守る為に自ら“至竜石”を取り込んだ以前の(あるじ)。その彼女の優しい笑顔と、胸に抱かれた時の温もりを感じた。


 ルカインが一生懸命に走って追い掛けると、彼女は振り返って膝を折り、両腕を広げてルカインを待ってくれたものだ。その腕に飛び込み、その頬に自分の頬を寄せる。彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込む。草と花の香りが混じったいい匂い。


 ルカインは彼女のことが大好きだったし、彼女もそうだった。もちろん妹のことも大好きだったから、三日に一回くらいは妹の寝床に潜り込んで一緒に寝た。


 “至竜石”を取り込んだ彼女は人間の枠を超える強さを得た。最初は彼女たちが住む村から、そして近くの町や村、やがて国中から彼女に危険な仕事が依頼された。

 ルカインはずっと傍で彼女を見守った。時には自分の力を使って彼女を守ることもあった。時を追う毎に危険度は増していき、それに伴って莫大な報酬を得た。魔獣討伐で家を空ける間に妹を護衛してくれる者や、面倒を見てくれる者を雇ったが、そんなことで使い切れるような金額ではなかった。お金はたくさんあったがそれを使う暇がなく、貯まる一方だった。


 彼女の夢は、貯めたお金で妹と暮らすこぢんまりした家を建てること。平和になった世で、妹に可愛い服をたくさん買ってあげて、美味しいものを好きなだけ食べさせることだった。


 彼女は人々に畏怖されるほど強かったが、魔獣と(いえど)も生き物を殺すのは好きではなかった。元々戦いとは縁がなかったし、戦い方も知らなかったのだ。それでも戦っているうちに殺すのが上手くなっていった。


 彼女は徐々に、ルカインが付いてくるのを嫌がるようになった。自分を守るよりも妹の傍に居て欲しいと言うようになった。

 ルカインが彼女と共に戦い、彼女を守る度に傷付くのを見ていられなくなったのだ。ルカインが傷付く度に彼女は涙を流した。ルカインは自分の不甲斐なさに主と一緒に泣いたものだった。


 そして遂にあの日がやってきた。彼女がルカインを置いて“邪竜”討伐に赴き、二度と帰って来なかった日。


 夢の中でも、ルカインは足を一生懸命に動かして彼女を追い掛ける。だが、どれだけ頑張っても彼女には追い付けない。

 以前なら、立ち止まって振り返り、腕を広げて待ってくれていたのに。

 ルカインは夢の中でも泣いていた。泣きながら走っていた。追い付けないと分かっているのに。


 いつの間にか、それまで走っていた森の中ではなく、明るい街道を走っていた。そして道の先に、しゃがんでこちらを向いている人影が見えた。


 蜂蜜色の髪。新芽のような色の瞳。少し困ったような、それでも自分を愛おしく思ってくれている笑みを浮かべ、腕を広げて待っている。子ウサギだった姿は灰色の子猫になっていた。


 ギュッと目を瞑り、涙を押し止めようとする。足が地面を離れて浮き上がったかと思うと、何か柔らかいものに包まれていた。


『よくがんばりました』


 新しい主は、前の主がよくしてくれたのと同じように、ルカインの頭を優しく撫でてくれた。

 夢の中で、ルカインは草と花の混じったいい匂いを嗅いだような気がした。





 ルカインがパチリと目を開ける。そこは天幕の中で、眠っているプルクラとアウリの狭い隙間だった。アウリがプルクラに抱き着くせいでルカインが潰されそうになっている。猫特有の軟体化を発動し、その隙間からするりと抜けた。


 ルカインはプルクラの顔が良く見える場所に移動する。新しい主は、ルカインに何も求めない。何も命令しない。いつも好きなようにさせてくれる。

 新しい主は、ルカインがこれまで見た人間の中で群を抜いて強い。“至竜石”を取り込んだ前の主以上だ。本当に人間なのか疑わしい。


 そんな主だが、先日の戦いで死にかけた時にルカインの心臓も驚きと悲しみで潰れそうになった。意図せず結んだ主従契約だが、それによってプルクラが瀕死の重傷を負ったことが分かってしまったのである。その時はアウリに抱かれて押し込まれた地竜車が動き出していた。ルカインは地竜車の中で暴れ、すぐに戻るべきだと何度も訴えた。それが奏功して、丁度ニーグラムによる癒しが終わった頃に現場へ戻ったのである。もちろん、仲間たちが戻りたがっていたというのもあった。


 プルクラの実年齢にしては稚い寝顔を見つめる。出会ってそれほどの月日は経っていないが、それでもルカインはプルクラのことを愛おしく感じていた。主と認めた相手に好感を抱くのは“妖精”の本能なのかもしれない。

 “妖精”は主を守り、尽くす存在だ。なのに自分はどうだろう? プルクラが死にかけた時、自分は何も出来なかった。守ることも尽くすことも出来なかった。大好きな主をみすみす死なせるところだった。


「ウチは妖精失格にゃ」


 前足の肉球を器用に使い、プルクラの長い睫毛に触れる。彼女は「う~ん……」と唸り、眉間に軽く皺を寄せた。そんな様子を、まるで自分の子供を見るような慈愛の目で見つめる。この子を守りたい。ルカインは心の底からそう思った。


 御伽噺で語られ、一般的には“至竜石”と呼ばれる存在。それは、「妖精の願いが結晶化したもの」である。ルカインも勿論それを知っている。


 妖精は元来人間(プルクラを除く)より遥かに魔力量が多い。また寿命は無いも同然である。妖精が消滅するのは、自分でそう決めた時だけだから。

 “至竜石”とは、妖精が数十年、時には数百年という長い時間を掛けて自分の魔力を結晶化して出来上がる物質である。

 主を得た妖精がその主のことを想い、主の為に願いを込めて練り上げる結晶。だが、それが出来るまでに時間が掛かり過ぎることが原因で、“至竜石”と“妖精”を結び付けている者は皆無である。

 妖精は誰か(何か)のために“至竜石”を作り上げるのだが、それが完成する頃にはその誰か(何か)の寿命が尽きてしまうのだ。


 とても悲しい現実である。主を想い、主の為に願いを込めたのに、いざ完成した時にはその主はいない。


 だから妖精は滅多に主を持とうとしないし、ましてや“至竜石”を作ろうと思わない。悲しい結末を迎えることを知っているからだ。


 それでも生み出された数少ない“至竜石”は、妖精が本当に使って欲しい「主」がいない状態で放棄される。そんな“至竜石”でも、魔力の“色”が作り出した妖精か「主」に似ている者ならば、取り込むことが可能である。これが“適合”だ。


 黒竜ニーグラムが以前取り込んだ“至竜石”は、そのような“放棄”されたもので、偶々ニーグラムが適合したのだった。


 本来、妖精が使って欲しいと願いを込めた相手(主)が取り込んでこそ、“至竜石”は百パーセントの力を解放する。

 単に適合した者が取り込んだ場合は、身体能力と魔力量が三~十倍(倍率は適合の度合いによって異なる)になるのみだ。いや、それだけでも十分凄いことなのだが。

 それが、妖精がその“至竜石”を贈りたいと願った「主」が取り込んだ場合――身体能力と魔力量が十五~二十倍となる上、その妖精の“願い”が主に付与される。


 妖精の“願い”は、その妖精と主の関係性によって様々だ。それをこの世界では“加護”と呼ぶ。


「ウチに出来ることは、プルクラに“至竜石”を作ることくらいにゃ」


 数十年、或いは数百年という時間の掛かる“願いの結晶化”。それを短縮する方法がひとつだけ存在する。


 それは、自身の消滅と引き換えに魔力を超圧縮すること。


 プルクラはきっとまた無茶をする。それは彼女の純粋過ぎる優しさと、それを成し得る能力を獲得してしまったことに起因している。大切な誰かのためならば、自分の体が壊れることを厭わずに彼女は何度でも全力以上を出してしまうだろう。


 ルカインは、もう二度と大好きな主を失いたくない。以前の主を失った時の胸を引き裂かれるような思いをまた味わうのはご免なのだ。


 ルカインは、目に焼き付けるようにプルクラの寝顔を見つめる。髪の毛の中にそっと鼻先を突っ込んで、プルクラの匂いをすんすんと吸い込む。


 自分が消えてしまっても、プルクラを守れるならそれでいい。プルクラは悲しむかもしれないが、時が経てば自分のことも忘れるだろう。その代わりに自分は彼女の一部になるのだ。


 主と決めた彼女の一部に。守って、尽くすために。


 覚悟を決めたルカインは、プルクラの頬にそっと頬擦りした。


「プルクラ、ありがとう。……ごめん――ぎにゃっ!?」


 自らの魔力を超圧縮しようとした正にその時。プルクラの手がルカインの尻尾を握った。痛みより驚きで、ルカインは大きな鳴き声と共に飛び上がった。


「ルカ……何してるの?」


 ばっちり目を開いたプルクラが、寝転がったまま、尻尾も握ったまま尋ねる。

 枕元でずっとうにゃうにゃ言われ、あちこち触れられたり匂いを嗅がれたりすれば、気配に敏感なプルクラでなくても気付いて目が覚めるというもの。


「にゃ、にゃぁ~……」

「誤魔化してもダメ。ありがとうとかごめんとか。それにルカ、泣いてる」


 驚きで涙は止まったが、目の周りが濡れていたのである。猫のフリで切り抜けようとしたが見逃してくれないようだ。


「ルカ。そこに座りなさい」

「にゃっ」


 プルクラも起きて正座をし、膝の前をポンポンと叩く。逃げられないと悟ったルカインは、そこに前足を揃えて後ろ足を折り畳んで座るが、背を丸めてプルクラと目を合わせようとしない。プルクラは両手でルカインの顔を下から包み、自分の方へ向けた。


「ルカ?」

「……プルクラが傷付くところ、見たくにゃいのにゃっ!」


 プルクラは足を崩し、ルカインを抱き上げて膝の上に置く。


「心配かけてごめんね?」

「違うにゃ。ウチはにゃんにもできにゃかったにゃ」


 優しく背中を撫でると、ルカインはぽつぽつと話し出した。前の主のこと。妖精として自分がするべきこと。そして“至竜石”のこと。


「至竜石って妖精の願いだったんだ」

「そうにゃ」


 プルクラの為に願いを込めて“至竜石”を作りたいと思ったが、それにどれ程の時間がかかるか分からない。プルクラは直ぐ無茶をするから、普通の作り方では間に合わないと思った。だから自分の消滅と引き換えに時間を短縮すると決めた。


「ルカの気持ちは嬉しい。でも私はずっとルカと一緒にいたい。だから命と引き換えなんてしないで欲しい」

「…………」


 プルクラは膝からルカインを抱き上げて胸に抱いた。片手でずっと頭を撫でている。

 ルカインだって、本音ではプルクラとずっと一緒にいたい。でも、それでは妖精として主を守り、主に尽くすことが出来ない……。


「ルカは私の癒し」

「癒し?」

「ん。こうして抱きしめて、撫でさせてくれるだけで心が満たされる」

「心……」


 プルクラに抱かれて撫でてもらう度に、ルカインは嬉しくて心が満たされる。自分ばかりが愛してもらって、愛を返せていないと思っていた。


「ウチは、プルクラと一緒にいていいにゃ?」

「当たり前。いてくれないと困る」


 プルクラの答えを聞いて、ルカインは彼女の胸に顔を埋めて泣き始めた。


「どうしても至竜石を作りたかったら、普通の作り方を試してみてね?」

「……にゃ。分かったにゃ」


 隣で寝たフリをしていたアウリも、ルカインに釣られて貰い泣きしていた。今度からはもう少しだけ優しくしてあげようかな、と思ったアウリであった。

 プルクラはルカインを胸に抱いたまま体を横たえた。まだ朝まで時間がある。ルカインの温もりと息遣いを感じているうちに、いつの間にか眠っていた。





「にゃ、にゃんじゃこりゃぁぁあああ!?」


 太陽が昇ったようで、天幕の中に光が差し込んでいる。ルカインの絶叫でプルクラとアウリが飛び起きた。


「ルカ、どうしたの!?」

「煩いです、駄猫!!」


 優しくしようと思ったアウリはどこへ行ったのか。いつもと変わらない辛辣な口調がルカインに浴びせられた。


「プルクラ様!!」

「どうしたっ!?」

「大丈夫ですかっ!」


 プルクラの騎士を自認するバルドスが、大剣を振りかざしながら天幕の入り口を開いた。続いてジガンとクリルも天幕に飛び込んできた。ジガンは既に剣を抜いているが、プルクラとアウリが薄い夜着しか来ていないことに気付き、くるりと後ろを向いた。クリルも慌ててジガンに倣う。


「ん、ルカが寝惚けた」

「まったく人騒がせな駄猫です」

「ち、違うにゃ! これを見るにゃ!」


 見ろと言われてもそっち向けねぇんだが……。ジガンが心の中で呟く。


「と、とにかくお二人が安全なら戻りましょうか、ジガンさん、バルドスさん?」

「そうだな」

「う、うむ」


 クリルに促され、ジガンとバルドスもプルクラたちの天幕から離れた。


 プルクラとアウリは、ルカインが肉球でてしてしと叩いている何かに目を凝らした。それはプルクラの掌に隠れるくらい小さな水晶のようなもの。

 一見透明な水晶のようだが、陽の光を反射して七色の光を放っているように見える。いや、その場所には陽の光が当たっていない……?


「至竜石にゃ!」

「「へ?」」

「至竜石が生まれたにゃ!!」

「「ええぇぇえええー!?」」


 プルクラとアウリが叫び、ジガンとクリルとバルドスは慌てて二人の天幕に引き返した。


このお話、ルカインの生死についてだいぶ迷いました。

結果的にこんな風になったのですがいかがでしょうか?

至竜石があっさり生まれた理由は次話で明かされます。

次は金曜日に更新する予定です。

引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ