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64 強敵

お待たせしました!

64話、召し上がれ!

 帝都防壁西門付近。食屍鬼は殆どが倒されたが、霊魔が二千体以上残っている。その霊魔はアーマー・ウルフ(犬モドキ)フォーレッグス(半犬半人)に雨霰と攻撃魔術を降らせていた。


 霊魔は個体によって保有する魔力にバラつきがある。以前、プルクラたちがレスタリア遺跡で遭遇した霊魔は強力な部類であった。魔力量が多い霊魔はその分強力な攻撃魔術を繰り出す。そうでない霊魔は散発的な攻撃だ。

 それでもその攻撃力は帝国の魔導銃を凌駕する。アーマー・ウルフはプルクラの身体強化二十倍相当の速さで動くが、霊魔による魔術の物量攻撃の前に次々と倒される。一方でフォーレッグスが装備する盾は魔術の貫通を防ぐ防御力があるため、こちらはあまり数を減らしていない。とは言え、フォーレッグスの攻撃では霊魔を倒すことが出来ない。


 つまり、霊魔とフォーレッグスの間で膠着状態となっていた。仮に霊魔の魔力が一時的に尽きても、フォーレッグスには霊魔を消滅させる手段がない。


 霊魔よりもフォーレッグスの方が高い知性を持っていた。このままでは埒が明かないと判断したフォーレッグスたちは、霊魔との対峙よりも帝都内に攻め入ることを選ぶ。彼らにとって、最寄りの都市を攻め落として自分たちの拠点にすることは、戦略的な常套手段である。自分たちに倒せない敵は、()()()()()()に倒してもらえば良い。


 すでに西門は破壊されており、フォーレッグスは一斉にそちらへ向かった。霊魔は本能のままにそれを追撃しようとする。そこへ突如として現れたのは、十六体のジェネラル・クラス(将軍級=蟲鬼)である。

 四メトルを超える巨躯、鍬形虫のような角、そして各人が装備する大斧。一体一体がプルクラの身体強化百倍相当の速さと膂力を持っている。突然出現したように見えたが、単に飛空艇発着場から走ってきただけである。


 フォーレッグスを追撃しようとしていた霊魔の群れに向かって、ジェネラル・クラスは大斧を振るった。

 聖化武器ではなく、魔力もこもっていない筈の大斧。それなのに、数十の霊魔が吹き飛び、光の粒子になって宙に消えていった。


 丘の上で、目から上だけを出してその様子を見ていたプルクラは驚きで目を真ん丸にした。あの大斧に、何か特殊な力が込められているのか、それとも一定以上の攻撃力があれば物理でも倒せるのだろうか。


 ……今はそんなことどうでもいい。あの大きな奴はヤバい。私の身体強化百倍と同等の速さと膂力。あれは私以外では太刀打ち出来ない。ここから防壁まで二ケーメル、あいつらが全力疾走したら二分の一呼吸(二秒)くらいでここまで来る。遠距離攻撃で時間を稼ぎ、仲間たちを遠くへ逃がさなければ。


 大斧を持つ人型生物たちの動向を注視しながら、プルクラは隣にいるジガンに囁き声で伝える。因みに兜は脱いだままだ。


「ジガン、みんなを出来るだけ静かに、出来るだけ遠くへ逃がして欲しい」

「……お前はどうする気だ?」

「あいつらを倒す。出来なくても足止めする」

「……ひとりで、か?」

「お願い」


 ジガンも、あのデカ物の危険さをひしひしと感じていた。対峙すればひと呼吸ももたずに殺される未来しか見えない。あれと渡り合えるのはプルクラしかいないことも分かっていた。

 だからと言って、娘と言っても過言ではない歳の女の子を、たった一人であんな化け物と戦わせるなど、到底納得出来るものではなかった。


「まだこっちに気付いてない。チャンスは今しかない」


 今思えば、アウリの腕輪にもプルクラと同じ転移の機能を施してもらえば良かった。


「くそっ! ……絶対死ぬなよ?」

「ん。ありがと、ジガン」


 そんなこと言うな。これが最後みてぇじゃねぇかよ。ジガンはそう言いそうになったのを何とか堪え、皆を逃がすべく行動を始める。


「プルクラ様。微力ながら、私も足止めに参加いたします」


 傍に来たバルドスが覚悟の決まった瞳をプルクラに向ける。


「主君を置いて逃げる騎士などおりませんので」

「バルドスはもう騎士じゃない」

「私が勝手にそう思っているだけです。プルクラ様の騎士、と」

「…………自分の安全を最優先に。死ぬのは許さない」

「御意のままに」


 プルクラはまた防壁に目を向けた。今のところ、大斧の人型は十六体全てが霊魔を殲滅すべく防壁の近くに居る。遠距離攻撃で倒せなかった場合、攻撃の出所が相手に知れたらここを急襲するだろう。だからここからなるべく離れた所から攻撃を仕掛ける。


「バルドスは、逃げる仲間の援護をお願い」

「はっ!」


 プルクラは再び兜を被ると、身体強化百倍を発動して丘から離れる。背後から「カルロ・レイ(熱線)」を浴びせるため、大きく南側に回り込んだ。仲間たちの居る丘から直線で三ケーメル、帝都西門から見てほぼ真南に二ケーメル。そこは伏せれば姿を隠せる丈の草が一面に生えた草地。


 うつ伏せに伏せたプルクラは右手を前に伸ばし、人差し指を西門付近に向けた。走って乱れた息を暫し整える。


カルロ・レイ(熱線)


 プルクラの指先から青白い熱線が迸る。父のそれよりかなり細く、直径は一セメル程。しかし瞬きする間に西門付近に届いた熱線を、プルクラは左から右に薙いだ。

 地上すれすれから僅かな仰角を以て放たれたそれは、蟲鬼八体の胴を横切り、危機察知に長けた蟲鬼五体は回避行動をとるも、首や太腿を切断され、その向こうに居た霊魔たちを消滅させた。


 一撃で十三体の蟲鬼を倒した。その代償として魔力の三分の二を持っていかれた。気怠さを振り払いながら、プルクラは即座にその場から離脱する。

 案の定、残った三体は僅か二分の一呼吸で熱線の発射元に移動してきた。少し離れた場所に伏せたプルクラはその様子を窺う。奴らは闇雲にその辺りを攻撃するでもなく、警戒しつつ何かを探しているように見えた。


 そして一体の蟲鬼がプルクラの伏せている所に顔を向けた。


 半球状の目はどこを見ているのか分からない。しかし、プルクラはそいつと目が合ったような気がした。瞬間的に身体強化を百二十倍で発動し、黒刀を構える。

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。「サナーティオ(癒し)」による回復が全く間に合わなくなり、全身から激しく出血し始める。


 この状態で戦えるのは七~八呼吸(約三十秒)。その間に片を付ける。


 こちらを見た蟲鬼が瞬間移動でもしたかのようにプルクラが伏せていた場所に出現し、出現と同時に大斧で地面を掬い上げた。爆発したような音がして地面が爆ぜる。

 プルクラは既にそこには居らず、一瞬で残った二体の背後に移動していた。絶叫しそうな痛みは歯を食いしばって堪え、その憤懣をぶつけるように黒刀へ思い切り魔力を込めた。


 黒刀はまるで「カルロ・レイ」のような眩い光を放ち、ブーンと低い唸り音まで発した。ちょっと魔力を込め過ぎたかもしれない。


 相手の首は見上げるように高い場所にある。ほんの僅かな間考え、プルクラは斜めに跳躍しながら黒刀を振り上げた。

 跳躍と同時に地面にはクレーターが出来上がり、プルクラの足首を中心に骨が砕け、筋肉が弾け、腱が千切れる。

 青白い光が下から上へ一閃し、プルクラの血飛沫が霧のように広がった。蟲鬼は左脚の付け根から右肩まで斜めに分断される。プルクラはそのまま右へ移動し、重力で落下すると同時に二体目の蟲鬼に黒刀を振り下ろす。


 二体目はプルクラに反応して見せた。くるりと振り返り、彼女に向かって大斧を振り上げる。プルクラは全身鎧に惜し気もなく魔力を流し、右の脚甲を斧の刃先に添わせる。足を僅かに捻って斧の軌道を逸らし、蟲鬼を袈裟斬りにした。


 着地する所には、プルクラを最初に見つけた蟲鬼がもう待ち構えている。着地した瞬間に彼女を叩き潰さんと大斧を振り上げていた。

 プルクラは袈裟斬りにした蟲鬼の半身を蹴って後方へ跳ぶ。大斧が鼻先を掠め、叩き付けられた地面が大きく抉れて土埃が舞った。

 プルクラは着地と同時に低い姿勢のまま前方へ跳ぶ。地面に埋まった斧を避け、蟲鬼の左脚を横に薙いだ。着地と同時に背面跳びをして、逆立ちの状態で蟲鬼の首を薙ぐ。


 プルクラが膝を折って着地すると同時に、頭と左脚を斬り飛ばされた蟲鬼がドン、と倒れた。


 ここまで、僅か一呼吸(四秒)。


 身体強化を止めたプルクラはその場で大の字になり、「サナーティオ(癒し)」に残りの全魔力を集中する。


「うぅ……ぐっ」


 折れた骨が元の位置に戻る際、激痛が走る。しばらく我慢すると少し楽になった。あまりの痛みに止めていた息を吐き、思い切り吸い込む。


「すぅー、はぁー」


 いつもなら魔力枯渇で意識を失ってもおかしくない場面だ。今日は物凄く調子が良いのかもしれないなー、とプルクラは空に浮かぶ雲を見ながら考えた。

 痛みが引いてきたので、上半身を起こしてまだ黒刀を握っていた右手の指を、左手で慎重に剥がしていく。力を入れ過ぎて凝り固まってしまったのだ。全部の指を伸ばして黒刀を脇にそっと置く。右手を握ったり開いたりして異常がないか確認した。


 腰の後ろに両手をつき、ふぅ、と息を吐く。


 今日は思っていたよりずっと大変な一日だ。しかもまだ全く終わりが見えない。気を抜くわけにはいかないが、出来るならこのまま少し休みたい……。


 カクッと頭が前に倒れ、ハッと目覚めるプルクラ。閉じそうになる瞼を無理矢理こじ開けて立ち上がる。その場でぴょんぴょん跳んでみて調子を確かめる。

 ……悪くない。魔力も急速に回復している。疲れは溜まっているけれど、まだ頑張れる。プルクラは仲間の所へ走り出した。





*****





 バルドスの仲間たちが準備していた地竜車がまだ出発していなかったので、ジガンはクリル、ファシオ、オルガ、ダルガの四人を先に客車に押し込んだ。


「私は残ります!!」

「駄目だ。足手纏いになるってアウリも分かってるだろ?」

「で、でも!」

「心配すんな。あいつは絶対死なないって約束したから」

「…………」


 泣きながらこの場に残ると言うアウリを、ジガンは無理矢理客車に押し込む。アウリの腕にはルカインが抱かれていた。馭者台に座るバルドスの仲間に目で合図し、出発させる。


「ジガン、お前も残るのか」

「団長とプルクラが残るのに、俺だけ逃げるわけにもいかねぇだろ」

「……お前は死ぬなよ」


 バルドスは既に覚悟を決めていた。元々ここを死に場所と決めていたのだ。プルクラの言葉で未来に目を向けたのは確かである。しかし、復讐だけを考えて生きてきた自分に未来を見せてくれたプルクラのために、少しでも役立つことが出来れば騎士冥利に尽きる。それこそ最高の死に方だと思えた。


 ジガンは、そんなバルドスを置いて行くことは考えられなかった。自分は一度団長のもとから去った。その事実は、ジガンの心をずっとチクチクと苛んでいた。我慢出来ない痛みではなかった。でも二度と味わいたいとは思わない。

 プルクラは、バルドスに「死ぬのは許さない」と言った。ジガンも同じことを思っている。だからバルドスを守る。彼の為ではない。プルクラを悲しませない為に。そして自分が後悔しない為に。だから残ると決めたのだ。


「団長もな。約束しただろ? 死なねぇって」

「約束は……していない」

「元王女殿下の命令だぞ?」

「……嫌な言い方だな」


 ジガンとバルドスは、お互いの顔を見てフッと笑った。そして同時に前を向き、剣を構える。


「やっぱ気付かれるよなぁ」

「ああ。だが地竜車には行かせん」


 十体ほどのアーマー・ウルフ、二体のフォーレッグス。そして一体だけ、ジェネラル・クラスの姿も見える。敵の一団がこちらに迫っていた。

 フォーレッグスとジェネラル・クラスは悠然と歩を進めている。ジガンたちが逃げたところで、いつでも追い付いて殺せると分かっているように。そしてそれは事実だ。


 ジガンは剣に魔力を流した。覚えたてだが、一度コツを掴めば意外と簡単だった。バルドスはもう自分の大剣に魔力を流している。


 先行してきた二体のアーマー・ウルフを流れるような動きで斬り捨てる。次は、四体ずつが二人を取り囲んだ。身体強化二十倍のプルクラが四人いるようなものだ。普通なら絶体絶命である。

 だが、“剣鬼”バルドス・ロデイアと“剣聖”ジガン・シェイカーは同時に動く。自ら前に出て攻撃を誘い、その攻撃を受け流して首を刎ねる。

 これが本物の狼なら、四匹がそれぞれ足首や腰、肩や首を狙って一斉に飛び掛かってきたことだろう。だが、人間より大きなアーマー・ウルフは、細やかな連携が出来ない。なまじ個々の力が強大なので、嬲り殺しにするつもりで取り囲んだのだ。


 だから弱いと思っている敵に攻撃されると、反射的に攻撃してしまう。ジガンとバルドスはそこに隙を作り出し、的確にその隙を突いた。

 言うは易く行うは難し。何せ身体強化二十倍のプルクラと同等の速度である。一歩間違えば即あの世行き。二人の背筋を冷たい汗が流れるが、そんなことはおくびにも出さず、淡々と計八体のアーマー・ウルフを屠った。


「へへっ。なんか懐かしいな、団長!」

「そうだな!」


 そこへフォーレッグスが突撃してきた。人のような上半身、犬のような下半身。体高は三メトルを超えている。左手に盾を、右手に槍を持ち、その槍による突きが恐ろしい速さで降ってくる。

 だが、その身長差こそが勝機。ジガンとバルドスは犬の下半身に可能な限り近付いた。フォーレッグスの構造上、背後に槍の攻撃を向けることが出来ない。だから後ろへ回り込まれるのを極端に嫌う。前足を軸に体を回転させ、ジガンたちに正対しようとする。


 それは二人の読み通りの動き。ジガンとバルドスは軸になった前足を同時に斬る。支えを失ったフォーレッグスの上半身が前に倒れ込んだ一瞬に、ジガンが胸へ、バルドスが首へと突きを放った。


 もう一体のフォーレッグスは、止まって戦うのが危険だと判断した。その速度を十全に活かすべく、槍を腰だめに持ってジガンの左手から突進する。

 投擲よりはよく見えるな、とジガンは胸の内で呟いた。斜め下を向いた槍の穂先が眼前に迫る。少し斜めにした剣をそこに添わせ、手首を使って外側に弾く。


 ギィンと金属同士がぶつかる音がして。槍が大きく斜め下に弾かれ穂先が地面に突き刺さると、フォーレッグスは一瞬前のめりになってバランスを崩した。

 そこへ待ち構えたようにバルドスが斬りかかる。倒れ込んだ上半身、その首は十分剣が届く高さにあった。神速の横薙ぎで首を刎ねる。


「「ふぅ~」」


 詰めていた息を二人同時に吐き出し、お互い顔を見合わせた。

 袂を分かってから十四年。それだけの時間が過ぎても、二人の連携は共に騎士団で戦っていた時と遜色ない。それが何だかお互い気恥ずかしくなり、顔を背けた時。ぞわり、と悪寒が走った。


 バルドスの右側でジェネラル・クラスが大斧を横薙ぎに振っていた。


(くっ、間に合わねぇ!)


 バルドスは長年の勘のみで左側へ自ら跳ぶ。だがそれより早く斧の刃が脇腹に差し込まれた。肉を斬り裂かれる感触がして、彼は反射的に大剣を斧の柄に添わせて少しでも力の方向を逆向きに往なそうとする。

 ジガンはバルドスとジェネラル・クラスの間に割って入り、全力で斧の柄に剣を叩き付けた。


 それでも大斧は振り抜かれ、バルドスとジガンは吹き飛ばされる。


「ぐっ……」


 半身を起こしたジガンが見たのは、自分の腹から夥しい血が流れているのと、脇腹を半ば近くまで斬り裂かれ、意識を失ったバルドスの姿だった。

いつもお読みくださりありがとうございます。

リアクションをたくさんいただいて、作者はとっても嬉しいです!!

ニマニマしながらいただいたリアクションを見てます(笑)


次の更新は火曜日の予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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