61 黒竜の森
お待たせしました!61話です。
帝国の皇帝が死に、帝都に霊系と異世界からの侵略者が侵入し始めた頃。
黒竜の森の東端からおよそ十ケーメルの地点に設置された転送魔導具(入口側)でも異変が起きていた。犬モドキと半犬半人が次々と出現し、森の魔獣たちは侵入者に攻撃を加えようとして返り討ちに遭っていた。
その日、森の西に位置する小屋にはレンダルが訪れていた。ニーグラムが淹れた紅茶を飲みながら、レンダルが愚痴を零す。
「プルクラの奴……儂だってまだまだやれるのに」
「そう言えば、今日辺りではなかったか?」
「そうじゃの。霊系が百万匹も出るんじゃから、少しくらい儂が倒してもいいと思わん?」
「……うむ。まぁ、あの子にも考えがあるのだろう」
レンダルは、プルクラから頼りにされなかったことを拗ねているのである。齢七十を超えたレンダルだが、老いても“大魔導”。プルクラを除けば、人間の中でも破格の魔力量を誇るし、操れる上位魔術の数は今や大陸随一と言っても過言ではない。
そんな大魔導レンダル・グリーガンは、孫にかっこいい所を見せられなくて拗ねていた。困ったおじいちゃんである。
「む?」
「どうしたのじゃ?」
「森の東で魔力の妙な揺らぎを感じる」
「魔力の揺らぎ?」
「うむ。こんなことは初めてだ。様子を見に行く」
「儂も連れてって?」
「…………いいだろう」
少し逡巡したニーグラムだったが、レンダルの同行を了承した。二人で小屋を出てニーグラムがレンダルの背中側に回り、腋の下に手を入れてそのまま浮かび上がる。
「人の姿でも、随分飛行に慣れたんじゃの!」
「それほどでもないがな」
そのまま木々の樹幹を超え、真っ直ぐ東に飛ぶ。「うひょー!」とレンダルのはしゃぐ声が森に木霊した。
「あの辺りだな」
ニーグラムは、レンダルが怪我などしないようにゆっくりと地上に降りた。
「ひ、膝がガクガク言っとる」
かなりの速度で飛んだので、ご老体には少しばかり刺激が強かったのかもしれない。そんなレンダルに構わず、ニーグラムは徒歩で東へ進んだ。
やがて、濃い血の臭いが漂い始める。レンダルは警戒するが、ニーグラムは歩を緩めない。そのうち百匹を超える魔獣の死骸が横たわる現場に辿り着いた。そこには、ニーグラムも見たことのない生き物が百体以上居た。
大きな犬の形をした、昆虫の目を持つ生物。その犬の首から人のような上半身が生えた生物。
この辺りは森の辺縁に当たるので、強い魔獣は居ない。とは言え人間にとっては十分脅威になる。そんな魔獣が成す術もなく殺されている。
「魔力が……ない?」
そもそも、八千年以上存在しているニーグラムが見たことのない生物など稀である。その上、彼の優れた感知能力でもそれらの魔力を捉えることが出来ない。
この世界の生物は、大なり小なり魔力を持っている。つまり、目の前にいる未知の生物は、この世界のものではないということ。
「レンダル、あれが何か分かるか?」
ニーグラムが指差したのは転送魔導具。魔力の揺らぎはそこから発生していた。
「見たことない魔導具じゃのう」
レンダルが答えると同時に、薄紫の壁から半犬半人が現れた。
「ふむ。どこかから転送されているようだな……レンダル、片付けてくるからここで待っていろ」
「あれを一つくらいは残しておいてくれ。詳しく見てみたい」
「承知した」
レンダルの言う“あれ”とは転送魔導具のことだ。地上に二つ、空中に二つ、計四つあるので、一つは壊さないでくれと頼んだのである。
レンダルが巨木の陰に隠れたのを確認し、ニーグラムは未知の生物の群れに向かう。まだ生き残っていた森の魔獣は、彼の気配に自然と道を開けるよう移動した。普段は意識して抑えている魔力を少しだけ解放したからだ。
魔力を持たない未知の生物は、ニーグラムの異常さに気が付かない。先程まで飛び掛かって来ていた様々な生き物と比べても随分と小さく、脆弱に見える。
犬モドキが二体、ニーグラムを屠るべく動いた。その速度は純粋な身体能力だ。ニーグラムの見立てでは、プルクラの身体強化二十倍に相当する速さだった。
「ソルビテアム」
ニーグラムの前方左右で緑色の飛沫が舞った。常人には捉えられない速度の犬モドキ二体が、「竜の聲」で細切れにされたのだ。それを見た他の犬モドキが一斉に襲い掛かる。
「イテ・イマジネム」
ドゴン、と轟音が響くと同時に、ニーグラムの前方の地面が百メトル先まで扇状に陥没する。金属以上の硬さを誇る黒竜の森の木々も粉々に砕けて地中に埋まり、犬モドキは二十体ほどが瞬時に圧死した。
半犬半人が持っていた槍を投擲する。音速に迫る速度で飛来する五本の槍。ニーグラムが顔色を変えず右手を振る。すると五本の槍全てが彼の右手に握られていた。
「返すぞ?」
振りかぶることもなく右手を振れば、五本の槍は軽々と音速を超え、空気との摩擦によって燃え上がりながら半犬半人を貫いた。
戦闘には向かない人化した姿、さらに力も五分程度しか解放していない。それでも、異世界の生物を歯牙にもかけない強さ。これがこの世界の頂点にして守護者たる黒竜である。
魔力を感じ取れない侵略者たちも、ニーグラムの異常な強さは理解した。本能が逃走を叫び出し、体が自然と後退りし始める。
「ソルビテアム」
切り裂いたのは空中に浮かんだ魔導具の一つ。それだけで薄紫の壁は消失し、今まさに壁を抜けようとしていた半犬半人の胴体が半ばで切断された。
「異物を放置するわけにはいかん。『カルロ・レイ』」
徐に掲げた右手の人差し指から、目も開けられぬ眩い光が迸った。青白い熱線は直径が三セメル程だが、二ケーメル先まで届いている。ニーグラムは左から右へ、その熱線を水平に横薙ぎした。
光が収まると、訪れたのは静寂。次いで、「イテ・イマジネム」の範囲を逃れていた木々が倒れる音、そして残っていた犬モドキと半犬半人の上半分の体が地面に崩れ落ちる湿った音。
ニーグラムが放った「カルロ・レイ」の射線上にあったあらゆる物質は、彼の肩の高さで上下に分断された。当然、生き残った生物など存在しない。
「レンダル、もういいぞ」
「相変わらず凄まじいのう。手加減って言葉知っとる?」
「……これでも加減したのだが」
「…………儂に向けて絶対撃つなよ?」
「分かっている」
近くにいた森の魔獣たちも、いつの間にかいなくなっていた。鳥や虫の鳴き声すら聞こえない。生き物の気配がなくなった森は不気味だった。
レンダルは残された魔導具に近付く。幸い、と言って良いのか分からないが、ニーグラムの攻撃から免れたそれが三つ残っていた。
「ほうほう。“転移”の術式を主軸にしてるようじゃな。……これは“対”になる魔導具がありそうじゃ」
魔導具に顔を寄せ、そこに刻まれた術式を読み取ろうとするレンダル。そんな彼をよそに、ニーグラムは遥か東にじっと目を凝らしている。
「ん? この言語は見たことがない……これは魔法陣じゃろうか? なぁニーグラム、お主は見たことあるか? ……ニーグラム?」
「……向こうに、これと同じ魔力の揺らぎを微かに感じる」
眉根を寄せて彼方を睨むニーグラムの表情に釣られ、レンダルも同じ方向に目を遣った。
「儂の記憶が確かなら、あっちはツベンデル帝国の帝都じゃなかったかの?」
「対になる魔導具があると言ったな?」
「ああ、おそらくは」
「近い所にプルクラもいる」
「なんじゃと!? それは危険じゃないのか!?」
レンダルがプルクラのために作成した“魔力覆いの魔導具”。そこにニーグラムの魔力を込めた極小の魔石を埋め込んである。自分の魔力だから、ニーグラムはかなり離れた場所でもそれを感知出来るのだ。
「行くぞ、レンダル」
「お、おお!」
レンダルはニーグラムの助けを借りて、自分の拡張袋に三つの転送魔導具をいそいそと収納した。そして、ここへ来た時と同じ体勢になり、レンダルを抱えたニーグラムが空中に浮遊する。今度は手加減少な目、速度重視で飛行し始めた。レンダルの悲痛な叫びがドップラー効果を生み出しながら、二人は一直線に帝都グストラルに向かう。
かくして最強の父と大魔導が帝都の戦いに参戦することになった。
*****
小高い丘の上から帝都を見下ろしていたプルクラたち。距離があり過ぎて良く分からないものの、魔法陣から出現した何かが、雲霞の如く帝都へ侵入していく様は見て取れた。魔法陣の起動に向かっていた七人も丘の上に戻り、その中のひとり、ナーレ・ベイリンガルトは熱のこもった目を帝都に向けていた。彼女は、帝都が滅びるところを目に焼き付けるつもりだった。
自分の母を死に追いやった帝国などに存在価値はない。帝国と、それに属する全てはこの世から消えてしまえばいい。ナーレはそんな風に思っていた。だから、死霊王とその軍勢が北西に侵攻するのを止めるプルクラたちに、憎しみを向けていたのである。
一方のプルクラは、兜越しに帝都を見つめながら焦燥感を抱いていた。
帝都では多くの人々が暮らしている。無辜の人々も大勢いる。それらを見殺しにするのは決して気分の良いものではない。
本当に、帝都が壊滅するのをただ見ているだけで良いのだろうか。
帝都には一人の知り合いもいないプルクラだが、今更ながら葛藤が生まれた。何か、もっと良い方法があったのではないだろうか、と。
プルクラの祖国、クレイリア王国を蹂躙したツベンデル帝国の自業自得と言えばそれまでだ。帝都だけで済むのだから随分マシだとも言える。
バルドスや、帝国に大切なものを奪われた者たちにとって、これが必要なことも理解は出来る。だが、恨みを晴らすために新たな恨みを生んでいるのではないだろうか。
やはり止めたほうが良いのでは? プルクラが相談するためにアウリとジガンを探そうとしたその時だった。プルクラたちのいる丘の上、バルドスの仲間であるナーレのすぐ傍に白い光の柱が立ちあがった。
「何か来る!」
プルクラとその仲間たちはその光を何度も見ていた。これは転移魔術の光だ。プルクラの声に応じ、仲間たちが聖化武器を構える。プルクラはナーレを背中に庇える位置に移動した。
光から現れたのは、黒いローブを纏った異形の骸骨。
「我ヲ呼ビ出シタ魔術師ハオ前カ?」
頭蓋骨は人間のそれとかけ離れている。頭部は大きく膨れて無数の棘が生えており、犬歯に当たる部分が長い牙と化していた。眼窩の奥にぼんやりと青色の光が点り、その視線がナーレに向けられていると本能的に分かった。
「我ガ名ハ狂王ベールギラン! 二度ト魔術師ノ思イ通リニナドナルモノカ!」
歪な骸骨が名乗ったのは、お伽噺とされている死霊王の物語に出てくる人物。プルクラは、胃に氷の塊を突っ込まれたような寒気を覚えた。
死霊王は人間の魔術師によって冥府から現世に呼び出される。前回は戦争の道具として利用され、人間の都合で冥府に送り返された。
そのような扱いを許すようなら、生前「狂王」などと呼ばれなかっただろう。端的に言って死霊王は怒り狂っていた。二度と冥府に送り返されぬよう、真っ先に魔術師を狙う程度の理性は辛うじて残っていたようだ。つまり、奴の狙いはナーレ・ベイリンガルトである。
死霊王ベールギランの周囲に、闇そのもののような靄が溢れ出した。こちらに掲げた右掌は、指の骨が異常に長い。その指先はナーレに向けられている。禍々しい黒の魔法陣が六つ、空中に出現した。
「滅ビ……ナニ?」
魔術が行使される前に、プルクラは身体強化五十倍で死霊王の背後に移動し、そのまま聖化した短剣を斜め上に振り、返す刀で斜め下に振り下ろした。青白い二条の光が軌跡となって空中に描かれ、死霊王が三つに分断される。
「ウォォォォォ…………」
死霊王の体が光の粒子となり、大気に溶けていく。それは、“死霊の王”という悍ましい名には相応しくない、美しいとさえ言える光景だった。
警戒を解かず、短剣を構えたままのプルクラ。もちろん漆黒の全身鎧姿である。普段の恰好ならそうは思わないのだろうが、この鎧姿だと香ばしいポーズに見える。そんな彼女にジガンが近付く。気合を入れて聖化武器を構えていた仲間たちは呆気に取られた顔をしている。
「なぁ。あいつ何か言い掛けてたけど」
『……だって、隙だらけだったんだもん』
敵の攻撃を正面から受け止めた上でこちらが攻撃するなど、そんな決まりはどこにも存在しない。相手が明確に敵であり、そこに隙があるのなら、先制攻撃するのは当然。プルクラは、そんな当たり前のことをやっただけなのだが、何故か悪いことをした気分になり、ジガンの問いへの返答が言い訳がましくなった。
『だって、こんなに弱いとは思わなかったもん』
敵地に単身で乗り込んで来たのだ。障壁の一つや二つ張っていて然るべきだろう。そう思ったからこそ、プルクラも連撃を叩きこんだのだ。
「いや、責めてねぇよ? お前がやったことは間違ってねぇ。間違っちゃいねぇんだが……なぁ? 何かこう、死霊王ってもっとさぁ、強敵っつうかさぁ」
漆黒の兜がそっぽを向く。兜越しでも、プルクラの膨れっ面が容易に想像出来た。
「プルクラ様、お見事です!」
「姐御、瞬殺だったわねぇ!」
「プルクラさん、さすが!」
「す、凄いよプルクラちゃん!」
「……驚愕」
アウリたちが口々に称賛してくれたので、プルクラの機嫌は持ち直した。
「プルクラ、容赦にゃいにゃ」
「だよな」
ジガンの腕に抱かれたルカインが呟き、ジガンもそれに同意する。
「なぁジガン」
「どした、団長」
「あれの中身、本当にプルクラ様なのか? 死霊王の背後に移動したところ、見えなかったが」
「あー、間違いなくプルクラだよ。つーか、プルクラ以外にあんな真似は出来ねぇと思う」
「な、なるほど?」
仲間たちから褒められて、鎧姿でもじもじと照れているプルクラを見ながら、バルドスはそう返す。言葉とは裏腹に、何一つ納得出来なかったが。
『む』
仲間に取り囲まれていたプルクラが突然丘の下へ目を向けた。それはこちらへ向けられた数多の殺意を感じたからだ。食屍鬼や霊魔がこちらへ流れて来たのかと思い目を凝らす。
『あれ、何?』
昆虫の目を持つ大きな犬が、大群を成して丘を登って来ようとしていた。
死霊王の出オチ感……。
なろうのシステムが変わって、リアクションを送れるようになったんですね!
読んで下さった方が、そのお話しをどんな風に受け取ったのかが想像できてとても参考になります。
何より、リアクションを送っていただけると純粋に嬉しいです!
次は日曜日に更新の予定です。




