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60 侵略者

お待たせしました!

帝都バトル開幕です!!

 副都ダグルスに到着して三日目の朝。プルクラたち七人と一匹は、街の東門に向かった。出発前、部屋から漆黒の全身鎧を装着して行こうとしたプルクラを、アウリ・ファシオ・オルガの三人が全力で止めるというちょっとした騒ぎがあったが、それ以外は特に問題はなかった。


「……かっこいいのに」

「あの鎧で街中を歩いたら絶対に止められます」

「むぅ」


 少し膨れっ面のプルクラだが、アウリの言う通り、あの鎧姿だと無事に東門へ到着出来る気がしないので、ファシオとオルガもこっそりと頷いていた。


「現場に着いてからで良いのではないですか?」

「ん、そうする」


 仕方なく、アウリが妥協案を提案する。アウリとしては、プルクラの可愛さを阻害しかしないあの鎧は着けて欲しくないのだが、防具としては間違いなく世界最高の逸品だし、プルクラがそれで満足するなら今日だけは我慢しようと思っている。


「プルクラは鎧がにゃくても強いにゃ?」

「強いとか弱いとかそういうのじゃない。着たいの」

「そ、そうかにゃ」


 いつものようにプルクラの肩に乗るルカインには、彼女が何故それほどまでにあの鎧に固執しているのかが分からない。

 そんな風に話しながら歩いていると東門が見えてきた。大柄なバルドスの姿が真っ先に目につく。


「バルドスー、来たー」

「団長、来たぜ」


 プルクラとジガンが暢気に声を掛けると、バルドスとその周りに居た七人が一斉にこちらを向いた。バルドス以外は目に警戒の色が浮かんでいる。その中に居るひとりだけの女性は、警戒と言うより憎しみを向けられているように思えた。

 アウリたちはそれを平常心で受け流した。そんな目で見られる筋合いがないのは確かだが、ここで揉めるのは悪手だと分かっているからだ。

 因みにプルクラはジガンの背に隠れて小さくなっている。怯えているのではなく人見知りである。


 プルクラの出自については、混乱を招く恐れがあるためバルドスの仲間たちには伝えないと一昨日決めていた。


「あー、だんちょ――バルドスさんから聞いてると思うが、俺たちは敵じゃねぇ」


 それ以上余計なことは言わず、ジガンは口を噤んだ。現段階で敵ではないが、状況次第で彼らの敵になり得る。

 ジガンの後を、柔和な微笑みを湛えたクリルが引き継いだ。


「気に食わないでしょうが、居ないものとしてあまり気にしないでくださいね?」


 クリルの柔らかな態度で、幾分か警戒が緩んだようだ。

 バルドスたちと共に、プルクラたちが手配して貸し切りにした地竜車に乗り込む。馭者はバルドスの仲間の一人が引き受けたが、それでも十四人居るので客車は満席に近い。

 時刻は四の鐘(午前八時)が鳴ったばかりである。出発した当初こそ客車を沈黙が支配していたが、しばらく経つとちらほら話し声が聞こえ始めた。


 プルクラは地竜と仲良くなりたくて仕方ないようで、客車の中でそわそわしている。そんな彼女を隣のアウリが愛おしそうに見ていた。

 ジガンはバルドスの横に陣取って何やら話している。クリルとダルガが隣り合わせに座り、無口なダルガには珍しく、クリルが使う防御魔術について色々と尋ねていた。

 ファシオとオルガは控え目な声量だが、耳をそばだてると明らかに今日の昼食と夕食の心配をしていた。

 ルカインはプルクラの膝の上で丸くなっている。


 このように、緊張感のないプルクラたちに初めは刺々しい視線を向けていたバルドスの仲間たちだが、敵意を向け続けるのに疲れたのか、それぞれが小さな声で会話し始めた。


 真っ直ぐ東へ向かっていた地竜車が街道を逸れる。それに伴って客車の揺れが大きくなった。そのまま北東へ進むと、小高い丘から帝都を見下ろすことが出来る。地竜車はそこでバルドスとプルクラたちを下ろし、バルドスの仲間七人はそのまま地竜車に乗って別の場所へ向かった。


「魔法陣の起動だ。終わったらここに戻って来る」


 この丘は帝都の防壁から二ケーメル近く離れている。彼らが向かった魔法陣は中間辺り、防壁から一ケーメル離れた場所だと、バルドスが教えてくれた。

 しばらくすると、丘から見て右下辺りを帝都へ向かう地竜車が見え、どんどん小さくなっていった。


 それを見送り、振り返ったバルドスがギョッとする。


「プ、プルクラ様、ですよね?」

『ん』


 くぐもった声で答えたのは、爪先から頭の天辺まで漆黒の鎧を纏った()()。まぁ何かと言うかプルクラなのだが。

 バルドスがジガンとお喋りしたり、仲間を見送ったりしている後ろで、アウリの手を借りながら素早く全身鎧を装着したプルクラである。

 鎧表面の光沢は深みがあり、黒の上に透明な層があるように見えた。関節の可動部は布のようだが、これは黒竜の森深層に生息する大鎖蜘蛛の糸を使ったもので、柔軟なのに金属よりも強度がある素材である。この部分も黒く染められている。


 目の部分が仄かに赤く光り、その佇まいは小さな悪魔といったところか。近付いただけで呪われそうな迫力がある。

 まだ降霊術を起動すらしていないので霊系は一体も出現していない。気が早いにも程があるだろう。


 プルクラが仲間たちに鎧姿の感想を求め、何とか無難な感想をそれぞれが四苦八苦して答えた頃、丘の下へ近付く地竜車が見えた。


 その直後、帝都グストラルの丘から見える防壁に沿って、巨大な魔法陣が出現した。





*****





 帝都を囲む魔法陣が出現する少し前。帝都東にある魔導飛空艇発着場で、転送魔導具を使った演習が始まろうとしていた。


 ガレイ・リーガルド諜報部部長は、近衛兵が何重にも取り囲んだ一画を意識して見ないように努める。そこには既に、ガイマール・ベネデット・ツベンデル皇帝が豪奢な椅子に鎮座ましましていた。

 皇帝の目が自分に向けられていると思うと、それだけで心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。指先が小刻みに震え、冷や汗が止まらなかった。


 発着場に駐機していた飛空艇は、全て南の草原地帯に移動していた。だだっ広い発着場の中央付近に転送魔導具(出口側)が設置されている。魔導具を起動すれば、そこから黒竜の森の魔獣が現れる筈だ。万が一の事態も起きぬよう、その周囲を鉄製の檻で囲み、片側に魔導銃を装備した千人の兵が五十人×二十列、整然と並んでいる。また皇帝を囲む近衛兵の傍には上級魔術師百名が十の集団に分かれて控えていた。


 皇帝は地面から一メトルほど高くなった場所に座り、演習の様子を睥睨する。


 研究所所長、ケルダン・ベルグレイ子爵が転送魔導具の前に歩み出て、拡声魔導具を口元に当てた。ガレイ・リーガルドは演習の責任者として、魔導具付近に銃口を向ける兵列の一番後ろに立つ。


「それでは、只今より演習を開始します」


 ケルダン所長の宣言で、二人の研究員が転送魔導具を起動した。

 低く唸るような音を立て、四つのうち二つの魔導具が宙に浮く。それらが縦長の長方形を形作ると、薄紫色の壁が出現した。


 そこに居る誰もが気付かなかったが、小さな蜘蛛の姿をしたヌォルの分体が地面に置かれた方の魔導具に触れた。パチッと小さな音がして、薄紫の壁が一瞬揺らぐ。

 ヌォルが魔導具に施した細工、それは、転送魔導具を()()()()()()()こと。

 それはヌォルが管理する別次元に存在する世界。この世界とは全く異なる生態系で、争いが絶えず荒廃した世界である。そこで最も知能が高い戦闘種族が、生温いこちらの世界を蹂躙しようと待ち構えていた。


 転送魔導具から何かが出現する。


「構えー!」


 魔導銃の銃口五十が、その何かに向けられる。薄紫の壁からぬるりと現れた生物は、大型の犬のような姿をしていた。

 全身が灰色の外殻に覆われて体毛はない。尻尾すら鞭のように見える。体高は二メトルほどで、四本の足先に指はなく、踵の先は一本の爪のように尖っている。最も異質なのはその“目”。昆虫の複眼のように、半球状になっている。


 これまで見たことのない魔獣だが、兵に動揺は見られない。


「撃てー!」


 ガレイ・リーガルドの号令に従い、五十の銃口が一斉に火を噴いた。一発一発が、並の魔獣なら貫く威力がある。その全弾が命中し、犬モドキは横ざまに吹っ飛んで鉄の檻に激突した。


 最前列の兵たちが安堵と共に最後列に回った時、犬モドキがむくりと立ち上がる。体の右半分に攻撃を受け、外殻に凹みは見られるものの一発として貫通していない。犬モドキが兵の隊列を向き、四肢を折って低い体勢になる。


「か、構え! 撃て!」


 押し出されて最前列となった兵たちが一斉に引き金を引いた。しかし、攻撃対象は消えていた。ギャリィ、と金属が引き裂かれる音がして、檻に大きな穴が開いた。犬モドキの姿を見失った兵たちは、破壊された檻を気にしながら辺りをキョロキョロと見回す。そして、背後から「グチャッ」と湿った音が聞こえた。


 犬モドキは隊列の後方に回り込み、ガレイ・リーガルドを頭から食っていた。胸の半ばから上が消失したガレイの体が力なく倒れる。


「「「ヒ、ヒィ!」」」


 後列の兵たちから情けない悲鳴が上がった。犬モドキは一切感情を見せず、淡々と兵を食い殺していく。兵たちは魔導銃を放つが、犬モドキは常軌を逸した速度でそれを躱し、着実に兵に食らいつく。兵たちは最早隊列を維持出来ず、蜘蛛の子を散らすように犬モドキから離れようとする。


「そ、そんな……」


 一人の兵が転送魔導具の方を見て呟いた。そこから犬モドキが次々と現れ、鉄の檻を完全に破壊し、兵たちを蹂躙し始めた。


「魔術師!」

「「「はっ!」」」


 皇帝の傍に控えていた上級魔術師たちが、まずは皇帝と近衛兵を守るように障壁魔術を展開する。そして障壁と共に皇帝を避難させようと動き出した。

 残った魔術師たちが犬モドキに攻撃魔術を行使する。彼らは詠唱を必要とせず、炎、氷、風の魔術を次々と繰り出した。


 一頭の犬モドキが皇帝を守る障壁に突っ込む。そこに炎の槍が降り注いだ。姿が霞む程の速度でそれらを躱すが、何本かが直撃し、外殻を貫く。途端に速度が落ちるが止まる素振りが見えない。痛みに鳴き声を上げるでもなく、ただ皇帝に迫ろうとする。追撃で氷の槍が数十本刺さり、そこでようやく犬モドキは倒れ伏した。


 危機を脱した魔術師が周りを見ると、夥しい数の犬モドキに取り囲まれていた。飛空艇発着場を飛び出し、帝都方面へ向かう群れもある。最早数十頭どころではない。千を超えているのではないか。魔術師たちは顔色を失った。


 転送魔導具はまだ動いている。犬モドキが出現しなくなった頃、次に現れたのは犬モドキの首に人の上半身が埋まっている生物。同じく灰色の外殻、体高は四メトル近い。そしてそいつらは盾と槍を携えていた。

 盾には青く光る複雑な紋様が浮かび、槍の穂先は青白く光っている。その、半犬半人の貌はより昆虫を思わせるものだった。額には触覚さえ見て取れる。

 犬モドキは半犬半人に従うように、その近くでひれ伏す。そんな半犬半人が、転送魔導具から次々と現れた。


 犬モドキの群れに囲まれた魔術師と近衛兵、そして中心にいる皇帝は身動きが取れなくなっていた。魔術師が攻撃し、何頭かの犬モドキは倒れたが、直ぐに新しい個体が補充されて包囲が崩れない。それどころか、徐々に包囲が狭められている。


 新たに出現した半犬半人の姿も目の端に捉えていたが、それよりも目の前の脅威が問題だ。千人いた兵は既に百人程までに減っており、発着場内を逃げ惑っている。全滅するのは時間の問題だろう。


 一人の魔術師が皇帝に近付いて進言する。皇帝にはまだ焦りの色は見られない。胆が据わっているのか、それとも危機を認識出来ないのか、魔術師には判断がつかない。


「陛下、転移で避難を」

「それほどか」

「はい。障壁もどれ程もつか不明です」

「うむ、では城へ戻るか」

「すぐに準備いたします」


 転移魔術は超高難度の魔術である。ここに集まっている上級魔術師百人の中でも、転移が使えるのはひとりのみ。魔術師は、比較的若いその男を呼び、転移魔術の準備を始めさせた。


 その時、その魔術師は見てしまった。半犬半人の一体がこちらに顔を向けているのを。そして、右手に持った槍を大きく振りかぶっているのを。


 投擲する気か? こっちは障壁を三重に張ってるんだぞ?


 槍を持った右手が振り下ろされたところで、それを見ていた魔術師の意識は途切れた。音速に迫る速度で飛来した槍は魔術師の体を易々と貫き、上下に分断していた。さらに三重の障壁も一瞬で打ち破ると、その穂先は皇帝の胸部を貫き、衝撃波を発生させてその体をバラバラに引き裂いた。


 皇帝を守っていた筈の近衛兵も衝撃波に巻き込まれ、殆どが即死した。


 いかにも重要人物といった体で皇帝が守られていた為に、半犬半人は皇帝を標的と考えたのである。


 発着場にいた人間が数人を残して全滅した頃、発着場の外から食屍鬼や霊魔が押し寄せてきた。それと同時に、転送魔導具から身の丈四メトルを超える人型の生物が出現する。

 濃灰色の外殻を持ち、側頭部から二本の角が上に向かって生えているその生物は、右手に巨大な斧のような武器を持っていた。

ブックマーク、評価、いいねなどのリアクションをして下さった読者様、本当にありがとうございます!

遅筆のため更新は捗りませんが、何卒生温かい目で見守ってください(笑)

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