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59 騎士バルドス・ロデイア

ストックが綺麗さっぱり無くなりましたっ!!

 プルクラは、バルドスからジガンに視線を移した。目で「言ってもいい?」と尋ねる。ジガンがこっくりと頷いたので、プルクラは改めてバルドスに目を向けた。


「マリーネール・クレイリア。それが生まれた時の名前」


 バルドスの目が驚愕で見開かれた。次いで、見る見るうちに茶色い瞳が潤む。


「おぉ……おお! マリーネール王女殿下!」


 そう言って、彼はプルクラの前に片膝を突いて首を垂れた。


「まさか、こんな所で殿下とお会い出来るとは! 光栄の極みに存じます」


 バルドスの、突然かつ大仰な態度に、プルクラはあわあわした。


「団長、こんな所で立ち話もなんだから、中に入ってもいいか?」

「おお、すまない! 殿下、申し訳ございません! むさ苦しい所ですが、どうぞ中へ!」


 バルドスがぶっとい腕を水平に上げて部屋の中を示すので、プルクラはジガンと共に部屋に入る。外観や受付周りから想像した通り、狭い上に清潔とは言い難い部屋だ。バルドスが二つの椅子を左右の手で持ち、プルクラとジガンの前にそっと置いてくれた。ジガンが腰掛けたのを見て、プルクラも椅子の端にちんまりと座る。バルドスは少し離れた所、と言っても狭い部屋なので手が届きそうな距離だが、そこに跪いた。


「マリーネール殿下、よくぞご無事で!」

「ん。バルドスも、無事でなにより」


 プルクラは当然バルドスのことは知らないが、こう言うのが正解だろうと思って口にする。バルドスはプルクラの言葉に感無量といった顔。どうやら正解だったようだ。


「喋りにくいから、バルドスも座って?」

「し、しかし」

「お願い」

「か、かしこまりました!」


 椅子は二つしかないので、バルドスは寝台の端っこに大きな体を縮こまらせて座った。こちらが突然押し掛けたのに、何だか申し訳ない気持ちになるプルクラである。


「ジガン?」

「え? ああ、俺から話す。団長、先に言っておくが、俺たちにはこれから団長たちがすることを邪魔しようなんて気はない」


 ジガンの言葉に、バルドスの雰囲気が変わった。背筋が伸び、眼光が鋭くなる。


「その言い方、まるで俺たちが何をしようとしているか知っているようだな?」

「あー、確実なことは知らない。ただ、降霊術で死霊王と軍勢を呼び出して、帝都を殲滅しようとしてると踏んでる」


 バルドスの目がジガンを睨み付けるように細くなり、次いで「はぁ」とついた溜息と共に体から力が抜けて見えた。


「それで? 何か言いたいことでもあるのか?」

「……団長…………すまなかった!」


 ジガンは椅子から降りて床に膝を突き、バルドスに向かって頭を下げる。


「それは何に対してだ?」

「俺は……俺が団長から離れなければ、団長には別の生き方もあったんじゃ――」

「それはない」


 言葉を遮られたジガンは顔を上げ、バルドスと視線を合わせた。


「お前が居ようと居まいと、俺の選ぶ道は変わらなかった」


 バルドスはジガンから視線を外し、自嘲気味に嗤う。


「フッ。俺は、守ると誓ったものを守れなかった。だからこそ、ケリをつけなきゃならん」


 バルドス・ロデイアという男は、生粋の“クレイリア王国騎士”なのだとプルクラは思った。騎士に任命される際、彼らは「王国と民を守る」と誓いを立てる。その誓いをどれ程重く受け止めるのかは、人それぞれだ。元第二騎士団長だったバルドスにとって、その誓いはとんでもなく重いものだったのだろう。それこそ、命を懸けて守る程に。


 十五年と少し前、バルドスは誓いの対象を失った。彼の「自分の命に代えても王国と民を守る」という強い思いは、その行き場を失くしてしまったのである。

 その結果、彼は帝国に対する復讐に取り憑かれた。いや、取り憑かれざるを得なかったのだ。そうしなければ、彼は生き恥を晒し続けることが出来なかった。帝国に一矢報いることこそが、自分が生きている理由だと思い込むことで、彼は何とか精神のバランスを保ったのである。


「団長……死ぬ気か?」


 バルドスの性格や覚悟の在り方を良く知るジガンは、彼が死に場所を求めているとしか思えなかった。現に、バルドスはジガンの問いを否定しない。


「バルドス。ちょっといい?」

「はい、マリーネール殿下」

「アル兄……アルトレイ兄様を無事リーデンシア王国まで連れて来てくれたこと、心から感謝します。本当にありがとう」


 バルドスに向かって美しい所作で頭を下げるプルクラを、ジガンが二度見した。

 ちょっと待て。いつ別人と入れ替わった?

 まじまじとプルクラを見ながら椅子に座り直す。


 いつもの話し方と違い、滑らかで丁寧な言葉遣い。座ったままお腹の上で揃えた両手は、指先までピンと伸びている。背筋も伸ばし、顎を引いた美しい姿勢はまるで王族だ。


「勿体ないお言葉に存じます」

「私は王女ではありません。今の名はプルクラ。私を育ててくれた父が付けてくれた名前です。それでも、私はクレイリア王家の人間として、貴方に命令を下さねばなりません」

「殿下は、国がなくなろうと育ちがどうであろうと、私にとっては殿下です。何なりとお申し付けください」

「バルドス。死ぬのは許しません」


 プルクラの言葉を聞いたバルドスは、ぱちぱちと目を瞬いた。プルクラを別人と疑っているジガンも呆けたような顔になる。


「帝都グストラルを死地とするのは許しません」

「お、恐れながら殿下。帝都を滅ぼすにはそれ相応の覚悟が必要で――」

「帝都の殲滅に、貴方が命を懸ける必要はありません。帝国にそんな価値はありません」


 この戦いで死ぬ気だったバルドスの目が泳ぐ。

 プルクラは、必死になって王女を演じていた。何故なら、彼女もバルドスを死なせたくないからだ。生粋の騎士であるバルドスなら、クレイリア王国の王女の言葉には従うのではないか。そう考え、これまで読んだ物語に登場する「王女」について記憶を探り、プルクラの中の王女像を顕現させたのである。

 これまでずっと誇り高い騎士であろうとした彼に、血筋だけが王家の自分が「命令」などするのは心が痛い。だが、このまま見過ごして彼を死なせたらもっと心が痛む。彼はもう十分に苦しんだ。もう苦しみから解放されて良い筈だ。


「貴方は生きて、シャーライネンのアルトレイ兄様のもとへ帰る。その後は、貴方自身の幸せを見つけるのです」

「私の……幸せ……」

「今まで国のために尽くしてくれて、本当にありがとう。クレイリア王国に貴方のような騎士がいたことを誇りに思います。……今この時を以て、バルドス・ロデイアをクレイリア王国騎士の任から解きます」


 バルドスの両目から涙が溢れ出す。それは悲しみの涙ではなく、重責から解放された安堵の涙だった。


 十五歳でクレイリア王国騎士団に入団した。以来三十七年、バルドスはずっとクレイリア王国の騎士だった。王国の剣であり盾であろうとした。それがバルドス・ロデイアという男の生き方だった。


「私はもう……騎士ではない?」

「騎士ではありませんが、私の最後の命令は聞いてくださいね? こんな所で死んだりせず、幸せになって欲しいのです」


 プルクラの顔に、部屋の小さな窓から光が当たり、神々しささえ感じさせた。そこには慈愛に溢れた微笑みが見て取れる。バルドスは、プルクラが心から彼のことを思って言葉にしているのだと理解した。


 マリーネール王女殿下が。クレイリア王国の王族が。自分の幸せを願ってくれるとは。


 こんな日が来るとは夢にも思っていなかったバルドスは、みっともなく声を出して泣いた。大きな男が、まるで長らく会っていなかった母親から優しい言葉を掛けられたように涙する姿に、ジガンもまた貰い泣きする。しばらくの間、狭い部屋にはバルドスの泣き声とジガンの鼻を啜る音が満ちていた。





 さすが元騎士と言うべきか、プルクラが飽きる前にバルドスは平静を取り戻した。


「みっともない所をお見せしてしまい申し訳ございません」

「んーん、気にしてない」


 さっきまでの王女然とした言葉や態度はどこへやら。いつも通りのプルクラがそこには居て、椅子の上でプラプラと足を揺らしていた。


「で、殿下?」

「殿下じゃない。プルクラ」


 バルドスが、助けを求めるようにジガンを見る。


「くっくっく。団長、これがこいつの地だから」

「は?」

「はぁー疲れた。王女みたいに振る舞うのは大変」


 ぶはっ、とジガンが吹き出す。そんなジガンとプルクラを交互に見て、バルドスが困惑顔である。


「ジガン、説明してくれないか?」

「あー腹痛ぇ……。プルクラがマリーネール王女なのは本当だよ。だが、彼女は王女教育なんて欠片も受けてねぇし、貴族ですらない」

「し、しかし、先程の言葉や態度は……?」

「才能?」


 バルドスの疑問にプルクラが疑問形で答え、そこでまたジガンが吹き出した。


「まぁ、プルクラが言ったことは本心だろうし、俺が言いたかったことも全部言ってくれた。だからな、団長。全部終わったら一緒に帰ろうや」

「終わったらって、そんな気軽な」

「帝都を滅ぼして、残った食屍鬼やら霊魔やら死霊王やらをサクッと片付ければいいんだろ? 全部片付けてやるよ、プルクラが」


 プルクラとバルドスが、ギョッとした顔を同時にジガンに向けた。


「でん――プルクラ様が?」

「ジガンもちゃんと手伝って」

「手伝う手伝う。団長、こいつ鬼のように強ぇぞ? 全盛期の団長より強ぇ」


 今度は、バルドスの猜疑に満ちた目がプルクラに向けられた。


「ししょーのが強い」

「ししょー、ですか?」

「ジガンししょー。剣を教わってる」

「んなわけあるか! 俺は騎士百人をひとりでぶっ飛ばしたり出来ねぇよっ」

「出来る。五百人斬ったんでしょ?」

「あれは……まぁ、そんなこともあったな」


 十五年前、クレイリア王国がツベンデル帝国に侵攻を受けた際、ジガンはバルドスと共に敵兵およそ千人を倒して脱出した。ジガンも半数を倒したのである。こいつ、よく覚えてんな、とジガンは唸った。


「けどな、あれは二日くらい掛かったんだぞ? お前、騎士団長も含めて百五十呼吸(十分)かからず倒しただろ?」

「…………」


 ジガンの指摘に、プルクラがすぅっと目を逸らす。堪らず、バルドスがジガンに聞き返した。


「騎士団長を含む百名の騎士をわずか百五十呼吸で倒した、と? プルクラ様が、か?」

「信じらんねぇだろ? でも本当だ。しかも全力じゃないってんだから」


 ジガンが、やれやれといった風に肩を竦める。それ以上考えても埒が明かないと思ったのか、バルドスはジガンに計画を明かした。


「ま、まぁ、プルクラ様がお強いのは分かった。しかし、帝都を殲滅した後は死霊王たちを北西に進めて、クレイリア属州の奪還を計画していたんだよ」


 これに対して口を開いたのはプルクラである。


「そもそも、死霊王を制御できる?」

「魔術師の話では出来るらしいのです」

「うーん……それたぶん、死霊王より魔力量が多くないと無理」

「なっ!? そうなのですか!?」


 プルクラがニーグラムから聞いたところによれば、かつて死霊王とその軍勢を戦争に使った魔術師は、人間としては規格外の魔力量だったらしい。しかも、そんな魔術師が数人がかりで制御していたのだと言う。

 この時、ニーグラムが「プルクラなら制御出来るだろう」という言葉を飲み込んだことを彼女は知らない。それが可能だと知ったところで、娘が“お化け”を制御したがるとは思えなかったからだ。


「クレイリア属州の奪還は無理にやらなくていいと思う。帝都が壊滅した後、帝国がどうなるか見て決めたらいい」


 バルドスにとって、祖国の地を取り戻すことは大義名分であったが、それはあくまで大義名分に過ぎなかった。結局彼は死に場所を探していただけなのだから。そんな彼はプルクラの言葉に救われ、未来に目を向けてもいいか、という気持ちになっている。だから、プルクラの提案を素直に受け入れることが出来た。


「そうですね……。プルクラ様のおっしゃる通りだと思います。しかし、仲間たちが納得するかどうか……」


 バルドスが納得しても、彼の仲間たちが納得するかは分からない。帝国に家族や恋人、友を奪われた同志が二千人も集まっているのだ。彼らに対しても責任を持つべきではないだろうか、とバルドスは考える。


「バルドスは、もっと自分勝手になっていい。みんな、失われたものは戻らないって本心では分かってるはず。帝都が壊滅する所を見て溜飲を下げたら、みんな自分の幸せに向き合えばいい」

「お前、ほんと偶にいいこと言うよな」

「偶にじゃない。いつもいいこと言ってる」

「おぅ……」


 プルクラとジガンのやり取りに、バルドスの顔にも笑みが浮かぶ。つまるところ、バルドスの十五年間を縛っていたのは「責任感」である。責任感が強い人ほど、自らを追い詰める傾向がある。だからこそ、プルクラは「もっと自分勝手になっていい」と言ったのだ。

 それに気付いたバルドスは心から感嘆した。プルクラがマリーネール王女なら、今十五歳。その年齢でこういうことを言えるというのは、やはり王族の気質なのではないか、とバルドスは思うのだ。


「団長、決行は明後日なんだろ?」

「もう全て分かっているんだな」

「さっきも言った通り俺たちは邪魔しない。だが、当日は一応団長の近くに居ようと思うんだが……プルクラ、いいか?」

「ん、いい」

「団長?」

「そうだな……敵ではないと説明すれば問題ないだろう。私たちは四の鐘(午前八時)に東門に集合する予定だ」


 ジガンとバルドスで軽く打ち合わせをして、その日は辞去することにした。


「バルドス、今日は突然来てごめんなさい」

「とんでもない! 今日プルクラ様にお会い出来て、私の人生が報われたような気がします」

「なら良かった」

「団長、会えて良かった」

「ああジガン。私もだ」


 バルドスはジガンと固い握手を交わした後、またプルクラの前に跪いて首を垂れた。


「バルドス。それはもうやんないで?」

「し、承知しました」

「じゃ、明後日。ばいばい」

「はっ!」





 バルドスの宿を離れたプルクラは、その顔にやりきった満足感をありありと浮かべていた。


「プルクラ。その……ありがとな」

「ん?」

「団長のこと。王女であるお前の言葉だからこそ、団長は素直に聞いてくれた。付いて来てきれて良かった」

「気にしなくていい。私も目的を果たせた」

「目的?」


 そんなこと言ってたっけ? とジガンは疑問を口にする。


「死霊王たちが北西に侵攻するのを止めた」

「制御云々って話か? あれは出まかせだったのか?」

「んーん、お父さんから聞いた本当の話」

「そうか。なら…………おい、まさか」

「帝都の北西では黒角牛が飼育されている。そこにお化けたちを行かせるわけにはいかない。断じて」


 ジガンが片手を目に当てて天を仰ぐ。プルクラ渾身の王女演技が、まさか黒角牛のためだったとは。


「……バルドスを死なせたくないのは本当」

「説得力ねぇな、おい!」


 ケラケラと天真爛漫に笑うプルクラを見ていると、どっちが本心なのか分からなくなる。いや、たぶん黒角牛のことは照れ隠しなんだろう。照れ隠しだよな?


 プルクラの笑顔を見ているとどっちでも良くなってきて、一緒に笑ってしまうジガンだった。

これから帝都でバトルの予定ですが、ストックが無くなったので3日に1度くらいの更新になると思います。

楽しみにお待ちいただいている方、本当にすみませんorz

遅筆でごめんなさいm(_ _)m


ここまでお読みいただいた方、またブックマーク、評価、いいねなどして下さった方、本当にありがとうございます。

更新間隔が空いてしまいますので、まだの方は是非、ブックマークや評価をください!

ブックマークや評価をください!

大事なことなので2回言いました。


更新をお待たせしますが、今後ともよろしくお願いいたします。

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