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56 プルクラの帰還

 ルキとケールの二人と別れてから、プルクラは改めて目印を作るのに都合の良い場所を探した。町の南にある森から来たので、東回りに町の外壁をぐるりと回ってみた。すると町の北西に小規模な林を見つけた。町から二ケーメルは離れているし、傍に街道もない。木も丁度良い具合に密集している。プルクラはその林に踏み入り、中心付近で邪魔な木を三本倒した。


「そーい!」


 倒した木と切り株を遠くに放り投げると、そこらで休んでいた鳥が飛び立ち、兎が跳ね回った。つい昨日も同じことをして鳥や兎に申し訳ないと思ったのだが、大きな物を投げるのが気持ち良くてついやってしまったのである。


 五つ目の目印を作り終えた時には、太陽が西の地平線に乗っかっていた。


「う~ん……途中で暗くなるけど、平地だから何とかなる?」


 普段はそうでもないのだが、アウリと約束した納期をきっちり守りたいと思っているプルクラ。独り言を呟くと直ぐに身体強化三十倍で走り出す。

 一歩一歩力強く。これまでは五割程度の力で走っていたが、七割まで上げる。周囲が暗くなるに連れて少々焦りが出てきた。身体強化を百倍に引き上げ、「サナーティオ(癒し)」を強く掛けながら全力を地面に叩き付けると、その速度は音を超える。


 そこは草原だった。だが、プルクラが通り過ぎた後はまるで竜巻が通ったかの如く。地面が幅五メトルに渡って抉れ、掘り起こされたように黒々とした土が露になる。その外側も衝撃波によって地表が削れ、草が飛び散った。獣か魔獣も何匹か巻き込まれたようだ。


 そんな無茶をしたおかげで、陽が完全に沈む前に副都ダグルスの防壁が見える場所に辿り着いた。急いで周囲を確認し、最後の目印を作る。そこは街道から五百メトルほど南に降った所で、やはり立木が十数本密集しているところだった。

 最早毎度のことながら、中心部の木を三本切り、切り株を掘り起こし、今回は邪魔にならない近くの場所にそっと置いた。前二回もそうすれば良かった、と今更ながら気付くプルクラである。そして最後の目印を作り特徴を紙に記すと、その紙に描いた四つ目の目印を明瞭に思い浮かべ、転移の腕輪を起動する。足元の魔法陣に魔力を通せば、瞬時にプルクラの姿が消えた。





*****





 プルクラが転移した丁度その頃。副都ダグルスの東門近くにある酒場に、バルドス・ロデイアと七人の仲間たちが集まっていた。そのうちの一人は女性である。

 陽が沈んだダグルスの街は、大通りにのみ魔導具の街灯が灯っている。その酒場は大通りから一本入った奥にあり、道の暗さもさることながら店内も薄暗かった。隣の席に座る客の顔も、目を凝らさねば見えない程だ。

 そんな店だが、宵の口なのに席は七割方埋まっている。酒の肴が美味いのと、酒が安いので地元で人気があるのだった。


 適度なざわめきが満ちる店内で、バルドスが口を開く。


「準備は?」

「滞りなく」


 唯一の女性、ナーレ・ベイリンガルトが端的に答えた。


 ナーレの仕事は、帝都グストラルを囲む五か所の魔法陣を作り上げることだった。五つの魔法陣にはそれぞれ大量の魔石が使われ、全て連動している。ここダグルスの近くにある魔法陣に魔力を供給すれば全てが起動する仕組みである。

 ナーレが十年近く研究した魔法陣。“死霊王”を召喚する降霊術の魔法陣だ。最後の仕上げとして、ヨルデイル聖国で一年前に討伐された火翼竜の魔石を使って魔力を供給することで、“死霊王”とその軍勢を呼び出せる筈、である。


「三日後。飛空艇発着場に“的”が来る。そのタイミングで仕掛ける」


 バルドスが一際潜めた声でそう告げると、ナーレを含む全員が重々しく頷いた。

 何年もかけて準備してきた一環で、帝城内にも協力者がいる。固く守られた帝城から、更に帝都からも皇帝自身が出ることは、襲撃のタイミングとして最上だ。この情報は協力者から得られたもの。情報提供の見返りで、その協力者と家族は昨日帝都から脱出させている。


 ダグルスの街だけでなく、帝都から三十ケーメル圏内四つの街に、バルドス陣営とも言うべき仲間たちが総勢二千人、潜伏している。非戦闘員は既に帝国から脱出するか、脱出の途上である。


 出来ることは全てやった。やるべきことも。


「……済んだ後、奴らを北西に誘導出来るんだな?」

「何度も言ったけど、召喚者の意思にある程度は従ってくれる筈よ」

「ああ、すまないな。確認したかっただけだ」


 帝都を落とした後、死霊王とその軍勢を北西へ向かわせ、クレイリア属州に駐屯する帝国軍を殲滅。それが終われば、ナーレの見付けた送還魔法陣で死霊王と軍勢を送還する。そこまでが今回の計画であった。

 勿論、計画通りにいかない場合も想定している。死霊王とその軍勢だけでは帝都を落とし切れないとしても、かなりの戦力を削れる筈だ。この場合は皇帝の殺害が最優先で、皇帝一族、帝国政府高官と優先順位が続く。最悪の場合でも皇帝だけは何としても倒す。それが成れば、戦況次第で撤退も視野に入れている。


 近郊の街に潜伏している仲間たちも作戦は共有しているが、総指揮官はバルドスである。彼が作戦続行や撤退の指示を行うのだ。指示系統や指示の伝達手段は当然構築済み。何せ十五年の歳月をかけている。この計画に全てを賭けていると言っても過言ではない。


「三日後、五の鐘(午前十時)。東門に集合だ。それまでは英気を養ってくれ」


 数日後に破壊と殺戮の限りを尽くす集団とは思えないほど、その後は和気藹々と酒宴を楽しむバルドスたちだった。





 同じ店内で、そんなバルドスたちの動向に目を光らせている者たちがいた。


 ツベンデル帝国がそうしているように、リーデンシア王国も帝国各地に間諜を潜入させている。彼らはそんな間諜のうちの三人だった。


 この世界で通信手段と言えば、調教された鳥を使ったものが一般的である。リーデンシア王国の騎士団も通常は赤茶鴉を使っているくらいなのだ。

 ただ、どうしても緊急で連絡を取りたい時というのがある。そういう場合に使われるのが“対紙”の魔導具だ。これは、二枚の紙を一対とし、片方に書いた文字や図形がもう片方にもほぼ同時に浮かび上がるという魔道具である。ただし、これが馬鹿みたいに高価で、一対で大金貨一枚(約一千万円)するという代物のため、緊急かつ絶対に内容を違えたくない時にしか使用しない。


 この“対紙”の魔導具で、帝都に潜入していた彼らは上官から命令を受けた。他の間諜と共に至急帝都を脱出せよ。また、バルドス・ロデイアを見つけた場合にはその動向を監視せよ、と。無論、この命令発出はブレント・リーデンシア第三王子の指示である。


 帝都グストラルに潜入していた間諜四十名は、二日前にこの命令を受けて速やかに帝都を脱出した。このうちの十名が、事態の推移を見守り、必要な時すぐ動けるようにここ副都ダグルスに滞在していた。


 そして、そのうちの三名がこの酒場を訪れたのは全くの偶然である。


 バルドス・ロデイアは諜報に携わる者の間では有名だ。二メトルの長身、齢五十を超えてまだ衰えぬ筋肉、長く伸ばした黒髪には白髪が線のように混じっている。そんな彼を見間違うことは有り得なかった。

 上官の指示にあった彼を見つけることが出来たのは僥倖だろう。それは間諜の彼らにとってだけでなく、プルクラたちや兄のアルトレイにとっても、ひょっとしたらバルドス本人にとっても、である。


 それと気付かせぬよう、三人のうち一人が仲間を呼ぶため店を出る。監視体制を築くためだ。


 準備が調い気を緩めたバルドスたちが、間諜らの動きに気付くことは出来なかった。





*****





 王都シャーライネンを発って三日目の朝。プルクラは前日同様木の上で目覚めた。彼女自身、王都に早く帰りたかったので、昨夜は四つ目の目印で二刻休憩して魔力を回復させ、真夜中に一つ目の目印まで転移していた。ここからなら“黒金の匙亭”まで一度の転移で戻れる。


 早くアウリやみんなに会いたいし、お風呂にも入りたいし、ちゃんとした寝台で眠りたい。魔力は完全に回復しているが、二晩木の上で寝たので疲労が抜けていない。


アクア・カレンス(流水)


 木の枝から降りて、「竜の聲」で出した水で顔を洗う。拡張袋から出したタオルで顔を拭い、そのタオルを濡らして絞る。上衣の裾から手を入れて、そのタオルで拭ける所を拭いた。丸二日風呂に入っていないので色々と気になるのだ。

 生後三か月からずっと黒竜の森で生活していたプルクラだが、野生児というわけではない。物心ついた時には小屋に立派な風呂があり、ほぼ毎日入浴していた綺麗好きさんである。


 倒木に腰を下ろし、アウリお手製のサンドイッチを味わう。転移の目印を作る二泊三日の食事は全てアウリが作ってくれたサンドイッチだが、具や調味料、使用するパンを変えて飽きが来ないよう工夫してくれていた。そんな心遣いに感謝しながら食べる。


「よしっ」


 食べ終えたプルクラが小さく気合を入れて立ち上がる。“黒金の匙亭”の寝室を明確に思い描き、転移の腕輪を起動。そこに魔力を流すと、白い光と一瞬の浮遊感に包まれ、次の瞬間には宿の寝室にいた。

 二つ並んだ寝台のどちらにもアウリはいない。既に起きているのだろう。不思議なのは、いつもプルクラが使っていた方のシーツが乱れ、アウリの方は使った形跡がないことだった。どちらを使おうがアウリの自由なので、プルクラは気にしないことにした。


 バタバタと隣のリビングから足音がする。バンッ、とかなりの勢いで扉が開き、アウリが飛び込んできた。


「プルクラ様っ」

「アウリ、ただい――」


 ただいま、と言い終える前に、プルクラの頭がアウリの豊かな胸に抱きすくめられる。


「よくぞ、よくぞご無事で!」

「んー、んー!」


 プルクラがジタバタと腕を動かすのに気付き、アウリは慌てて彼女を離した。顔を胸に押し付けられて息が出来なかったのだ。身体強化を使えば振り解くのは容易いが、アウリに悪意がないのは分かり切っているので、プルクラはそんなことをしたくなかったのである。


「びっくりした」

「し、失礼しました! 感極まってしまって!」

「だいじょぶ。アウリ、お風呂に入っていい?」

「もちろんです! すぐに準備いたします!」


 ふぅ、と息を吐いて、プルクラはお風呂の準備に向かったアウリの背を見送る。騒々しくても慌ただしくても、自分の帰りを心から喜んでくれるアウリの顔を見れば、やっぱり一緒が良いと思えてくる。


「プルクラ、おかえりにゃ」

「ただいま、ルカ」

「帰って来て良かったにゃ、ほんとに」

「ん?」

「アウリが大変だったにゃ」


 寝台に腰掛けたプルクラの膝にルカインが乗り、この二日間のことを教えてくれた。お礼を言って喉を撫でると、全身をプルクラの手に擦り付けてくる様は本物の猫のようである。


「プルクラ様、お風呂の準備が出来ました! さぁ、早速入りましょう!」

「……アウリも入るの?」

「もちろんですとも!」


 裸にタオルを巻きつけただけのアウリが意気揚々と宣言する。一緒に入るのは別に嫌ではないので、まぁいっか、と促されるまま風呂に入るプルクラであった。





 アウリによって隅々まで丹念に洗い上げられたプルクラは浴槽の中で舟を漕ぎ始めてしまい、慌てて風呂から上がって体を拭い、寝間着に着替えて寝台に横たわった。睡眠不足と疲労、帰って来た安心感がどっと押し寄せたようだ。横になった瞬間に眠りに落ちた。


 その食べてしまいたいほど可愛らしい寝顔をずっと眺めていたいアウリだったが、渋々ながら他の仲間たちにプルクラの帰還を報告しにいった。今は疲れて眠っているから、プルクラ様が目覚めたら全員で集まりましょう、と部屋に来ないよう忘れずに釘を刺す。

 そうして部屋に戻ったアウリはプルクラの寝顔をひとり占め出来たと思っているが、ルカインが寝室の隅っこに居ることは気付かなかった。


 アウリの締まりがなくなっただらしない顔は、しっかりとルカインが目撃したのだった。





 夕方までたっぷり眠ったプルクラが目をパチッと開けた。


「お腹すいた」

「お目覚めですか、プルクラ様」

「おはよ、アウリ。…………ずっとそこにいたの?」


 プルクラの眼前にはアウリの顔があったのである。


「ままままさか。今、偶々ここにいたのです」

「そう。えーと……ご飯、食べれる?」

「お昼も召し上がっていないですから、さぞお腹が空いたでしょう。少し早いですが、全員集まって食事にしましょうか」

「ん、そうしてくれたら嬉しい」


 身支度を整えてから“黒金の匙亭”の一階食堂へアウリ、ルカインと共に下りる。席に着いて待っていると、ジガン、クリル、ファシオ、ダルガ、オルガがやって来た。口々に「おかえり」「お疲れ様」と言ってもらえるのが、自分で思っていたよりずっと嬉しいプルクラである。


 料理を頼んだ後、ジガンが口を開いた。


「道中、問題はなかったか?」


 うーん、と少し考えてからプルクラが答える。


「寂しかった」


 そういうことを聞いたんじゃないんだけどな、と思いながらも、ここは彼女を褒める所だろう、と言葉にする。


「そ、そうか。それでもちゃんとやるべきことを終えたんだろ? よくやった、偉いぞ」


 物凄く満足そうに顔を綻ばせるプルクラ。

 ジガン様、良いこと言いましたね顔のアウリ。

 正解を引き当てて胸を撫で下ろすジガン。


 その後は食事を楽しみながら道中あったことを話し、帝国軍の兵士や幼い子供たちを助けたことを称賛され、大変ご満悦のプルクラである。


「準備はすっかり出来てるが、いつ出発する?」


 話が途切れた所でジガンが問い、プルクラが答える。


「明日の朝。みんな、それでいい?」


 和やかだった場がピリッと引き締まる。静かな決意のこもった顔で、全員が頷いたのだった。

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