51 準備
会談の場となったリープランド伯爵家を辞去したプルクラたちは、再び魔導車で“黒金の匙亭”まで送られた。ジガンは貸衣装屋に衣装を返却しに向かい、プルクラとアウリは普段着に着替える。
ジガンが戻ると全員を集めた。受託した依頼の内容を説明し、そこに居る者の意思を確認する。もし本当に“死霊王”が降臨するなら、その危険度は言わずもがなだ。帝国行きを無理強いすることなど出来ない。
「俺、心底行きたくねぇんだが」
「ししょーは弟子と共にあるべき」
「逆だと思うんだが」
「……バルドスはジガンの知り合い。アルトレイも」
「うっ……行くよ、行きますよ! 行けばいいんでしょ!?」
「ん」
ジガンは消極的参加、である。
「私は当然プルクラ様と共に参ります」
「そんな面白そうなこと、見逃せないわぁ」
「私も勿論行きますよ。武器の聖化と浄化魔術はお任せください」
アウリ、ファシオ、クリルが積極的に参加表明。ダルガとオルガは……頷いているので参加で良いのだろう。
「仕方にゃい、ウチも行ってやるにゃ。感謝するにゃ」
「黙りなさい、駄猫。帝都に捨てますよ?」
「ひにゃっ!?」
役に立つかは分からないがルカインも参加。結局全員の参加が決まった。そうと決まれば、まずは全員に聖化武器が必要である。プルクラとアウリは既に持っているので、残り五人分。
「アウリ。みんなを連れてディベルトの店に行って欲しい」
ディベルトなら、十分な聖銀を含んだ武器を用意してくれる筈だ。無くても作ってもらえば良い。
「かしこまりました。プルクラ様は?」
「お父さんとレンダルの所に行ってくる。時間かかるかも」
「承知しました。お気を付けて」
「ん」
こうして、プルクラとそれ以外の二手に分かれ準備を進めることになった。
「レンダルー、来たー」
ランレイド王国南東、ブルンクスの街にある一軒家。その一室にプルクラは転移した。別の部屋でドタバタと音がしたかと思えば、ドスドスとこちらに走ってくる音に変わる。扉が勢いよく開かれ、真っ白な髪と髭のレンダルが現れた。どちらかと言えば、現れたのはプルクラの方ではあるが。
「プルクラ、よく来たなぁ!」
満面の笑みで腕を大きく広げたレンダルに、プルクラはぎゅっと抱き着いた。
「レンダル、忙しい?」
「暇で死にそうじゃわい」
「フフフ。相談があって来た」
「ほうほう。今日は一人なのか?」
「ん。今度またアウリと来る」
「一人でも二人でも、いつでも来るといい」
「ん、ありがと」
居間に場所を移し、レンダルが淹れてくれた紅茶を飲みながら事情を話す。
「ふむ。“死霊王”って儂が買った本のアレか?」
「そう」
「御伽噺じゃなかったんじゃな、あれ」
「お父さんが実話って言ってた」
「実話……それで儂も帝国に行けばいいんじゃな?」
「んーん、違う。いい倒し方がないか教えて」
「儂だってまだまだやれるぞ?」
レンダルがやる気満々である。彼とて帝国には思うところが随分とあった。自らが筆頭魔術師を務め、結果的に守れなかった祖国を踏み躙られたのだから、それは当然と言える。
「……レンダルも、帝国に仕返ししたい?」
「そういう気持ちもあるが、今回のはどっちかって言うと助ける方じゃないかの?」
“死霊王”とその軍勢が出現しても被害を帝都までに留めるのが今回の主旨。なるほど、確かにレンダルの言う通り、帝都外に住む帝国人を救うことと同義だ。
「レンダルの言う通りだった」
「じゃろ? 儂は孫たちの手伝いをしたいだけじゃよ」
「そっか。ありがと、レンダル。それで、霊系の倒し方知ってる?」
「聖化武器以外ということじゃよな?」
「ん。百万匹以上の食屍鬼とかいるかもしれない」
それだけの数、武器でちまちま倒していられない。クリルの浄化魔術はあるが、それ以外にも大群を倒せる方法があれば知りたいプルクラである。
「炎系魔術が効いたような気がするんじゃが……如何せん、儂は霊系と遭遇したことがなくての。うろ覚えですまぬ」
「んーん、気にしないで。後でお父さんにも聞いてみる」
「おお、これからニーグラムの所へ行くのか?」
「そのつもり」
「儂も行ってよいかの? 偶には顔を見せんと死んだと思われる」
「うふふ。もちろん。一緒に行こ」
「準備してくるから待ってておくれ」
「ん」
立ち上がったレンダルが居間から出て行く。その背中が、プルクラの記憶よりも小さく痩せて見えて、胸の奥がぎゅっと絞られるような気がした。
物心ついた時には傍に居たレンダル。父と共に自分を育ててくれた。人間らしい考え方や知識は、殆どレンダルが教えてくれた。
無条件に自分を愛してくれる存在。甘えても受け止めてくれる存在。
そんな彼の「老い」を初めて痛感してしまい、プルクラは動揺した。レンダルがいつかいなくなることを考えたら嗚咽が漏れそうになる。じわりと浮かんだ涙を、天井を向いて零れないように堪えた。深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせるように努める。
だいじょぶ。レンダルは元気。目の前にちゃんといる。繰り返し自分に言い聞かせる。ふぅー、ふぅー、と荒い息を吐いていると、徐々に気分が持ち直した。
レンダルがこの場にいなくて良かった、と思う。こんな自分の姿を見たら、きっと物凄く心配させてしまうだろう。
冷めた紅茶を一息に飲むと、湧き上がった悲しい気持ちも一緒に飲み下したような気がした。
「待たせたの。行こうか」
「うん!」
殊更明るい声で返事をしたプルクラに、レンダルは少し首を傾げたが気にしないことにした。愛する孫娘の目の周りが、少し赤くなっているのも気にしないことにする。プルクラなら、必要があれば包み隠さず教えてくれる。言わない、ということは言う必要がない、ということだ。家族の信頼関係とはそういうものだとレンダルは思っている。
「久しぶりに、レンダルの転移魔術で行ってもいい?」
「勿論じゃ。では、魔法陣を刻んだ部屋に」
「ん」
指定の部屋でレンダルが魔力を流すと、眩い光に包まれてすぐ、見慣れた部屋に移動していた。そこは黒竜の森、プルクラとニーグラムの小屋だ。プルクラにとってはつい三日前に訪れたばかりである。
「ニーグラム、おるかのう?」
「お父さん、来たー」
「プルクラにレンダルか。二人で来るとは珍しいな」
三日前と同じように、プルクラは父に抱き着いた。それから居間へ誘われ、プルクラがお茶を淹れる。腰を落ち着けてから、プルクラは再び事情を説明しようとしたが、レンダルが代わりに話してくれた。
「なるほど、帝国を滅ぼすのだな。任せろ」
「お父さん、違う」
「ニーグラム、早まるな」
「むっ」
レンダルもそうだったが、ニーグラムもやる気満々である。
「お父さん、“死霊王”とその軍勢がもし現れたら、どう戦うのがいい? 食屍鬼とかが百万匹以上いるとして」
「ふむ。プルクラには教えてないが、範囲攻撃の『竜の聲』がある。炎系を教えておこう」
「やっぱり炎系じゃったか! 儂の記憶力もまあまあじゃの。ところで、何でプルクラに教えてなかったんじゃ?」
「万を超える軍勢とは、普通戦わんだろ?」
「まぁ……いや、昔一万匹の鎧蟻と戦わせたじゃろ」
「あれは最初から一万匹いたわけではない。一度に相手するのはせいぜい百匹くらいで、次々巣穴から出てきただけだ」
「だけって……普通百匹でも大概じゃぞ?」
「そうか?」
「そうじゃ!」
プルクラは鎧蟻のことを思い出して身震いした。あれは今考えても辛かった。いつまで経っても巣穴から鎧蟻が出てきて終わりが見えなかったのだ。
「お父さん、炎系ってどんなの?」
「うむ。『インフェルノ』と、あとは『カルロ・レイ』がいいだろう。後で見せてやる」
「ん!」
レンダルには聞き取れなかったが、二つの「竜の聲」を教えてくれるらしい。
「ただ、霊魔でも強い個体には効かん。死霊王にも効かんだろう。そういう奴には聖化武器が手っ取り早い」
「なるほど」
黒竜ほどの膂力があれば物理で吹き飛ばせるのだが、それをプルクラに求めるのは酷な話である。
「『竜の聲』で数を減らして、残った奴を聖化武器で倒す。分かった」
「うむ。いや、いっそのこと俺が出向いて――」
「「それは駄目」じゃ」
「何故?」
黒竜が出張れば、死霊王とその軍勢を待たずして帝都を消滅させるのは容易い。
「バルドスに復讐させたい」
「ほう?」
バルドスが、自らの力と計略で帝都を滅ぼすことに意味がある。プルクラたちの仕事はあくまでもその後始末だ。まぁ、後始末も黒竜が出れば一撃だろうが。ただ、プルクラは父の力をそんなことに使って欲しくない。黒竜はこの世界の守護者なのだから、人間の諍いで力を振るうべきではないと思うのだ。
「どうしても無理って思ったら、お父さんの力を借りてもいい?」
「そこまでは自分の力でやるということか?」
「ん。私と、仲間の力で」
「仲間、か。分かった。しかしけして無茶なことはするな」
「ん、約束する」
「うむ」
この後、『インフェルノ』と『カルロ・レイ』の実演のため、ニーグラムとプルクラは黒竜の森の中心、黒尖峰の麓にあるシドル湖に赴いた。ニーグラムはそのまま飛行して、プルクラは火翼竜のヴァイちゃんの背に乗っての移動である。その辺りは魔力濃度が危険水域に達しているので、レンダルはお留守番だ。プルクラは何度かシドル湖へ行ったことがあるので問題ない。
プルクラとヴァイちゃんを湖の畔に残し、ニーグラムは岸から五百メトルほど離れた空中から、黒尖峰に向けて二つの「竜の聲」を放った。プルクラは驚愕しながらその光景を目に焼き付けた。
小屋へと戻り、今度はプルクラの転移でレンダルを自宅へと送って、しばらく話をしてから彼女は“黒金の匙亭”に転移で戻った。アウリはまだ戻っていない。アルトレイとの会談で気疲れしたプルクラは、寝台に横になってしばらくすると寝息を立て始めた。
プルクラがレンダルの家で話をしていた頃、残りの面々はディベルトの武具屋を訪れていた。
「ディベルト様」
「おう、お嬢ちゃんか。今日はもう一人のお嬢ちゃんはいねぇのか?」
「ええ。別件で違う所へお越しです。今日は聖化するための武器が欲しくて参りました」
「聖化ぁ? 一体何と戦うってんだ?」
「それは内緒です」
二人が話している所に、クリルが近付いた。
「先日はお世話になりました。聖銀が一割以上含まれた武器が望ましいのですが」
「ああ、知ってるよ。そういう注文は一定数あるから、一応いくつか在庫もある」
「それは素晴らしい」
ディベルトは、先日プルクラたちが買いに来た物をしっかり覚えていた。勿論知り合うきっかけとなったジガンの長剣についても覚えている。彼らが購入した物に基づき、聖銀を混ぜ込んだ同系統の武器や防具をカウンターに並べていく。長剣が二振り。短刀が四本。手甲と脚甲がそれぞれ二組。
「今あるのはこれくらいだな」
「振ってみてもいいか?」
「構わん」
ジガンが断りを入れてから長剣に手を伸ばす。ファシオ、クリルもそれを見てから短刀や防具を手に取った。
「うん、こっちの方が好みだ」
その場で軽く振って重さを確かめたジガンは、片方の長剣を脇に避けた。
「私はこれがいいわぁ」
「私は……正直違いが分かりませんが、これで良いと思います」
ファシオ、クリルもそれぞれ選び終える。
「ディベルト様、杖はありませんか?」
「杖? 杖は置いてねぇなぁ」
「作っていただくことは可能でしょうか? 三人分」
「それは……聖銀を混ぜてってことだよな?」
「ええ」
杖――有り体に言って「ただの棒」である。三人とは、ダルガ、オルガ、クリルだ。
ダルガは円盾しか使わない。彼の主な役割は防御で、攻撃手段は自身の肉体である。ただ、霊系には通常の物理攻撃が効かない。肉の体を持つ食屍鬼には効くだろうが、直接殴るのは衛生的によろしくない気がする。
オルガは「雷玉」による攻撃手段しか持たないのが不安。ダルガと同じ理由でクリルにも何か武器を持たせたい。
「棒」というのは最も原始的な武器である。剣や槍のように、突き詰めれば立派な凶器になるが、素人でも振り回せばそれなりに脅威になる。普段武器を使っていないダルガとオルガに持たせるなら最適だろうという判断だ。
クリルに関しては、武器は一通り扱えるという話だが、自分が持つなら「杖」が良いという本人の希望による。
剣や槍ではなく杖なら、一から作っても時間が掛からないだろうという打算も大いに含まれる。
「まぁ、杖なら今から作っても明日には出来ると思うが……一応、重さや長さの希望を教えてくれるか?」
ディベルトの言葉に、三人は壁に立てかけられた槍を持って感触を確かめた。その結果、ダルガは杖というより先端に重量のある鎚に、オルガは身長と同じくらいの長さの細くて軽い杖に、クリルは長さ二・五メトルでそこそこ重量のある杖に決まった。
アウリは内訳と合計金額を紙に書いてもらい、ディベルトに署名を貰ってから支払いを行った。後でブレント王子に経費として請求するためである。
明日の夕方、注文した品を取りに来る約束を交わし、一行は“黒金の匙亭”へと帰った。




