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46 プルクラは褒められたい

「おいおいおい、殺す気じゃねぇだろうな?」


 プルクラから立ち昇った白い靄と空間の歪みを見て、ジガンがアウリの肩を叩いた。


「どうでしょう? 先程、あの団長さんも殺す気で魔術を放っていましたし」

「そりゃそうなんだが……流石に近衛騎士団長を殺しちゃ拙いだろ」


 アウリが振り返って不思議そうな顔をする。


「何故です?」

「何故って、国から追われるだろう?」

「それが何か?」


 アウリから問われ、ジガンは言葉に詰まった。

 リーデンシア王国から“敵”と見做されたくないのは、家族が住んでいるから。理由としてはそれくらいだ。生まれた国ではないし、特別な思い入れがあるわけでもない。

 アウリやプルクラにとって、リーデンシアは偶々訪れた国である。黒竜の森と接していたから、ただそれだけの理由で。二人はどこへだって行ける。この国に義理立てする理由は一つとしてない。


 クリルだって似たようなものだろう。彼は巡礼神官として様々な国を訪れている。任期を終え、中央神殿の軛から解放された彼も、好きな所へ行ける。


 対して、俺はどうだろう?

 考えてみれば、家族に迷惑さえ掛からなければ、どこに行っても構わない筈だ。何なら家族を引き連れて行ったって良い。家族の生活基盤が整うまでは、討採者として食い扶持を稼げば良いだけの話。それくらいの甲斐性はある、と思っている。


「…………別に国から追われても何てことないな」

「そうです。プルクラ様はお優しいですから、みんなで違う国に行っても生活に困ることはないと思います」


 好きな場所へ気が向いた時に行ける。そこで稼ぐ手段も持っている。別に住む国に拘らなくて良いのだ。人はそれを「自由」と呼ぶ。

 知らず知らずのうちに、ジガンは自分で自分を縛り付けていたのだと気付いた。目の前に飛び切り自由な存在が居たのに。

 小憎たらしくて、時々優しくて、常識に疎いくせに鋭いことを言ったりする。絶大な力を持ち、火翼竜さえ従え、黒竜を父に持つ少女。


 真っ直ぐな少女。自分を「師匠」と呼んでくれる少女。


「あいつが居りゃあ、どこへでも行けるな」

「そうですよ? 今更気付きましたか、ジガン様」


 フフフ、と笑いながら、アウリは演習場に向き直った。いつの間に移動したのか、ルカインがジガンの膝に乗って目を瞑っていた。ここにも自由な奴がいやがる。

 隣のクリルに目を遣ると、細い目を更に細めて微笑みを返された。全部聞いていたらしい。


 ジガンは照れ臭くなって、視線を演習場に戻した。そこでは、メディオ団長が嵐のような連撃をプルクラに浴びせているところだった。

 体をずらし、黒刀で弾き、その全てをプルクラは丁寧に捌いている。時折反撃の兆しを見せるものの、その度に小首を傾げて思い止まっている。


「クリル、あれ何してんだと思う?」

「私が思うに……ジガンさんのような技を出そうとしているのではないでしょうか?」

「俺の……?」


 なるほど。言われてみれば、プルクラは相手の攻撃を逸らして隙を作ろうとしているようだ。ただ、メディオが相当な腕前を持っているため、上手く隙を作れないらしい。


「ありゃあ俺でも手を焼くけどな。……そろそろ飽きるんじゃねぇか?」

「フフ。飽きる、ですか」

「ああ。あいつ結構飽きっぽいから」


 ジガンがそう言った直後、鋭い突きをプルクラが受け流し、メディオの体が僅かに前へ流れた。

 そこだ! ジガンが声を上げるのと、プルクラが黒刀で胴を撫でるのが同時だった。受け流しで相手の体勢を崩し、出来た隙を突くロデイア流の真骨頂。まだまだ粗削りだが、教えた期間を考えると驚くべき上達ぶりだった。


 ジガンの胸の奥に喜びと誇らしさ、そして少しの寂しさが湧き上がった。プルクラの成長に自分が関われたことが嬉しく、同時に自分の手から離れていくような気持ち。

 そんな複雑な感情を噛み締めていると、プルクラがメディオから目を離してジガンを見ているのに気付いた。少し鼻の穴を広げ、薄い胸を張っている。


 色々と台無しだなぁ。それじゃ褒めてもらおうとする犬みたいじゃねぇかよ。


 一方、鎧の胴部分を横薙ぎにされたメディオは、何事もなかったかのように後ろからプルクラに斬り掛かった。


「馬鹿、危ねぇっ!!」


 しかし、プルクラは後ろも見ずに黒刀を一閃する。キン、と澄んだ音がして、メディオの剣が鍔の所で切断された。

 先程の胴薙ぎは峰打ちであった。多少なりとも魔力を流している黒刀で斬れば、メディオの体が上下に分断されてしまうからだ。自分がやってみたかったことが成功したので、もう終わらせていいかな、とプルクラは思った。そう、彼女は飽きていた。


 剣が根元から()()()て一瞬呆然とするメディオの腹に、プルクラの後ろ蹴りが炸裂する。大岩が落ちてきたような「ドン」という重低音が轟き、メディオが文字通り飛んでいった。

 折り重なった騎士たちを超えた先に落ち、そのまま数十メトル(メートル)転がる近衛騎士団長。蹴られた瞬間に意識を失っていたようで、起き上がって来ない。


「ふぅ」


 周りを見渡せば、僅かな呻き声が聞こえる他は動く者もいない。プルクラは腰の拡張袋から鞘を取り出して黒刀を納め、再び拡張袋に収納した。二、三歩助走をつけ、観覧席に向かって飛び上がる。


 観覧席で演習場の阿鼻叫喚の様を見ていたのは、プルクラの関係者以外はブレント王子とその護衛騎士数名、そして近衛騎士団の事務方くらいだ。全部合わせて三十人もいない。彼らは一様に青褪め、プルクラが飛び上がったのをぽかんと口を開けて見ていた。


 そんな中、プルクラは元々座っていた席の前に降り立ち、正面からジガンを見つめた。その目が期待で煌いている。ぶんぶん振られる尻尾が見えるようだ。ジガンは内心で溜息をついた。


「……あの受け流しは良かったぞ」

「むふぅー!」


 ジガンがぶっきらぼうに褒めると、プルクラは満足そうに微笑みながら息を吐いた。


 演習場では、治療班が総出で騎士たちの救護に当たっている。人手が全く足りず、他の騎士団の治療班も呼ばれた。白衣を着た者たちが戦いの痕を走り回っている。騎士の中には意識が戻った者たちもいて、彼らは自分の足で歩いていた。


 見るともなしにその光景を眺めていると、視界の端に明るい金髪が映り込んだ。ブレント王子が四名の護衛を伴ってプルクラたちの方へ近付いてくる。

 護衛騎士は全員苦々しい顔をしているが、王子は笑みを浮かべていた。殿下の登場に全員立ち上がり、跪いて頭を下げる。敵対するつもりはないよ、というプルクラたちの主張を表したつもりだ。ちなみにジガンの発案である。


「顔を上げて立ってくれ」


 メディオ・ガッツフォルト近衛騎士団長が言っていた通り、本来であれば一国の第三王子と、ただの平民であるプルクラたちが直接言葉を交わすことなどない。それでも王子が目くじらを立てないのは、偏に彼の温厚な性格故だろう。


 プルクラたちは、ブレント王子の言葉に従ってゆっくりと立ち上がった。


「プルクラ、見事だった。正直に申すと、其方が何をしているのか殆ど見えなかったが……あの動きは魔術か魔導具によるものか?」


 王子は純粋な好奇心で尋ねているように感じたので、プルクラも本当のことを答える。


「あれは身体強化、です」

「身体強化? しかし騎士も使っていた筈だが」

「だいたい二十倍から三十倍を使ってた、ので」

「「「「っ!?」」」」


 プルクラの言葉に驚いたのは四人の護衛騎士たち。


「どうした?」

「いえ、人間の限界は十倍と言われていますので……」

「ほう。つまり、修練すれば其方と同様にそれ以上が使えるということか」

「それは止めた方がいい、です」


 プルクラの発言に、王子と騎士たちが怪訝な顔になる。プルクラは助けを求める目をジガンに向けた。説明が面倒になったらしい。


「殿下、ジガン・シェイカーと申します。発言の許可を」

「許す」

「人間の限界が十倍と言われているのは、それ以上になると肉体が損壊するからです」

「……なら、何故プルクラは使える?」

「彼女は、自分で自分を癒せるのです。壊れたそばから修復することで、規格外の身体強化を実現しています」

「治癒魔術を併用しているのか……しかし、そんなことが可能なのか? ……いや、実際プルクラは行っているのだから……」


 ブレント王子はぶつぶつと呟きながら自らの思考に沈んでいくように見えた。途中でハッ、と気付いたように顔を上げる。


「すまぬ。それでプルクラとの約束だが。見ての通り殆どの騎士が治療中だ。ファシオに謝罪するのも容易ではない。後日、正式な文書で謝罪させようと思うが、それで良いか?」


 そう言えば、そんな約束をした。多くの騎士をぶっ飛ばしてすっきりしたプルクラはもう忘れかけていたが。


「ファシオ、それでいい?」

「もちろんですわぁ」

「うむ。次に我が国の騎士団が其方らと関わらない、という話だが」

「ん……はい」

「其方らには我が国のために働いて欲しい、というのが本音だ」


 国益のことを考えれば、王子としてはそう言わざるを得ない。敵国に取り込まれるなどすれば目も当てられないのだ。一人で百人の騎士を無力化し、国内最強と言われる騎士団長さえ手玉に取る戦力である。敵に回すなど愚の骨頂であろう。


「爵位を授け、領地を与えても良い。爵位のみで官職に就くのでも構わん。そうすれば、反乱でも起こさない限り騎士団から干渉されることもないだろう」


 ブレント王子としては、他国に盗られる前にプルクラをリーデンシア王国に是が非でも縛り付けたい。だからこそ、国として出来る最大限の便宜を図るという話をしている。


「勿体ないお言葉、ですが、考えさせて欲しい、です」


 たどたどしくはあるが、プルクラは真摯に答えたつもりだ。爵位など欲しくもないが。そのことは王子にも伝わっている。


「無論考えてくれ。無理強いはしない。断るとしても、我が国が其方らの味方であることは約束する」

「ありがと……ございます」


 言外に「敵になってくれるな」と釘を刺された。もとより、プルクラにそのつもりはない。今回の一件も、メディオ団長が絡んできたことが原因である。プルクラから近衛騎士団に喧嘩を売ったわけではないのだ。


「最後に、アルトレイ・クレイリア殿の居場所だったな?」

「ん、はい」

「それについては二、三日時間をくれ。こちらで宿を手配する。そこに逗留して連絡を待ってくれるか?」


 プルクラは仲間たちの顔を見て確認する。皆、軽く頷いて同意してくれた。


「分かっ……ました」





 騎士団の演習場は王城から南西に約二ケーメル離れた所にあった。王城を中心に南から西にかけて騎士団関連の施設が集中している。それ以外の部分には王宮とその関連施設が建っていた。

 これらは城壁に囲まれ、その外側全周が貴族の邸宅が集まる貴族街となっている。この貴族街も壁に囲まれており、その外側が所謂平民街である。


 プルクラたちは、騎士団の演習場を後にしてから二回、壁に設けられた門を抜けて平民街まで来た。ここまでは騎士団の地竜車で送ってくれた。

 平民街の中でも、貴族街を囲む壁に近い程、貴族や富裕層向けの店が多い。そんな中に、ブレント・リーデンシア第三王子が(直接彼が手配したわけではないだろうが)手配してくれた宿があった。


「「「ほぇ~」」」


 その高級宿の佇まいを見て、プルクラ、ファシオ、オルガが目を丸くして呆けた声を出した。

 磨かれて艶のある黒い石造りで、高さは十階建て。透明で巨大なガラスがふんだんに使われた入口には、壁との対比で青白く見える彫刻が飾られている。扉や窓の枠は金色に塗られ、くすみ一つ見当たらない。


「プルクラ様に相応しい宿ですね」

「そう……か?」


 したり顔でうんうんと頷くアウリと、建物とプルクラを交互に見て疑問を呈するジガン。プルクラだったら野宿でも文句は言わなそうだが、とジガンは思った。


「このような宿を手配するとは、さすが王族ですね」


 クリルが嘆息しながら意見を述べる。ジガンはそれに頷きながらも、気楽でいいなと嘆いた。


「……これ、もちろん殿下持ちだよな?」


 支払いのことが急に心配になったジガンがアウリに確認する。見るからに高級宿。しかも宿泊するのは七人と妖精が一体。妖精のことは勘定に入れないとしても、一人一泊大銀貨一枚(約十万円)は下らないだろう。つまり、七人で一泊金貨一枚(約百万円)超えても不思議ではない。


「あちらが手配したのですから当然そうでしょう。ただ……」

「ただ?」

「プルクラ様は自分で払うと言いそうですが」


 ブレント・リーデンシア第三王子からしてみれば、本音では王宮に招きたいところ、プルクラの心情を慮った上で国賓として遇する為の宿の選定である。近衛騎士団の非礼に対する詫びの意味合いもある。

 プルクラには、そういった機微がまだ分からない。ここで自ら支払いを行えば、王子の心遣いを無碍にすることも含めて。


「……そりゃ止めた方が良さそうだな」

「そうですね。まぁ、いずれにせよ殿下の采配がなければ宿泊が叶わない類の宿でしょうから」

「だな」


 建物全体から醸し出される「一見さんお断り」の雰囲気はジガンにも分かる。高位の貴族やその紹介がなければ足を踏み入れることすら許されない宿だろう。


 こんな宿でゆっくり休めるのだろうか? 仕立ての良い制服を纏い、扉の両隣で笑顔を貼り付けて来客を待つ従業員たちの姿と、未だに「ほぇ~」と感嘆の声を上げているプルクラを見て、ジガンは深く溜息を吐いた。

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