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43 騎士団の悪意

「ディベルトぉー。来た」


 北門でキースランの様子に疑問を感じながら、プルクラたちは北街区の職人街にあるディベルトの店までやって来た。前回王都を訪れた時、ジガンの剣を購入した店である。

 キースランの他に二人の尾行者がいることには気付いていた。気配に敏感過ぎて街中でおどおどしてしまうプルクラが、尾行者に気付かない筈がない。アウリとジガン、クリルも店の近くで気付いたようだ。無暗に怖がらせないため、ルカインやファシオたちには何も言っていない。


「誰……おー、お嬢ちゃんか! 今日はまた大人数で来たな」

「迷惑?」

「いや、見ての通り暇だからな。問題ねぇ」


 店主であるディベルトの言う通り、プルクラたち以外に客はいなかった。


「それで、今日はどうした? また剣が欲しいのか?」

「んーん。クリル、ファシオ」


 プルクラに呼ばれた二人が横に並ぶ。


「えーと、女の子がファシオ。短刀を二本欲しい。こっちはクリル。武術家向きの武器と防具ある?」

「短刀はそっちの壁にある。適当に見てくれ」

「はぁい」


 ファシオが示された壁の方へダルガ、オルガの二人を連れて向かった。


「それでクリルってのか? あんたは素手で戦うのか?」

「はい、そうですね」

「拳と足は両方使うのか?」

「頻度としては拳が多いですが、足も使います」

「なるほど……」


 ディベルトは腕組みをして少し考える。


「ちょっと待っててくれ。奥にいいのがあった気がする」


 そう言ってディベルトが店の奥へ引っ込んだと同時に、店の扉が開く音がした。全員が目の端でそれらの人物を捉える。見るからに仕立ての良い服を着た若い男性と、目付きの鋭い中年の男性が二人。先程尾行してきた者たちとは違う。


 ジガン、アウリ、クリルの三人は入って来た者たちには目を向けず、さりげなくプルクラを庇う位置に移動した。ファシオは短刀を見るふりをしつつダルガとオルガに目配せし、援護に入れる場所に移動させた。ファシオ自身は後続がいないか扉に注意を向けている。


「態々私が足を運んだと言うのに出迎えもないのか。これだから平民の店は」


 若い男性が金髪をかき上げながらわざとらしく大声を上げた。“平民”と言うからには、彼は貴族なのだろう。二人の中年はその護衛か。その声に気付いたディベルトが店の奥から戻ってきた。


「……この店にはお貴族様のお目に適うような剣はございませんぜ?」


 ディベルトの口調は丁寧だが、暗に「お前に売る剣はない」と言っていた。


「それは私が決める。お前ではない。この店で一番高い剣を見せてみろ」


 ディベルトの真意が伝わらないのか、それとも理解する気がないのか。貴族の要求に、ディベルトは仕方なく壁に吊り下げられた一振りの剣を手にした。


(囲まれてるな)

(はい。私たちが狙いでしょうか?)

(俺たちって言うよりプルクラだろ)


 ディベルトが剣の柄を護衛の男に向けて渡そうとしているのを横目で見ながら、ジガンとアウリが他に聞こえない声量で言葉を交わした。


「プルクラ。外に大勢いるにゃ」

「ん」


 肩に乗ったルカインもプルクラに警告するが、彼女は疾うに気付いていた。


 護衛が貴族に恭しく剣を渡す。彼はそれを光に翳すように検分していた。


「店主、この剣はいくらだ?」

「へぇ、大金貨二枚です」

「このような剣が大金貨二枚だと? 装飾もないこの剣が? それはあまりに法外ではないか?」

「ですから、これは価値が分かる者にしか売れねぇと――」

「私には価値が分からないと申すのか!? この無礼者が!」


 護衛が左右からディベルトを拘束した。それを見たプルクラの拳がぷるぷると震えている。


「無価値な物を法外な値で売りつける、そのような悪徳商売を見過ごすわけにはいかぬ!」


 勿論、これは全て茶番だ。貴族の役割はプルクラに何らかの罪を着せること。北門から真っ直ぐこの店に来たということは、店か店主に何らかの縁がある筈だ。店主に無体を働けば、目的の少女が動くのではないか。貴族に暴力でも振るえば即座に騎士が雪崩れ込んで来る。そういう手筈になっていた。


 尾行者がいて、貴族が入店して、店が囲まれ、ディベルトが難癖を付けられる。あまりにも見え見えだ。クリルとアウリの二人がかりで、今にも飛び出しそうなプルクラを抑えている。ダルガとオルガが反対側に回り込んだのを確認し、ジガンがディベルトを助けようと僅かに移動した。


「あーあ。せっかく素敵な短刀が見つかったのにぃ。私のお買い物を邪魔するのかしらぁ?」


 その時、ファシオが貴族の後ろで声を上げた。両手に一本ずつ、短刀の柄を指で摘まんでぶらぶらさせている。それを見た護衛がぎょっとした。ディベルトを拘束しながらでは貴族を守れない。護衛たちは掴んでいたディベルトの腕を離し、貴族とファシオの間に体を割り込ませた。


「あらぁ? お買い物していいのぉ?」

「か、勝手にするがいい!」

「そうねぇ。その前に、試し斬りしていいかしら、ディベルトさぁん?」

「もちろん。うちの商品は全部試してもらって構わねぇ」

「うふ! ありがとぉ」


 ゆらり、とファシオの体が揺れて、次の瞬間には護衛の剣帯が切れた。もう一人の護衛が慌てて剣の柄に手を掛けようとするが、そこにはもう柄がなかった。

 ガチャンと音がして鞘に入った剣が、カツンと音がして剣の柄が、床に落ちる。


「き、貴様ぁ!?」


 二人の護衛はファシオを捕えようと前に出た。完全に護衛失格である。いや、元々彼らは貴族の護衛ではない。近衛騎士団の騎士が護衛のふりをしていただけだ。だが、近衛としてもこの動きは駄目だろう。

 ファシオは二人を揶揄うようにひらひらとその手を躱す。


「ディベルトさん、この短刀、とってもいいわぁ!」

「そうかい、そりゃどうも」


 護衛――騎士たちはファシオに翻弄され、拘束するのを諦めた。その滑稽な一幕を見て、プルクラの怒りも治まる。


「ディベルト、あの短刀いくら?」

「あー、二本で金貨一枚だ」

「ん。アウリ」

「はい、プルクラ様」


 アウリが腰帯に付けた革袋から金貨を取り出し、ディベルトの手に握らせた。その数、二枚。


「おい、多いぞ?」

「迷惑料です」


 アウリがにっこりと笑顔を向け、ディベルトが苦笑いする。


 騎士たちは貴族を間に挟み、店から出ようとした。ファシオが恭しく扉までの道を示しながら道を開ける。


「おーい。その剣持って行くならちゃんと金払えよー」


 その背中にジガンが声を掛ける。貴族は自分がディベルトの剣をまだ握っていたことに気付き、忌々しそうに投げ捨てた。


「おいおい、物に当たるなんて子供かよ」


 ジガンが剣を拾い上げ、傷が付いていないか確かめた。扉が乱暴に開けられ、大きな音を立てて閉じられる。


「さすがおやっさんの剣だ。傷一つ付いてねぇ」

「当たり前だ。剣は使ってなんぼだからな……おっと、探し物の途中だった」


 ファシオが床に落ちた鞘入りの剣と、剣の柄を拾い上げる。


「柄はまだしも、剣は使えるでしょうにぃ。もう要らないのかしらぁ?」


 バタン、と先程より大きな音がして扉が開けられた。今度は明らかに騎士の恰好をした男が四人。


「ビシュバルト家の護衛に暴行を働いた、プルクラという者がいるな?」


 剣帯と剣の柄を斬ったことが暴行になり、更にその犯人がプルクラになっている。この店を取り囲んでいる者たちは、どうしてもプルクラを悪者に仕立てたいらしい。


「アウリ。俺が時間を稼ぐから、プルクラとクリルを連れて転移で逃げろ」

「ジガン様……」

「ジガン、めっ」

「へ?」


 アウリに向けたジガンの言葉を聞きつけたプルクラが、ジガンを睨んでいた。


「ジガンは大切な……大切な……大切?」


 プルクラが言い淀み、最後にはジガンに問い掛ける形になった。ぶはっ、とジガンが噴き出す。笑われたプルクラが唇を尖らせた。


「言いたいことは何となく分かったぞ?」

「とにかく、ジガンを見捨てるようなことはしない。絶対」

「そうか……国を敵に回しても、か?」

「ん。国よりジガンが大事」

「そうか……そうか」


 ジガンは感慨深くプルクラの言葉を噛み締めた。だが、プルクラにとって「国」とは国境線に囲まれた地面に過ぎない。このリーデンシア王国に思い入れがあるわけもなく、何なら滅んでも構わないと思っている。滅ぼそうとは思っていないけれど。

 ただ、自分が関わった人間は見過ごさない。ファルサ村の住民やディベルト、キウリ・ペンタス子爵、あと人間ではないがチーちゃんとか。


「ファシオ?」

「はぁい?」

「さっきはありがと」

「……役に立てたなら良かったわぁ」


 真っ直ぐな感謝を向けられ、ファシオは照れながらそっぽを向いた。ダルガとオルガが、そんなファシオを生温い目で見ていた。


「おい、貴様ら! さっさとプルクラという者を差し出せ!」


 プルクラがリーデンシア王国と敵対しても構わないと考えているのなら、穏便に済ませようと気を遣う必要もないか。プルクラ以外の全員がそう覚悟を決めた。ルカインだけはまだよく分かってないようで、あわあわとあちこちを見回している。プルクラはそんなルカインを肩から抱き上げ、アウリの腕に預けるとすっと前に出た。


 プルクラが前に出ただけで、四人の騎士が後退りする。一瞥もせず、開いている店の扉から外に出る。

 そこでは、半円状に武装した騎士が取り囲んでいた。


「出てきた」

「お主がプルクラという者か?」


 真正面で、一人だけ走竜に跨っている男がプルクラに問い掛けた。


「そう。誰?」

「近衛騎士団団長、メディオ・ガッツフォルトだ」


 メディオと名乗った男が走竜から降りる。主要部分を覆う金属鎧は白く塗られ、濃い青で縁取りされている。腰には見事な装飾が施された鞘に入った長剣。齢四十過ぎ、ジガンより少し年上だろうか。茶色の髪は短く刈り上げられ、プルクラを捉えて離さない目は猛禽類のようだ。


「何か用?」

「「「ビシュバルト家の護衛に暴行を働いた罪だ!」」」


 メディオではなく、数名の騎士が声を上げる。それに対してプルクラは首を傾げた。


「ビシュバルト家の護衛って、誰? 護衛のふりした二人の騎士のこと? そことそこにいるけど」

「なっ、出鱈目を!?」


 ご丁寧に装備を着替えた先程の二人が騎士たちに混ざって剣を向けていた。プルクラは魔力で視ているので間違いない。


「つまり、罪を着せようとしてる?」

「フッ……フハハハハ! 平民が何と言おうと、騎士が正しいに決まっている!」


 護衛のふりをしていたと指摘された騎士が、プルクラの言い分を嘲笑した。


「団長。あの人が言ったことは本当? 平民の言うことは信じなくて、騎士や貴族の言うことなら信じる?」

「……愚かな。我々は国を守る騎士。同じ騎士や貴族の言うことを重んじるのは自明のことだ」

「……あなたが守る“国”に平民は含まれないの?」

「もちろん含まれる。だが信用度が違う」


 プルクラは痛みを堪えるような顔をした。メディオが言うことがこの国の真実なら、平民にはいくらでも無実の罪を被せられるということだ。それがまともな国の在り方とは思えない。


「冤罪作り放題の国。悲しい」

「冤罪などない。騎士は間違いを犯さないのだ。国の根幹を成す王族と貴族、それを守るのが私たちの使命」


 今、その間違いを犯している真っ最中なのだが。


「要するに、王族や貴族を守るために私を排除したい。だから罪を着せる。それはリーデンシア王国では許されること。そういうことでいいの?」

「それが私の使命だ」

「そう。じゃあ最後に一つだけ聞く。殿下もそう思う?」


 プルクラが発した“殿下”という言葉に、騎士たちが色めき立つ。メディオが怪訝そうに後ろを振り返ると、そこにブレント・リーデンシア第三王子と、彼の近衛騎士であるミスティア・リープランドの他、十名以上の騎士が佇んでいた。


「ブレント殿下」


 メディオが真っ先に王子に向かって跪き、周りの騎士たちがそれに倣った。


「良い、立て。ガッツフォルト、これは一体何の騒ぎだ?」

「はっ! この者は、殿下の救出に向かった騎士団に怪しげな術を使いました。国にとって非常に危険な人物です」

「その怪しげな術とやらで何人犠牲が出たのだ?」

「総勢四十名ほどの騎士と歩兵が一瞬のうちにグレイシア山麓の森まで移動させられました」

「それで犠牲者の人数は?」

「…………全員無事でございます」


 ブレント・リーデンシア第三王子は、その件についてミスティアから報告を受け既に知っていた。


「ふむ。では貴殿が危険と考えた根拠は何だ?」

「レイランド副団長が成す術もなく無力化されたからでございます」

「無力化……怪我をしたのか?」

「……いえ」


 メディオが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「貴殿の話を聞く限りでは、その少女は強大な力を持っているかもしれんが、少なくとも危険とは思えん。違うか?」

「し、しかし!」


 言い募ろうとするメディオから顔を逸らし、ブレント王子は真っ直ぐにプルクラを見つめた。そして自ら「危険がない」ことを証明するように、プルクラに歩み寄る。


「殿下!?」

「良い。プルクラ、と申したか。先程の答えだ」

「ん」

「我が国では、平民に謂れのない罪を着せることは許されていない。確たる証拠も無しに騎士や貴族の言葉だけを鵜吞みにして冤罪を生み出すことはしない。少なくとも私はそう考えている」

「ん。良かった」


 プルクラは警戒態勢を解いた。ブレント王子の返答によっては、メディオと騎士たちを焼き尽くすつもりだった。王都の貴族街と王城を灰燼に帰すつもりだった。


「それはそうと」

「ん?」

「これは純粋な興味なのだが。私を救った恩人がどの程度強いのか見てみたい」

「……?」

「このガッツフォルトと一対一で立ち合いをしてくれないか?」

「立ち合い……模擬戦? それとも殺し合い?」


 プルクラの発現に、メディオのこめかみに青筋が浮かんだ。


「お互い命を獲るのは無しだ。勿論強制ではない。このまま帰っても構わん」


 うーん、とプルクラが腕組みをして考えていると、ジガンがいつの間にか横に立っていた。


「殿下は団長の顔を立てようとしてるんだ。受けてやれ」

「えぇぇぇ……」

「お前、その顔は……止めろ」


 プルクラが物凄く嫌そうな顔をしたので、ジガンは笑いを堪えるのに必死である。

 何かを思い付いたかのように、プルクラがぽんと手を打った。


「ん。じゃあ団体戦しよ?」

「団体戦?」


 プルクラの提案をブレント王子が聞き返した。

 自分とメディオ団長だけが戦うのは見世物のようで嫌だ。「受けてやれ」と言い出したジガンも巻き込もう。他の仲間にも良い経験になるだろう。プルクラはそんな風に考えたのである。


「一対一で。こっちが七人だから、最大で七戦。最後に私と団長がやる。どう?」

「ほう。其方の仲間も模擬戦をやるのだな?」

「ん」

「それは面白そうだ」


 王子の鶴の一声で団体模擬戦が決まった。

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