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好きな人を友人に紹介しました

初めて会った君

作者: 天満月 六花


 チェリーの樹の花が咲いているのが窓から覗く。


 俺、アリオン・ブライトは自分の橙色に近い茶髪を少し掻き上げながら、灰褐色の瞳に白色の可愛らしい花を映した。


 ――この試験が終わったら、エーフィや姉さんと花見にでも行くかな……。


 きっとまだ幼い妹のエーフィは楽しんでくれるだろうし、姉も花は好きだ。

 母は仕事が忙しくて来れないかもしれないけれど一応聞いてみよう。


 そんな事を考えながら試験会場である学園の廊下を歩く。指定された教室まではまだ遠そうだ。

 その間にさっき別の試験場所だからと別れた友人を思い出す。


 『アリオンもかなり勉強してたし、一番上のクラスいけるだろ!同じクラスになろうぜ!』


 そう言った金の髪に榛色の目を持つ幼い頃からの友人、ユーヴェン・グランドは楽観的だった。

 俺がどうしようか迷っているのも知らず。


 今日は12歳から18歳まで六年間通う事になる学園の入学試験の日だ。


 9月の学園入学前、3月半ばに行われるこの試験はほとんどクラス分けの為に行われるものだ。この試験で学力をはかりクラス分けを行う。わざわざ試験をしてクラス分けをするのは、クラス毎に授業内容が変わってくるからだ。

 一番上のクラスは学力が高い者ばかり集まるクラスで授業内容もそれなりのものとなる。

 ほとんど、と言ったのは一応このクラス分けの試験には特に成績が良かった者を5月半ばに行われる王立学院の試験を受けさせる、という目的もあるからだ。

 しかし王立学院のレベルはかなり高いので俺には関係のない話でしかない。頭の良いユーヴェンでさえ王立学院はレベルが違うと言っていた程だ。


 ユーヴェンは王宮の文官を目指しているので一番上のクラスになりたいとずっと言っていた。

 王宮で勤めている人は学園に入学時からいい成績を収めていた人が多いらしい。

 特になりたい事もまだない俺は、少しでも選べる選択肢が増えるようにとユーヴェンの勉強に付き合っていたのだ。


 ――姉さんも自分が一番上のクラスだからって俺にもそうなりなさいって言ってくるし……。


 姉は母と同じ医師を志している。学園卒業後に王立大学の医療薬学科に入る為にかなり勉強しており、学年トップの成績を収めているらしい。


 だがそんな姉の弟の俺は勉強よりは体を動かす方が好きだ。一応母や姉にもいい成績はとっておいて損はない、と言われたからユーヴェンと一緒に試験勉強をしていたが……かなり疲れた。

 だから勉強を頑張らなくてはいけない一番上のクラスでいいのか、俺は迷っていた。


 ――授業内容ついていけんのかわかんねぇんだよな……。


 溜め息を吐いて考える。同じクラスになろうなんて能天気に言ってきていた、頭が良いはずのユーヴェンは教えるのがド下手くそだ。同じクラスになったってユーヴェンを頼りにはできない。

 今回の勉強だって一緒にはしていたが、ユーヴェンに教えを請うことはせずにわからない所はあいつの答えがどうやってはじき出されたのかを考えて自力で答えを出すか、どうしてもわからない時は姉に聞いていた。


 そんな感じの俺が一番上のクラスの授業内容についていけるのか……不安しかない。


 ――エーフィにも頑張ってって言われてっけど……。


 考えながら歩いていると人が増えてきた。ぶつからないように歩こうとした途端、少し肩が女の子とぶつかってしまった。


「ごめんね。大丈夫だったかい?」


 女の子に対してすぐに優しく爽やかに見える笑顔を浮かべて対応する。ぶつかった女の子は少しぽうっとした感じだ。

 喜んでもらえたみたいでよかったと安堵するが、ぶつかったのはこちらの不注意なので申し訳なく思いながら言葉を紡いだ。


「可愛い君にぶつかるなんて、申し訳ない事をしてしまった。怪我はない?」


 俺の言葉に更に顔を赤くした女の子は慌てて首を振った。


「い、いえ!大丈夫です!こちらこそすみませんでした!」


 そう言って周りに居た友達と慌てたように去っていく女の子達は可愛いと思う。


 俺にとって女性は尊くて可愛い存在となっている。


 父を早くに亡くしていた俺にとって、母も姉も妹のエーフィも、ずっと幸せで居て欲しい大切な人だ。


 女の子達が誰かにとってのそういった存在かもしれないと考えると、なるべく喜んでもらいたいなんて……いつしか思うようになっていた。


 俺が笑顔で物腰柔らかく接すると喜んでくれると、エーフィや姉の友人達から教えてもらった。とても喜んでみんな褒めてくれたのだ。

 それからは女性に対してはそうする事が癖のようになっている。


 自分の生来の性格や話し方とは違うので少し疲れてしまうのだが、喜んでもらえるのならどうって事はない。


 ――エーフィや姉さんにも褒められたから嬉しかったんだよな……。


 ふっと昔を懐かしむ。


 家族を思い出すとやっぱり入学してから大変でも一番上のクラスの方がいいんだろうか。

 ……まあ一番上のクラスになれる確証もない。自分のできる範囲でやるしかないかと考えながら、ポケットに手を突っ込んだ。けれど、そこに入れていた物の感触がない。


 ――あれ?ねえ……。


 ポケットを探って何も入ってない事に気づく。ザッと血の気が引く。焦って自分の他のポケットを探り、更に周囲を見回した。


 その時、少し高めの可愛らしい女の子の声が俺に届いた。


「あの、これ落としたわよ。貴方のよね?」


 後ろから掛けられた声に振り向けば、亜麻色の髪を肩で切り揃えている女の子が居た。


 その女の子の、とても綺麗な碧天のような青い瞳に一瞬目が奪われた。


 それでもすぐ、その子が差し出している物を見る。それは妹のエーフィが紙で作ってくれた、星を模した手作りのお守りだ。


 見つかった事に安堵して頬を緩めた。紙で作ってあったので落としてしまったらもしかしてゴミとして処理されてしまうかもしれないと危惧していた。


「俺のだ。ありがとう、助かった」


 お守りが無事だった嬉しさに思わず女の子相手だったのに素で返す。


 ――しまった。いつもはもっとちゃんと褒め言葉を添えながらお礼を言うのに。


 内心焦る。エーフィのお守りを拾ってくれた恩人だし、この子が喜んでくれるような言葉を考えなければ。


 俺がそんな事を考えていたら、その子は綺麗な青い目を優しく細めて微笑んだ。


「ふふ、どういたしまして。大事なものなんでしょ?しっかり鞄にしまっておいた方がいいと思う」


 微笑みながらエーフィのお守りを俺の手に握らせてくれた。少し触れたその子の俺よりも小さい手に、心臓が跳ねる。


「じゃあ、試験お互いに頑張りましょ」


 俺よりも少しだけ低い身長の彼女の瞳はよく見えた。よく晴れた晴天のような色の、綺麗な碧天の瞳。


 暫しその綺麗な瞳を、自分の灰褐色の瞳で見つめてしまった。


 そうしていると彼女は笑ってから離れて行こうとするので、俺は慌てて動き出す。


 何故かずっと、頭も体も動いていなかった。


「本当にありがとう!頑張ろうな!」


 そうお礼と返事をすると、彼女はまた優しく笑ってくれた。


 去っていく彼女の亜麻色の髪が揺れているのを見ながら俺はエーフィのお守りを大事に握った。そうしてあの子に言われた通り、鞄の中に大事にしまう。


 ――可愛くて綺麗な子、だったな……。


 しかも俺は女の子相手に素で答えてしまった。あの子はそれでも笑ってくれたけれど、本当はもっと褒め言葉を言った方があの子も喜んでくれたんじゃないだろうか。


 でも……俺の素でも微笑んでくれたあの子に嬉しくなった。


 ――あの子は俺の事なんて知る由もないから、当たり前なんだけど……。…………同じ、学園なんだろうな……。


 ここの入学試験にいるということは同じ学園で同じ学年という事だ。できれば同じクラスになってあの優しい可愛くて綺麗な子にまた会いたいと思った。


 ――入学試験、頑張るか。


 サラリとした亜麻色の髪と綺麗な碧天の瞳のあの子は賢そうだったし、ユーヴェンと同じような試験勉強用の本を胸に抱えていた。もしかしたら頭が良くて上のクラスを狙っているのかもしれない。


 どうしようか迷っていた気持ちは無くなっていた。今はできればあの子と同じクラスになりたい。その為なら入学後に苦手な勉強を頑張る事ぐらい苦ではないと思う。


 ユーヴェンの入学試験の勉強に付き合わされた事をその時初めて感謝した。


 ***


「はじめまして。ローリー・ガールドです。よろしくお願いします」


 クラスに入った時にすぐに目に入った亜麻色の髪と碧天の瞳を持った子の自己紹介を、頭の中に刻み込む。


 ――ローリー・ガールドさん……か。


 名前まで可愛くて綺麗だと思った。


 入学当日、ユーヴェンと一緒に教室に入るとあの子がいて、それがどれだけ嬉しかったか。

 同じクラスになったユーヴェンはやる気なさそうだったのに頑張ったんだなと言っていた。……意外と俺が試験当日迷っていたのをわかっていたらしい。

 けれど、その頑張った甲斐があった。


 もう一度お守りを拾ってくれたお礼を言いたかった。いつ言い出そうかと考えていると、たまたま廊下で一人で歩いていた彼女を見つける。俺も同じクラスにはユーヴェンしか知り合いがいないし、彼女は一人もいなかったのかもしれない。

 そう思いながらユーヴェンにちょっと離れる事を告げて彼女のもとへと向かった。


 呼び掛けようとして、少し止まる。なぜだか呼び掛ける為に彼女の名前を呼ぼうとしただけで緊張した。


「が、ガールドさん」


 そう呼び掛けると彼女がこちらを向いた。綺麗な碧天の瞳に、俺が映る。


「えっと……ブライトくん、だよね?」


 彼女に自分を呼ばれた事に、なんともいえない気持ちが湧き上がった。

 その気持ちが分からなくていつもはすらすらと出てくるはずの褒め言葉が出てこない。


 ――お礼、言うんだし……素のままでも、いいか……。


 そう考えると少し落ち着いた。彼女には入学試験の時、素で接してしまっている。態度が違い過ぎると混乱させてしまうかもしれない。


 ――覚えられているかもわかんねぇけど……。


 覚えられていないなら少し寂しいけれど、お礼はちゃんと言っておきたい。

 そう思いながら口を開いた。


「うん。あの、俺……入学試験の時、ガールドさんにお守りを拾ってもらったんだ。あのお守り、エーフィ……妹の手作りのお守りだったから助かった。改めてお礼を言いたかったんだ。ありがとう」


 流石に初対面なのでなるべく丁寧な口調を心掛ける。


 ガールドさんは俺の言葉に大きな目をパチクリとさせた後、優しく微笑んだ。それに、こくりと息を飲んでしまった。


「ふふ、別にあの時もお礼言ってくれたから大丈夫なのに。ブライトくん、妹さん大事にしてるんだね」


 その優しい言葉に、少し胸が詰まる。彼女が自分を覚えてくれていた事が、心の底から嬉しい。


「あー……エーフィ、妹すげぇ可愛いから……。まだ六歳なのに、頑張ってお守り作ってくれたのが嬉しかったんだ。だから失くしてたら、落ち込んで試験どころじゃなかったと思う……」


 首の後ろを掻きながら思わずそんな事を話す。実際に失くしていたら試験どころじゃなかったし、家に帰ってからもエーフィに平謝りしていただろう。エーフィも絶対に泣いてしまっただろうし……。

 それに……あの出来事がなければ、ガールドさんと同じクラスになれなかったかもしれないと思う。


「ふふ、ならよかった。……実はね、私もおんなじようなお守りを昔お兄ちゃんに作った事あったの。だから……妹としては失くされたら嫌だなって思って拾ったんだ」


 嬉しそうに笑ったガールドさんが少し眩しく思えて、目を細めた。


「はは、そっか。ガールドさんは妹なんだな」


 彼女の事が少しでも知れて嬉しい。


 こんな風に気を遣わない会話を女の子とするのも、家族やユーヴェンの母であるアンナおばさん以外ではかなり久し振りだった。

 なぜだかガールドさんとそう話せている、という事が楽しい。


 笑った俺に彼女も微笑んで答えた。


「うん。ブライトくんもいいお兄ちゃんなんだね」


「そうなら嬉しいけど……」


 頬を掻きながら少し自信なさ気に返した俺に、ガールドさんは柔らかく笑んだ。


「ふふ、お守り大事にしてくれてるんだもの。いいお兄ちゃんよ」


 たぶんこれは、ガールドさんの妹としての意見かもしれない。そう考えると湧き上がる喜びに口が緩む。


「そっか……。ありがとう」


「ううん。同じクラスだし、これからよろしくね」


 ガールドさんにお礼を言うと、そう言ってくれた。


「ああ。これからよろしく」


 そうして笑い合って、二回目のガールドさんとの話は終わった。


 ちゃんとお礼を言えて安心した。また話せた事が嬉しかった。


 これから同じクラスだ。また話す機会があるかもしれないと思うだけで心が弾んで、顔がだらしなく緩んだ。


 ――ガールドさんとまた話せんの、楽しみだな。


 そう考えながら俺は教室の中にいるユーヴェンの所へと戻る。足取りは弾むように軽かった。


 廊下の窓から見える空は、ガールドさんの瞳のように碧く澄んでいた。



 浮かれていた俺は、自分がいつも女の子相手に丁寧に接しているせいでなかなか話し掛けられず、なぜか先にガールドさんと仲良くなったユーヴェンに紹介されてからやっとまた話せるようになるなんて事は想像もしていなかったのだ。


 そして俺がこの時の淡い想いの正体に気づくのは七年も後になるなんて事も、夢にも思っていなかった。




読んで頂きありがとうございます。天満月立花です。

『好きな人を友人に紹介しました』の前日譚になります。

この話から7年後の話が上記の物語です。

『好きな人を友人に紹介しました』はローリー視点が多めの物語になっています。

気に入って頂けたら『好きな人を友人に紹介しました』も読んで頂けると嬉しいです。


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