座敷わらし
昔の話。おれが田舎に引っ越したばかりの頃。
友達ができなかったらどうしようなんていう小学生のおれの不安は、どこにあってどこに消えたのかってくらいすぐに仲良しの友達ができた。
どこか近しいところがあったからかもしれない。他の子は田舎者丸出しって言い方は良くないかもしれないが、ガサツであり、一歩引いてしまうのだ。(いや、今考えても犬の糞を手づかみするのはやりすぎだ)
そいつはこっちの心に土足で踏み込むような真似はしない。ちゃんと距離が測れるやつだった。
転校して間もない頃はズケズケガシガシと遠慮なく絡んできた連中も、おれがノリが悪いからか次第に遠のき、おれはそいつとばかり遊ぶようになった。
ある日、そいつに「家に来ない?」と誘われたおれは、二つ返事でオーケーした。
で、家の前に着いたときに、おれはそいつと仲良くなった理由がなんとなくわかった。
「でっけーなお前の家!」
「はははは、まあね」
大きい上に多分、新築ではないだろうがリフォームしたのか、綺麗な家だった。かなりの金持ちなのだろう。だから都会ってほどでもないけど他所から来たおれとどこか似た空気があったんだ。聞けばやはり時々家族で都会まで買い物とか行くらしい。
そいつの部屋にはゲームやら何やら今、社会で流行っているオモチャがたくさんあった。おれは現代社会との繋がりを久々に感じてホッとし、おれたちはお菓子を食いながら遊びに遊んだ。
「ねえ、すごいもの見たくない?」
夕方近くになり、そいつがニヤニヤしてそう言った。なんだか『もう我慢できない』って感じにソワソワしていた。
多分、何かを自慢したいんだろう。と、思えばそいつは今の今まで自慢らしい自慢をしてきたことがなかった。多分、前にクラスの連中に自慢話してそれで煙たがられて自重することを覚えたんだろうとおれは思った。
これも付き合い。結構、遊ばせてもらったわけだし、おれが接待する番だなと我ながら生意気にもそう考え、「見たい! 見たい!」ってノってやることにした。
「じゃあ、来て!」と、そいつは踊り出しそうな勢いで部屋を出て行った。おれはお菓子の残りを一掴みポケットに入れ、後に続いた。
「ここだよここ。あ、内緒だからな」
「うん」
案内されたのは、そいつの家の敷地内にある蔵だった。古めかしいが木製で立派な屋根があり、もはや家だ。
すげーなぁ、とおれが本心からそう言うと、そいつはウキウキした様子で「まだだよまだ!」と言い、鍵を差した。
「座敷わらしを見せてやるよ」
それに対し、おれはなんて返したか覚えていない。多分「へー」とかだったと思う。
嫌な音を立てて開いたその扉の向こうに一歩足を踏み入れた瞬間、おれの頭に同時に色々な思いが浮かんだのだ。それを並べると
――犬臭い。
――暗い。
――埃っぽい。
幼稚園の頃、ポケモンを見せてやるって言った友達がいたな。芋虫の。で、見に行ったらそれはただの蝶の幼虫だった。アニメのポケモンがこの現実に生きて、動いていると想像していたおれはひどくがっかりした。
「へへへ、こいつがうちを金持ちにしてくれたんだって! 内緒だぞ! ほら、近づいて見てみろよ!」
と、おれはそいつに背中を押され、座敷牢に近づいた。
――あれは人形。
――等身大の子供の。
――汚い着物を着た。
違った。おれはヒッと小さな悲鳴を上げ、息を呑んだ。
座敷わらしはのろりのろりとおれの傍に寄って来て、牢の間から歪な手を差し出したのだ。
「なー! すげえだろ、あ! おい勝手にやるなよ!」
おれがさっきポケットに詰め込んだ個包装されたお菓子を取り出し、その手に乗せると、そいつは嫌そうな顔をした。
座敷わらしの顔は髪の毛に隠れていて見えないが、多分喜んでいた。
「もしこれでお前の家に行ったら返せよ。おれが親に怒られちゃうんだからな。まあ、大丈夫だとは思うけどさ。はい、おしまいおしまい。ドッチボールやろうぜ!」
そいつはおれがお菓子をあげたことを余程危険視したのか、おれの背中をぐいぐい押して蔵から出た。
扉が閉まるその瞬間。座敷わらしは手を伸ばし、自分も遊びたいと言っているように見えた。
その後、その座敷わらしが、そいつの家がどうなったかは知らない。
おれはまた引っ越したからだ。あの田舎に引っ越した当初、父親の会社が潰れ、うちの経済状況はかなり悪かったらしい。でも再起の目途が立ったからまた引っ越しを、と後から聞いた話だ。
お菓子をあげたあの瞬間。おれの指と座敷わらしの手が触れ、ゾワッと鳥肌が立ったのを今でもよく覚えていて、おれはそれが幸運を分けてくれた証だと思い、感謝もしている。
そう、だからあれは本物。本物の座敷わらし。そうに違いない。たまに「あれは夢だったか」とも思うけど。
座敷牢の中。無理に一箇所に留まり続けた座敷わらしはやがて成長し、疫病神に。
そんな話があったかな。なかったよな、多分。