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終末のメリッサ  作者: 咲洲ルカ
第1話 怪物の影
4/10

-4- 噂と足取り


 調査に協力することを決めた僕は、怪物の噂と並行して行方不明事件についても情報を集めることにした。僕と榊氏は「怪物騒動と行方不明事件は関連している」という前提で調査にあたるのだ。単なる行方不明者の捜索は警察にやってもらえばいい。


 怪物について僕らが持っている情報は「音楽棟の裏で、怪物の影を見た」という噂そのものだけだった。

 音楽棟は淵大の構内南東部にある建物だ。目撃場所がわかっているだけ調査の方針が固めやすい。近いうちに現場を訪ねよう。


 鈴原さんの目撃情報については人文科の講義で学窓をともにする女生徒に聞き込みをすることにした。


 昨日榊氏に協力意思を伝えたのが木曜日なので、今日は金曜日だ。

 さていつから調査に取りかかろうか。


 朝一の講義で馴染みの友人たちと合流し受講の準備をしていると、最近聞いた覚えのある声が背後から聞こえてきた。


「おはようございます。調査の進捗はいかがですか」


 僕は驚いて振り返る。

 やはりというか、この艶やかな声の持ち主は東雲さんだった。


「東雲さんがなぜここに?」


「監視……もとい調査の補佐です。榊さんから言われまして。あなたが受講していそうな講義は、授業要覧を見れば予想がつきますから」


 穏やかでない言葉が聞こえた気がするが、気のせいではないだろう。探偵のような、もしくはストーカーのようなことを堂々と言うところは風変わりだ。


 今まで女っ気のなかった僕が東雲さんと話しているのを見て、友人たちは色めき立っていた。いつの間にこんな綺麗な女性と仲良くなったのか、と嫉妬にも聞こえる声が佐藤から聞こえてくる。


 少々置いてけぼりになっている彼らに、噂について聞いてみる。


「怪物の噂について、何かご存じありませんか」


「怪物? そういやサークルの先輩が見たかもって言ってたな」


 佐藤と鈴木は噂以上のことを知らなかったが、高橋が知っているようだった。


「なんのサークルかって? 軽音だよ。最近練習に出てねーからやべーわ」


 詳しく聞くとその先輩の名前と連絡先を教えてくれた。


 基礎教養の講義が終わったあと女子グループに鈴原さんのことを尋ねる。内向的な僕は緊張したが、東雲さんがいてくれるおかげで気が楽になる。話題が決まっているので進行もスムーズだ。


「ミホのこと? 火曜の考古学までは一緒だったけど。そのあとはサークル活動で分かれたよ。ミホは吹奏楽」


 女子グループの一人が答えてくれる。ミホというのは鈴原さんの下の名前らしい。


「家に帰ってないって聞いたけど……大丈夫かな」


 鈴原さんのことを心配しているようだ。優しい人だ。


 離れたところから、オトコと駆け落ちでもしたんじゃないの、などと心無い声も聞こえてくる。「カップルで探偵の真似事?」などとからかわれたりもしたが、笑ってごまかす。ついでに怪物騒動についても聞いたが、収穫はなかった。


――――


 高橋から情報をもらった僕らは、怪物の目撃者である水谷という先輩から話を聞くことにした。


 アポイントをとって昼休みに水谷さんと会う。昼食もかねて待ち合わせは食堂にしたが、できるだけ静かな席を選んだ。


「あんたが連絡をくれた荻山くん?」


 僕の身形を連絡しておいたおかげで、向こうから声をかけられた。尤も、顔が知られる東雲さんと一緒だからかもしれないが。


「そうです、荻山です。今日はよろしくおねがいします」


「水谷だ。よろしく」


 お互い軽く挨拶を交わす。


 水谷さんはミディアムレングスの髪を茶髪に染めていて、タイトなデニムパンツの上にオーバーサイズのネルシャツを合わせた、いかにも男子大学生といった出で立ちだ。


 彼は東雲さんの方を見るときに鼻の下が伸ばしていた。心情を隠せない人だ。


 情報料がてら、水谷さんに昼食を奢る。彼は金欠なのか、たいそう喜んで一番高いメニューを選んだ。僕はそれほど金に困っていないが、これは経費として榊古書店に請求しよう。


 僕たちは食事を終えてから、本題へと入った。


「では、怪物の話を聞かせてください」


 僕がそう促すと、水谷さんは静かに語り始めた。


 ――


 見たっていっても文字通り影だけなんだ。一週間前、練習があった日だから水曜日だな。時刻でいうと19時頃だ。バンドメンバーとの練習の後、音楽棟横の喫煙スペースで一服していたときのことだった。煙草を半分吸ったあたりで音楽棟裏の方が明るくなったんだ。懐中電灯か何かの光だと思う。そのときは警備員が巡回でもしているのかと思って気にも留めなかった。でもそちらの方からギターの弦が切れたような変な音が聞こえたから一瞬そっちを見たんだ。そしたら角の先から何者かの影――人間にしては妙に腕が長かった――が見えた。呆気にとられてるうちに光が消えて影も見えなくなったから、煙草を消してから裏に回ったんだけど、そのときには誰もいなかった。それから怪物の噂を思い出して、もしかしたらあれが怪物だったのかも、って思ったんだ。


 ――


「他に覚えていることはありますか」


「見たものは言った通りだしなあ。……そういえば変な匂いがしたな」


「匂い?」


「電子たばこみたいな甘い匂い……、あと生焼け肉みたいな生臭い感じ。電子たばこ吸ってる奴の横で生焼け肉を口に入れた感じの匂いだな、うん。ちょっと気分悪くなったぜ」


 僕はそんな匂いを経験したことがなかったのでイメージが湧かなかった。正直なところ、水谷さんから微かに漂う煙草の匂いもごめんだ。


「お話を聞かせていただきありがとうございました。

 また何か思い出しましたら教えてください」


 そう締めの挨拶をして、水谷先輩と別れた。


 ――――


 調査のあてがなくなった僕らは、土曜日の午後に怪物目撃の現場であろう音楽棟を調査することに決めた。やや緊張するが、昼間の目撃情報はないから、突然怪物と遭遇することはおそらくないだろう。


 音楽棟は大学構内の南東寄りに位置している3階建ての建物だ。基本的に大学構内の建物の周りは舗装されていて、音楽棟も例外ではない。建物を囲むようにアスファルトの道になっている。


 芸術関係の講義やサークル活動で使われるようだが、僕は縁がなく入ったことはなかった。


 音楽棟の東端北側にエントランスがある。自動ドアをくぐると、すぐ横に窓口があった。警備員と思われる職員がぶっきらぼうに挨拶してくる。


「使い方わかる? 空いてる部屋、予約してね」


 とんとん、カウンターに置いてある書類を指す。窓口には部屋番号ごとのスケジュール表があり、そこに利用者の名前を記入して予約する運用のようだ。平日は主に夕方から、土曜日は午前中からよく利用されている。


 利用者の履歴を眺めて、心当たりのある名前が二つあった。


 一つは水谷さんの名前だ。先週の水曜日を含め、何回か名前が入っている。意外と練習熱心なようだ。


 もう一つは鈴原さんの名前だ。今週の火曜日の18時から19時まで、204号室を使用していた。偶然か、以降は使用されておらず、今も空いているようだ。


「行方不明の彼女の使った部屋、行ってみましょうか」


 僕は頷き、30分だけ予約して204号室の鍵を借りた。


 職員は「部屋を"そういう目的"で使っちゃダメだよ」と釘を刺しながら鍵を取り出す。僕らのことが"そういう"関係に見えたのだろうか。後ろで東雲さんが顔を顰めたようだが、僕は愛想笑いをして鍵を受け取った。


 音楽棟はよくある小中学校の校舎のように北側の廊下から南側の各部屋に繋がる構造になっている。


 狭い階段を上って2階へ移動する。階段は下にも続いており、地下1階が存在するようだった。


 204号室へ進み、鍵を開ける。部屋は4畳ほどの小部屋だ。はめ殺しの窓が一つだけあり、窓際に電子オルガンが一台置いてある。他には譜面台やメトロノームなどの小物が入ったキャビネットが置いてあるだけの簡素な部屋だ。おそらく近隣の部屋も同様のつくりだろう。


 広さを考えると二、三人が入るのが限度だ。

 一人で練習していたのかもしれない。


「二人だけでも結構狭いですね」


 そうですね、と東雲さんが軽い返事をする。彼女はキャビネットの中を漁っているようだ。


 窓から外を見渡してみると、音楽棟裏の小道と雑木林が見えた。雑木林は落葉樹と常緑樹が半々程度で、冬は陽当たりがよくなるようだ。傾いてきた西日が眩しい。見渡せる範囲に人通りはない。気になるものも特に見つけられなかった。


 僕が見る限りこの部屋に手がかりはなさそうだった。


「何も見つかりませんね。そろそろ出ますか」


 そう言って振り返ると、キャビネットの中身が手当たり次第に取り出され散乱していた。仕方なく片付けの手伝いをしようとしたときに「すみません、つい」と謝る東雲さんが少し可愛かった。


 散々物を動かしてあとでちょっと遅い気もするが、念のため部屋の様子を何枚か撮影しておくことにした。

 部屋を様々な角度で撮影していると、東雲さんが画角に入る角度があった。


「東雲さん、映り込んじゃってます」


――から退いてください、という意味で言ったのだが、彼女は真顔のままカメラに向けてピースサインのポーズを取った。


 相変わらずよくわからない人だ。僕は訂正するのが面倒だったのでそのままシャッターを切った。



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