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異世界恋愛系(短編)

趣味と実益を兼ね美形の追っかけをしている男爵令嬢です。公爵令嬢の命令で王子さまに粉をかけたところ、逆に追われてしまい人生が終わりかけています

「トレイシー、君と一緒にいればきっと楽しい毎日を過ごすことができると思うんだ。僕の隣にこれからもいてくれないかな」

「あら、何をおっしゃるのかしら。私たちはあくまでただの学友。過ぎた言葉でございます」

「僕と君とは将来を誓い合った仲じゃないか」


 焦ったようにすがりつこうとする男性から距離をとり、トレイシーは微笑んだ。


「申し訳ありませんが、そのような事実はなかったかと」

「僕を騙したのか!」

「人聞きの悪いことをおっしゃいますのね。私は勉学に励む姿を尊敬しておりましたのに。何より、あなたさまには素晴らしい婚約者さまがいらっしゃるではありませんか。今の言葉は聞かなかったことにいたします。早く婚約者さまの元にお戻りくださいませ」


 困ったように頬に手を当てたトレイシーの言葉に、青年は戸惑いながらもその場を後にする。


「ハニトラ耐性は弱め、とはいえ激昂せずに利益を見定めることができるという点で、理性はまあまあというところかしら。奥方となるご令嬢が手綱を引き締めていれば、円満な家庭が築けそうね」


 少女は頭の中のそろばんを手早く弾きながら、鮮やかに笑った。



 ***



 王立魔法学園に通う男爵令嬢トレイシーは、自他ともに認める節操なしである。美形がいると聞くと、追いかけて確かめずにはいられない。


「不細工と美形なら、美形を見たいじゃない」


 そう平然とのたまうくらいには美形が好きである。とはいえ、彼らとの結婚を目指しているわけではない。優良物件には既に婚約者がいるし、略奪婚をしたところで結局また浮気されるだけだ。彼女は趣味と実益を兼ねて、今日も楽しく美形に粉をかけるのであった。


「イーディスさま、調査結果が出ましたのでご報告に参りました」

「あら、ありがとう。これで、あちらの派閥のお嬢さんに揺さぶりをかけやすくなるわね。この男の能力も悪くはないみたいだから、こちらに取り込むためには……」


(イーディスさまに敵対するなんて、バカなひとたちもいるものね)


 トレイシーの趣味は先ほども述べた通り、美形の追っかけである。では実益とは何なのか。彼女は追っかけの最中に見つけた各種情報を学園内の最大派閥を形成する公爵令嬢イーディスに提供する代わりに、さまざまな便宜を図ってもらっているのだった。


「次回の茶会で使用するドレスよ。わたくしのお古など着ずとも、新しく仕立てればよいのに」

「イーディスさまのものを下げ渡していただくことで、庇護下にあることを周囲の皆さまに印象づけられますので。おかげさまで、男性に無体を働かれずに済んでおります」


 美形を見るのが好きだからといって、それ即ち男好きという意味にはならないはずだが、下半身だけで物を考える男性陣は想像していたよりも多く存在する。イーディスの名前を匂わせていてもそうなのだから、無防備な状態で出歩く気にはなれなかった。


「欲しい物があったら、何だって言ってちょうだいね。あなたになら王太子妃の座だって安心して渡せるもの」

「お戯れを」

「あなた以上に相応しい女性はいないって、本当に思っているんだから」


 トレイシーはイーディスの言葉に小さく頭を下げた。



 ***



 報告を終えると、ふたりは高位貴族のみが立ち入ることのできるサロンに向かった。本日は、イーディスの派閥に属する令嬢たちを招いての茶会である。トレイシーは先ほどイーディスに渡したものとはまた別の資料を取り出し、前方の令嬢に向かって説明を始めた。


「調査の結果ですが、件の伯爵令息さまは女の涙に弱い方でございます。逆にはっきりとした物言いをされる方や、積極的に場を取り仕切るような女性は苦手とされているようです」

「そんな……。彼のご両親はそういった部分こそが好ましいと……」

「もちろん婚約者のご両親にとっては、言葉通りなのでしょうね。奥さまの尻に敷かれる位でちょうど良さそうですから。扱いやすいと言えば扱いやすいですが、彼は婿入りする立場。結婚もまだのうちから愛人を囲おうとするような男では……」

「では、あなたのお勧めは?」

「個人的な考えですが、こちらの男性はいかがでしょうか。有力な商会の三男坊です。財産は持っていませんが、彼の頭脳そのものが財産とも言えます。正直、あの商会は彼が継ぐべきだったと思っていますよ。閑職に追いやられていますから、声をかければ喜んでこちら側に来るでしょう。特産品の販売経路の拡大にも貢献してくれるかと」


 立て板に水のように話す彼女を見て、不思議そうに令嬢が話しかける。


「前から思っていたのだけれど。各種有力物件を調べているのなら、どうしてあなたが相手と結婚しないの?」

「持参金なしで嫁ぐことなどできませんし、財産のない貧乏貴族の家に婿入りしてくださる男性もいらっしゃいません」

「もしかして職業婦人として生きるつもりかしら?」

「残念ながら、財政状況の悪すぎる貧乏貴族は官吏として採用されにくいのです。賄賂に負けそうだからでしょうね。それに弟妹のことを考えるとなかなか……」

「それならどうするつもりなの?」

「このなりですよ。ヒヒじじいの後妻になれれば御の字でしょう」


 髪をかきあげつつため息をついたトレイシーに、令嬢たちは顔をひきつらせた。


 ピンクブロンドの髪は尻軽の男好き。それが、この国の通説だ。


 一夜の遊び相手には最高だが、家庭を任せるには適さない。それゆえ高位貴族にピンクブロンドの女児が生まれると、小さい頃から染髪するのが習わしだったりする。かつては髪色を理由に娼館送りにされることもあったのだとか。


「まったく。だったらなおのこと、間諜みたいな真似をするなんて……」

「どうせ将来、年の差婚どころか介護要員として暮らすんです。頑張ったところで遺産を受け取れるかも不明なのですから、心の潤いのために学園内で美形との思い出を貯めておかなくては」

「さすがに遺産はもらえるでしょう?」

「あんまり欲をかくと、先妻のお子さんたちに殺されかねませんからね。ほどほどの贅沢をして、実家の援助をしてもらえたらそれ以上望むべくもありません」

「あなたも苦労しているのね」

「恐れ入ります」


 トレイシーは女生徒たちに感謝を示しつつ、紅茶に口をつけた。



 ***



 そんなある日のこと。トレイシーは再びサロンに呼び出された。珍しく考え込んだ様子のイーディスを前に、小さく首を傾げる。


「今回はどのようなご用件でしょうか。ここ最近、立て続けにイーディスさまのご友人の婚約者さまたちに接触しています。もし調査をするということであれば、少し間を空けたほうが成功率が上がると思うのですが……」

「そうね。ただ今回はあえてこのまま近づいてほしいの」

「理由をお伺いしても?」

「相手があなたのことを『おもしれー女』として認識しているからよ」


 ちっとも嬉しくない状況だが、顔をしかめることはない。その手の評判は慣れっこなのだ。


「私の評判を理解した上で接触を図ってきているのであれば、変な小細工をする必要はなさそうですし、こちらも楽しませてもらうつもりです。ところで、調査するお相手は?」

「わたくしの婚約者よ」

「殿下、ですか?」


 イーディスの婚約者である第一王子が王太子として見做されているのは、公爵家が後ろ盾になっているからだ。彼女が別の男性に乗り換えるというのであれば、政治バランスは大きく変化する。イーディスの父親である宰相は、政界の変化を望んでいるのだろうか。


「イーディスさま、まさか国を乗っ取るおつもりですか?」

「あなた、わたくしのことを一体なんだと思っているのかしら」

「策略謀略大好き、優しげな顔でえげつない作戦がお得意な頭脳派美女ですが」

「一応、褒めてくれているつもりなのね」

「美形は、男性も女性も目の保養です!」

「幸せそうで何よりだわ」


 調査対象が王太子ということで、さすがのトレイシーも考えてしまった。趣味と実益を兼ねるとは言え、命あっての物種である。


「あら、殿下の顔は好みじゃない?」

「いくら極上でも、興味本意でちょっかいをかけるにはリスクが大きすぎます。そもそも王太子殿下は資質に問題ありというわけではないのですよね」

「完璧過ぎて怖いくらいよ。人形王子の名前は伊達じゃないわ。ねえお願い、わたくしは王太子の人間らしさが見たいの。悪いようにはしないから」

「……承知しました」


 ここまでイーディスが食い下がるのであれば、引く気は無いのだろう。トレイシーは渋々イーディスの指示に従うことにする。


 髪色と美形が好きという発言からおバカに見られがちだが、最低限の常識は持っているトレイシーは、何事も起きないように密かに神に祈りを捧げた。



 ***



 えてして、神への祈りというものは聞き入れられないものである。王太子に接触を図ることにしたトレイシーだが、彼女は人生で初めて美形に声をかけたことを後悔することになった。完璧と名高い王太子に揺さぶりをかけるべく彼女は行動していたのだが……。


「きゃあ、ごめんなさい。私ったらうっかりしていてえ」

「大丈夫かい、かわいいひと。足を捻っていないか心配だ。よかったら、わたしの部屋で休むといい」

「いえ、大丈夫です」


(物陰からパンを口にくわえたままぶつかった不審な女を笑顔で学園内の特別室に連れ込む? 正気ですか?)


 うっかりぶりっ子口調を忘れてしまったトレイシー。そそくさと立ち去りつつ、次のハプニングを仕込む。あざとかわいいドジっ娘を演じるのは、ピンクブロンドの十八番である。


「そんなあ、どうしよう。うっかり転んで噴水に頭から落ちてしまったわあ。着替えもないし、困ったよお」

「大変だ。このままでは風邪を引いてしまうね。さあ、わたしの上着を着てごらん」

「……いえ、お借りしたところで上着も濡れてしまいますし、保健室の先生からタオルを借りてきていただければそれで十分なので」


(小石につまずいただけで、アクロバティックに噴水に飛び込む女を見ても平然としているなんて。あと、濡れた制服を勝手に脱がせようとするんじゃない)


 王太子に関わるたびに、トレイシーの疑問は深まっていく。


「殿下、こちら家庭科の調理実習で作ったカップケーキですう。よかったら、召し上がってください」

「ありがとう。もちろんいただくよ。お礼にこちらもどうぞ」

「これは?」

「薬学の実験で作った回復剤でね」

「ありがとうございます」

「一般的には、精力剤とか媚薬として流通しているんだけれど、女性が飲むと美肌効果があるからぜひ。必要だったら、わたしを呼んで」

「飲みませんし、呼びません!」


(毒味もなしにケーキにかぶりつくとかバカなの? それにあの発言。人形王子どころか、歩く猥褻物じゃないの)


 あっという間にトレイシーは音を上げた。イーディスの下で働くようになって初めてのことである。


「どうしましょう、イーディスさま。殿下に接触してみたのですが、無視されるどころか食いつきがいいんです。というか、食いつきが良すぎてそのまま押し倒されそうで身の危険を感じます。まさかあの方、女であれば誰でも良いのでは?」

「すごいわ、大発見ね」

「そこら中に隠し子がいるかもしれないと思うと、頭が痛いです」

「さすがにそれはないはずよ。血統の保全のためにある程度の管理がされているはずだから」


 婚約者相手とは思えないイーディスの口ぶりに感心していると、突然現れた王太子にトレイシーは捕まってしまった。なぜか笑顔で自分を置いていってしまったイーディスを、ひとりうらめしく見送る。


「わたしとではなく、イーディスとばかり楽しそうに遊んでいるなんて妬けてしまうね」

「イーディスさまは殿下の婚約者ですよね? 私がイーディスさまと仲が良いのはよいことなのでは?」

「わたしは不器用だからね。複数の妻を持つつもりはない。たったひとりを大切にしたいんだよ」


(冗談抜きで、殿下の部屋に入ったら部屋から出られなくなるのでは?)


 ふと頭をよぎった想像に冷や汗を流しながら、トレイシーはなんとかその場をやり過ごすのだった。



 ***



「色目を使う悪女め! 今度は一体何を企んでいる!」


 教室を移動していたトレイシーは、急に後ろから突き飛ばされて呆然としていた。目の前にはどうにもすさんだ雰囲気の男子学生が数名。


(誰だっけ、このひとたち)


 呆然としていたのは突き飛ばされたからではない。一瞬、本気で相手が誰なのかわからなかったからだ。


(雰囲気イケメンだと、すぐにメッキが剥がれるのね。落ちぶれてもなお美しい顔面の殿方にのみ手を触れられたいものだわ)


 一体どう収拾をつけたものか。できないことはないが、相手が雰囲気イケメンからただの不細工に成り下がってしまったため、ちっとも労働意欲が湧かないトレイシー。


 そんな彼女のことをどう判断したのか、彼らは自身に正義があるかのように騒ぎ立てる。そこへ王太子と公爵令嬢が現れたために、彼らはさらに饒舌になった。


「殿下は騙されています」

「わたしが騙されていると?」

「彼女は僕たちを散々に弄んだとんでもない女ですよ」

「わたくしの友人が?」

「彼女はあなたの友人のふりをしながら、殿下の婚約者の座を狙っていたのです!」


 事情を知っている人間からすれば噴飯(ふんぱん)ものな言い草に、トレイシーは困り顔をしつつ内心肩をすくめる。王太子はトレイシーの見たことのない表情で彼らを睨みつけると、無言でトレイシーの擦りむいた膝に回復魔法をかけてくれた。


「わたしからすれば、か弱い女性を悪し様にののしる君たちのほうがよほど信用ならないがね」

「ですが、殿下はあの性悪女(ピンクブロンド)の本性をご存知ないのです」

「性悪女だと? 彼女は令嬢たちが不幸な結婚生活を送ることがないように、男性の身辺調査を行なっているだけだが」

「調査結果に問題がなければ、調べられたところで痛くも痒くもないはず。婚約が解消されたというのなら、自省されてはいかがかしら」


 王太子と公爵令嬢の言葉に目を白黒させる元雰囲気イケメンたち。


「それにひきかえ君たちときたら。髪色だけで相手を判断し、思い通りにいかないとなると簡単に暴力を振るう。どこまで幼稚なんだ」

「ですが!」

「まったく不愉快だな」


 王太子が手で振り払うような動作をした瞬間、彼らの姿は唐突に消えてしまった。元雰囲気イケメンたちだけでなく、イーディスまで消えたことに動揺しつつ、トレイシーは王太子に質問を投げかける。


「殿下、最初からご存知だったんですか?」

「どうしてわたしが知らないと思ったんだい」

「それは……」

「君がわたしの興味を引こうとあれやこれや考える姿は、とても可愛らしいものだったよ。手放しがたくて本音があふれでてしまうほどに。そのせいで余計な心労をかけたね。ピンクブロンドへの偏見は知っていたがまさかここまでとは」

「王族ともあろうお方が、頭を下げてはなりません!」


 突然の謝罪にトレイシーは悲鳴をあげる。硬直した彼女の前に王太子はひざまずき、手の甲に口づけた。


「殿下、お戯れはおやめください」

「わたしは本気だよ」

「そうであればなおさら、このようなお姿を周囲に見せては」

「彼らが出て行った後から、ここは結界で閉じている。誰に見られることもない」

「殿下、考え直してくださいませ。あなたさまの地位は、婚約者であるイーディスさまあってのもの。せっかくの王太子という地位をみすみす捨てるおつもりですか」

「彼女とも話がついている。万一王太子という立場を手放すことになったとしても、わたしは構わない。他国の王族を嵌めたり、王家直属の暗部を取りまとめる以上に、君の隣で過ごす日々は心踊るものだったからね」

「あーあー、聞ーこーえーなーいー」


 さらりと国家機密を聞かされそうになり、トレイシーは必死で耳を塞ぐ。


(外堀を埋められてなるものですか!)


 幸せな結婚は諦めているトレイシーだが、未亡人になったあとの悠々自適な生活には希望を抱いている。間違っても、王太子妃という面倒くさい立場に立つつもりはない。


「男というのはね、逃げられると追いかけたくなるものなんだよ」

「お断りします!」

「覚悟しておいてくれ」

「ひいっ」


 慌てたトレイシーは、一瞬の隙をついて這々の体で逃げ出した。


 結界で閉じられている空間は、外部から侵入できないと同時に、術者が解除しなければ内部からの脱出もかなわない。トレイシーが立ち去ることができたのは、王太子が見逃してくれただけなのだと気がつかないままで。



 ***



「殿下、これは一体どういうことですか?」


 翌日、トレイシーは書類を片手にサロンに乗り込んできた。


「君には何に見えるのかな?」

「殿下との婚約を命じる書類に見えます。しかも国王陛下の署名入りの」

「よかった。急に文字が読めなくなったのかと心配したよ。ああ、万が一病気になっていたら心配だから、しっかり検査をしよう。大丈夫、わたしが全身くまなく調べてあげるから小指の爪ほどの異常だって見逃さないよ」

「逆に不安しかありません」


 ため息をつき、トレイシーは書類を王太子に突き返した。


「大体身分が全然違い過ぎるじゃありませんか」

「君はイーディスの妹になっているから問題ないよ」

「なぜ、イーディスさまの妹に?」

「姉になりたかったのかい」

「そういう意味じゃないですから。殿下の婚約者をすげ替えたら、他のみなさまが反発するに決まっているでしょう」

「ほぼすべての女性から、君をわたしの婚約者として認めると言質がとれている」

「そんな馬鹿な」

「情報収集で救われたご令嬢が多かったのだよ。女性たちは日常を通して政治を動かしているんだよ」


 頬を引きつらせたトレイシーは、サロンに到着したばかりのイーディスに泣きついた。


「イーディスさま、私が王太子殿下の婚約者になるようにという王命が」

「あら、陛下はお仕事が早いのね」

「どういうことですか」

「同年代は趣味じゃないのよ。わたくし、陛下と結婚することにしたから」

「は?」

「やっぱり殿方は、年上で包容力もある方でないと」


 ()()()()王妃の座も空いていたしねと、イーディスは片目をつぶってみせた。


「イーディスさまは殿下みたいな腹黒が義理の息子になってもお嫌ではないのですか!」

「殿下みたいな腹黒が夫になるより断然マシだわ」

「そ、そんな」


 床にへたりこみそうになるトレイシーを抱きかかえ、王太子は微笑む。


「トレイシー、君は悪女ぶっているが非常に素直で可愛らしい性格をしている。ここは大人しく、わたしで我慢しておきなさい。悪いようにはしないから」

「『悪いようにはしないから』ってその台詞、イーディスさまにも言われました!」

「悪いようにはしていないでしょう?」

「どこがですか!」


 トレイシーの言葉に、イーディスが立てた人差し指を左右に揺らす。


「お金はあるわよ。性格は面倒くさいけれど」

「性格悪いんですか?」

「王宮に君臨しているのよ。推して知るべしね。あとヒヒじじいの後妻になるよりはマシな結婚生活だと思うわ」

「そんな馬鹿な。殿下、絶対に絶倫ですよ。そういう顔してますもん! 無理、すり減っちゃう!」

「わたくしは、介護をしたあげく財産分与なしで追い出されるよりマシと言ったつもりなのだけれど」

「言いたい放題言ってくれるね。それでは、実戦で確認してみてはどうだろう」


 王太子の提案に腰が引けるトレイシー。


「イーディスさま助けて。置いていかないで」

「ごめんなさいね。わたくしも我が身が可愛いのよ」

「そんなあ」

「心配することはない。君は今まで通りでいいんだ。まあ、見目麗しい男性を君が愛でたいというのであれば、その後少しばかりわたしが悋気を起こすかもしれないが」

「目が本気なんですけれど!」

「まずはわたしの名前を呼んでくれるかな」

「美形はちょっと追いかけてみるだけで十分なんです!」


 後年、ピンクブロンドの髪を持つ女性は愛情深く貞淑な女性と評されることになる。その立役者となったとある王妃は、夫である国王に側室を取るように何度も提案したというが、愛妻家である夫は頑として首を縦に振らなかったという。

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バナークリックで、 『白蛇さまの花嫁は、奪われていた名前を取り戻し幸せな道を歩む~餌付けされて売り飛ばされると思っていたら、待っていたのは蕩けるような溺愛でした~』に飛びます。
2023年5月31日、一迅社さまより発売のアンソロジー『虐げられ乙女の幸せな嫁入り』2巻収録作品です。
何卒よろしくお願いいたします。
+注意+

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