第六話 ジムのトレーニング
「はぁっ、やっと倒した……」
赤チームの名声ポイントが0になり、他のチームがポケモンを置ける状態になった。
ゆかは肩で息をしている。楓は途中から戦うことをやめて、ゆかの画面に見入っていたのだが、あれから出てきたポケモンはいずれもみずの弱点であるでんきタイプのポケモンではなかった。どれも相手にとってこうかいまひとつのわざしか繰り出せないポケモンばかりだった。攻撃するときのパーティ選択画面を見てみると、ランダムで一貫性がない。
(なんだろう、このパーティは。めちゃくちゃだな)
パーティを自分の好きなように選べれば勝てたのに。そうは思っても楓の場合は育てが足りないという、それ以前の問題だったのだが。
「ポケモン置いた! ちょっとトレーニングしてくるね」
「トレーニング?」
「自分がジムに置いたポケモンとバトルして名声ポイントを上げることだよ! これは時間がかかるから、君は少し休んでてね」
* * *
(う~ん、わからない……)
どれもこれも原作のポケモンにはない要素だった。そもそも原作の場合、ポケモンを強化しようと思ったら野生のポケモンとバトルしてレベルを上げるか、ふしぎなアメやタウリンなどのチートアイテムを使って、ポケモンのレベルや努力値を上げる必要があった。
それがポケモンGOの場合はジムのトレーニングということになるのだろうか。
考えても仕方ない。
楓はすみこの待つベンチに向かった。
「お疲れさま、結構頑張ってたわね。はい、麦茶」
「あっ、すみません」
すみこの右手にはコンビニで購入したと思しき、ペットボトルが握られていた。
「少しだけ、いただきます」
ペットボトルのキャップを開け、飲み口から顔を離した状態で飲もうとする。
「全部飲んでいいわ。疲れたでしょう」
「そんな……悪いですよ」
「いいからいいから。こういうときは素直に受け取っておくものよ」
「はぁ」
恭しくいただくと、楓は麦茶を飲んだ。
冷たいお茶が五臓六腑に染み渡り、のどの渇きを癒していく。
「お母さまはジムバトルに参加されないんですか」
「私はポケモンを捕まえられればいいから。それとそんなにかしこまらなくてもいいわよ」
「なんとお呼びすればいいですか」
「すみこでいいわ」
「すみこ、さん」
「そうね。あの子は娘のゆか」
「僕、佐藤楓って言います。日本で一番ありふれた名字に木編のかえで」
「そう、よろしくね、楓くん」
離れたところで必死に画面をタップしているゆかを横目に、楓は奇妙な感覚に襲われていた。そういえば母親以外で年上の人とこんな風に話すのは初めてな気がする。
「あの子、頑張っているでしょう」
「えぇ、そうですね」
「昔はね、あんなに活発な子じゃなかったのよ」
意外な事実に、思わず楓は目を見開く。
すみこは目を細め、懐かしむように思いを口にした。
「引っ込み思案でね、自分のことを伝えるのが苦手だったの」
「そうなんですか……」
「だからかな、何とかしてあげようって色々やってはみたんだけど、うまくいかなくて。でもそのときに、ポケモンGOに出会ったのよね」
そういうことだったのか。
「ポケモンは昔から好きだったんだけどね。それが外に出て捕まえられるようになったって、すごく喜んでた。あの子のそんな顔、久しぶりに見たなぁ」
僕と同じだったんだ。
楓は初めてゆかと出会ったときのことを思い返す。
最初、親の後ろに隠れてもじもじしていたから、シャイなのかな? と思った。
でもそう感じたのは一瞬のことで、すぐに横から飛び出してきて――
初対面からぐいぐい来られても、不思議と嫌な感じはしなかった。
嫌じゃない、それはすみこに対しても感じたことだ。
「だからね、楓くん」
すみこがまっすぐ楓の顔を見つめる。
「ゆかと、時々でいいから遊んであげてね」
「えっ」
「あの子、あなたと一緒だと楽しそうだから」