第四話 チームを選ぶ
(画面の真ん中くらいでボールを離す)
慣れてくると、楓もボールをまっすぐ飛ばせるようになっていた。図鑑も少しずつ埋まっていく。
最近気付いたことでいうと、右下のポケモンたちが表示されるところをタップすると「かくれているポケモン」が表示されることだった。これは近くにいるポケモンを表示していて、まだ捕まえたことのないポケモンは黒っぽい影で表示される。なのだが
「うーん、これはどこにいるんだろう?」
影は見えども姿は見えず。そうこうしているうちにお目当てのポケモンが消えてしまった。
「せめてどのあたりに出てくるとか言ってくれればなぁ……」
楓がそう言ってしまうのも無理ないが、こればっかりはどうしようもなかった。当時の仕様は今と違って特定のポケストップ付近にポケモンがいることを示すのではなく、自分がいる場所から約100mの範囲内にポケモンの出現場所があることを示すものだったからだ。
「まぁ、後でいいか」
それよりも楓が気になっていること。それは所属するチームだった。フィールド画面上で自分のアバターが表示されている左下の丸いアイコンをタップすると、プロフィール画面が表示されるのだが、その背景がまだ緑色のままだった。
ただ捕まえるだけなら――
何の苦労もなかっただろうが、ポケモンGOにはジムという概念が存在する。そこに自分のポケモンを「ジム置き」し、ポケコインを1つのジムにつき10コインずつ稼ぐ。課金してポケコインを購入できないトレーナーは稼ぎの手段がそれしかないので、すぐに倒されないポケモンを配置するためにTL、いわゆるトレーナーレベルを上げる必要があった。アイテム購入に必要なポケコインを得るために避けては通れない道だったのだ。
その存在は楓も気付いていた。しかし、ジムをタップしてもウィロー博士から「君にはまだ早い」と言わんばかりに、けんもほろろな態度であしらわれてしまう。少なくともTL4まではそうだった。ところが今
『やぁ!ポケモンをたくさん捕まえて、ポケモントレーナーとしての経験を積んできたようだね。素晴らしい!』
ウィロー博士からありがたいお言葉を頂戴し、チームを選ぶ画面が表示された。夢中で捕まえているうちに、楓のトレーナーレベルはいつしか5になっていた。
* * *
頬を撫ぜる風が心地良い。楓が気付いたときには見知らぬ場所へ来ていた。本当はその間に坂を下りたり、上ったりしていたのだけれど。ポケモンを追いかけているうちに遠くまで来てしまっていたのか。
「どこかでいったん、休憩するか」
見つけたのは、うっそうと生い茂る草木が周囲から守るように公園を取り囲んでいる、そんな場所だ。神社の境内に繋がる公園にはシーソーやブランコなどもあって遊べるようにはなっていた。ただし、人影はない。これくらいの公園なら子供たちの声が聞こえてきてもよさそうなのに。ベンチもあるが木でできており、やや苔むした感じのする、年季の入ったベンチだった。その端には不釣り合いの電灯が丸く透明なガラスから光を放ち、煌々と辺りを照らしていた。
楓は手近なベンチに腰掛けると、改めてスマホの画面を見た。そこには3つのシルエットがあった。左から黄色、青、赤とある。黄色はインスティンクト、青はミスティック、赤はヴァーラーと書かれていた。
「ここから選ぶんだ」
それぞれのシルエットをタップすると、リーダーと思しき影が自己紹介をする。
『ヘイ!オレの名前はスパーク、チームインスティンクトのリーダーだ。
ポケモンは直感がじつに優れた生き物なんだ。
オレはポケモンの誕生にその秘密が有るんじゃないかとおもう、
オレのチームにジョインしなよ!
直感を信じれば百戦百勝だ!』
「なんとなくリア充っぽいな……」
黄色のツンツン頭のリーダーは超が付くほどポジティブな性格に見えた。
『わたしはブランシェ、チームミスティックのリーダー。
ポケモンの知恵は計り知れないほど深い…
そんなかれらが進化する理由、それを研究している。
わたしのチーム?
冷静に分析すれば、負けることなどありえない…』
「真面目で頭がよさそうだなぁ……」
青のリーダーは物腰が柔らかく、知的な印象を受けるが、その奥底には秘めた闘志がふつふつと湧き上がっているのが感じられた。
『わたしはキャンデラ、チームヴァーラーのリーダーよ!
ポケモンは人間よりも強くて、心が熱いの!
わたしはポケモンの強化を研究して、かれらと一緒に真の強さを探求しているわ。
このチームの鍛え上げられたポケモンがバトルで最強なのは間違いないわ!
準備はいい?』
「明るくていい人っぽいな……」
赤のリーダーは黄色のリーダーとは違った意味でポジティブだった。なんというかポケモンを信じている、そんな気がするのだ。
多分、どのチームを選んでもいいのだろう。チームリーダーの言葉を信じ、その第一印象から良さそうなチームを選んでもいい。でも、こんなときは――
楓はゆっくりと目を閉じた。
瞼を開けると、楓は海岸に来ていた。
寄せては返す波が静かに砂浜を洗っている。見上げると太陽が眩しく、澄んだ青い空にカモメがゆったりと飛んでいた。それは楽しかった子供のころの思い出だ。海岸近くの町に生まれ、自然が身近にあった。海のにおいが好きで、ただ岸壁から眺めるだけでも心癒された。友達と野山を駆け回っては泥んこになってふざけあった日々。絶対入ってはいけないと言われているところであればあるほど入りたくなる、不思議な気持ち。
「そうだな……」
チームの色は青にしよう。楓は迷わず中央のシルエットをタップした。