第二話 初めての出会い
「画面横にある電源ボタンを長押し、スイッチオンと」
スマホを箱から取り出し、取扱説明書を片手に電源を入れる。そのうち真っ黒な画面がきらきら光って機種のロゴが表示された。Androidスマートフォン、マーチ。楓が初めて購入した機種だった。
「えーっと、アプリがこのデスクトップに並んでいるやつだっけ?」
画面自体はガラケーと似ているが、スマホにはガラケーのように移動するための矢印キーや文字を入力するためのボタンはない。画面を操作するには、連絡帳などのアプリアイコンを指先で触って起動させる「タップ」と、指先を画面に触れたまま上下左右に動かして画面を移動させる「スワイプ」が基本動作になっていた。
「文字入力が面倒なんだよな……」
連絡帳はボタンで選択するのではなく、起動後のデスクトップ画面に表示されている人型アイコンのアプリをタップすることでそのスマホに登録された連絡先一覧が表示され、自分で連絡先を追加したり削除したりができるようになっていた。しかし、情報を追加するときに文字を入力するのがスマホ初心者の楓には手間だった。
まず入力方法がローマ字入力ではない。パソコンやガラケーを使っていたころは「教育」と入力するためにローマ字で「k y o u i k u」と入力すれば、画面には自動的にひらがなで表示されて、それを変換キーで漢字変換するだけでよかった。ところがスマホはデフォルトで日本語のかな入力になっており、「あかさたな」という感じでしか表示されていなかった。
スマホの入力方法でよく使われるフリック入力は、まず「か」をタップして「きくけこ」を表示させた後、「か」をタップした指をそのまま上下左右にスワイプさせて「き」だとか「く」だとかを入力する。新しい物好きの女子高生であればなんなくマスターして、しゃしゃしゃしゃしゃっと瞬間的に文字を入力することもできようが、いかんせん楓はアナログ時代から生きてきた昭和の世代だった。若くても急にはやり方を変えられない、意固地なところがあった。
「しょうがない、ググるか」
せっかくスマホを購入したのに、自宅のノートパソコンでインターネットに接続し、検索エンジンのGoggleを使って入力の仕方を検索してしまっている。
数分の格闘の後、ようやくかな入力からローマ字入力にできる「q w e r t yキーボード」なるものを見つけて、設定を変更することに成功した。これで画面上には「あかさたな」の代わりに「q w e r t y」が表示されて、「k y o u i k u」で「教育」が入力できるはずだ。
* * *
「ポケモンGOのアプリは……Goggle Playストアからダウンロード? あぁ、この三角の矢印アイコンか」
パソコンで検索した結果を表示させながら、スマホの画面と交互ににらめっこをする。ダウンロードしてインストールするまでは一瞬だったが、そこからが大変だ。ぱっと見でもこれだけの項目がある。
1.生年月日の入力
2.ログインアカウントの選択
3.規約の同意
4.キャラクターの選択
生年月日はこの次に出てくる年齢制限にひっかからなければある程度適当に入力してもよかったが、ログインアカウントの選択で、13歳未満のユーザーはGoggleのアカウントを取得できないため、ポケモントレーナークラブ(PTC)のアカウントを保護者経由で取得する必要がある。(例えば今が2012年なら、生年月日を2000年と入れた時点で13歳未満と判断され、Goggleアカウントは使えなくなる)
「お子様向けのアカウントだから僕は気にしなくていいか」
規約の同意は上から下まで画面をスクロールして「利用規約に同意します」をタップするつもりだった。しかし、そこには意外な落とし穴が。
「あー」
●Pokemon GOに関するニュースやプロモーションなどをメールで受けとる
楓が思わず声を上げたこの項目、実はデフォルトでチェックが入っており、そのままタップしないで進めると運営会社からイベント情報などのメールが来るようになる。これはゲームに限らず、Widowsに特定のアプリケーションを導入する際に、別のソフトウェアも抱き合わせでインストールされてしまうチェック項目があるのと似ており、過去に不要なツールを導入して痛い目を見ていた楓はタップしてすぐにチェックを外した。
「これはいらないかな。ゲームの通知自体はアプリで来るように許可できるし」
キャラクターの選択では男女どちらかを選択でき、服装や髪形も自由に選べた。
「髪型はこれ、目の色は……」
2D時代とはまるで違う主人公の設定に心躍りながら、ウィロー博士に導かれた楓はポケモンGOの世界に飛び込んだ!
* * *
「あっ、この3匹は!」
楓が驚いたのも無理はない。そこにはかつて、ポケットモンスター赤・緑でお世話になったオーキド博士から紹介されたヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメが出現していたのだ!
「かわいいな~」
思わず頬が緩む。以前は平面的な白黒の2Dで描かれていたグラフィックも今や立体的なカラフル3Dの「動く」ポケモンとして描かれていた。
スマホの画面を縦や横にスワイプしてマップをくるりと動かすと、それぞれの小さな体を色んな角度から見ることができた。御三家ポケモンのつぶらな瞳や、その表情まで……
「どいつにしよっかな~」
ポケモン自体にこだわりはなかったが、最初に選ぶポケモンのタイプにはなぜかこだわりがあった。そう、草タイプだ。原作の最初の冒険ではマサラタウンから始まって色々あり、最初のジムであるニビシティに到達する。そこでジムリーダーのタケシがいわタイプを使うから、その弱点のくさタイプをゲットした、のではない。理由はなんとなく。かっこよく言えば、勘とフィーリングだ。だから当然今回も、
「ヒトカゲ、君に決めた!」
自分の直感を信じて、ほのおタイプのトカゲポケモン、ヒトカゲを最初のポケモンに選んだ。