第十八話 雨の交差点
ジョーから二人で会わないかと連絡が来たのは楓が植田山から戻ってからすぐのことだった。
「珍しいですね、ジョーさんが呼んでくれるなんて」
「せっかく連絡先を交換したしね。ちょっと行ってみたいところもあるから」
電車に乗ってなんとやら。場所はこないだ仙人と行った都内だった。駅から少し歩いて碁盤の目のような通りを抜けると、開けたところに出る。セントラルパークのように、芝生が広がる都市公園だ。そこではカップルや家族連れなどが思い思いの格好で寝っ転がり、あるいはピクニックシートを広げてランチを楽しんでいる。楓たちはそこには行かず、芝生の周囲に配置されたベンチの一角に座った。
「楓くんはさぁ、恋ってしたことある?」
「えっ!?」
唐突に爆弾をぶち込まれた気分だ。心臓が口から飛び出てツーバウンドほどしかけたので、急いで捕まえて口の中に戻す。
「ど、どうしたんですか急に」
「いやさ、女の人への贈り物ってどういうものがいいかなって」
「贈り物、ですか」
「そう」
贈り物といって楓がすぐに思いついたのは母の日のカーネーションだが、それだと意味合いが違ってしまう。
「うーん……」
「ははっ、そんなに深く考えなくてもいいよ! 知ってるかな~くらいのものだから」
「あっ、はぁ」
思わず笑みが漏れてしまったが、振り返ってみれば恋愛らしいことは何一つしていなかったのが、これまでの楓の人生だった。いや、これ以上はもうよそう。
「よし、じゃあ今から行きますか」
ベンチから立ち上がると、ジョーは駅方面へと歩き始めた。仕方がないので、楓も後に続いて歩いて行く。外はまだ暑さを失っておらず、エネルギッシュな感じだった。行き交う人の中には日傘を差していたり、ハンカチで汗を拭っていたりする人も見受けられた。
暑さを避けるために、なるべく影を歩くようにしたいのだが、ビル群が立ち並ぶ都内では意外と日除けがない。
そうこうしているうちに空が暗くなり、空がごろごろ鳴って雨が降り始めた。最初は霧雨のように、そして段々と雨足が激しくなっていき、バケツをひっくり返したような大雨になってしまった。
「やばいやばい」
駅の近くにある百貨店に駆け込んだ。
やっとの思いで建物内に駆け込み、振り返ってみれば滝のような雨である。
「これは……もう無理ですね」
「意外と何とかなるよ。一応ここの百貨店、駅へ直結しているみたいだし」
ジョーと一緒に店内を歩く。1階は化粧品のコーナーで女の人が多い印象だ。そこかしこから立ち上るフレグランスの香りにくらくらしながら歩く。店内ではオルゴールで何やら楽しげな曲が流れている。
「おっ、『明日に向かって撃て!』だね」
「なんですか、それ」
「昔の西部劇だよ。ポール・ニューマンが出ていた」
楓は映画にとんと疎い。けれどもこれが雨の曲であると聞くと、雨に降られて落ち込んだ気分が晴れていくような気がした。
* * *
プレゼントを購入し、外へ出るころには雨は上がっていた。雨に降られて急いで駆けていった交差点を、今度はゆっくりと歩きながら通り抜けていく。ジョーはここまで付き合ってくれたお礼にと楓をカフェに連れて行った。
通りに面したガラス窓から外を見ると、雨のしずくが電線から滴り落ちる中、何事もなかったかのように誰もが往来を歩いている。
ホットコーヒーをいただきながら、何気なく外を眺めているとジョーが言った。
「楓くんは最近、ゆかちゃんと上手くいってるのかい」
「えっ、どうしてですか」
「なんとなくね」
楓は平静を装いながら、図星を突かれてぎくっとした。
「俺が言うのもなんだけど、もし上手くいってないならきちんと話し合った方がいいよ」
「はぁ、でも……」
ゆかに面と向かって話せるだろうか。楓は不安を隠せなかった。ジョーとはあんなに楽しそうだったのに?
「俺は、今が一番楽しい」
マドラーでくるくるとコーヒーをかき混ぜながら、
「ポケモンGOを通じて、岸さんやゆかちゃん、そして楓くんに出会えた。君はどうかな」
と言った。
僕は――喉元まで出かかった言葉を飲み込む。本当はゆかのことを好ましく思っているのだと言いたかった。でも、何もかもを打ち明けるのは違う気がした。ジョーと自分は違う人間なのだ。その様子を見て取ったのか、ジョーは会話もまばらに席を立った。別れ際、感謝を伝えて帰ろうとすると耳元でそっと囁く。
「彼女のことを離すなよ」