第十七話 検索機能とキーワード
おれは元々、表の世界で不良だった。
集団生活に上手く馴染めず、図体だけはでかいおれを周囲は疎ましく思ったのか、あるときからいじめが始まった。とはいえ、それは暴力的なものじゃない。力だけはあったから無視だとか、筆箱を隠されるだとか、そういったものだ。
力はあるが、持て余している。
その様子を見た不良の先輩たちが声をかけてきた。そこから悪の道に落ちるまでさほど時間はかからなかった。なぜなら悪とはいえ、おれを認めてくれたのはそこが初めてだったからだ。
気に入られるためには何でもやった。先輩の車に相乗りして爆音で町中を走ったり、夜中に工事現場に忍び込み、金属を盗んで換金したり、なんてこともやった。
そのときに老師に出会い、表の世界から足を洗わないかと言われた。足を洗えなんていうのは普通、悪いことからだろう? ところが老師はそうじゃなく、今の生活をすべて捨てろとおっしゃったんだ。
そんなことはとてもできない、金を稼ぐ必要がおれにはあった。それなら私のところに来い、何もかもを教えてやると。
不思議なものでな、金を稼ごうとしなくなってからおれの場合は人生が上手くいきだしたんだ。それまではどんなに頑張っても過去の所業が原因で仕事も長く続かず、転々としてその日暮らしをしていたこのおれがだ。
老師はまず、おれの怠け癖を直すところから始めた。朝昼晩と毎日同じ時刻に目覚め、食料を調達し、植田山のジムを確認して、寝る。幸いにも老師の境遇は誰もが知るところだったから、その使いで来たと伝えれば大抵のことは上手くいった。
日々の生活が上手く回るようになると、今度はおれに稽古もつけてくれた。お前は力はあるが、上手に使えてはいない。我慢することも大事なんだと。さっき、お前に手を出してしまったが、それはまだまだおれの忍耐力が足りないせいなんだろう。
だが、それでも老師はそんなおれを見捨てずに、忍耐強くおれができるようになるのを待ってくれるようなお人だ。それだからおれは、一宿一飯以上の恩義を老師に感じているんだ。
ぶっきらぼうな左近からは考えられないくらいの話だった。だとするなら、彼がここにいるのも理解できる。老師は口を開き、長く引き留めてすまなかったな、と言った。
「左近、送ってあげなさい」
「はい、老師」
* * *
楓は帰りしな、今日の出来事を振り返っていた。
仙人には何も自分のことを話していないつもりだったが、話している最中、自分のことが見透かされているような気がした。
⦅君は優しいな⦆
そう言われて驚いていると、老師は立て続けにこう言った。
⦅確かに人の話を聞かずに突っ走るところはある。だが、わざわざこんな場所にまで足を運んでくれ、話を最後まで聞いてくれただろう? これまでにも君のような人間は何人かいた。何人かいたが、大抵は私の境遇をあざ笑って、話すらまともに聞かなかった。こんなところに好きで引きこもっている、頭のおかしいじじいだとな⦆
楓は話を聞くほどに、興奮していた頭が冷えていくような気がした。
⦅君は誰かを信じるという、稀な性質を持っておる。それだけでも素敵なことだ。だからもし、君が表の世界でこれからもやっていくなら、もう少しだけでいい。人のことを大切にしてやってはくれまいか⦆
人のことを大切にするとは、誰かに思いを重ね、丁寧にやり取りしていくこと――
「丁寧に、か……」
人が持って生まれた性質は如何ともしがたいものがある。三つ子の魂百まで、ということわざがあるように、幼いころに表れた性質は年をとっても変わることはない。教育を受け、大人になって経験を積んだとしても、根強く残るものなのだ。
ここまで考えたとき、唐突に楓はキシと話をしてみたくなった。いつも不機嫌そうなあの老人は普段、どうやってポケ活をしているのだろうか。
* * *
「お疲れ~!」
ジョーが大きく手を振りながらこちらへとやってきた。商業施設付近の広場に集合するのがここ最近のルーティンだ。隣には不機嫌そうなキシがいた。
「お疲れさまです。ジョーさん、岸さん」
不意に名前を呼ばれてキシはこちらを見た。
「今日は何しよっか」
ジョーが二人の顔を交互に見ると、
「私、ジョーさんに聞きたいことがあります!」
右手を上げてゆかが宣言する。以前に瀬上親水公園へ車で連れていってもらって以来、ゆかはジョーにぞっこんのようだ。戸惑うジョーの手を引いて、向こうの方に行ってしまった。
楓は珍しく二人で取り残されたが、キシはジョーたちが向こうに行ったのを確認すると、楓の方を一瞥し、近くのベンチに腰を下ろした。
「隣に座っても大丈夫ですか」
それには答えず、キシはスマホをポケットから取り出すと、ポケモンボックスを開いて眺め始めた。
なんとなく楓が見ていると、キシはポケモンボックスを上から下へスワイプする形で時折、自分のお気に入りらしいポケモンをチェックしていたが、確認し終わって他のポケモンを見に行くとき、何度も行きつ戻りつしていた。例えばポケモン図鑑を「番号」でソートした後に最初のポケモン、フシギダネを見る。そしてカントー図鑑35番のピッピを見に行くのだが、またフシギダネを見たいとなったときに画面を上にスクロールしていくのだ。
「あの、検索機能を使うと上手くいきますよ」
おそるおそるといった感じで声をかけると、キシはしかめっつらをこちらに向けてきた。
「なんだそれは」
「今ご覧になっているポケモンボックスの画面の右上に虫眼鏡のマークがあると思うんですけど……」
「虫眼鏡? あぁ、これか」
「それをタップすると、ポケモンを検索するキーワードを入れられるんですよ。例えば――」
楓は自分のスマホをキシのスマホの近くに寄せ、自分の画面を見せながら説明を始めた。
「ふしぎ、とひらがなで打ってから、カタカナに変換してみて下さい」
「こうか?」
キシが「フシギ」と入力すると、名前に「フシギ」が入ったポケモン。つまり、フシギダネやフシギソウ、フシギバナが表示された。おぉ、とキシが感嘆の声を上げる。
「岸さんの場合は普段、ポケモンの図鑑順でソートされていますかね。そしたら今、検索キーワードで「フシギ」を検索されたので、ポケモンボックスは図鑑順に並んでいるのと、フシギダネとその進化系が表示されているかと思います」
「うーん」
キシは検索のやり方を確認できたものの、まだどこか納得はいっていない様子だった。
「好きなポケモンとか、いらっしゃるんですか」
「好きなポケモン――そうだな、よく見るのはピッピだな」
「ぴっぴ」
「そう、ワシのお気に入りのピッピが丸っこくてかわいくてな……さらに……もう……すごすぎ……で……そうおもうか……もしできるのなら抱きしめたい! ……だきしめて……ねるときも……おフロのときも……じゃろ……」
唐突に自慢話が始まり、ポケモンの検索の話どころではなくなっていたのだが、楓は辛抱強く話を聞いた。ここで「いや、検索の話でしょ」と言おうものなら、また不機嫌なキシに戻ってしまう。
ところがおもしろいことに、自慢話をしているときのキシの表情はキラキラと輝いていた。よくぞ聞いてくれた!とはこのことだろう。
「……あぁ、少し喋りすぎたか。検索の話だったかな」
「はい。でもピッピは可愛いですよね」
「タップすると右手をぐるんぐるん回すところなんか、愛おしくてなぁ!」
「進化はさせるんですか?」
楓の言葉を聞いたとき、えっという表情でキシはこちらを見た。
「ピッピを進化なんてとんでもない! そのままでも十分、可愛いわい」
「ですよねぇ」
「楓くんは進化させてしまうのか……?」
キシは悲しそうな表情だった。分かってはいるものの、改めて問われてしまうとつらい。楓はそのままを伝えることにした。
「進化はさせないです」
(本当は進化させるのが面倒なだけだけど)
それを聞いたキシはホッとした表情になると、
「そうだよなぁ、そうだとも」
と満足そうに言った。
【ポケモンボックス検索方法(抜粋)】
≪図鑑No≫
・ポケモンの図鑑Noを入力
・「○○○-○○○」で範囲指定
(例)「0001-0035」と入力することにより、カントー図鑑のフシギダネからピッピまでを表示可能
≪ポケモン名≫
・ポケモンの名前を入力
(例)「アーボ」とカタカナで入力することで「アーボ」が表示される
フシギダネの場合は作中の記載通り、「フシギ」だけ入力することでフシギダネとその進化系を表示させることが可能
≪タイプ≫
・ポケモンのタイプを入力
(例)「どく」とひらがなで入力することでどくタイプのポケモンを表示させる
ただし、この場合だと複数タイプ、つまりフシギダネのようにくさ・どくタイプのポケモンも検索に引っかかってしまうので、その場合はAND検索を使い半角で「くさ&どく」タイプのみを表示させるか、少し手間だがキーワードの前に半角で「!」をつけることにより除外検索をすることが可能
⇒例えば「!どく&!くさ&みず」とすると複数タイプのポケモンから「どく・みず」および「くさ・みず」タイプのみを非表示にした状態で「みずポケモンを表示する」
ただし、これは除外する検索キーワードが多くなってしまうのでおすすめはしない
≪防衛ポケモン≫
・「ジムを守るポケモン」と入力する
⇒ジム置きしている自分のポケモンを検索するときに使用する
ここで表示されている通り入力しないと表示されない
→例えば、全部ひらがなで「じむをまもるぽけもん」と入力しても表示されない
≪色違いのポケモン≫
・「色違い」と入力する
≪地方(世代)≫
・「カントー」や「ジョウト」として入力する
⇒カントーは第一世代、ジョウトは第二世代のポケモンである
普段は世代の違いを意識する必要はないが、スペシャルリサーチなどで「カントーメダルをプラチナにする」などといったタスクがあるため、その場合には使えるだろう
※他にも検索キーワードは様々あるが膨大なため、必要に応じて作中で説明していくこととする