第十五話 仙人のいる場所
分かった、じゃあ一人で行くわ。そうやってゆかに啖呵を切ってきたものの、楓は仙人の居場所に心当たりがあるわけではなかった。
せめてもう少し情報が欲しい――
「あっ、そうですか。ありがとうございました」
普段はゆかと一緒に来る駅の近くに、今度は楓ひとりで行く。噂が確かなものなのかを聞くというだけの話であるが、いかんせん、自分から話しかけるのはあまり得意ではなかった。不思議なもので一人のときならまだ何とかできていたものが、一緒に行けなくなったというだけで苦手になってしまう。
こういうときに限ってジョーたちとも出会わない。
何とか人を捕まえて聞いたところによると、植田山に仙人と呼ばれる人物がいるらしい。しかし、その場所は駅から遠く離れており、ここから歩いて1時間ほどかかるという。
「マジか……」
それほど遠いならバスを使ってもよさそうだが、バス通りから離れたところにあるため、結局のところ徒歩で行った方が早いとのことだった。
* * *
暗がりの中、炎が揺らめく。
そこに浮かび上がった影が二つ、押し黙ったまま微動だにしない。一つは中央に敷かれたゴザの上で座禅を組み、瞑想している。もう一つはその斜め後ろに控えており、6尺(180cm)を超えていた。ぼんやりと浮かび上がった姿から一人は老人、もう一人は青年のように見受けられた。
「また迷える子羊がやってきたか……」
瞑想を止め、瞼を開けた老人は足元に置かれた端末を一瞥した後、傍らの大男に声をかける。
「左近、ちょっと見てきなさい」
「はい、老師」
大男は短く答えると、身をかがめながら入口を開けて外へ出た。一瞬、まばゆいほどの光が洞窟の中に差し込むが、入口が閉められたことで、再び元の暗がりに戻った。
植田山は標高100mほどの小さな山だが、うっそうとした草木が生い茂り、身を隠すにはもってこいの場所だった。事実、巷で仙人と呼ばれている老師はこの山の中腹辺りに居を構えており、容易に見つけることは困難だった。駅方面から徒歩で植田山へ行く場合、大体が麓の登山道を使って山頂付近にある植田山公園を目指す。しかし、仙人のいる場所というのはその登山道から左に折れた獣道をずっと行ったところにあった。
「結構きついな……」
いくら歩くようになったとはいえ、楓をもってしても登山道は長く、息切れがする。うっそうと生い茂った山林の中にあって、道は山頂付近の公園へと続いているものの、そこへの到達は容易ではない。往復でも40分以上はかかる行程だ。ましてや、夏である。楓の額には汗が滲み、顎からぽたぽたと落ちた滴が、時折楓の履いている運動靴へ丸い染みを作った。
はたと止まって、ズボンのポケットに入れたスマホを取り出す。この辺りのジムは山頂付近の植田山公園しかなく、麓には山道としてポケストップが一つあるばかりである。
「ジムの色は……赤。ジムレベルは3か」
旧タワージムの当時は今とは異なり、ジムの防衛には21時間もの時間が必要だった。ポケコインも1つのジム防衛に対して1回につき10コインまでしか稼ぐことはできなかったが、最大で10ヵ所置くことができる。報酬としてほしのすなが500もらえたこともあり、1日の最大でジム置きしたとすると稼げるポケコインは100、ほしのすなは1ヵ所につき500なので、5000ものすなを獲得することができた。
【ジム防衛の報酬】
1ヵ所(最小) :ポケコイン10枚・ほしのすな500
10ヵ所(最大):ポケコイン100枚・ほしのすな5000
ポケモン配置1匹目 :カウントスタート、こいつが倒されない限り21時間のタイマーはリセットされない
ポケモン配置2匹目以降:1匹目の配置ポケモンが倒されない限りいつ置いてもよい、10匹目の配置が1匹目の配置から20時間59分後だったとしても100ポケコインがもらえる
※ジム防衛における21時間タイマーは最初のポケモンを設置したときからカウントされ、タイマーが0秒になった時点の防衛ポケモン数に応じてボーナスがもらえる仕様。現在のジムと異なり、1日ごとにポケコインがもらえるのではなく、防衛時間と防衛ジム数に応じた報酬であった
楓はジムをタップして現状を確認する。
レベル3のジムには2体のポケモンが置かれており、下からCP2000のカイロスとCP2500のカイリューだった。今のように何時間防衛しているかの記載はない。
「とりあえず、やっつけるか」
楓はジム攻撃を始めた。15分後に名声ポイントが0になり更地になったジムに自身のポケモンを置き、公園のベンチに座る。市内の高台にある公園のためか、遠くまで一望できる場所だった。
ぐるりと見渡してみると手前の盆地には住宅が軒を連ね、奥の山々には緑色の稜線が見えている。遠くにいくにつれて霞がかかったように山が続いており、真っ青な空の下にはもくもくと湧き上がった入道雲が広がっていた。
「綺麗だなぁ」
この景色を見ると、それまで苦労して登ってきた甲斐があったというものだ。時折聞こえる町の音に耳を傾けながら、目を閉じてしばらくすると、近づいてくる足音がある。
その足音は楓が休んでいるベンチの前で止まると、おもむろに声を発した。
「お前はポケモントレーナーか」
まどろみから目覚めて見上げると、大男が立っていた。
筋骨隆々といった感じの彼は必然、楓を見下ろす形になった。
「はい、そうです」
「ここへは何しに来た」
「仙人探し……ですかね」
「そうか」
大男はそう言ったきり、ただ楓をじっと見つめていた。沈思黙考しているようでもあり、こちらの出方を試しているようでもあった。しばしの沈黙の後、大男はひとり頷くと、
「老師のところまで案内する。ついてこい」
と言った。