第十一話 水辺で出やすいポケモン
「コイキングが出ない……」
三角公園のベンチで灰になった男がいた。
彼は何時間も三角公園周辺のみならず、少し離れた天元神社やコンビニや行ったことがないような場所まで足を伸ばしてコイキングを探しに行ったのだが、まるで見つからなかったのだ。
これでも少し前まではまだ希望が残されていた。最近知り合ったご近所さんだ。彼女なら、このあたりのことに詳しいし、それなりに情報も得ている。今までもそうだったではないか。
「ごめん、無理だった」
ゆかの言葉を聞いた瞬間、楓の瞳からは輝きが失われ、がっくりと肩を落とした。ここ最近登場したポケモンの中で、コイキングだけがなぜか一向に出てこないのである。
「近所で捕まえている人もいないって」
「あぁ、そう……」
「気分転換に駅でも行く?」
「了解でーす」
* * *
「そういえばさ、こないだのモーモー牧場イベント、楽しかったね!」
「あぁ、あれね」
あのときもこうして駅まで来ていた。なかなかカーブボールが投げられなくて、いつまでも手こずっていた。ジョーたちが来てくれなければ、未だにカーブボールは投げられていなかったはずだ。すべてが終わった後、牧場主のところに行くと、とても感謝されて回復アイテムのモーモーミルクをもらった。
「あのときはジョーさんたちが来てくれたんだけどな~」
そんな都合よく来てくれるわけもないか。楓は半ば諦め気味に呟いた。
「呼んだ?」
「ジョーさん!」
びっくりして振り返ると朗らかなジョーと少し離れて不機嫌そうなキシがいた。
ごめんごめん、と謝るジョーだったが、楓は少し嬉しかった。
「あの、コイキングなんですけど」
「コイちゃん?」
「全然見つからなくて……」
肩を落とす楓にジョーはそっと言葉をかける。
「多分、探す場所が違ってるかな」
「場所、ですか」
「そう。楓くんは原作、詳しいかな? コイキングが見つけられる場所ってあるよね」
原作――
楓は記憶をたどり始めた。マサラタウンの草むらから始まり、ニビシティのタケシ、おつきみやまのロケット団、ハナダシティのカスミを経て地下通路を通り、港のあるクチバシティへ向かう……
「ボロのつりざお――水辺か」
ようやく答えにたどり着いた楓にすかさずジョーは爪を鳴らす。
「正解。魚が陸にいたら干上がっちゃうでしょ」
「でも、このあたりに水辺はないですよ」
「俺、場所知ってるよ。ここからだとちょっと遠いけど」
「本当ですか!?」
話を聞くと、そこまで自分の車で連れて行ってくれるという。渡りに船とは、まさにこのことだろう。
「ワシは行かんぞ」
落ち着いているがはっきりとした声でキシはジョーに告げた。
「はい、岸さんはご自宅に戻られて大丈夫です」
ゆっくりと小さな背中が遠ざかっていく。最近ジョーと一緒に歩き始めたとはいえ、まだ遠征ができるほどの体力はなさそうだった。
キシと別れた後、ゆかはこっそりジョーに聞いた。
「あの人は一緒に行かないんですか?」
「本当は連れていきたいんだけどね……あまり連れ回したりすると嫌がるから」
「そうなんだ……」
* * *
商業施設の駐車場で待ち合わせることにして、その場は別れた。二階の駐車場で待っていると黒塗りのごっつい車が滑るように止まった。
「すご……」
ゆかがあっけにとられたように立ち尽くしていると、運転席の窓が開き、ジョーが合図した。
「乗るかい?」
楓たちは初めての出来事に戸惑いながらも、導かれるままに左右からそれぞれ後部座席に乗り込んだ。少し高めのステップに足を掛けて車内に入ると、入口とは違って広めの印象を受けた。包み込まれるような後席シートは黒っぽい防水仕様で、真ん中にアームレストを兼ねたドリンクホルダーがある。そこにはペットボトルに入ったお茶が二人分、用意されていた。シートの肌触りは軽自動車にありがちなざらざらした布というよりは、高級車のようなすべすべしたレザータイプだった。
「すごいですね、この車」
楓が感嘆すると、ジョーは得意げに言った。
「俺の相棒、EX! 水陸どこでもござれよ。あっ、一応シートベルトは締めといてくれよ」
ドアを閉めると車は動き始めたが、車内は思ったより静かだった。施設の駐車場を抜け、外に出ると太陽が眩しい。普段歩いている道を横目にするすると動いていく。タクシーやバスとは違った感覚だった。ジョーの話だと、今回行く瀬上親水公園へは車で30分。渋滞に巻き込まれなければ、比較的スムーズに行けるとのことだった。
「さぁ、冒険だ!」
* * *
あっという間の旅を終え、公園の駐車場から外へ出ると、少し離れたところに小川が流れていた。川沿いの遊歩道には人が集まっており、スマホ片手に何十人もの人が通路を行き来していた。
「めっちゃ人いる~!」
ゆかが驚きの声を上げれば、楓もびっくりしたのか周りをきょろきょろしだした。こんな狭い道に人がいっぱいいることも驚きだが、それ以上にゲーム画面では次から次へとみずポケモンが出現していた。
「あっ、コイキングだ!」
あれだけ近所を歩き回ってもついぞ現れなかったコイキングが、ここでは雨後のタケノコのようにバンバン出現していた。
「どう? 結構いるでしょ」
「すごいですね、ここ。穴場じゃないですか!」
楓が興奮して大きな声を上げた。ジョーは頷きつつ、
「ギャラドスに進化させるにはコイキングのアメがたくさんいるから、ここで貯めるといいよ」