第十話 きのみの種類
「ず~り、ななのみ、ぱいるのみ~♪」
三角公園のベンチに座りながら、ゆかは鼻歌でも歌うようにきのみの名前を口にした。ずりはラズベリー、ななはバナナ、ぱいるはパイナップルの形をしたきのみのことである。
「これ見てると、な~んかまるごとかじゅうグミ見てるみたいでお腹が減っちゃうんだよねぇ」
ぺろりと下唇を舐めると、じゅるるとよからぬ音が聞こえてきた。
「そうなの」
「ハイッ!?」
気付くとゆかの後ろから楓がスマホ画面を覗き込んでいた。
「ちょっ、何見てるの! やめてよ急に」
「う~ん、聞こえちゃったからなぁ」
「……ちなみにどこから」
「楽しげに歌っていましたね」
「めっちゃはずい……」
楓はニヤニヤしながらふと、ゆかが見ているスマホの画面に目を留めた。
「それは……ポロックの材料?」
楓の頭の中には、原作のポケモンルビー・サファイアで登場したお菓子のポロックが浮かんでいた。カイナシティのポケモンの魅力をアピールするためのコンテスト会場で、麻雀卓を囲むようにおばさんたちと一緒にきのみをブレンドした思い出が蘇る。
「ポロック? 違うよ、ポケモンを捕まえるときのき・の・み」
「うっ、ジェネレーションギャップが……」
「君もポケモンを捕まえるときに使うでしょ」
「いや、実はまだなんだよね」
「あ~」
ボールを投げるのが苦手な楓は、投げる練習ばかりしていたせいで、きのみを投げている暇などなかったのだ。
「俺が教えてやってもいいぜ」
突然大きな声がした。
忘れようもないその声の主は
(ケンタ……!)
尋常ならざる様子に気付いたのか、ゆかが楓のシャツの裾をくいくいと引っ張り、小声で言う。
「ねぇ、あの人誰」
「あぁ」
最近会っていなかったが、遠目からでも分かるあの自信満々な表情は間違いなくいつものケンタだった。多分また何かを教えるつもりなのだろう。これまでの楓であれば、心のどこかで嫌だと感じつつも彼の誘いに乗っていた。けれども今は――
楓はケンタに対して何も答えず、ただ彼をじっと見つめている。ケンタも無言のままだったが、何も口にしないとはいえ、その表情からは明らかにこちらが自分の提案を呑むだろうという余裕が感じられた。永遠とも思える短い間、心なしかゆかの体が楓に近づいた気がした。それだけでも今の楓には十分すぎるほどの力を与えてくれる。自分を奮い立たせるように絞り出した言葉はしかし、自分が思っているよりもはっきりとした口調になった。
「気にしなくていいよ、知らない人だから」
その言葉を聞いた瞬間、ケンタの表情が少し曇った。ただそれは彼にずっと注目していなければ気付かない、ごく僅かな時間だっただろう。
もしかしたら言わない方がよかったのかもしれない――そんな思いが楓の脳裏を掠めたとき、楓を見るケンタの視線が隣に移った。ゆかの体がぴくっと小さく震える。
「ふーん」
ゆかは彼に見られないように顔を伏せて体を寄せる。楓は気付かぬうちに彼女を守るように抱き寄せていた。ケンタはそんな二人を交互に見ながら歪に笑った後、やけに大きな声で吐き捨てた。
「どうやら俺はお邪魔虫みたいだな……じゃあな!」
声を掛ける暇もなく、あっという間に姿をくらました。
* * *
三角公園から少し離れたコンビニのイートインコーナーで軽食を買って、二人で食べる。外でのポケ活もいいが、少し疲れたら室内でのんびり涼むのもいい。
「どう、覚えた?」
「うん、ばっちり。君の教え方がよかったのかな」
きのみにはポケモンを捕まえやすくする他に、進化に必要なアメを増やしたり、動きを止めたりする効果があることが分かった。ポケモンGOにはまだまだ楓の知らないことがたくさんあるようだ。
ズリのみ ポケモンの捕獲率が上がる
ナナのみ ポケモンがあまり動かなくなる
パイルのみ 捕獲時のアメが2倍になる
※旧タワージム時代であるこのとき、きんのズリのみやぎんのパイルのみは実装されていない。
それらが登場するのは、この話から少し後のことである。
「本当? ありがとっ」
ゆかはぱっと花が咲くような笑顔を見せる。楓は不意に見せられた表情にどぎまぎして、惚けてしまった。
「う、うん……あの、今日は色々、ありがとう。僕からもこれ、気に入ってくれるといいんだけど」
「あっ、これまるごとかじゅうグミのゴールデンパイン味じゃん! 私これ大好き! ありがと~」
とても純粋で屈託のない笑顔だった。
――こうやって誰かが喜んでくれることが、こんなにも嬉しいことだったんだな――
楓の心の中にじんわりと温かな気持ちが広がっていく。忘れないように、壊さないように、この思いをゆっくりかき集めよう。そうして大事なものを抱えるように、少しずつ育てていければいい。
楓はなんだか楽しくなって、ゆかと一緒になって笑った。いつまでも、いつまでも。