第二話、宿敵
凛子は電柱に隠れて少し離れたところにある建物を凝視していた。
古い大きな日本家屋、入り口には厳つい男が二人立っており表札には竜崎組と書かれていた。
竜崎組、それは日本最大指定暴力団であり警察の宿敵。
凛子は宿敵を前に緊張の面持ちでタイミングを計らう。
「いざ、突にゅ」
「んなわけねぇだろう!タコ」
凛子を梓が呆れた顔で見ていた。
「いつもの協力要請だよ」
「分かってるよ!!敵と協力して悪をやっつけるあれだな!」
「そうそう、そうやって世の中上手くやってんだよ」
日本の平和のためなら宿敵とだって手を組む。
手段なんて選ばない。
「お前、いつもここ来るとその遊びやるよな…いくぞ、ヒーローオタク」
「丁度いいところに電柱があるんだもん、やりたくなるじゃないか!!」
凜子はドラマやアニメの影響を受けて警察官になったほどのヒーローオタクである。
二人が正門に行くと厳つい男達が
「お疲れ様です!梓さんに凛子さん!」
「よう」
「お疲れ様です!」
綺麗なおじきをする。
「千広に用がある」
「坊っちゃんだったら、居間にいらっしゃると思いますよ」
何故か厳つい男達のほうが畏っている。
「そうか、邪魔するぜ」
梓は木造の古い門を軽く片手で押して中に入った。
「お邪魔します!」
梓の後に凛子が続く。
二人が慣れた足取りで居間に着くと襖を開けた。
「げっ、梓…」
「千広何嫌そうな顔してんだよ」
居間の中に高校の制服を着崩した少年…千弘が顔を引きつらせていた。
明るく染めた茶髪の前髪をピンで留め、梓ほどではないが耳にピアスをいくつかつけたイマドキの若者であり、整った顔をしてるのでさぞかしモテるだろう。
そんなイマドキ高校生がヤクザの屋敷に居るのは違和感ありまくりなのだが、千広は竜崎組の跡取息子であり居るのは当たり前である。
「やあ、少年元気か!?」
「あ、正義おばさんちわーす」
「誰がおばさんだ!!」
凜子はもうすぐ三十路に突入するのを割りと気にしていた。
「千広、一応聞いとくけどよ…最近面倒くさそうなやつに武器を大量に売った覚えないか?」
「いや、無いよ?お得意様しか売ってないね。大体うち一見さんお断りなんで」
「そうだよな。お前らの商売敵現れたぜ」
「マジかー、そいつは困っちゃうね。こっちも動こうかね」
歳の近い梓と千広は軽口を叩くようなノリで話してるが内容があまりにも物騒である。
ヤクザがタダで警察に協力してるわけではない、警察の許可がする範囲での生業を見逃してもらっていた。
「少年!!学校はどうしたのかね!?サボりかね!?これは更生させねば!!」
凛子がまだ午前中だというのに制服姿で家に居る千尋に気づき、目の奥をメラメラと燃やす。
「そんな親と先生悲しませる事するわけ無いじゃん。俺単位全部取っててもう授業受けなくていいんだよね。今日だって生徒会の仕事で行ってただけだし」
「そうだぞ、大体授業料勿体だろうが。しかもこいつ生徒会長だぞ」
「アンタ達、根は良い子か!?」
見た目、真面目とはかけ離れてる梓と千広が真顔で言うもんだから凛子だけじゃなく誰もが驚くだろう。
チャラそうな見た目の千広だが、超難関学校に通っており、その学校にはスポーツ大会や研究で高い評価をされた者に単位を与える制度があり千広は1年次に卒業にできる単位すでに取得していた。単位さえあれば行事以外で出席しなくてもいいのだが生徒会の仕事があるため午前中だけほぼ毎日学校に行っている。この制度の評価基準はかなり難しく今まで千広以外で制度で単位を取れた生徒はいない。それも一年次で卒業に値する単位を取った千広は見た目とは裏腹にかなり優秀だといえる。
「失礼します。お茶菓子お待ちしました」
お茶菓子を乗せたお盆を持った組員がはいってきた。
目の前にお茶菓子をならべられお巡りさんとヤクザが元気にお礼を言う…馴染んでいるが一応宿敵同士である。
「そういやぁ、梓漫画もう読み終わった?」
「読み終わった、面白かったぜ」
梓が笑顔を向けてきたので千広が一瞬固まる。見た目ガラが悪いが顔立ちは美少女で、なおかついつも目つきが悪い梓のレアな無邪気な笑顔。
「だろ!?じゃあ、また暇の時来いよ、続き貸してやるから」
「サンキュー、仕事終わったら来るわ」
漫画を貸すほど仲がいい梓と千広、微笑ましいが一応宿敵同士である。
「…坊っちゃん、良かったですね」
二人のやり取りを温かい目で見る組員。
「ただ漫画貸すだけだろ!?てか正義おばさんまでそんな目で見られたくないわ!!」
「だからおばさん言うな!!」
ヤクザの息子千広は宿敵お巡りさん梓を密かに思ってたりするが、本人が密かだと思ってるだけで周りにはバレバレである。空気が読めない凛子にも分かるほどに。
「お前らどうしたんだ…まいっか、とりあえずよろしく頼むな」
けれど、想いを寄せられてる張本人は限りなく鈍感であった。
二人が帰った後、千広は器を下げ始めた組員を見る。
「…新入り腰でも抜かしたか?」
「はい、腰やって動けなくなりまして。代わりに自分が」
実は茶菓子を持ってきた組員は幹部であり本来は雑務は新入りの仕事であり、幹部がやることではない。
ましてはプライドが許さないだろうし周りが頼む事など絶対無い。だが、この清という幹部は少々変わり者で…大方、暇だったから自ら申し出たのだろう。
「よほど驚く事でもあったんだね」
千広は苦笑いをした。
宿敵同士、それが手を組めば世の中は上手い事回る。