序章
日本は平和だ、平和過ぎる。
けれどその平和をいつだって壊そうとする者がいる。
廃棄工場の中で険しい顔つきをした男達がいた。
彼らの仕事は法に触れる汚れた仕事。それ故に常に周囲を警戒していた彼らはその異変にいち早く気付いた。
彼らの部屋に近づいてくる足音が一つ。
彼らの仲間ならば部屋に来る前に連絡が入る手筈だが、連絡がない以上部外者となる。
…けれど彼らは焦る事無く、それどころか余裕そうな表情で笑みを浮かべた。
足音を消そうとしているのに完全に消せていない、おまけに気配がダダ漏れ…その程度の部外者が一人ときたものだから彼らの態度に納得がいく。
「…こりゃあ、警察っぽいな」
足音の特徴から日本警察がすぐに浮かんだ。
彼らは余裕そうな表情のまま懐から拳銃を取り出して、入口のドアに向けると同時に扉が勢いよく開いたが、
「動くな!警察ぐへっ!?」
突入してきた女の警察官が最後まで言い切る前に後からやってきたもう一人の部外者に頭を思いっきり踏みつけられて、床に倒れこんだ事により彼らの表情がガラリと変わる。
警察官を踏み台のようにして、華麗に宙を一回転し、ストンと着地した予期せぬ部外者はまだ十代前半くらいの小柄な少女だった。
色白で猫のような大きなつり目の可愛らしい顔…間違いなく美少女の分類に入るだろう。たが、肩につかない程度の長さの金髪に耳に大量のピアスをつけ、派手なパーカにダボダボのズボンといった見るからに素行が悪そうな格好をしており、おまけに目つきがかなり悪いのも合わさって可愛らしい顔が台無しになっていた。
右手にナイフを握っており、失礼ながらも少女の見た目にもの凄くマッチしていた。
そんな少女の姿を見て彼らは素早く判断したーーああ、殺し屋が来たのだとーー
彼らの敵は警察だけではない、同業者の場合だってある。大方ビジネスの邪魔になって殺し屋の少女を仕向けたのだろう。
それも足音も気配も完全に消し、男達が全く気付かなかった程の殺し屋を。
打ち所が悪くて死んだのか、床に倒れたまま動かない警察官の姿が男達の最悪の末路を物語っていた。
嗅ぎつけた警察官諸共消して何もかも無かった事にする気であろう少女は男達をギロリと睨みつける。
男達の選択肢は一つしかない、殺される前に殺す。
男達は一斉に拳銃の引き金に力を入れた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
けれど、部屋に響いたのは銃声ではなく悲鳴。
苦痛を浮かべながら、男達は引き金を引き終われなかった原因を見た。
引けるはずがない、なんせ両腕が無くなっていたのだから。
「おせぇよ」
見た目通りの言葉遣いの少女によって。男達が撃つ前に両腕をナイフで瞬く間に切断したのだ。
一瞬で分かった、少女と男達の間にある圧倒的な実力の差。
男達の血で濡れたナイフが少女をより一層引き立てる。
悲鳴をあげている男達の喉元を少女が確実に狙って切り裂き、声が次々に消えていく。
「…ま、待てよ!!誰に雇われた殺し屋か知らんが、その倍払うから助けてくれ!!」
仲間が殺されてゆき最後の一人になった男が自分を冷たく見据えながら、ナイフを振り上げる少女に命乞いをした。
男の命乞いに少女の動きがピタリと止まり、男の瞳に僅かな希望が宿る。
けれど、少女が先程よりも冷たい瞳で睨みつけた事により、すぐに希望が打ち砕かれた。
「…ちげぇよ、殺し屋じゃねぇよ」
覚悟を決めた男の耳に怒りの混じった声が届く。
その言葉に男は思わず目を見開いてぱちくりさせた。
男は勘違いしていた、少女の職業を。
「お巡りさんだよ」
告げられた少女の本当の職業。
「冗談だろ…だってこの国の警察はこんなやり方するはずねぇ!」
男が信じられないのも当然だろう。
治安が良すぎるためにこの国の警察は荒事に慣れていなく、非道なやり方をしない。だから丸分かりな足音で警察だと断定出来た。
「良いお巡りさんじゃねぇけどな」
男が知る日本警察とは真逆の存在である少女はナイフを振り下ろした。
少女が男達を全員始末すると、今まで気絶していただけの女の警察がパチリと目を覚ました。
「…アンタ、また人を踏み台にして!」
同僚である少女に女の警察がクレームを入れた。
日本は平和だ、平和過ぎる。
そりゃあそうさ、だって優秀なお巡りさん達がいるのだから。
…ただし、そのお巡りさんが良いお巡りさんとは限らない。