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遠隔通信用の道具はいくつかある。
音声通話や信号送信など、基本的には魔法を使う。
狼煙や鳩を使うのも立派な通信手段の一つである。
特に防衛施設などは複数の連絡手段を用意して併用、あるいは使い分ける。
敵襲でもない限りは、遠隔通信はあまり使われない。
費用がかさむのと、それほど急ぐ必要がある事態などそうは無いからだ。
傷病のたぐいは魔法薬を常備するのが一般的だし、事件事故なら領主か冒険者組合の所へと駆け込むべきだ。
それらで解決できないような場所には、近づかないべきである。
それでも遠隔通信によって、その森の一件は即座に関係者達のもとへと伝えられた。
それだけ英雄の盾の一件は、彼らにとっては重要で急務な案件だったのだ。
◆ ◆ ◆
フフフ、馬鹿な男ね。私をかばって剣に貫かれるなんて――
「ぅ……うぅ、痛ぇ」
「――っ!? だ、大丈夫ですか勇者様!? わ、私をかばってこんな、こんな…!」
「だ、大丈夫だ、たぶん……なんとも無さそうだ」
「そんなはずは無いわ! あなたは今、剣で貫かれ……て、ないっ!?」
「…無傷みたいだね」
「…な、なんだ魔王、その憐れみの目は?
俺達の愛の力が、邪悪なお前には理解できないのか!?」
「……そちらの彼女の、その指輪は?」
「俺達はこの戦いが終わったら、結婚するんだ!」
「やめて勇者! それは死亡フラグよ!」
「その彼女の指輪はあなたの贈ったものではない」
「「!?」」
「…『英雄の指輪』。つけると不死の英雄になれるという呪いのアイテム。
それは僕の森に封印してあったはずのものだ。【鑑定】したから間違いない」
「っ!?」
「ど、どういうことだ!?」
「君が死んで、彼女が勇者に成り代わるのが目的だったんだ。
だからこの土壇場で、彼女は君を突き飛ばして、僕に貫かせた」
「違う! 現に俺は無傷だっ!」
「ゆ…勇者、さま…」
「無傷なのが問題なんだよ」
「どういう意味だ?」
「この剣の名は『番殺し』」
「「何っ!?」」
「…それなのに無傷だなんて……つまり貴方達は、カップルなんかじゃ、無い!」
「…なん、だと……」
「…っ!? あ、足が! 動かないわ!?」
「幻術で足は縛ったよ。 …あとは若いお二人でごゆっくりどうぞ」
「待てっ、魔王!? どういうことだ!? おい説明しろ!!
…え、まて、君は君で、なぜその杖を俺にむけてるんだ?
その詠唱はなんだ!? …まさか、本当に……
……まて……待つんだ、嘘だと言って……
……ロリーゼぇぇぇ!!
「…という悪夢に、昨夜うなされまして」
「ちょっと待つのだ。なんで最後、私の名前なのだ」
朝から疲れた顔をしているモリィに、心配になったロリーゼが声をかけたら、これである。
仮に本当にそういう夢だったとしても、隠すべきところはきっちり隠した方が良い。
「…すべて正直に話したことについては、評価します」
「おっお待っえ、素いおおっえうおいーえあん」
両頬をぐいぐい引っ張りながら、ロリーゼが続けた。
「だけど、本当に疲れてるなら今日は休んだ方が良いにゃー」
「少し疲れ気味だけど、大丈夫だよ?」
「この前は私が知らないところで旦那さんがいっぱい頑張っていたところを見たのだ。だから余計に心配なのだ」
この前というのは、森に来た冒険者と襲撃者達の様子を二人で見に行った時の話だ。
街の冒険者に感謝されているモリィの姿はロリーゼにもなんだか誇らしかった。
ロリーゼがこの森にやってくる前から、モリィは色々とがんばって信頼を築いていたようだ。
だが、問題は襲撃者の方だ。
幻術の中とはいえ、問答無用でモリィが殺される姿は、恐ろしかった。
そんな冒険者がなす術もないままに制して見せたモリィは、彼らのさらに上をいく。
幻術とは想像力が重要だ。
つまり、あのように命を狙われるモリィは、より具体的に敵を制するための幻術を研究し……殺し合いに、備え続けているのである。
モリィよりも顔色を悪くしたロリーゼに、モリィは言った。
「でも、あのおじいちゃんの時はロリーゼも一緒にいたよね?」
「…あの話が繰返しするおじいさん、すごかったのだ」
「一人で森の奥の、家の近くまで来られたところで、凄腕の狩人か何かだと思うよ?」
「よっぽどモリィに会いたかったのだと思うのだ」
あの老人のご先祖が、むかしの森守に世話になったという話とお礼を何度も何度も繰り返していた。
わざわざモリィのところまでやって来たのは、森守の存在が徐々に周囲に浸透してきた結果なのだろう。
二年間。
それが早いのか遅いのか。
やがてはモリィという渡り人と、神の使徒【揺蕩う泡影】の存在も世に知られることになるのだろう。
その時、彼を誘拐し、首輪をつけようとした者達は何を思い、どう動くのか……
そして、ロリーゼが来て一年間。
彼女がこの森に来る原因となった者達もまた――
「敵襲~」
「てきしゅうだよ~」
間の抜けた声で、恐ろしいお知らせを持って来たのはいつもの妖精さん達だった。
目を丸めたロリーゼの肩に手を置いて、モリィは聞いた。
「どんな人達が何人来たか、わかる?」
残念ながら敵襲があったことも一度や二度では無い話だ。
特に最初の一年、森守の帰還が知られてすぐの頃は酷かった。
ついに迷いの森が開くかもしれない、だが、すぐに森守という魔物が力をつけるかもしれない。
目ざとい者達がこぞって、森へと「侵攻」してくるのは早かった。
そのすべてを返り討ちにしたモリィ。
自分が思った以上に、ヤバイ人間であったとモリィは初めて自覚した。
知識はあった。
例えば罠。敵を殺すのではなく半殺しにして、足手まといと恐怖を作るのが優秀な罠である。
問題は、それを知っていることではなく実行してしまう人間性だ。
その一線を、幻術という武器であっさり犯して、侵入者達の心を次々にズタズタに壊していった。
あの初日の、自分を奴隷にしようとしていた連中のことを、自分は思っていた以上に忘れておらず、許して無かった。
「怖い顔になってるにゃー」
我に返ったモリィの右頬をロリーゼが、左頬を妖精達がグニグニと引っ張っていた。
「おえん」
一通りグニグニを楽しみ終えた妖精達が、用事の方を思い出した。
「そうだ、敵襲ー」
「ゴナンと一緒に来るよー」
「…ゴナンと?」
「ゴナンがねー、こっそり『先に行って伝えてくれ』ってー」
二人が顔を見合わせた。
「…何か事情があるみたいだにゃー。そうでなければわざわざ先に知らせたりはしないはずなのだ」
「……そうだね」
モリィの手をそっと握って、ロリーゼが忠告した。
「モリィ。ゴナンは商人だけど、領主家の五男でもあるの。
彼にはきっと、避けられない柵がたくさんある。
それでも彼を……信じてあげて?」
そのロリーゼの手をモリィも、そっと握り返したのだった。
そして家妖精の案内で客間に入って来た、4人の男達。
ゴナン、護衛らしき者達が二人と、そして自称王子様。
真っ青になったロリーゼに向かって、開口一番、王子が言った。
「…お前……ロザリーか?」




