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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 武器を持った素人(しろうと)、魔法を使う子供、何をしでかすか分からないのが大人以上に恐ろしい者達だ。


 森守を名乗るそれが少年だったのは、()()にとっては悲報だった。

 深いフードで顔は見えないが、体格と声は子供のそれだと判断した。


 だから、首を()ねた。


 (あせ)っていたのかもしれない。

 迷いの森、またの名を「戻らずの森」とも言うらしい、そこに立つのが嫌だった。

 その元凶が今まさにここにいるのなら、むしろチャンスだ。

 これは英断だったのだ。


 …どんな言い訳を(かさ)ねたところで、その手に残った肉と骨を断ち切った感触も、周囲に立ち込める血の匂いも、消えやしない。

 だから彼らは、心の中で「正義のためだ」と、もうひと(かさ)ねしておいた。



 彼らの足下、その指先にチクリと刺す感触が走った。




 ◆ ◆ ◆


 浅い穴から出られなくなった男は白状した。


 英雄の盾を求めて、この迷いの森に国の中央から兵団が派遣される計画があるらしい。

 自分はその事前調査としてこの森へとやってきた、と。


 疲れ果てた顔でそんな説明を終えた男。

 こういう厄介ごとを持ち込んでくる者達は少なからずいる。またか、いい加減にしろ、とでも言いたげな顔で4人の冒険者達は(あき)れ果てていた。


 モリィは浅くため息をついた。

 新しい情報は得られなかったが、ゴナンからの情報の裏付けが取れてしまったようだ。


 そしてモリィは冒険者達にうながした。


「次は、こっち」

「「…次?」」


 幻術に(とら)われた男はそのまま一旦放置して、モリィと4人の冒険者達は別の場所へと歩いて行った。


 ところどころ(しげ)みになっている場所を避けたりかき分けたりしながら、歩み進むこと二、三分程度。

 木々の向こう、やがて見えてきたものは……



 4人密集して立つ、別の冒険者達の姿だった。



「ここで止まって」


 モリィの指示で全員止まった。

 まだ距離はあるが、向こうの様子は見て取れた。


 こちらと同じような前衛と後衛の一般的な冒険者達なのだろう。なにやら(わめ)いているようだ。

 そんなに騒げば余計な獣や魔物を呼び寄せることになりかねないのにと、こちらの冒険者達が眉をひそめた。


「あいつらは一体、何を?」

「…動けない、のか?」


 つい先ほど見た、浅い穴から出られなくなった男の姿を思い出していた冒険者達にモリィは答えた。


「近づいたら襲われたから、足の指を地面に()いつけた」

「「!?」」


 絶句した4人。そしてそれぞれ心の中で困惑した。


 この森で、近づく森守に襲い掛かっただと!? 一体どこの冒険者だ!?

 つまり、あの男を案内する自分達は、こいつらにつけられていた、ってことか…!?

 こんな近くで戦闘があって、自分達が気づかないうちに、こんな事態に…!?

 …指を、結いつけた? それもまた幻術か!?


 そしてあちらでは、こちらには気づいていない様子で冒険者らしき者達が(にぎ)やかに悲鳴を上げ続けている。


「クソッ! どうなってやがる!? 結び目が切れねえっ、ていうか()ぇ!!」

「魔法だとしても、まったく解呪できないなんて…!!」

「こっちも魔法で焼き払え!!」

「違う、地面だ! 地面ごと魔法で(えぐ)れ!!」


 あ、その手があったか、と手を打つモリィ。

 いまいち緊張感のない森守の様子に、少し気の抜けてきた冒険者達。


「あー、どうしましょうか、森守様?」

「動けないなら、我々であいつらを黙らせますか?」


 それぞれの武器や杖を構え始めた冒険者達にモリィは聞いた。


「この森で魔法や飛び道具は使わない方が良いって話は、聞いたことある?」


「は…はい! 使わざるを得ない時は、絶対に外すな、と!」

「森を焼くな、傷つけるなという教訓……だと思っていましたが、何か理由が?」


「うん、だいたい合ってるよ」


 モリィは周囲を見渡したあと、


「この森の木々は、2つに1つは、樹魔(トレント)だと思っておいた方が良い」


 その右手をさっと高く上に挙げた、その時、



 森の木々もまた、一斉にその右手(?)を「やぁ」と上に挙げて、モリィに挨拶(あいさつ)を返した。



「「……」」


「……思ったよりも、多かったね?」


 ほぼ全ての木々が挨拶を返したところを見ると、半数どころかこの一帯は全てが樹木の魔物、樹魔(トレント)だった。

 唖然(あぜん)とした冒険者達に、気を取り直してモリィは続けた。


「…それでもどうしても木が欲しい時や、()らないといけない時は、先に切っても良いか確認してあげてね?

 詳しい話は南の街の森林組合で聞いてみると良いよ?」


「あ、はい」


 仮に確認して「切って良いよ?」と言われたところで、斬りつけてみる勇気は無い。

 冒険者達は顔を引きつらせながら再び周囲を見回したが、何事も無かったかのようにそこは元の森へと戻っていた。


 …そして分かってしまった。


 なぜ、ここが迷いの森なのか?

 森自体が意思をもって動くのだから、地形や道が変わってしまうのは当然だ。

 知らないままの方が良かったかもしれない恐ろしい真実に触れてしまった4人の冒険者達は、今日何度目が分からない寒気に身震いした。



 むこうの方では、足を動かせなくなっていた冒険者達の方が、腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。

 そのうち一人は気絶して倒れていた……


 …気絶すれば足を地面から離せることには、まだ誰も気づいてはいないようだった。




 ◆ ◆ ◆


「君達が連れてきたあの一人だけ、連れ帰って? 森から出れば幻術は解けるから。

 あの一人が、残りの4人の話をしたとしても知らんぷりしておくと良いよ。

 君達は何も見てないし、聞いていない、彼らに関わる必要は無いから」


 そう言い残して、森の奥へと背を向けようとしたモリィに対して、冒険者の一人が呼び止めた。


「あの、森守様っ!」

「?」


「ずっと、お聞きしたかったことがあるんです……二年前に、7歳の男の子がこの森に来ませんでしたか?」


「…どうだろう?」


 言葉を(にご)したモリィに対して冒険者は深く頭を下げた。


「実は、森守様から秘密にするようにと言われていた弟が口を滑らせたのは半年ほど前のことで……ずっとお礼を言いそびれていました! ありがとうございます!」


「…うん、無事に帰れたなら良かったよ」


 事実を認めたらしい森守に、その冒険者は苦笑した。


「家の前まで送って頂けたなら、さすがに無事に帰れますよ」


 二年前、決して入るなと言われていた森の奥へと好奇心で迷い込んでしまった男の子を、森守になったばかりのモリィが街へと送り返したことがあった。


 まだ自分の存在を隠していたモリィは、すべてを秘密にするようにと男の子に伝えた。

 お礼に街を案内すると言って聞かない男の子に連れられるままに歩き回って、男の子もまた、街を案内したことは秘密だとモリィへと約束した。

 二人は秘密を共有した……一年半ほど、黙り通すことのできた男の子に敬意を表して、街を案内されたことはまだ黙っていることにしたモリィであった。



「あの、森守様、実は」


 次は別の男が話し始めた。


「俺は西の街出身なんですが、一年半ほど前に疫病があったでしょう?」

「…あったかも?」


「東から来た商人が持ってきてくれた特効薬のおかげで、誰も死なずに済んだんだ」

「…良かったですね?」


「その商人が東の『案内人』だってことも、西の案内人が森守様に相談を持ちかけたってことも、みんな知ってるんだ……秘密にしていたようだが、なんとなく皆、察しているんだ。

 それよりも、あの薬だ! あれはもしかして、万能や――」


「――おっと、それ以上はいけない」


 右手を突き出してモリィは制した。


「あれは帽子人さん達が作った『とてもよく効く風邪(かぜ)(ぐすり)』だよ。二度と手に入らない。それだけは、忘れないで」

「あ、あぁ……ありがとうございました!」


 どこかで病が発生するたびに配れるほどに万能薬は豊富では無い。

 正直なところ、疫病の原因を調査することなどを全て省いた、雑な対応があの「風邪(かぜ)(ぐすり)」だ。

 今は森の素材が流通して、薬も豊富に作れるはずだから大丈夫だろう。


 ちなみに帽子人は危険な魔物とされている。

 そんな誤解を減らしておきたくて、あえてその名を口にしておいたモリィである。


 そこに続く、三人目。


「森守様!」

「あっ、はい」


「昨年、その……うちのじいさんが世話になったそうで。本当に、本っ当に、すみませんでしたっ!」

「…あのおじいちゃん、ボケたふりしてたけど、絶対に只者じゃないよね?」


 その三人目の男もボケたじいさんが空想上の森守様に会ったと言っていたのだと思っていた。

 だが、ここにこうして森守本人と遭遇する機会を得て、確認してみれば、真実だった。


「おじいちゃん、お元気ですか?」

「おかげさまで、ムカつくほどに」


 ご先祖様が昔の森守にお世話になったらしいその老人は、ロリーゼの尻を()でて、むまパンチでKOされていた……ムカつくほどに元気ならば、問題はなさそうだ。


「そう、良かった…」


 まさか四人目も…とモリィが恐る恐るチラっと目を向けてしまうと、彼は挙動不審に頭を下げた。


「いつもお世話になっております!」

「あ、はい、こちらこそ……なんだかスミマセン」


 一緒にいる仲間達が次々に謝罪をすれば、何もなくとも自分も謝罪しなければと思ってしまうだろう。

 なんだか無理やり謝らせてしまったみたいでモリィは少し気まずくなった。


 そして二人目の冒険者がモリィにたずねた。



「…あの、森守様、先ほどの4人の連中ですが……こちらで処分させて頂いてもよろしいでしょうか?」



 処分。

 恐ろしい言葉に、モリィは「はい」と言いかけた言葉を飲み込んだ。


 もちろん自分で飲み込んだ言葉ではあるが、背中を「何者かに」つねられたことも、彼がうかつな返事をせずに済んだ原因の一つでもあった。


「…構わない、けど、条件があるよ?」

「なんでしょうか?」


 軽く咳払(せきばら)いをした後、モリィが告げた。


「森であれば森の法で、森を出たなら人の法で(さば)くこと、それが条件だよ」


 その言葉に、4人が目を(みは)った。

 どうやら4人ともが「処分」で一致していたようだった。

 反論しようした男に、モリィは重ねた。


「法が間違っているのならば、まずは法を正すべきだよ。

 それは森の外にいる、君達にしかできないことだ」


 もしかしたらモリィが知らない()め事や不和のようなものが、森の外ではあるのかもしれない。

 それでも、この森の周辺に住む者達は、森と共に生き、森を神聖視しているところがある。それが危ない。


 森や森守に敵対する者達だから排除するという話であれば……軽々しく認めてはいけない。

 森に生きる者達にとっては「処分」が正しい考え方なのかもしれないけれど、それは(いまし)めるべきだと、モリィも「背中の誰か」も考えていた。


 しばらくの沈黙の後、冒険者達の一人が答えた。


「…承知しました。お任せ下さい」


 それならば、とモリィも返した。


「尻でも思い切り引っぱたいてやれば、幻術は解けるはずだから」


 思わぬ解呪方法に、4人はきょとんとしたが、


「…ップ、アハハハ! 尻ですか!」

「お任せ下さい! 全力で蹴飛(けと)ばしてやりますよ!」

「お前が蹴ったら歩けなくなるだろう…」

「さっきの樹魔を見れば、()ってでも進むだろ?」


 笑い声をあげた4人の姿にモリィはそっと息をついた。

 たぶん、今の彼らならば大丈夫だろう。


「あとは任せたよ?」と告げて、モリィは森の奥へと去って行った。



 その言葉に、冒険者達がハッと振り返った時にはもう、森守の姿はそこに無かった。


 そして、森守が手をつないで歩くもう一人の姿にもまた、4人は最後まで気づくことは無かったのだった。


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