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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 迷いの森には伝説級のアイテムの数々が隠されているという。

 危険を乗り越え、希少な武具や道具を手に入れて、英雄あるいは大金持ちになるのだと、新人冒険者達は夢を語った。


 そんな新人達に、地元の古参の冒険者達は同意する。


 ああ、あれな。

 聖騎士の鎧、破邪の剣、降魔の鏡に、飛空の靴と…あと、なんだっけ?


 永酔の杯に、斬魔の斧、薄口醤油に、万能薬、だろ?

 他にも探せば、まだまだあるはずだ。


 唖然(あぜん)とした新人冒険者に、老齢の語りべがさらに続ける。


 きっとそれは本当に森の奥にはあるのじゃろう。

 だが、なぜそれが誰も入れぬ森にあるのか?

 誰が置いた? なぜ隠した?

 …それが誰かの手に戻るべき日が来るのならば、その時は、向こうの方から勝手に出てくるわい。


 その言葉に、一斉に笑う冒険者達。



 やがて伝説級では無い何かを見つけて、一緒に笑い合おう。

 それがこの「迷いの森」を本拠地(ホーム)とする冒険者達の姿なのであった。



 ◆ ◆ ◆



 庭先で対峙(たいじ)する、触手魔獣(ローパー)と夢魔。


 互いの(すき)をうかがいながら適切な間合い(ソーシャルディスタンス)を保ったままでじりじりと横歩きする二人の姿。

 迷いの森の真ん中にひっそり(たたず)む一軒家、その庭での一幕である。


 そして、二人が庭に描き続ける円の形。

 こうやってジリジリと円を描くとなんだかとても戦っている感じがするのだ、とはロリーゼ談。一緒に回る触手魔獣も案外付き合いが良い奴だ。


 この家の庭は、なぜか触手魔獣の巡回経路のようになっていた。


 そして触手魔獣は、庭の作物は食べないが、生き物は捕食する。

 野菜についた虫を干からびさせたり、畑に近づく動物を干からびさせたり、わりと益虫みたいな役割をはたしている触手魔獣であったから家妖精さんも(なた)で真っ二つにしたりぜずに(!?)彼の巡回を黙認しているのであった。


 …むしろ、わりと頻繁(ひんぱん)にその触手を収穫対象されているのにまだ()りずにやって来る触手魔獣は、ガッツがある。



 二周半ほど円を描いたところで、ロリーゼが動いた。


「きしゃー」


 威嚇(いかく)である。

 ネコナデ声を再現しようと語尾を安易に「にゃー」で済ませる彼女にしては、威嚇の鳴きまねは中途半端に猫っぽかった。

 そして触手魔獣の触手が「?」マークに曲がった。威嚇の効果は無かったようだ。


 だが、その声につられて飛び出して来たのはモリィであった。


「大丈夫っ!? ロリーゼ!?」


 家の扉をバーンと開けて飛び出したその手には……鉄製の、スコップ。


 それを見た触手魔獣のゆらゆらが一斉に「!」マークのように逆立ち海栗(ウニ)と化し、ぴゅーっと森の奥へと全速力で逃げ去った。


 良く分からない急展開に、ロリーゼはモリィを見て、立ち去った触手魔獣の方を見て、モリィを見て安全確認を終えたところで質問した。


「…今日は柄杓(ひしゃく)じゃないのかにゃ?」


 前回は「【収納】スキルから投げつける煮え湯こそが最強」と言っていたモリィである。

 しかし、今日はなぜかスコップだ。スコップで殴るのだろうか?


 首をかしげるロリーゼにモリィは答えた。


「…ああ、昔はこれで色々と、協力してもらったことがあったから」

「協力? 触手魔獣(ローパー)に?」


 ロリーゼがここに来る前、まだモリィが森守になったばかりの頃の話である。


 モリィが使う【夢幻】スキルには想像力が必要だ。

 かつて召喚直後の戦闘で使った時も、相手を水で(おぼ)れさせるという具体的なイメージがモリィには無かったから、その強力なスキルの威力にも関わらず使いこなすことができなかった。


 そこでモリィは考えた。試行錯誤(しこうさくご)しなければならない、と。


 庭に掘った縦穴(たてあな)に落とした獣や魔物に幻術をかけて、研究した。

 どんな幻なら穴から出られなくなるか、実験した。

 その中で最も多く迷惑をこうむった被害者こそが、触手魔獣だった。


「穴の広さの誤認と、つかんだ壁が崩れ落ちる質感をちゃんと(まぼろし)で再現できれば、穴から出られなくなるんだ。

 特に触手魔獣(ローパー)は触手がいっぱいあるから、幻術のできばえを確認するのに効率が良かったよ……フフ」


 深い穴の上から見下ろしてくるモリィ……という、なぜか触手魔獣側の視点で想像したロリーゼが身震いした。


「…恐ろしい実験だにゃー」


 スコップを見て即座に逃げ出した理由にも納得だった。

 …だが、その時のやつと、今のやつは同じ個体? そもそもいつも庭に来るあいつは毎回おなじ奴なのか……やっぱり疑問が増えたロリーゼだった。



 そこに飛んできた、二人の妖精。


「お客さんー」

「お客さんが来たよー」


 ちなみに妖精達の「お客さん」判定は広すぎる。それが悪意たっぷりな襲撃者だとしても「お客さんだよー」と言ったりするから、あまりあてにはできない。


「えっと、それなら――」

「―― 一緒に行くのだ」


 モリィが言う前にロリーゼが答えた。

 本音を言えば、危険な場所にロリーゼを連れて行きたくないモリィであったが、それを言ったらなおさら引かないことも知っている。


「…ロリーゼの姿は幻術で隠すから、音は立てないように静かにね?」


 そして二人はいつものように、妖精達に誘われるままに歩いていった。




 ◆ ◆ ◆


 4人の冒険者達は困惑していた。


 森の外周くらいなら案内しても構わないが、それが「奥」になるなら話は別だ。

 むしろ奥へと行かないように、外からの来訪者を監視するのがこの街の冒険者の大事な仕事の一つであった。


 だから依頼は受けた。そして受けて後悔した。


 その自称斥候の男は、実は自分は国の依頼でここに来ていると言い出した。

 森の奥を調査するのが彼の仕事で、密命だという。

 だから奥へと案内しろ、と。


 当然、断った。


 この手の連中の厄介なところは、断ったところで一人で行くと言い出しかねないところだ。

 勝手に行って、勝手に死ぬのは構わない。

 だが、本当にこいつが「国の依頼」で来た者ならば、行方不明になった後、さらに捜索依頼が国から出されてしまうという面倒な流れになりかねない。


 そしてそれ以上に、森守(もりもり)機嫌(きげん)(そこ)ねるのがまずい。

 この森と共にある者達にとって、それはまずい。何より、まずい。


 地元の者達にとって迷惑な展開になる前にどうにか無難な決着をつけたいという冒険者達の願いに反して、予想通りに「ならばもう俺一人で行く!」と言い出した自称、国の密命で来た斥候。


 いっそ背中から射かけるか? 互いに目くばせし合う冒険者達の中で……その斥候役が警告した。


「待て! …何かいる!」


 小声で鋭く注意をうながし、残りの3人も一斉に周囲を見る。

 深くはないが浅くもない位置まで入ってしまった。

 既に一人行った奴のことなどもう、頭の外へと消えている。


 魔法使いが周囲に気を配りつつ方位磁針を取り出して、それを見て、眉間に深い(しわ)を刻んだ。

 針が大きく揺れ始めている。本当にまずい。

 言葉では無く、彼の表情が事態の深刻さを物語った。


 その様子に、いよいよ退却を決断したリーダー役の戦士の男が声を上げようとした、その時、


「「!?」」



 彼らの目の前に現れてしまった人影。

 森守だ。



 森に溶け込むような深緑色のフード付き外套(がいとう)にその身を包んだ少年。

 推定では少年だが、幻術使いの森守の外見なんてあてにならない。

 そして、敵に回せばその姿すらも見えなくなって、森ごと丸々、襲ってくる。


「「……」」


 全員が沈黙する中で、


「こんにちは」


 それは、ここにはいないはずの少女の声だった。


 一瞬、戸惑う冒険者達だったがすぐに返した。


「こんにちは!」


 今は声の主など誰でも良い、このまま後手に回れば命が危ない、他の者達もすぐに続いた。


「お、俺達は東の街を拠点にしている冒険者で、その!」

「この(たび)は、森の奥に案内しろって奴を、案内して、その!」

「いざとなったら後ろから刺してでも連れ帰りますから、あの!」

「今すぐそいつを殺して、俺達も、だから!」


「ちょっと、一旦、落ち着いてください」


 少しおかしなことになっている冒険者達に、森守は静かに問いかけた。


「本日は、何人ですか?」

「4人です! あと、連れてきたのは、一人!」


 緊張気味に声を張り上げた冒険者に対して、森守は少し考えるそぶりを見せたあと、その手をさらに森の奥へと差し向けた。


「…こちらへ」


 息を飲む冒険者達。だが、ここで(いな)は無い、言えない。

 覚悟を決めて4人は森守の後に続いた。


 森の奥へと誘う森守に、恐る恐る4人が付いて行けば、一分と歩かずにすぐに着いた。



 依頼人だった男。自称、密命の斥候。



 (ひざ)ほどの深さしかない浅い穴の中で呆然(ぼうぜん)と立ち()くしている、その男。


 まるで爪とぎをする猫のように宙を何度か引っ()いて、また立ち尽くす。

 ぼんやりと「はるか上」を見上げて……再び宙に手をさまよわせることを繰り返している、無言の男。


 森に捕らわれている男の姿に、冒険者達は息を飲む。


「彼?」


 連れてきた一人というのは彼か? という森守からの問いに冒険者達は肯定した。


「は、はい! そうです!」


 その言葉に森守は、浅い穴から出られなくなっているその男に問いかけた。


「君は誰で、何をしに森に来たの?」


 目の前にいる森守からの尋問(じんもん)に、はるか頭上の何かに対して返答する密命の男。

 その得体のしれない恐怖に目を(みは)ったままの4人の冒険者達の前で、男はその密命の内容をベラベラと白状した。


 その様子に、冒険者達は青褪(あおざ)めた。


 迷いの森の恐ろしさは日々実感していたし、ここで活動する冒険者達は互いにそれを情報交換して教え合っている。

 だが森守の伝承については、じい様やばあ様よりも上の世代のおとぎ話の領域だった。


 強い怖い以前に、戦いにすらならない存在であることを、いま実感した。


 浅い穴で動かぬ男は、決して出られぬ深く狭い穴の中にでもいるのだろう。

 空をつかむようなその動きは、壁に手をかけ、そこが崩れ落ちていく感触を感じているのだろう。

 はるか上の誰かと会話している、つまり、声が上から聞こえているのだろう。


 …視覚だけでなく、音や感触までもそこにあるという幻の魔法。


 その穴を、水や(やり)で満たしたならば……


 目の前の森守にはまったく気づかず、はるか上の誰かに(すが)るような目で懇願(こんがん)している男の姿を見れば、その幻術の深さが嫌でも分かる。

 ここまでくると、いま、この目の前に見える光景だって、どこまで信じて良いのか分からなくなってくる。



 思わず森の出口であるはずの方角を見て、その遠さに寒気を覚える冒険者達だった。



【家妖精さん】

 長年の夢だった幻のおまじない「おいしくなぁれ、もえもえキュン」をお願いするモリィと、オムライスもどきの上に無言でせっせと文字を書く家妖精さん。

 本当は書くのでは無く振り付けつきで(とな)え踊って欲しかったモリィと、書いてみたものの大きさ的に最初の5文字(=おいしくな)しか書けなかった家妖精さんという、あらゆる方向で中途半端な結果に終わった……かに思えた、その時!

 その現場を目撃し、誤解し、悲鳴を上げたロリーゼ!

 それは虐待現場か自虐現場か、「『おいしくな()』なんて書いちゃダメぇ!? おいしいからっ! いつもおいしいよ!?」と半泣きのロリーゼと、訳も分からず抱きしめられて困惑する家妖精さん、そして自分の浅ましい欲望が大事故を引き起こしたことに愕然(がくぜん)とするモリィ。

 こうして「もえもえキュン」は封印されて………それでも(ひそ)かに練習して、今は9文字(=おいしくなぁれもえ)まで書けるようになった家妖精さんだった。


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