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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 果たして、戦いを望んでいるのは誰であろうか?

 その老魔法使いはモリィへと問いかけた。


「奴を滅ぼせ、世界を救えと叫ぶ者達がいる中で、その戦いの場に真っ先に巻き込まれる者達は誰なのか?

 少なくとも、今代の勇者と魔王は、争いを望んではおらなんだ」


 モリィが口へ運ぼうとした回復薬を、老魔法使いは(しわ)の刻まれた細い手ではっきりと拒絶しながら(せき)()んだ。


「ゴホ、ゴホッ、いやなに、こんなものはわしの人生においてはかすり傷、こっちはただの老衰じゃわい。

 それよりも、森守様、最後にあなたに会えたのは幸運じゃった」


 重い。だが、この状況ではこれを(こば)むことなどできない。


「この盾は、既に役目を終えた」


 本当に? この老人の姿を見れば、とてもそうは思えない。


「…だが、誰かがここまで取りに来れたならば、遠慮なく渡してやって下され」

「本当の望みは?」


 明らかにこちらに気を(つか)った老魔法使いに問い直せば、彼は少し困ったように微笑(ほほえ)んで、言い直した。


「…フフ。では、少し厄介なお願いになります。

 それが(かな)うまでは、できることなら、()()()()()()()()頂きたい」


 その言葉に、彼の願いにモリィは「必ず」と(うなず)いた。



 そして今、彼の墓と英雄の盾は森の静かな場所に眠っている。


 深緑(しんりょく)(ぬし)をはじめとする最強の魔物達が守る、そういうアイテムを置く専用の場所に、眠っている。

 約束を果たすその日が来るまで……




 ◆ ◆ ◆


「ロリーゼ、今日の晩ご飯は何にする――」


 部屋の扉をノックしようとして、モリィはその手を止めた。


 普段は無口な家妖精が「ステキです!」と扉の向こうで連呼する声が聞こえるのは、それだけ彼女が興奮しているからなのだろう。


 しばらく二人きりにしてあげるべきだと、モリィはそっと扉を離れた。



 恥ずかしがってモリィの前では見せてくれないが、ロリーゼが新しい服を喜んでいることは知っていた。

 だからゴナンにも「金に糸目をつけるな」と裏社会の大物みたいなカッコイイ頼み方でロリーゼの服を手配してもらっている。


 とはいえこちらの世界では、ちょっとした自家用車でも買うつもりの値段で服を買って修繕しながら着続けるのが一般的な庶民の常識なのだそうだ。

 魔法なんてものがあるせいなのか、モリィが元いた世界よりもこちらの世界の布地や素材の方が品質や性能が良さそうなことも少なくない。だから服の質もかなり良い。


 それでも、ロリーゼが自分の魔力で作っている普段着はさらに高性能だと帽子人達が言っていた。

 頑丈さとか魔法的な加護、防御力とかが「妖精の作る鎧」は一級品なのだとか。


 なお、モリィにとって何よりも拝みたい最重要ポイントは「布面積が少ない所」である。


 夢魔としてがんばらなくちゃいけないと思っていたロリーゼの努力が暴走した結果なのか、その布面積が日々減っていき、ロリーゼの顔が日々赤く染まっていき、モリィは日々感謝の祈りを天へと捧げ、女神様は「それを祈られても」と困惑する日々を送っていた。


 とはいえ、もちろん、ロリーゼさんだけに無理をさせるつもりは無いモリィ。

 彼女に合わせてブーメランパンツとバスローブというペアルック(?)で日々を過ごしてみたところ、ゴナンに「いい加減にしろ変態カップル」と少し厳しめのツッコミを頂戴してしまい、布面積チャレンジの日々に終止符が打たれてしまったのは、今となっては懐かしい思い出である――と、モリィはしみじみと回想した。


 それはさておき。


 普段は着ていなくても、こっそり隠れて着ているらしいロリーゼの新しい服の数々。


 同じように家妖精さんにも買ってあげようとしたところ、こちらは本気で断固として拒否されてしまっていた。

 家妖精さんの使用人服は帽子人さん達にとっての帽子のようなものなのだろう、と帽子人さん達に教えてもらって、重要だということだけはなんとなく理解したモリィだった。


 とはいえ、ああやって二人でこっそりファッションショーを楽しむのならば、普段お世話になっている家妖精さんにも何か贈ってあげたいとも思っている。

 リボンとか髪飾りとかなら、ロリーゼと一緒に二人で付ければ……あ、だめだ、そんな尊い二人の秘密のファッションショーを自分だけが拝めないなんて…! なんだか涙がこみ上げてきたモリィであった。



「お客さまー」

「お客さまだよー」



 そんな物思いにふけるモリィのもとに、手の平サイズの妖精さん達がモリィのところへと飛んできた。


 基本的にこの森はモリィが【夢幻】スキルで張り巡らした結界によって、彼が認めた人々以外は一見(いちげん)さんお断りの森となっている。


 それでもこうやって、妖精さん達がモリィの意思とは関係なしに、外からやってきた人を森の中まで導いてくることも少なくない。

 少なくないというか、諸事情あってこの森にやってくる人々の話を聞くのがモリィの仕事となっていた。


「わかった、案内してくれる?」

「こっちー」

「こっちだよー」


 二人の妖精達の誘うままに、モリィは森へと入って行った。



 ◆ ◆ ◆


 森へとやって来たのは鉱人(ドワーフ)の少年だった。


 四つの木々が屋根のように囲む天然の四阿(あずまや)、大きな切り株と倒れた丸太が机と椅子になっている場所に腰かけて、ドワーフ少年の話にモリィは耳を傾けた。


 小柄(こがら)ながらも筋肉質で、それでも自信なさげにおどおどして見える彼。

 武器職人である彼が抱きしめるように持っていた(さや)の装飾までも見事な剣。

 その特別な加護を持つ剣をこの森に預けたいというのが、彼の相談内容だった。


 そんな説明を聞きながら、【収納】スキルから目録を取り出したモリィ。


 そこには過去にこの森で発見、発掘、あるいは無理やり押し付けられてきたあらゆる「森のアイテム一覧」が記載されていた。

 いま手に持つ紙は下書き用だが、内容は清書済み目録と同じである。


 聖なる武器やら防具やら薬やら装飾品やらから、邪悪なもの呪われたもの、ただ高性能なものから神器と呼ばれる一品まで見境(みさかい)なく投棄されてしまっているのがこの残念な「迷いの森」だ。

 あまりの残念ぶりに、モリィは森守に就任以来、帽子人達の協力を得ながら目録の作成を始めたのであった。管理の前に、まずは把握(はあく)が必要だった。



 剣を持ち込んできたドワーフさんに、モリィが質問した。


「…それでは、その剣の扱いについて何か要望はありますか?」

「よ、ようぼう、ですか…?」


 おどおどした少年に、モリィは続ける。


「はい。封印、廃棄、譲渡、再利用(リサイクル)、などなど」

「困ります!?」


 モリィとしてはごくごく一般的な業務として聞いたつもりだったが、よくよく考えてみれば前向きな選択肢(?)がほとんど無いような気が、しないでもない。

 一生懸命お絵かきした子供に対して「はーい、それでは封印しましょうねー」なんて言ってしまえば、子供の立場なら泣くだろう。


 言い方が悪かった。反省したモリィは、言い直した。


「えっと、この剣が将来、どんな姿になるとうれしいですか?

 どんな人に使って欲しい、とか」


「えっと、その…

 ……いつか、しかるべき誰かに、(たく)して欲しいと…思います」


 モリィは腕を組み、かたく目を閉じて天を(あお)いだ。難題である。


 その要望にならない要望はモリィにとって、「今日の晩ご飯はなに食べたいー?」「モリィの作ったものならなんでも好きなのだ!」と同じくらいの、難題だった。


 うっかりその言葉を()に受けて、ちょっと冒険した料理((から)い、にがい、心ときめく等々)を作ってしまった後に「これは………おいしいのだ」と涙目でロリーゼに言われてしまった日には、モリィのHPはゼロになる。

 言葉通りにとらえてはいけない呪いのセリフ、それが「お任せします」なのである。


 涙にじむ思い出を(せき)で払って、モリィは再び問い直した。


「コホン…では、託して欲しい相手の、えっと、基準みたいなものはありますか?」

「も、森守さまが認めた相手なら、誰でもっ!」


 だーかーらー! というツッコミたい気持ちをどうにか飲み込むモリィ。

 分かっている、色んな事情で追い詰められた彼らはここまで必死の思いでやって来ている、はずなんだ!


 そもそも誰になら渡して良いのかなんて分からなかったり、分かっていても相手が嘘をついて(だま)し取ろうとしてきたり、力づくで奪おうとしてきたり、そんな連中ばかりを相手にどうにか逃げてきた者達がこの「迷いの森」へとやって来ているのだ。

 そんな彼らをモリィが拒めば、彼らにはもう後が無い。


 実は、この「聞き取り業務」こそが森守のお仕事の「本体」なんじゃないのかな? と思い始めている今日この頃のモリィである。


 そして、誰かに託せと言われても、ものによっては託せないようなアイテムだっていっぱいある。

 たとえばドワーフに(うら)みのある誰かが命と引き換えに生み出した「ドワーフスレイヤー」みたいな武器は、処分あるいは永久封印の対象だ。

 何かを滅ぼす系の武器の扱いは非常に面倒くさい。


 逆に、聖騎士の鎧みたいなものを「聖騎士以外の」誰かに渡してしまった場合……わんぱくおじさんやムチムチおねえさんに聖騎士の鎧を渡してしまうと本来あるべき姿とは違う何かが爆誕してしまいそうで、それはそれで、おもしろ……危険である。


 最近は商人組合や冒険者組合にまで手広く伝手(つて)を持っているゴナンにも協力してもらっている。

 聖騎士の鎧とかはもう、聖騎士関連の団体にでもあずけてしまった方が手っ取り早く「適切に処分」してもらえることも少なくない。

 そんなゴナンの日々の協力に感謝しているモリィである。


 あと、森に持ち込まれるものの大半がなぜか武具に(かたよ)っている。

 むかし「良く斬れる剣」で野菜を切っていたらゴナンに怒られたという前科があるモリィとしては、せめて剣ではなく包丁やフライパンのような日用品ならば我が家で引き取ることができるのにと恨めしく思うことも少なくなかった。


 ……そんなモリィはドワーフ少年の持ち込んだ剣を見て、少年はふるふると肩を震わせた。


「…僕みたいな、思いをする人が、いなくなるように。

 不幸な人達が一人でも救われるように……なればいいと、思います……」


 いけない、せめて台所用品、とか考えていはいけない。

 モリィは首を振って気を引き締めなおし、不謹慎(ふきんしん)な考え方を(あらた)めた。


 ここは迷いの森だ。


 周囲の街や村の人々が口をそろえて「決して入るな」と教えるはずの危険地帯で、それでも中へと入って来た屈強な戦士達が命からがら逃げ出していく、あるいは二度と帰れなくなる恐怖の森だ。


 そんな森に、それでも入って来なけばならない者達がいる。

 このドワーフさんもそうだ。決死の願いや思いと共にこの森へと飛び込んだのだろう。

 森守として、その願いを少しでも(かな)えてあげることはできないだろうか、モリィは目を閉じて、姿勢をあらためて深呼吸した。


 ドワーフさんから剣を受け取り、モリィが質問した。


「このステキな剣には、なにか、(なまえ)はありますか?」



(つがい)(ごろ)し」

「ん?」



 聞き間違いか? と聞き返そうとしたモリィに、ドワーフ少年が、震えながら言った。



「…彼女に、浮気された上に……ふられました…!」

「んーーー?」



 魔剣カップルスレイヤーだった。



 …いやいやいや、気持ちは分かる! けど!? 分からないけど分かる、けど!


 今でこそなりゆきで夢魔さんとイチャイチャしている日々を送っているモリィだって、前世の方はかなり怪しい。

 なぜならロリーゼを前に女性の扱い方がさっぱり分からない日々を痛感し続ける一方で、エロゲー・ギャルゲー知識の方は滝のようにどばどばとあふれ出して止まらないことから、「年齢 = 孤高(ソロ)の狩人(ハンター)歴」の可能性が極めて高いことに気づいているモリィである。


 それよりも! 浮気されたり振られたりする段階まで「進めている」時点で、その扉の前に立つことすら許されない狩人達からしてみれば、お前がむしろ有罪だ!

 いっそ俺達狩人に必要なものは、このカップルスレイヤーすら破壊する幻想殺し(イマジンブレイカー)とかじゃないのか!? 森を探せば一本くらいは皆殺し(オールデストロイヤー)みたいな剣だって一本や二本くらい転がって……


 …おっと、いけない。冷静になるんだ。

 モリィは神妙な顔で首を横に振ってから、手元の剣に再び視線を落として、その(さや)から剣を少しだけ抜いみた。


 不吉なほどに(あや)しく美しいその刃の輝きは、それほど武器には詳しくないモリィにもこれが至高の逸品であることが感じ取れた……作者の怨念をひしひしと感じる。

 あふれ出すその禍々(まがまが)しい情熱を、人ではなく作品にぶつけて昇華してみせたドワーフさんは立派である(?)。

 その刀身は、見れば見るほどに吸い込まれるような――


 ――剣を納刀した。

 【鑑定】スキル? 怖いから使わない。



 目をうるうるさせながら、ドワーフ少年がモリィに言った。


「その剣を、ふさわしい誰かに、託してくれますか?」



「………はい」



 封印が決定した。

 森守のお仕事は大変である。



【魔剣 (つがい)(ごろ)し】

 すべてのカップルを滅ぼすためだけに作られた魔剣。

 この世には争いが絶えないものである……のだが、個人間の恨みが原因で佐藤殺しとか山田殺しとかを作られてしまった無関係な佐藤さんや山田さん達は心底、迷惑に違いないだろう……と考えつつも、持っておけば「いつか役に立つかも?」なんて思ってしまい、破棄ではなく封印を選んでしまう(ごう)の深いモリィであった。


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