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「自称、勇者?」
首をかしげたモリィに対して、ゴナンが説明した――
――もともと勇者はモリィと同じく、こちらに強制的に召喚された「渡り人」達で、人族に敵対する別種族や魔物、魔王と呼ばれる存在と戦うように酷使されていた存在だった。
ところがおよそ三年ほど前、ついに女神様が激怒した。私の勇者に何をしやがる、いい加減にしろ、と。
現在も勇者は人々のために戦い続けているのだが、それは自主的な活動であって「一部の人族のため」では無くなった。
これまで勇者を裏から操っていた者達は、勇者に代わる何かを必要とした。
自称勇者というのも、その代わりの勢力のうちの一つである。
そして古の神がこの世界にもたらしたという神器。
そんな強力な武具の一つである「英雄の剣」は、既にその自称勇者の派閥の手にあった。
そしてこの「迷いの森」にも、その対になるはずの「英雄の盾」が隠されているという情報が、数々の噂話の一つとして流れてきた。
やがて王国中央にいる、自称勇者派や強硬派のような連中がこの森へとやってくるだろう。
手段を選ばず、その英雄の盾を手に入れるために――
――そんな一通りの説明を受けて、モリィが首をかしげた。
「森に怖そうな人達が来る件はともかく、勇者さんは? 本物の方の勇者に英雄の盾を渡せば良いってこと?」
「いや、必ずしもそうでは無いんだ」
ゴナンはテーブルに置かれたお茶うけ、一口サイズの肉の燻製を口に噛みながら言葉を濁した。
「なんていうか、説明しづらいんだが……だが、森守であるモリィは知っておくべき話でもある、か…」
「ゴナン」
モリィの隣に座っていたロリーゼが口をはさんだ。
「私から説明します、モリィ」
「はい、お願いします」
居ずまいを正して聞くモリィに、まじめな雰囲気でロリーゼは説明した。
「近くに住むそれが聖竜であっても邪竜であっても、領民には関係ありません。
大切なのは、その竜が安全なのかどうかだけなんです」
それは確かに、とモリィがうなずき、ロリーゼは続ける。
「そして領主は、その竜に首輪を付けなければなりません。
契約であれ交渉であれ、その竜が安全である状態にしなければなりません。
それが不可能であれば、討伐し、排除するしかないでしょう。
それが領地と領民を守る、領主の責務であるのです」
「うん」
「では、領地を国に、領民を全ての民に、そして竜を勇者に置き換えてみてください」
「なるほど、良く分かりました」
それが正義であろうが悪であろうが、今の勇者は制御不能。そんな存在に英雄の盾やらの力を与えられるわけがない。
もっと言えば、自称勇者であろうが魔王であろうが、首輪付きなら武器を与えてしまっても良いのである。番犬が強いことはなんら問題は無いわけだ。
◆ ◆ ◆
ゴナンは、彼女が只者では無いのだろうと推察していた。
いつもは「夢魔っぽく」はしゃいでみせるその立ち振る舞いですら、ところどころで気品のようなものが見え隠れしてしまっている。
むやみに足音や、椅子や食器の音を立てたりしない。
軽いものでも両手で持ったり、扉の開閉にも気を配ったり、所作の一つ一つに隙が無い。
相手の目を見て読んでくる、時には笑顔も難なく作る。
ぽんこつになるのは「夢魔の時」だけで、基本的な性能は高い。
それは領主の家で育ち、平民たちと交流し商売を続けているゴナンの目から見た感想だった。
ある程度の予想をつけた上で、ゴナンはある日、ついに「鎌をかけた」。
夢魔であり、衣装は自身の魔力によって作るのだという彼女に対して、あえて服を持ち込んだ。
自分で全てが作れるとしても、たまには気分転換にもなるだろうし、いまの流行りを把握しておくことも損ではない、と。
並べて見せたその衣装を、ロリーゼはうれしそうに手に取り、ゴナンはさりげなく目を光らせた。
貴族というのは、自由なように見えて実際は不自由な生き物だ。
すべてを使用人達に丸投げしている子息令嬢でもないかぎり、御用商人達に舐められないように商品の扱い方に気を遣う。
服も、自由には選べない。生地の色はもちろん、襟やボタンの配置や大きさが「服の意味」を決めて、着られる時と場所を限定していく。
そんな「ハズレの服」をロリーゼはそれとなく避けていった。
そして庶民は、貴族に比べれば服の扱い方がもっと雑だ。
だがよく見ている。裏地や縫い目もしっかり見るのは、大半の者は多かれ少なかれ自分の服を直したり作ったりができるからである。長く着られるかしっかりと見極めてから服を買う。
貴族は裏地をひっくり返して確認するようなはしたない真似はしないし、使用人や専属職人に直させることを前提に服を見る。
上級者になれば、服の中をさりげなく「手触り」で検品したりもするのだが……そのあたりは優劣ではなく、差異だ。貴族と庶民で視点がそれぞれ違うのは、当たり前だ。
そしてロリーゼは、貴族だった。
ロリーゼが眉一つ動かさずに、手慣れた様子で手に取った……その服。
最高級の一着。
価値が分かる者ならば、むしろ避ける。
それを普段着として扱える爵位の者達など限られている、別の意味で「罠」の服。
そんな「当たりの服」をロリーゼが手に取り、ゴナンの推測は確信に変わった。
…だが、顧客の秘密を守る商人として、気づく必要のないことには気づかないふりができる貴族として、今もゴナンは正しく立ち振る舞っている、つもりであった――
――そして、ゴナンにとって友であり顧客である二人が、彼が持って来た情報について意見を言い合っている。
「ロリーゼはどっちに渡すべきだと思う?」
「どっちも嫌な予感がするにゃー」
勇者についての説明が終わったのだろう。
いつも通りの様子の二人は、ゴナンの方に向き直った。
「「ゴナンは?」」
「俺? …どうだろうな……
…俺も、どっちにも渡す必要は無いと思うぜ?
今の勇者は今のままでも十分強そうだし、新しい方の勇者達は正直、良い噂を聞かない」
各地で魔物を倒したり街の復興を手伝ったりしている勤勉な勇者と、どこで何をやっているのか得体の知れない勇者もどき、というのが現時点でのゴナンの感じた印象だった。
「それで? お前はどうなんだ、モリィ?」
「僕? …他のアイテムなら分からないけど、英雄の盾については、誰にも渡さないよ」
はっきりとした拒絶。
その言葉は少し意外だったが、ゴナンは深くは追求しなかった。
「そうか。それなら俺もその前提で動く。
お前達も、厄介な連中には気をつけろ」
「「?」」
なんで、という顔の二人に対してゴナンはため息をついた。
「…そうだった。お前ん家って、ほんと、ズルいよな」
「そう?」
「ズルいのだ」
この家、迷いの森の中心にあるこの場所は、モリィが認めた者達しか近づけない。
ゴナンをはじめとする「案内人」と呼ばれる者達だけが、森の奥まで進むことができる。
他の者達が奥を目指して進んだところで、霧と幻にからめ取られて、決して奥には辿り着けない。
「その肉、気に入った?」
「ん? ああ、うまいなこの燻製肉」
モリィに言われて、無意識に何度もそれを口に入れていたことに気づいたゴナン。
いたずらっぽくニヤニヤ目を細めたロリーゼに、ゴナンは少し嫌な予感をおぼえた。
「なんだ? これ、鹿肉とかじゃねぇのか? じゃぁ、なんの魔物の肉だ?」
魔物を料理することは珍しくはない、そう思ったゴナンであったが、
「「触手魔獣」」
「ブフォっ!!」
珍しさにも限度がある。
派手に吹き出したゴナンのところに、静かに現れた家妖精さんがタオルを渡しつつ、テーブルをきれいにしてから、再びスッと退室した。
「お前らなぁ…」
「大成功なのだ」
「わりといっぱいあるけど、持って帰る? ローパー燻製」
切りたての触手を湯通しして、星空で三晩ほど干した後に、特製ダレにつけたり燻したりした肉である。
帽子人達と家妖精さんの監修を得て完成した、「庭先で燻製とかつくってみたいなー」というモリィの長年の夢を形にしてみた一品だった。
当初はロリーゼもドン引きだったが、慣れたらおいしいから、あきらめた。
ゴナンは商人なので少々変わった食材であっても、覚悟を決めて、すぐに頭を切り替えた。
「……よし、まずは酒場に卸して反応をみるから、まだ何の肉なのかは誰にも言うな」
「えっ、そんなにいっぱい持って帰るの!?」
「商魂たくましいのだ」
そして二人との商談を終えたゴナンは、そのまま森の西へと旅立って行った。
西から東への復路の時にもう一度立ち寄る際に、モリィからの荷物や納品を受け取って帰るのである。
そして翌日、触手魔獣のゆらゆらが三本減った。触手魔獣は泣いて良い。
【ゴナン】
なんだかんだでいつもモリィとロリーゼの二人を気にかけてくれている面倒見の良い青年。
家妖精さんはひそかに彼をライバル視している。
森でとれる希少で高価な品々と比較的安価な日用品とでは取引のバランスが取れないのに、家妖精さんがさらに自給自足度を上げてくるので、ゴナンはわりと困っている。
最近はもう諦めて、その埋まらない差額を「ロリーゼの服」で相殺することにしたゴナンである。




