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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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4

 明るめのストロベリーのショートヘアに、ぱっちりとした大きな目。

 水着のような露出高めの服にふわりと透けるベールのような短めのマントをまとった少女のお尻には、ハートマークかスペードか、愛らしい形の尻尾(しっぽ)がピコピコ()れ動いている。


 彼女の名はロリーゼ。夢魔(むま)である。別名、淫魔(サキュバス)とも呼ばれているそれである。


 そんな彼女の小さな拳が空を()いた。


「むまパーンチ!」


 夢魔パンチは岩を砕くのだ! とは本人談。


「むまキーック!」


 夢魔キックは岩を砕くのだ! とは本人談(二回目)。


「むま……えっと、むま(ストーン)!」


 いま爆誕した新必殺技。たぶんこれも岩を砕くのだろう。


 だが彼女の投げたその石ころは、パンチキックと続いてただ空を切り裂くだけに終わった。

 彼女の前でうねうね揺れている触手魔獣には当たらなかった。


 触手魔獣(ローパー)

 イソギンチャクに見えなくもない何か。

 獲物をそのうねうねした無数の触手で捕らえること以外は良く分かっていない魔物である。


 知られている生態としては、獲物を拘束して魔力や生命力を吸うこと。

 種類によっては体液も吸う、吸うだけではなく出す、捕まえてぼりぼり(むさぼ)り食う……などとも言われている。。

 姿かたちが似ているだけでそれぞれ別の種類の魔物なのかもしれないが、それらが現れる場所は魔境と呼ばれる危険地帯であるせいで、なかなか研究が進んでいない。

 やはり謎多き生き物なのである。


 そんな謎の触手魔獣を前に庭先でじりじりと追い詰められていく夢魔のロリーゼ。


 人族よりも妖精に近い、魔力を身にまとった種族である夢魔。

 そんな彼女ならば身体強化の魔法を使って本当に岩を砕くパンチを放ったとしても不思議ではない。


 だが、力の強さと戦闘経験は別である。

 パンチを動く標的に当てるのは、わりと難しい。


 それ以前に、目の前のうねうねに直に手で触れる度胸はロリーゼには無かった。そして「むま(ストーン)」は空を切った。目下(もっか)、むまピンチである。


「あわわ」


 むま石を補充しようと周囲を見渡すロリーゼだったが、日頃から家妖精さんがきれいに掃除している我が家の庭には石ころなんてほとんど転がっていない。


 石が無い、逃げ場は無い、触手が近づき、むま(ティアー)


 伸びる触手。

 「しゃー!」と猫みたいに威嚇(いかく)(?)するロリーゼに、せまるうねうね――



 ――そして、彼女を背にかばうように現れた少年は。


「モリィ!」


 立ちはだかるモリィ、

 伸びる触手を振り払うように、

 その右手が横へ一閃し、

 痛烈な熱さに()()った触手魔獣。



 放たれたものは、()()だった。



 モリィの右手に(にぎ)られたものは木製の柄杓(ひしゃく)

 彼の【収納】スキルから取り出された熱湯が柄杓によって宙を舞い、触手魔獣に襲い掛かり、無言ながらも「熱っツ!?」という悲鳴が聞こえてきそうなリアクションで触手魔獣が後退し、少し遅れて「んん?」と眉をひそめたロリーゼ。


 そして、じりじりと前へ出るモリィ。

 下がる触手魔獣。

 びしゃびしゃと()かれる熱湯。

 「?」とロリーゼ。


 数度の熱湯で場が温まって来た(?)ところで、モリィが柄杓を(かま)えなおした。

 それに呼応するように、触手魔獣もスッと構えなおす(?)。

 良く分からないが、ロリーゼも一緒に構えなおした。


 ゆっくりと時計回りに円を描くように歩く一人と一体、

 触手魔獣と柄杓少年が互いに警戒し合いながら、

 間合いを(たも)ち、相手の出方をうかがいながら、

 庭を小さく旋回する。



 巻き込まれて一緒に回るロリーゼ。



 緊迫する空気の中で、そのままゆっくり二回と半周くらいしたところで、モリィが仕掛けた。



「引き返すなら今のうちだよ? そろそろ僕も、本気を出す」


 モリィの言葉に、こっちこそ負けないぞ! とばかりにウネウネをいっぱいブンブンさせて触手魔獣も荒ぶるが――



 ――モリィの右手にあった木製の柄杓が【収納】スキルにしまわれて、

 代わりに取り出された金属製のその武器は――やはり柄杓(ひしゃく)

 (にぶ)く輝く柄杓を見せつけるようにしながら、

 モリィは()っすらと笑みを浮かべた。


「次は……煮え油だ」

「「!?」」


 さらに温度は危険域へと加熱していく!

 その恐ろしさと(こう)ばしさの(ただよ)う警告に触手魔獣が震え上がった!


触手魔獣(ローパー)から油淋鶏(ユーリンチー)転職(クラスチェンジ)したくなければ……去れ!」

「…ゆーりんちー?」



 警告が通じたのかもう飽きたのか、触手魔獣は庭の向こう、森の奥へと去って行ったのだった。



「大丈夫だったロリーゼ? お尻とか()でられてない?」

「大丈夫なのだ、けど」


 じっと柄杓(ひしゃく)(そそ)がれる視線に、モリィが答えた。


「これ? これはほら、僕は幻術でしか戦えないから、新しい戦法を考えてみた結果、煮え湯に」

「ふつうに幻術で戦えば良いと思うにゃー?」


「煮え湯なら環境にも優しそうでしょ?

 それより、もうすぐゴナンさんが来る時間だよ?」


「もうそんな時間? すぐに準備するのだ!」



 商人のゴナン、森の管理人のモリィ、居候(いそうろう)のロリーゼ。仲良し三人組である。



 東の領主家の五男(ゴナン)であるゴナンと、森の管理人である森守(モリモリ)のモリィ。

 互いに()に落ちない何かを抱えた者同士、意気投合した仲の二人であった。

 それがモリィがこの森に来てすぐの二年前の話、ロリーゼが来たのは一年前の話だ。


 商人の青年であるゴナンは森の東西へと商品を運ぶかたわらで、モリィに日用品や森の外の情報を提供している。

 モリィはゴナンに、森の希少な素材の数々と森の通行権を提供している。


 森を無事に通過できるのは「案内人」と呼ばれる森守によって認められた数人のみ、他の者達がこの「迷いの森」と呼ばれる森の奥へと踏み込めば、良くて遭難、悪くて森の(かて)になる。

 ゴナンはそんな、モリィに認められた案内人の一人であった。



 今日はそのゴナンが定期的にこの森を通過する日だった。



 やって来たのは二頭引きの、それほど大きくは無い馬車だった。

 これでも森の細道を通っていくにはぎりぎりの大きさだ。


「モリィ! 荷物を下ろすの手伝え!」


 ゴナンの言葉に、いつも通りに馬車へと駆け寄っていったのは家妖精の女の子。


 重たい箱を2つ、3つと積み上げたまま家の中へとせっせと運んでいく小さな家妖精さんの姿にも、ゴナンはもう驚かない。

 下手に手伝えば「仕事をとられる!」と思った家妖精が不機嫌(ふきげん)になってしまうので、ゴナンもそのまま彼女に任せることにしていた。


 露出多めの服の少女ロリーゼに挨拶(あいさつ)して、家の中へと案内される。


 彼女は訳ありの夢魔である。そして夢魔であろうとがんばっている。

 服の布面積の話をすると耳まで顔を赤くするので、そこには触れないゴナン。

 来客の少ない森の中ならば好きな服装で過ごせば良いと、ゴナンは彼女の事情に深くつっこまないことにしていた。


 一階建ての広くはない家だが、上品できれいな家屋。

 いつもの客間。

 落ち着いた木の香りの中に、ほのかに混じるのは壁に飾ったドライフラワーの匂いだろうか。家妖精かロリーゼか、どちらの気配りなのかは分からないがゴナンはこの部屋の雰囲気が好きだった。


 低い机(ローテーブル)をはさんでソファーへと座ったモリィとゴナン。


 そしてロリーゼはモリィの後ろに回りこみ、モリィの後頭部をその胸ではさみこむように抱き包み、すぐさまゴナンがツッコんだ。


「無理するな」

「む、無理じゃないのだ! 夢魔っぽくお客さんを迎えるのだ!」


 いまいち努力の方向性がおかしいロリーゼに、ゴナンは(あき)れぎみに言う。


「夢魔っぽいって、なんだよ」


 ふつうにもてなせ。今さら夢魔らしさを主張しても無駄だし、そこで抱き着く相手が俺じゃなくてモリィだし、抱き着く方だけが照れているし、ただのいちゃつくカップルだ。よそでやれ。


「…? どうしたのだ旦那(だんな)さん? そっちに座るのかにゃ?」


 ロリーゼはモリィに手を引かれて、座るようにうながされ…


「え、そこ? そっち向き?

 …えっ、ちょっとモリィ! モリィィィ!?」


「…で、このまえ話したお醤油(しょうゆ)の件だけど」

「話を進めるな、なんの真似だそれは?」


 ロリーゼの腰を抱くように座るモリィが、ロリーゼの肩越しにキリッと説明した。



「対面座位は覇王が賓客(ひんきゃく)を迎える際の基本姿勢で――」

「――ウソつけっ!」



 食い気味にゴナンがツッコんだ。

 ちなみに覇王とは「()()()()(おう)」の略称であり、主にCERO Z地方に生息している空想上(ファンタジー)の生き物である。


 ローテブルを人差し指でコツコツと叩きながら、ゴナンが半眼で告げた。


「そうやって俺に嘘の渡り人知識をしれっと語るなと言ったよな?」


 渡り人というのは、あっちの世界から召喚あるいは誘拐されてきた人達の総称である。互いの秘密を知る仲であるゴナンはモリィを問い詰めた。


「そのまま俺にロリーゼの尻と会話させるつもりか?

 それともあれか? 俺がいつか他の渡り人と商談する日が来た時にはそうやって女と乳繰り合いながら客をもてなせという、親切心からの助言(アドバイス)なのか?」


「冗談です、やめて下さい」

「正気を疑われるから、やめておくのだ」

「そっくりそのまま返してやる」



 満足した覇王と、顔を耳まで赤くしながら座りなおしたロリーゼに対して、ゴナンが続けた。



「今日は忘れる前に、先にお前らに伝えておきたい情報がある」

「なんですか?」


 今日は出だしから真面目な雰囲気で話し出すゴナンに、モリィとロリーゼも姿勢を正した。


「この森に『英雄の盾』ってのは、あるのか?」

「確か、あるはずだけど…」


 モリィは【収納】スキルの異次元空間にしまっていた「森にあるもの目録」を取り出して目を走らせた。


 迷いの森には安全なものから危険なものまで、さまざまなアイテムが眠っていたり隠れたり日々持ち込まれたりし続けている。

 そのため、帽子人や森の妖精さん達にも手伝ってもらいながら、モリィは日々アイテム一覧の作成に(はげ)んでいるのである。


「…うん。まだ、あるね」

「そうか」


 いつの間にかテーブルの上に、家妖精の手によって置かれていたハーブティーを一口飲んで、ゴナンはため息をついてから切り出した。


「その英雄の盾が、自称勇者どもに狙われてるって話だ」



【ロリーゼ】

 むかし聞きかじった「妖婦はネコナデ声で男を誘惑するらしい」という豆知識にもとづいて語尾に「にゃー」をつけたりする努力をしている、やや迷走気味のがんばり屋さん。


【モリィ】

 長年、(ゲーム画面の中で)覇王として戦い続けてきたモリィにとって、語尾が「にゃー」や「なのだ」の夢魔なんて違和感どころかご褒美以外のなにものでもないのだ。素で迷走気味の変態さん。


【触手魔獣】

 謎。うねうねしている。


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